箱庭小箱

SS

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

湿気とキノコ

 しっとりと水をカサの中にたたえた水キノコンはベッドの上に。シーツは湿り床には水たまりができている。風キノコンは天井のあたりに留まって、草キノコンはもはやどこと表現できないほどにそこら中に溢れかえっていた。
 湿気と地脈の変化によりどうやらティナリと蒼月の家はキノコンを呼び寄せる場所となってしまったらしい。
 ティナリはため息を吐いて手近の水キノコンを外に蹴り出した。幸い体は小さい個体ばかりで凶暴性も低い。無理に退治するほどのことではないが、とはいえここから追い出さなければ生活は成り立たない。
「困ったわね」
 蒼月は心底疲れたという表情でそう言いながら、風キノコンを捕まえてぷにぷにといじっている。先程まで教令院で講義をしていた二人はとてもここからキノコンを掃除するほどの元気はない。
 ティナリと蒼月はしばしの間キノコンをぷにぷにと弄りながら天井を見つめていた。
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2024/05/11
#ティナリ
#蒼月
#原神
最近の自カプ何してる

「きた……!」
 涼やかな風が森の合間を駆け抜ける。美しい緑は今日も青々と空に広がっていた。
 アビディアの森の一画、ティナリと蒼月が住まいと定める古い木の家は昔からの知恵を活かして古いながらも快適な生活が用意されている。
 ここのところ蒼月は朝になるとティナリの寝ていたベッドに這いつくばって毎日何かを探していたのだが、今日はついに目的のものを発見したらしい。
「ついに来たわ! この時期が!」
 蒼月が手に持っているのは深緑色のふわふわとした綿のようなものである。それはティナリの抜け毛だ。
 ティナリはまたこの時期かと言わんばかりに耳を垂らした。
 つまるところ換毛期というやつである。稲妻ほど四季が明瞭ではないものの、ある程度まとめて毛が抜けるためこの時期のティナリと蒼月の家はとにかく毛玉であふれかえる。掃除が面倒なことこの上ないのだが、換毛期の後のティナリの尻尾は新鮮なふわふわの毛になるのでこれがあまりにも気持ちいいと蒼月はこの時期を密かに楽しみにしているのであった。
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#ティナリ #蒼月
#原神
2024/05/10
ドロボウまみれ

ティナリと蒼月
 子どもの洗濯物はいつの時代も両親を困らせる代物である。彼らはまるで予測のできない汚れと共存しており、帰宅して脱ぎ散らかした洋服はとても知りうる知識では即座に洗い落とすことが難しい謎のシミがついているものだ。
 はてさて、ティナリと蒼月はよく両親を困らせた。二人は全身泥にまみれて帰ってきたことも、リシュボラン虎の糞の中で暴れたと思うことも、得体のしれないきのこの胞子に包まれて帰ってきたことも無数にある。
 此度、母が悲鳴を上げたのは洋服といい尻尾といい翼といいありとあらゆるところにドロボウをひっつけて二人が帰ってきたからであった。もはやドロボウの精霊と呼んでも差し支えのないその姿に母は呆れ返って笑いしか込み上げなかったという。
 ふさふさとしたドロボウに包まれて別の生き物に見えたという話だ。畳む


2024/05/10

2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

寝たふりとキス

 フィネフェルがセノの隣以外で眠ることは珍しかった。彼は瞼を閉じるというただそれだけのことにすら抵抗が大きく、普段はセノの手を握りながらでなければ眠ることができなかった。ただ、今日は新人の指導でフィネフェルですらずいぶんと疲れているようで、ソファに横になって新しく取り寄せたばかりのレシピ本を腹の上に乗せたまま眠っている。セノは半開きになっているフィネフェルの唇に顔を寄せる。
「フィネフェル、風邪をひく」
「……」
「フィネフェル、起きないとキスをするぞ」
「……」
 セノは沈黙を守るフィネフェルの唇に自らのそれを限りなく近づけてお互いの呼気を交換しながら、そこに言葉を乗せた。
「俺に寝たふりは通用しないと知っているだろう、起きろ」
「……結構うまくいったと思うんだけどな」
「舌の根が震えたな。もう少し頑張るといい」
「キスは?」
「もう眠い、俺も寝るから詰めろ」
「キースーはー?」
「おやすみ。また明日だ」

