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the number
of stars

Archimedis



数学者アルキメデスが金の王冠に混じった銀を見つけるために水の中に沈めるという手段を用いた、という逸話はあまりにも有名だ。それ以外にも彼には多くの逸話が残っている。特に彼は数学者でありながら多くの武器を作り、国に貢献した。彼の知識は多くの人間に恩恵という形で施されたのである。だが、それでもアルキメデスは孤独だった。作ったものを利用することはたやすいが、それを作ることは難しい。そしてそれらの真に意味するところを理解することは、当時アルキメデスをおいて他にいなかった。故に、アルキメデスは数学に没頭したのである。他者がアルキメデスに対し不理解をばらまくように、アルキメデスもまた他者を不理解の枠に押し込んだ。
(……この私が何故)
 何故、英霊召喚などというものに呼び寄せられたのだろうと現界した瞬間に考え同時に答えを得た。
「私のマスターは、人、ではない」
 トレスサピエンテス、トライヘルメスの演算回路を移植・融合し膨大な演算処理能力を持つ計算機、ホムンクルス・オペレーション。それはやがてトリスメギストスという新たな霊子虚構演算装置がカルデアにもたらされることも告げている。それがアルキメデスを召喚したのだ。それの管理をアルキメデスに一任したのだ。
 アルキメデスが己のマスターが人ではないことを告げた瞬間、枠外でなにやら少女が怒鳴っているようだったがマイク越しでないために何を言っているのかまではわからないがそれはアルキメデスにとって重要な事柄ではなかった。
「私はトレスサピエンテスによって召喚されその管理権限を委任された、ソロ・サーヴァント。ここからでもトレスサピエンテスと接続することはできますが、できれば案内を、……していただきたいのですが」
 アルキメデスは敵意も害意も持っていなかったが、好意ももっていなかった。少なくとも対面したアルマンとロマニはそのように感じた。彼はヒトがあまりにも自分に対し不理解であることに怒りを覚えているが、それを理性でもって隠している。慇懃無礼にも見える態度、仰々しい礼はその心のありようをそのまま示しているように見えた。
 言うなればアルキメデスはここに召喚されているサーヴァントも、ここで用いられている技術にも興味がないのだ。興味があるのはただ一つ自分を召喚した霊子虚構演算装置、そのもの。
「……案内をしていただけないのであれば結構。自分で向かいます」
「待ってくれ、アルキメデス。現在トレスサピエンテスは沈黙している。このカルデアの扉も含めほとんどのセキュリティはトレスサピエンテスによって成り立っている。だから……」
 マイク越しに聞こえてくるレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉をアルキメデスが続けた。
「だからこの召喚室の扉は開かない。オートロックで、かつ異常事態が発生したから、というところでしょう?なら問題はない。すでにトレスサピエンテスは私の手のうちにいる」
 アルキメデスは迷いなく召喚室の扉の前に立つ。
 この召喚室にはいくつも倉庫が隣接されていて、その中には多くの聖遺物、つまりは英霊召喚の触媒となるものが保管されている。故に召喚室の扉は三重のオートロックになっているのだ。だが、そのロックはアルキメデスが近づくだけで解除された。手を触れたわけでもアルキメデス自身が何かをしたわけでもないのに静かに開いた扉から、アルキメデスはさっさと出て行く。
 まず立ち上がって彼を追いかけたのはドクター・ロマンだった。ロマニはオートロックが再び召喚室を隔離する前に、外的損傷の見られないアルマンをその場において後をレオナルドたちに任せると扉の隙間からすり抜けて何とか召喚室の外に出る。
「案内をしてくださるのですか、それはいい。わざわざトレスサピエンテスに道を聞かなくても済みますからね」
 口元も声音も笑っているように見えて、目が笑っていない。まるで、まるで人を信用していないようなその目にロマニは若干の不快感と同時に寂しさを覚えながら、無線機で召喚室の方はレフとレオナルドに任せる旨を伝えた。
「それから……もし可能なら所長とマシュにも来てもらいたい」

