homunculus operandi
コンピュータというものは基本的に使い手が何かしらのアクションを起こさなければ、延々と指示を待つだけの箱でしかない。計算をしろと命令式を書き込むことでようやっと動き出すことができる。しかしもしも命令が間違っていれば間違った答えを出す。その命令が正しかったのかどうかは入力した人出力を得た人が判断する他なく、コンピュータ側からその命令は間違っているのではないですか、などと働きかけてなどくれないのだ。
だから人は考える。もしもこちらの命令を受けずとも自立して必要な計算を行い、命令をしたときにその命令が本質から外れた時には修正案を出すことができるような、演算装置があったらどれほど便利だろうかと。
自我を持ったコンピュータ、自律したAI、独立思考するロボット。
これらは最新の科学の分野では特に熱い議論を呼ぶものだろう。その倫理から、可能性、そしてそれがもたらすだろうモノについて。
倫理はひとまずおいておくとして、すでに将棋や囲碁の世界ではロボットが人間に混じって対戦することはすでに実践されており、かつかなり優秀な成果を出している。人間しかなしえないはずの対戦をロボットはその圧倒的記録能力と最適解の計算能力によって、人間にも勝てるようになった。これは科学の成果だ。
一方で魔術世界ではどうだったろうか。
今日においては科学の後追いをしていると言われる魔術世界においても、自律したAIのような発想は存在した。むしろそれは過去、はるかなる神代には存在しえたと言えるだろう。
例えば、ウルクの王、最古の英雄、ギルガメッシュの友であったエルキドゥは、始まりは土くれで作られた粘土細工であった。その肉体そのものが神によって作り出された宝具、神代の強力な兵器であったが、理性も智恵もないことから父アヌより女をあてがわれ、それによってエルキドゥは理性と智恵を得た。
アインツベルンの作り出したホムンクルスは人の姿をし、人のように話をし、人のように感情を持つ。
前述の例はコンピュータという計算機からは程遠くあるも、魔術世界においてはかなり以前から様々なものに自我や自立心、智恵や理性といったものを持たせることに成功しているのである。この点に関しては未だ科学の及ばぬ神秘であり、現代人からみれば魔法のような事柄であろう。
しかし未だコンピュータと自我の複合には成功していない、と表現するよりもコンピュータという機械が魔術とは相容れぬものであるため、自我を持ったコンピュータといったような発想が生まれなかったのだ。これは現代の魔術師でも多くが科学によって持たされた恩恵とは程遠いところで生活しているためにどうしようもないことであろう。
だが、そんな魔術世界の中でもアトラス院は少しばかり毛色が違ってくる。ロンドンの時計塔が前述した科学を後追いするような魔術であるとすれば、アトラス院はそもそも「人間」を「計算装置」とみなしている。「人間とは運動機能(五感)をもった類い稀なる計算装置である。情報を収集し、解析し、生まれ出る数々の問題に、労働力としてダイレクトに対応できるよう進化した知性体が我々人間である」というのがアトラス院の信条であった。故に発想が逆なのである。「自我を持つコンピュータ(計算装置・演算装置)を作る」のではなく、「人間により広い演算領域と演算回路を与えよう」とする。それがアトラス院の発想であった。
アトラス院は古くから錬金術師の集団で、彼らが思考する演算装置として人間の機能を拡張しようとしたのはごく自然な流れであった。手に斧を、足に靴を、体に衣服を、そして計算のためのコンピュータを、と科学が人間の機能を拡張してきたように、アトラス院もまた人間の機能を拡張しようとした。それも魔術的・錬金術的な方法によって。
彼らはもとより高速思考、思考分割といった人体を演算装置にする術に特化している。今までにも何体ものホムンクルスを作り上げ、その圧倒的思考速度と、いくつもの事象を分割して同時に演算を行うことができるアドバンテージを持った彼らを魔術の研究に携わらせてきた。
アトラス院が時計塔とは違う視点で、早くから多くのホムンクルスに自我を持たせることに成功してきたのは、人間の魂を擬似霊子と捉えていたという点も大きい。数学が想像上の数である虚数iを用いるように、擬似霊子で出来た想像上の世界虚構世界を想定したのである。この虚構世界においては肉体が存在せず、魂をはじめとするありとあらゆるものが擬似霊子、もう少し言い方を変えるとデータ化された状態で存在する。
人間と言う演算装置の欠点の一つとして肉体による制限が上げられるだろう。だが、擬似霊子虚構世界においてならば、肉体もまたデータ化されたものであるため、無限に拡張することが出来る。魂の存在、自我の存在、そして人間と言う存在をなんの制限もない虚構世界に解き放ち、そしてそこで一から最適な存在を生み出す。これは全て想像の中で行われる話だ。人間の演算領域を拡張するに当たって「最適な肉体」「最適な精神」「最適な神経」「最適な魔術回路」そして「最適な自我」を虚構世界において想定した。それら最適と呼ばれるものたちを集合させ、改めて現実世界に落とし込んだもの、それがこの物語の一人目の主人公である。
2017.07.26
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