次の日

 鮮やかな朝日とともに目が覚めて、蹴散らしたシーツをもう一度蹴り飛ばして落とすとセノは自分の腰に回ったフィネフェルの手をベッドに落とした。
「……んー……」
 まだ寝ぼけているフィネフェルはもぞもぞとシーツの中に潜り込もうとしたが、シーツはさきほど蹴り落としたばかりなので潜り込む先がなくぱちりと目を開いた。
「しーつ……」
「起きろフィネフェル、俺は行くぞ」
 セノもあくびを一つしてそのままダイニングの隣の洗面所へ移動しようとしたが、一歩踏み出したときにフィネフェルがセノの手を取っのでセノはたたらを踏んで一歩さがってそのままベッドに尻もちをつく。じとりとまだ眠そうな目でフィネフェルも睨むとフィネフェルはふにゃっと笑った。
「きすしてくれたら起きる」
「なぜだ」
「きのう言っただろ、また明日って」
 そういえば昨日はセノも眠かったからそんな話をしたような気がした。あまり記憶がないがフィネフェルが言うのだからつまりそういうことなのだ。セノはため息を吐くと「どこに?」とだけ言う。
「くちびる」
「額」
「やだ」
「頬」
「絶対やだ」
「……わかった」
 単純な力比べになると身長が高いフィネフェルに分がある。手段がないことにもないが、体に慣れた方法を取ると寝起きのフィネフェルをもう一度ベッドに沈めそうなのでやめることにした。諦めてフィネフェルの目を空いた片手で覆うとちゅっ、と小さくキスをする。フィネフェルがふふふと嬉しそうに笑った。畳む

#セノ #フィネフェル
2024/04/08
歯磨き

 職位に似合わぬ古く狭い家をフィネフェルもセノも気に入っている。家を広くするということに強い関心も持てず、学生時代から使っている古いアパートで生活しているのだが、大家はマハマトラがいると治安が良くなったと家賃を下げてくれたので二人はますます出ていく理由もなくなったのだった。二人での生活も苦ではないが、二人共起きる時間が近いこともあり、洗面台で渋滞を起こすのは少しばかり手間であるようにも思う。
 そんなフィネフェルが編み出した手法が、セノとの身長差を利用した、セノの頭の上のスペースの活用である。頭一つ分ほどの差を利用して、フィネフェルはセノの頭越しに鏡を見ながら歯磨きをするのだ。初めてその方法で時短したところ、セノはもごもごと何か文句を言っていたようだがフィネフェルはよくわからないことをいいことに黙殺している。おおかた、身長がでかいことに対する何かしらであることが推察されるのでつむじを押しておいたところ、次の日からジャッカルヘッドをかぶるようになったので今は耳の間から鏡を見ている。畳む

2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

フィネフェルとセノで抜きあいっこのSS R-18

 初めて精通を迎えてから、セノとはよく抜きあいっこをしたことを覚えている。今思うと随分な子供の好奇心であった。しかしリサからは局部を他人に見せるのは本当に愛し合った人とだけよと強く言い含められていたため、他人にそのことを話すことはなかった。恥ずかしいものだと重ねて言われていたからだと思う。だけれども、リサにそのようなことを言われていたからこそセノとはお互いに見せあったのだ。なぜならそのころからセノのことが好きだったし、セノも自分のことを好きだと言っていた。それは愛するというにはほど遠い感覚であったけれどもそれでいいのだと思っていた。
 