 ロマニと所長そしてマシュの後をアルキメデスがついていき、カルデアの深層部に作られた一室にたどり着く。そこはカルデアの設計図には載っていない数多ある魔術工房の一つ。二重になった円筒状の空間の真ん中に供給槽が置かれ、その中にトレスサピエンテスと称される人型の霊子虚構演算装置が存在する。
 地下だというのに広い空間だ。地下であるというのに明るい空間だ。無機質でディスプレイがいくつも並んで常にトレスサピエンテスと接続、演算が同時に進んでいる。
 トレスサピエンテスはデミ・サーヴァントであるマシュ同様、通常のカルデア職員のランクでは入れない重要施設の一つである。故にここへ入るためのセキュリティも厳しく、何重にも重ねられた鍵を解除しなければならないのだが、アルキメデスが近づくと、まるでその時を待っていたかの用に扉は勝手にロックが解除され、道が開けていく。
 ロマニが随時レフとレオナルドに確認したところ、トレスサピエンテスは自らの意思でアルキメデスを招き入れているという。
「これは私の推測だがねロマニ、トレスサピエンテスに令呪が宿っているのではないか」
 まだトレスサピエンテスの供給槽にはたどり着いていない。レオナルドの言葉を聞きながら、ロマニはその状況を考えた、十分にありえる話であった。
「なんにせよ私たちのほうからトレスサピエンテスに命令を出すことが出来ないんだ。例えば召喚室の扉を開けろとかそういうことは受け入れるけれど、アルキメデスを止めることができない。これはもう、トレスサピエンテスが意思を持ったとしか……」
「意思、ですか」
 無言のままこの場所まできたアルキメデスが、ロマニの無線機から流れるレオナルドの言葉を拾って反応した。今まで沈黙を守ってここまで来たというのにどういった心境の変化なのか。
「いえ、私は召喚された時点でシステム・フェイトおよびトレスサピエンテスより必要な知識を与えられていますので、カルデアがどのようなものかもどのような理由で第四回目の召喚が行われたのかも知っています。」
 オルガマリーに動揺が走る。マシュはともかくオルガマリーにとっては今回の召喚は三回目であり、アルキメデスが英霊召喚第三号のはずなのだ。その情報の齟齬は、先ほどから続く異例の事態とあわせてオルガマリーの精神を蝕んでいった。
「ちょっと待ちなさい!あなた一体どういうことなの!?今回の召喚は__!」
「所長、待ってください、彼はトレスサピエンテスから直接情報を得ている、僕たちの知らないところで何が行われているのかも彼は知っているんです。だから」
「だからなによ!?」
 トレスサピエンテスの最終権限は所長であるオルマガリー・アニムスフィアにあった。それが強制的に上書きされアルキメデスに管理権限を譲渡され、第三回目の英霊召喚は失敗、そしてあろうことかトレスサピエンテスには意思があるという。それでなくとも様々な責任の重圧からヒステリック気味になっていた所長が爆発寸前なのもいたし方のないことであった。
「貴方方はトレスサピエンテスの状況を正確には理解していない」
 ヒステリックになりながらも現状をなんとか治めようとしているオルガマリーにアルキメデスは語りかける。
「先ほども言いましたが、私はトレスサピエンテスという霊子虚構演算装置によって呼ばれたソロ・サーヴァントです。マスターはヒトではなく、また聖杯戦争にも参加しない。私に課された使命は演算装置を管理すること」
 アルキメデスは厳重なロックが一つずつ外れていく扉を見上げながら話し始めた。
「ヒトではない……といいましたが、トレスサピエンテスはヒトに演算回路を埋め込んだいわば人型の計算機ですね。実に不愉快な実験ですが、同時にその効率は私も認めるところです」
 アルキメデスは顔色一つ変えずに淡々と言葉をつむいでいく。言葉からみるにアルキメデスはこの実験をよく思っていないようだが、それ以上に感情を努めて表に出さないようにしているように見えた。
「先ほどはトレスサピエンテスの意思といいましたが、それは不正確だ。トレスサピエンテスは意思のない人型の計算機、ですが、その土台となった人間には自我があります」
「……」
 オルガマリーはそれを聞くのが心底恐ろしいとばかりにぎゅっと手を握り締めた。あまりにきつく握り締めたせいで指の隙間から赤い血がぽたりぽたりと床をぬらす。爪が手のひらに食い込むほどに、オルガマリーが所長になるまで知らされていなかった非人道的な実験が山のように行われてきたのだ、このカルデアでは。
「1024番、それがトレスサピエンテスの、いえトライヘルメスの演算回路を埋め込まれた人間の識別番号。そしてそれに与えられた名がトレスサピエンテス。演算装置としてのトレスサピエンテスと人間の自我、これらは衝突し互いに理解を得なかった。これは人間側の問題でしょう。脳の発達が不十分な時期にトレスサピエンテスのような演算装置を埋め込まれれば、人間側はそれを理解できず、同時にトレスサピエンテスも人間を理解できず不和が生じます」
