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ムーンセル・オートマトンという月を模した巨大な演算装置に多くのウィザードがハッキング、そこで繰り広げられた聖杯戦争は苛烈を極めるものであった。
 地球上で行われていた聖杯戦争は七人のマスターとなる魔術師(時に魔術師でなくともマスターになることはあるが)と七人の英霊であるサーヴァントが繰り広げる戦争だった。だがムーンセルにおける月の聖杯戦争は百二十八人のマスターとサーヴァントによる勝ち残り戦となる。ムーンセルによって作られた閉鎖空間で行われるため、一般人を巻き込まないという点においてはよっぽど親切な作りであろうが、月の聖杯戦争では敗者に待つのは死のみである。敗北し、令呪を失ったからと保護してくれる聖堂教会も、敵に情けをかけて生かすマスターも存在しない。勝ち残って最後に聖杯であるムーンセルを獲得するか、それとも負けてデータの塵と化すか。それは地球上で行われていた聖杯戦争よりもはるかに過激で、危険で、だというのに多くのウィザードたちはこの聖杯戦争に立ち向かった。自らが召喚したサーヴァントと共に。
 戦争の舞台は月海原学園という、ムーンセルが作り出した校舎とそこから繋がる七層のアリーナと決戦場。これらはある種ムーンセルの固有結界といってもいい。だがたかだが七層のアリーナや校舎を作るのにムーンセルほどの演算能力を持っていれば大したことはないというのだから、ムーンセル・オートマトンがどれほどに異質でどれほどにとてつもない存在であるかがわかるだろう。
 カレットマーレという青年は気づくとその月海原学園の図書室にいた。廊下側に本棚が並び、検索する者によって少しずつ形を変えていく背表紙がずらりと敷き詰められている。そして窓側には古めかしい大きな机、お互い向き合って座って手を伸ばしてようやく相手に触れられるほど幅も大きく、だがしかしそのおかげで開けているのにどこか孤立した空間であるような、そんな机だ。カレットはそんな机を前に座っていた。
 カレットはそこにいることになんら疑問を抱くことはなかった。なぜならカレットはこの聖杯戦争のために作り出されたNPCであり、やるべきことがはじめからムーンセルによって定められていたからである。
 カレットのやるべきこと、それは何もない時間は図書室にある本を適当に手にとって読むこと。そして聖杯戦争の参加者に声をかけられたときには「ようこそ、ここには色々な本がおいてあるから貴方たちにとって重要なナニカを見つけることが出来るかもしれない」と答えることだ。一字一句間違えることなくそう答える。何度聞かれても質問を変えられても、カレットが答えることが出来るのはその文章だけなのである。
 まるでコンピュータのように、自分が問われた場合に同じ答えを返す。カレットはそんな自分に不満を覚えることも自由になりたいと思ったこともなかった。なぜならカレットはNPCであり、学習はすれど自由に思考するという回路を与えられていないのだから。

 朝、カレットは気づくといつもの図書室にいる。まだ聖杯戦争は始まっておらず、記憶を奪われ新たな生活をインプットされた多くのウィザードたちは、自分たちが月海原学園の生徒であると信じて毎朝この学園へと通ってきた。彼らにとってカレットは上級生で図書館が好きな生徒の一人という立ち位置だ。図書室に行くといつも同じ席に座って本を読んでいる。何組の生徒かはわからないが、月海原学園はその校舎のサイズに対して多くの生徒が通っているから、顔見知りでない生徒がいてもおかしなことはない。
 時折カレットは話しかけられる。それは世間話のようなもの、そして同時に新しい生活が与えられたウィザードたちがどこか、なにか違和感を覚えてその根源を探している。カレットはそんな生徒たちに対して「ここは図書室だよ。読めば、ナニカ重要なことを見つけられるかもしれない」と定型で、わずかなヒントを与える言葉を繰り返していた。それがカレットの役割だ。