 椅子に腰かけ、セノを膝の上に乗せる。衣服などお互いとうにはぎ取った後のことで触れ合ったところから体温がよく伝わってきた。普段から露出の多い服を着ているわけだが、いざ裸になればそれなりに緊張するものだ。見られていると不随意に筋肉が動く。ぴくりと痙攣したセノの腹筋を見て、そういやその中にいつも入っているんだよなぁと思うと興奮した。
「おいなぜだ」
 セノがあきれたように立ち上がった陰茎を見て、それから触れる。自分よりも小さなセノの手に捕まれるとどうにも止まらなくなって、完全に立ち上がったそれをあきれるようにセノは眺めていた。
「全くどうしようもないな」
「セノも大して変わらないじゃん」
「それは……」
 いつもこれが腹の中に入っていることを意識したのだろう。セノを羞恥させるには事実に即した想像をさせるのが一番手っ取り早いと最近覚えたので、セノをたたせるときはいつも最中のことを思い起こさせるようにしている。物覚えがいいということは、つまり最中の感覚もよく覚えているということだ。足に力が入ったのがわかる。おおよそ、勝手に後ろを締めたのだろう。早く挿入したいと思いつつも、最近は昔のように向き合って抜きあうのが習慣になっていた。それに明日は大捕り物があるので今日はあまり激しくできない。一回きりじゃお互いに満足できないことは知っているからこうして抜きあうのだ。
 お互いのものに手を添えて、お互いの目を見ながらゆっくりと刺激を与えていく。セノが物欲しそうにしていたので空いた片手を後頭部に添えて引き寄せてからキスをした。先走りがあふれてぐちぐちと水音が響く中、口内をかき混ぜればやはりこちらも興奮しているのかいつもより多い唾液が水音を響かせている。くちくち、ぬちぬち、ぐちゅ。ただの水音と言ってしまえばそれだけだが、その正体を知っているとやけに煽情的だ。
「ッ……! フィネフェル、もう」
「俺も」
 陰茎をすり合わせて、セノの手ごとを握りこんで強くしごけば二人ほぼ同時に達した。手の中に広がるあたたかく粘ついたものはあふれて俺とセノの腹にもかかる。もともとバランスの悪い姿勢で俺の足の上に座っていたセノは体を前に倒して首筋に顔を埋めていた。達した感覚に酔いしれながら、ぼんやりとしている。
「やっぱりイれたいなぁ」
「だめだ。我慢しろ」畳む


2024.1.21 執筆
#フィネフェル #セノ #R18
セックスしないと出られない秘境単発SS R-18

フィネフェルとセノでセックスしないと出られない秘境です。濡れ場があまり長くならなかったので今後追記してごりっと長くしたい。
なお地雷になりうる案件としては、秘境に入ってセックスして、そのことを報告の必要がありクラクサナリデビにすべてばれていることです。彼女はめちゃくちゃ真面目に聞いていました。なおアーラヴも若干察している描写があります。