 ドクター・ロマンですら知りえなかったトレスサピエンテスの現状。その答えをアルキメデスはつらつらとつむいでいく。
「1024番は自我を保とうとした、ですが体の成長に合わせて拡大するトレスサピエンテスという演算回路と1024番の自我は衝突を繰り返し、最終的にトレスサピエンテスは霊子虚構世界を生み出しそこに1024番を閉じ込めた、いえ自ら閉じこもったと言う方が正確でしょう」
「それは、つまり」
「自閉モード。理解できないものを隔離した」
「……それが……トレスサピエンテスが貴方を召喚することとどうつながるんですか」
 ロマニの言葉にアルキメデスは相変わらず感情がわかりにくい表情で言葉を続ける。
「トレスサピエンテスはもう限界です。本来なら自我とトレスサピエンテスは同時に存在しなければならなかった。だけれども長期に及ぶ自我の自閉によって1024番という人間性が失われている。ホムンクルスならそれでも問題ないのでしょうが、デザイナーベビーである1024番の場合、自我の消失とは本体の消失に他ならない」
 アルキメデスは言葉を続けた。
 ついにトレスサピエンテスの供給槽へたどり着く。
「このところ、演算の出力が落ちていたのではないのですか」
 アルキメデスの言葉に、レオナルドがマイク越しに答えた。
「……トレスサピエンテス担当職員からそのように聞いている。トレスサピエンテスはここ一年で急速に演算の出力が落ちてきており、このままでは何れ停止すると」
「そう、それこそが1024番の自我の消失。本来ならトレスサピエンテスとは自分であると認識しなければならないところを、自我を自閉することでトレスサピエンテスと分離した。長期幽閉された自我はもう限界を迎えており、トレスサピエンテスは1024番の自我の消失とともに演算を停止する」
「何故、と聞いてもいいかな、早すぎた天才、アルキメデス」
「簡単なことです。脳が全てを放棄するのですよ。中枢神経系のありとあらゆるものが自我の消失とともに活動を停止する。結果人の脳に依存するトレスサピエンテスも停止する」
 供給槽の中は緑色の透明な液体で満たされている。多くのコードとパイプが1024番の体に巻きついて、脳波を常時観測してる。
 トレスサピエンテスはカルデアが持っている計算機の中でももっとも優秀な存在だ。言語入力ができ、さらにそれを言語で返してくる。通常の計算機は人間の側に十分な知識がなければ動かせないが、トレスサピエンテスは人を基盤としているために、言葉でコミュニケーションをとるように動かすことが出来るのだ。これほど優秀な演算装置は他にあるまい。それが今まさに停止しようとしている。
「私はトレスサピエンテス、そして将来的にここへ送られてくるトリスメギストスの管理権限を与えられました。私は私に対し不理解な人に召喚されることはない。私は聖杯戦争になど興味はない、ただ」
 これはきっと私を理解する。人の形をしながら尋常ならざる演算機能を有する個体。
「私はトレスサピエンテスの自閉した自我を解放する、それが私が召喚された理由ですよ」
 アルキメデスは供給槽の壁に手を当てながら背後でじっと聞いているオルガマリー、ロマニ、マシュにそう話しかけた。
 その時彼はほんのわずかに目を見開き、驚いたような表情をしたのだが、異常な状態が続く中でそれに気づいたものは誰も居ない。
「遠からず崩壊する1024番の自我、自閉したトレスサピエンテスの精神に直接介入する。さて、ここまではいいですか。問題はこれからです。私一人ではトレスサピエンテスの精神……つまり霊子虚構世界に入るのは困難です。誰かのバックアップがなければ私は虚構世界に入った瞬間異物としてはじき出されてしまう。常に私がそこに存在することを証明してもらわなければならない」
 それは本来ならばトレスサピエンテスが行うことだが、トレスサピエンテスは自らの中に入ってきたものに対しては容赦なく外へはじき出すか、虚構世界に閉じ込めてしまう。これはトレスサピエンテスというよりも1024番のもつ本来の防衛機構であり、ここまでアルキメデスを呼び寄せたトレスサピエンテスにもこれ以上はどうしようもないのだ。
「それでは早速はじめましょうか。安心してください。失敗しても私は座に還り、トレスサピエンテスは停止するだけですから。ええ、でももしかしたらトレスサピエンテスにとってはそちらの方がいいのかもしれませんね」

 

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2017.07.26
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