 しかし多くの生徒、いや聖杯戦争の予選参加者はカレットの存在をあまり重要視はしない。自分たちが感じている違和感を彼らは図書室には見出さないことが多い。だからカレットは日がな一日、同じ席に座って、本を読み続けた。不思議なことにずっと座っていても体は痛くならないのだ。
 カレットは本を読むという行為を行うようにプログラムされていた。図書室にいるNPCなのだから、そんなところで携帯をいじっていたりぼうっと窓の外を見ていたら不自然だろう。不自然でないように振舞うことはNPCである重要な案件の一つであったから、カレットは朝、校舎に電源が入ると同時にいつもの席に座っていて、そこから立ち上がって適当な本を適当に取り出して同じ席に戻る。
 校舎の電源が入る、という表現はまさにそのままの話だ。月海原学園で行われている学校を模した聖杯戦争の予選は、生徒が全員帰宅し、各自の家で眠りにつく頃、校舎はその存在を保ちながらカチッと電源を落とされるのである。これは校舎内のバグの除去や必要なNPCに必要な情報を組み込んだり、逆に記憶を消したりするための、いわゆるメンテナンスというものである。カレットはこの時間になるとすっと意識が消え、気づくと朝、また図書室に座っていることになる。
 何故かはわからないが、カレットは本を読んだというその記録を消されることはないNPCだった。わざわざ消す必要はないということなのかよくわからないが、ともかくカレットはこの月の聖杯戦争の予選が始まってこの方ずっと本を読み続けそして様々な英雄たちの情報を蓄え続けていった。
 古代はウルクの王ギルガメッシュから新しきは無銘の英雄。
 ブリテンの王アルトリア・ペンドラゴン、ネロ・クラウディウス、竜殺しのジークフリート、ガイウス・ユリウス・カエサル、アルテラ、ジル・ド・レェ、シュヴァリエ・デオン、ウルクの王ギルガメッシュ、ロビンフッド、アタランテ、エウリュアレ、アーラシュ・カマンガー、クー・フーリン、エリザベート・バートリー、武蔵野坊弁慶、レオニダス一世、メドゥーサ、ゲオルギウス、海賊黒髭エドワード・ティーチ、ブーディカ、牛若丸、アレキサンダー、フランスの王妃マリー・アントワネット、マルタ、メディア、ハンス・クリスチャン・アンデルセン、ウィリアム・シェイクスピア、メフィストフェレス、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、諸葛孔明、佐々木小次郎、呪腕ノハサン、ステンノ、荊軻、シャルル=アンリ・サンソン、ファントム・オブ・ジ・オペラ、マタ・ハリ、カーミラ、ヘラクレス、ランスロット、呂布奉先、スパルタクス、坂田金時、ヴラド三世、アステリオス、カリギュラ、ダレイオス三世、清姫、エイリーク・ブラッドアクス、ジャンヌ・ダルク、オリオン、玉藻の前、フランシス・ドレイク、アン・ボニー&メアリー・リード、ヘクトール、アキレウス、ダビデ、沖田総司、織田信長、スカサハ、ディルムッド・オディナ、フェルグス・マック・ロイ、ジャック・ザ・リッパー、モードレッド、ニコラ・テスラ、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス、チャールズ・バベッジ、ソロモン、アルジュナ、カルナ、フィン・マックール、ブリュンヒルデ、ベオウルフ、アストルフォ、天草四郎、エドモン・ダンテス、ラーマ、シータ、ジェロニモ、ビリ・ザ・キッド、ナイチンゲール、メイヴ、李書文、トーマス・エジソン、イスカンダル、酒?童子、玄奘三蔵、源頼光、茨城童子、風間小太郎、オジマンディアス、ニトクリス、ランスロット、俵藤太、ガウェイン、ランスロット、ベディヴィエール、レオナルド・ダ・ヴィンチ、クレオパトラ、イシュタル、エルキドゥ、ケツァル・コアトル、ゴルゴーン、ジャガーマン、ティアマト、マーリン、新免武蔵守藤原玄信、ジェームズ・モリアーティ、燕青、狼王ロボ、新撰組副長土方歳三、茶々、鈴鹿御前、シェヘラザード、武則天、ペンテシレイア、コロンブス、シャーロック・ホームズ、ポール・バニヤン、源義経、日本武尊、塚原卜伝、平家物語にうたわれる那須与一 、楠木正成 、真田幸村 、日蓮上人 