 テイワットに点在する秘境と言うものは、その成り立ちによって大きく二つに分類される。一つは魔神戦争よりもはるか昔、龍の七王が支配するよりもさらに前に作られた祭壇としての役割と果たすと考えられるもの。もう一つは時代が下り、魔神や仙人たちあるいは実に強大な力を持つ一個人の人間がなにがしかの目的をもって、あるいは戯れのように作り出したものである。形状が似ているのは後に作成されたものが先に作られたものを真似することが多かったからだ。時代が下れば下るほどその形状も多様になっていくが、今はその歴史については置いておく。
 スメールの砂漠地帯にも秘境は非常に数多く存在している。ひとたび人が迷い込めば時に命を奪いかねない非常に危険なものから、全く持って無害なものまで、秘境の在り方は実に様々だ。(無害すぎる秘境は時に子供の秘密基地になることもある。)これらの秘境は冒険者協会が管理し、その調査を行うことが多いが、スメールでは学術研究絡む場合においてこの調査をマハマトラが担うことも多かった。
「フィネフェル」
「さほど古いものではない。装飾などから考えるにキングデシェレト文明の頃に作成されたものだという。学者の残した記録によれば、この部屋の中に研究結果を隠し置いているらしい。秘境に関してはその脱出条件も含めて口を割らなかったが、秘境の出入り口と思しき部分に複数の、デシェレト文明時代の言語で二人一組の入場を指示している、というのがアーラヴから上がった情報だな」
「要するに何もわからないということだな」
「だから俺たちが呼ばれたんだろう」
 セノは大きくため息をついてから、秘境の入り口を示す石門を撫でた。
 遺跡の奥深く、さらに隠し戸によって隠されたその小さな部屋は今でこそ朽ち果てているが、部屋中に華美な色彩による様々な装飾が施されていた痕跡がある。まるでこの秘境に入る為だけのようにデザインされた部屋のようであった。部屋自体は狭く、大勢の人間がたむろする場所ではない。せいぜい三人あるいは四人、二人で活動するのがちょうどよい広さであることを考えると、この部屋の装飾には本来この秘境の目的などが記述されていた可能性がある。塗料ははげ落ち、今や石に刻まれた文字だけが秘境の在り方を示しているのがなんとも嘆かわしい。
「どう見る?」
「変数が多すぎる。推測するにもそれはただの憶測にしかならないな。十分に注意して入るしかないだろう。フィネフェル、俺の後に続け」
「わかった」
 教令院の大マハマトラと補佐官が派遣されたのは、この二人が神の目の持ち主だからである。秘境の多くは元素力を行使してその秘境に隠された秘密を暴くものも多く、また秘境に充満する地脈の異常が神の目を持たない人間には強く影響しすぎることもあり、こういった秘境の調査は大マハマトラの仕事の中でも重要なものの一つだ。特に今回はこの秘境の中に証拠となる資料の保管がされている裏付けが取れていることもあり、冒険者やその他の者を雇って調査させることもできない。
 秘境の中はあまりにも予測できない世界だ。何を準備するにも諦めて飛び込むしかない。秘境調査についてはすでに草神クラクサナリデビに報告を上げており、一週間以上戻らなければ何らかの対策を講じることもすべて承知している。あとは自分たちの力量不足でうっかり命を落とさなければ一週間後には出られるだろう。
 セノは手荷物を簡単にチェックしてそのまま秘境に触れた。一瞬、秘境の入り口がセノの姿を大きく映し出しそして鏡面が揺らいだと思うとセノの姿はそのまま溶け込むように消えてしまった。フィネフェルも同じように秘境に触れてその深淵に飛び込む。目を瞑っても瞑らなくてもどの道何も見えない。時には恐怖を再現することすらあるのでどの選択肢をとっても失敗する時はする。
 秘境の内部は製作者の様々な思惑によって左右されるため固定された形式と言うものは存在しなかった。フィネフェルは自分の視界が戻ったことを確認するとまずセノの姿を探した。セノはフィネフェルの少し前を歩いており、すでに秘境の中を見聞している様子である。
 フィネフェルも簡単に秘境の中を見渡して、この場所が動いても即死のトラップが用意されたような場所でないことを確認した。簡単に見渡した限り、夜空に浮かぶ月に照らされた浮島の上という印象を受ける。部屋の中央には寝台らしきものが一つ、大きな木と水をたたえた泉が一つ、その他こまごまとしたものがいくつか点在しているがその細部までは一目ではわからない。
 フィネフェルより先に秘境の全貌をとらえていたセノは、小さくうめき声をあげる。
「七面倒な……」
「セノ?」
 セノはフィネフェルに顎で部屋の中央の寝台とそこに添えられた石碑を指し示す。
 古い文字だ。キングデシェレト文明の当時のものでさすがにセノもフィネフェルも一目では読み解けない。某書記官の話によればすべての若者は教令院卒業までに二十の言語を習得するというが、残念ながらその言葉は真実でもあり虚偽でもある。主語や挨拶、頻発する文面を理解することはできてもその細部を読み解くことができるのは知論派のごく一部の学者に過ぎないだろう。セノもフィネフェルもさすがに教本が必要だった。ただ、この石碑に書かれた文字は一つではない。大本となった文章の脇、あるいは石碑の横、そういったところにいくつもの文字が刻まれている。おそらく時代を重ねながら誰かが翻訳を繰り返しているのだろう。見慣れた文字も含まれており、その文面はセノとフィネフェルにも一目で読み通せた。そして絶句した。
「……フィネフェル、この場合性交は何を意味すると思う?」
「……射精までか?」
「男性同士の場合挿入する側はいいが、挿入される側はどういう判定になるんだ」
「そこまで聞かれても困るな」
 二人はそこまで話をして、大きくため息をついた。怒りか、あきれか、混乱か、処理しきれない状況に追われて瞼がひくついている。秘境脱出の条件として突き付けられたものから意識が飛んでしばしの現実逃避の後に、二人は迅速に動き出した。
 まず第一にしなければならないのは翻訳である。石碑の文字は複数の言語で翻訳されているようにも思えるが、そこに誤訳がないとも限らない。可能な限りすべての言語を照合しなにがしかのヒントがないか探るべきだ。そして同時にこの秘境にやってきた目的を果たさなければならなかった。幸いにしてこれはさほど時間がかからず、セノは秘境内を探索し学者の残した資料を発見した。次に秘境のほころびを発見することである。特に後世に作成された秘境にはポケットのように特殊な環境下で突然抜け落ちるように脱出できる場合がある。現実との整合性が取れない結果なのかもしれない。そのほころびを発見することができれば秘境の脱出の条件を満たさずとも脱出できる可能性がある。
 二人はこれを手分けして調査することになる。セノが秘境内の状況を一通り調査する間、フィネフェルは石碑にかじりついて文字を解読していく。幸いにして普段持ち歩いている手帳には、言語を照合するに必要ないくつかの情報は記載してあった。遺跡探索には時として古代文明の文字の読み解きが重要になってくるからだ。三十分ほどの調査の後に役割を交代することにして、そして交代を繰り返し半日後には二人は沈黙のまま床に腰かけていた。
 秘境は空中に浮かんだ浮島のようである。二人が座っている場所は明確に足場があるが、もともとこの足場は水に浮かんでいるものらしい。つまり土台となる浮島があり、そこはどのような形でか水で満たされている。その水の上にもう一つ足場を置いて今の形を作っている。水は浮島から流れ落ちて虚空へ消えていく。土台から下を覗いてみたが暗闇が広がるばかりでその先に何があるのかはさっぱりわからなかった。小さなものを落としてみると代わりに中央の寝台の上にぽつんと落ちてきたので、この空間はループしているらしい。この空間にあるものは中央の寝台と石碑、それから引き出し、木が一本だけ生えている。木の根元には大きなうろがあり、形状的にここが出口になりそうにも思えた。だが、結局何もない。木の根元には水が広がっており、美しい水が湧き出ている。引き出しの中身は見たくなかったが、潤滑油その他のものが置かれてり、とりあえず手に取って見聞してから戻した。石碑を翻訳するまでもなく、つまりそういうことなのだろう。
 石碑の翻訳は幸いにして簡単に済んだが、中身は簡単にはいかない。結局この秘境の出口を生成する条件は性交なのである。石碑の文字にはジンニーを呪う言葉が時々散らばっていたため、どうやらここはジンニーが作ったものと考えるのが妥当のようだ。
 秘境の中を調べる限り、ほころびは見受けられない。二人は顔を合わせるのも気まずく沈黙したまま床の一点を見つめている。口をきゅっと結んだままの沈黙がしばらく続いたがその先に口を開いたのはセノの方だった。
「フィネフェル、挿入する側とされる側どちらがいい」
 こういった場面で思い切りがいいのは大抵セノの方だった。自分の知識を最大限駆使してこれ以上ないほどこの秘境を調べつくしたということはセノ自身が本当によく理解している部分なのだろう。だから、もうこれ以上調査するよりも早急に資料を持ち帰りたいのならばセックスをした方が早いのだと、セノの中では結論が出たらしい。