、シャルルマーニュもしくはカール大帝、第一回十字軍に従軍した騎士ゴドフロワ・ド・ブイヨン、ヤマタノオロチを退治したスサノオ、アルジュナの導き手クリシュナ、サムソン、ロシアの口承叙事詩ブィリーナに登場するイリヤー・ムーロメイツ、バーバヤガー、ウクライナの守り神コサック・ママーイ、陰陽師安倍晴明、柳生十兵衛、服部半蔵、忠臣蔵にて仇討ちを果たす堀部安兵衛、雑賀孫一、母里太兵衛、平将門、足利義輝、山本五十六、東郷平八郎、西郷隆盛、豊臣秀吉、徳川家康、ギャラハッド、パーシヴァル、ベイリン、ローラン、ウィリアム・テル、太公望、姫昌、姫発、周公旦、雷震子、紂王、聞仲、殷郊、殷洪、崇侯虎、魔礼青、魔礼紅、魔礼海、魔礼寿、アンジュリエ、アンセイス、イヴォン、イヴォワール、オトン、サンソン、ジェラール・ルッシヨン、ジェラン、ジェリエ、ベランジエ、チュルパン、リナルド、リッチャルデッド、ワルター、ボルドウィン、アヴィノ、アヴィリオ、サンソネット、ベンリンゲリ、グレオリウス一世、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、アルフォンソ十世、サン・ヴィクトールのアダン、アルベルトゥス・パリジェンシス、レオニヌス、ペロティヌス、アダン・ド・ラ・アル、ペトルス・デ・クルーチェ、ギヨーム九世、ジャウフレ・リュデル、黄飛虎、黄天化、崇黒虎、鄧嬋玉、元始天尊、雲中子、燃灯道人、広成子、赤精子、黄竜真人、太乙真人、玉鼎真人、霊宝大法師、道行天尊、清虚道徳真君、懼留孫、文殊広法天尊、慈航道人、普賢真人、李??、楊?、土行孫、韋護、竜吉公主、白鶴童子……
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 カレットが図書室で日がな一日読み続けた、ムーンセルが記録した地球上の様々な偉業を成しえた英雄たち、彼らは大なり小なり人類史に影響を与え、また物語の有名な登場人物として本の中に名を残し後世まで伝えられている。
 カレットはただひたすら彼らの人生を読み上げた。英雄たちの伝説的な物語から、生まれた日のこと、成長する過程、そして英雄と呼ばれるようになるまでの成長。
 それは英雄たちの物語である。ある個人の物語でしかないはずなのだが、カレットは英雄たちの伝記をひたすら読み、そしてそれを記録し続けることで、『彼らの生きた経験を追体験』したのである。
 これがどのような意味を持つのか、一介の図書室のNPCであるカレットは過去がない。地球上のとある人物をトレースした存在であるカレットにはNPCとしての存在意義はあれど過去の経験も、思いも、願いも何一つないのであるだが、英雄たちの一生を読むという行為により追体験を繰り返すうちに、カレットは人間と言うものを学習し続けた。
 校舎に電源が入り、多くの生徒が月海原学園に登校してくる間、授業を受けている間、昼の歓談を楽しむ間、放課後の部活動にいそしむ間、そして校舎の電源が落とされるその瞬間まで人間と言うものの追体験を繰り返し続けた結果、カレットというNPCは擬似的な自我を得るに至ったのである。それはまだ小さく儚いものであった。しかし学習を積み重ねることでカレットは普通の人間のように『このような場合には、あの人ならこう考えるだろう』という思考をするようになった。そしてそれを繰り返すほどに『僕ならば、どう考えるか』という自我と思考を得たのであった。
 それはムーンセルがカレットマーレという人物が得た記録を消さなかった故の出来事である。それともムーンセルはこのことを予期してカレットの記録を消さなかったのか?それは観測する存在であるムーンセルに問うてもわからないことだろう。
 とにかく、このようにしてカレットマーレという存在は誕生したのであった。この時月の聖杯戦争は予選を終え、五回戦を迎えようとしている時であった。



 

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2017.09.13
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