「セノ……」
「さっさと資料を持ち帰りたい。次の仕事もある」
「あのな……」
 思い切りと割り切りのよさはセノには叶わないとフィネフェルは自覚している。だからもう少しだけ悩みたい気持ちはあったが、セノの心はすでに決まっているようだ。
「俺はどちらでも構わないと思っているから、そうすると俺がされる側に回った方がいいか?」
「嫌だ」
「なら俺が挿入する側か?」
「絶対に嫌だ!」
 フィネフェルの口からついて出たのは思っていた以上に強い言葉だった。喉から絞り出したような、半ば怒声に近い声に脳を揺り動かされたのは、自ら発言したはずのフィネフェルの方だった。思わずと言った様相で口に手を当てる。目を大きく見開いてセノを見ると、セノは口をへの字に結んで、目を細めた。
「嫌なのはわかるが」
 そこでセノは口をつぐむ。先ほどよりも威勢もなく、しゅんと落ち込んだ様子のその姿を見てフィネフェルは慌ててセノの手を取ろうとする。だが、セノは反応しない。
「セノ」
 フィネフェルは大きく目を見開いて、セノの手に触れればその手は小さく震えていた。
「嫌ならいい。もう少し方法を探そう。一週間待つのも手だ。だが先ほど学者の研究資料を見聞した時、この研究はもう一つ別の研究に繋がっている話が記載されていた、加えてそっちには犠牲者が出る可能性がある。早く、この資料を表に出したい。だから、俺はあと二時間調査したうえで何も発見できなければお前を叩きのめしてでも条件を遂行してもいいと思っている。それはできればしたくないが、覚悟しておけ」
 冷たい声だった。しかしフィネフェルはセノがこういった淡々とした事実を突きつけるようなことを言い出すのはセノ自身がショックを受けているときであると知っている。怒りではないのだ。ショックを受けたから、平静を保つために言葉から平静さを取り込もうとしているのだ。
 セノは立ち上がろうとする。その手に縋ったときフィネフェルは泣いていた。思わずして感情が溢れて、セノの言葉を大きく拒絶してしまったけれども、実際のところその言葉の真意はそこにはない。早く否定しなければと焦れば焦るほど涙が止まらなくなる。セノのことが嫌いなわけではないのだ、決して、決して、決して。
「セノ、待って、お願いだから待って」
「フィネフェル時間がない」
「違う! 嫌なんかじゃない!」
「……」
 悲鳴のような言葉は散逸した。どこまでも跳ね返ることなく虚空に消えていく。
「嫌じゃない、セノ。俺は……嫌じゃないんだ、むしろセノを、」
 抱きたいと思っている、と言う言葉はしりすぼみになって消えていく。セノの体が動揺するように一つ、震えたのがわかった。
「抱きたかった。ずっと。セノのことが好きだった。セノを抱いて全部俺のものにしたかった。でも俺はセノを犯したいわけじゃないんだよ。セノが受け入れてくれて俺のこと好きだって言ってくれて、それでセノが許してくれたら、って思ってた……だからこんな強制されるような形で、同意じゃなくて理性で、なんて、嫌だ……って」
 ごめん、とフィネフェルは言ったきり俯いてそれ以上何も言わなくなる。片手でセノの手を握ったままだったけれども、顔を見るのが怖いとでもいうように足元の石畳を見て唇をかみしめている。
 フィネフェルの頭をセノの手が撫でる。
「フィネフェル、すまなかった。お前はそういう風に思っていたんだな。俺もお前のことが好きだよ」
「……」
 嗚咽と涙の合間でフィネフェルは何かを言おうとしたが言葉にならない。
「俺は、お前のことが好きだよ。それはお前の出自に関係しているものじゃない。性愛を伴ったものなのかはよくわからなかったが、でもお前が俺をそんな風に見ていたと知って、それならいいかと思った。お前は……俺を抱きたいんだな」
「……うん」
「ならさっさと準備してくれ、あ、いや、俺が準備するのか?」
「俺がやりたい……」
「わかった」
 セノがフィネフェルの手を取って立ち上がらせる。兜だけを脱いで、セノはフィネフェルを泉の中に突き落とした。
「わッ」
 びしょぬれになったフィネフェルが慌てて水の中から顔を上げると、恥じらいもなく服を脱ぎ捨てたセノがフィネフェルの上に着地するように飛び込む。水がはじけて涙も消し飛んだ。
「わッ!」
「フィネフェル! 俺は初めてだ、のちのことも考えて傷はつけるなよ」
「わ、かった」
 セノを抱えてフィネフェルはどうにも視線のやりどころに困ったように目を泳がせたが、考えてみると今まで何度も風呂に入っている上に、一緒に抜きあった経験もある。今更かと思えば今度はこの状況に対する高揚感・興奮・欲求が湧き上がってきた。ずっと抱きたいと思っていた、好きだった相手がこのように身を許してくれる状況で勃起しないほどフィネフェルはまっさらではなかった。
「早いな」
 セノが兆したフィネフェルの陰茎に触れるので、さすがに気まずさと恥ずかしさを覚える。それを隠すようにセノの唇にかみつくと、セノは腔内で笑い声を響かせる。セノは声を出して笑わない。フィネフェルの方がずっと人前でよく笑うけれども、セノはフィネフェルの前では大口を開けて笑うことこそないけれど、口の中で笑いをかみ殺すようにわずかに笑うのだ。それがフィネフェルは好きだった。自分だけに許されたセノの喜怒哀楽を知っているからだ。
 舌を絡めて、腔内を丁寧に撫でていく。直接触れる粘膜の熱が心地よく、いつまでもこの場所にいたいような気がしてくる。セノを抱えて半身水に漬かっているから、下半身は冷えていくばかりのはずなのに気づけば全身が熱を持っていた。もっと触れてその奥まで全部犯したいと思う。喉の奥まで舐め尽くしたいけれど、さすがにそこまで舌が届かないから、代わりに歯を撫でてその形を丁寧になぞった。熱が触れ合って溶け合って、だんだん何を触っているのか感覚が崩壊していく。柔らかな肉の合間にある粒の塊がなんなのかわからなくなって、つい力を入れると鋭い犬歯で舌を切った。それを皮切りにフィネフェルはセノから口を離す。
「血なまぐさいキスだな」
「勢い余った」
「だろうな。息が途切れるかと思った」
 フィネフェルはセノを体の前で抱えたまま、水の中から立ち上がる。体を拭ってもよかったが、その時間も惜しい気がして、セノを寝台に降ろすとそのままお互い濡れたままもう一度口づけを交わした。ズボンが濡れて体温は常時散逸し続けているはずなのに、下半身の熱は冷める気配がない。
 それから口づけを何度も交わしながらフィネフェルはセノの細い体に手を添わせていく。この体は自分よりもずっと細いのに、自分よりもずっとしなやかに動くのだ。その筋肉の一筋一筋をいとおしむように丁寧に撫でると、セノは口づけの合間にくすぐったそうに身をよじって笑っている。
「フィネフェル、くすぐったい、さすがに無理だ」
「もっと触りたい」
「またいつでも触らせてやる。今は、少し時間がない。初めてが性急で悪いが、急ぐぞ」
「……それは俺のセリフだと思うけど」
「知らないな。それに俺も少し苦しくなってきた」
 見ればセノの陰茎もすでに兆していた。フィネフェルほどではないが、十分に持ち上がって先走りをこぼしている。
「……無理かと思ってた」
「今から抱かれると思いながら触れ合ってればこうもなる。お前は知らない仲ではないし、お前のことが嫌でもない。それに俺もつまりそういうことなんだろう」
 セノの表情はほとんど変わらないのに、その瞳がいたずらっぽく揺らいでいる。まるで子供が親をだませたようなしてやったりと言う感じを感じて、フィネフェルはしゃべっている最中のセノの陰茎を握りこんで軽く上下にこすった。声を出すのは嫌なのか、とっさに唇をかみしめたので傷にならないように指で唇に触れて、口を開けるように促す。あいたところに指を入れて「声を出して」と頼めば否定された。
「お前相手に悲鳴などあげてやるものか」
 セノの意地にフィネフェルは笑う。親友であり、思いを伝えあった今でも自分たちはライバルのような関係でもある。確かに自分が逆の立場でもセノに啼かされるのは癪に障る気がする。……先ほどぼろぼろと泣いたことはこの際記憶から吹き飛ばすことにしたフィネフェルは、セノにもう一度口づけして「中をほぐすから力を抜いて」と言う。
 とはいえその一言で力が抜けるのならばそんなに難しいことではない。意識を快楽に持っていってセノ自身も達することがなければそれはフィネフェルの一方的な痛みを与える行為に過ぎない。
「自分で握って刺激して。俺はこれから中をほぐして挿れられるようにするから、その間その感覚を快楽に置き換えて」
「難しいことを、い……ッ!」
 手早く潤滑油を引き出しから取り出して、手の熱を移す。そのまま尻のすぼみに指をあてて軽くも見込むようにするとさすがに抵抗があったのかセノは身をよじった。それでも律義に自分の陰茎を握ったままわずかに刺激を続けている。とはいえ手が震えているので意識は完全にフィネフェルの手に持っていかれた様子だった。
「セノ、続けて。挿れるよ」
「さ、す、がにキツいな」
「うんキツい」
「いや俺の気持ちの話だ」
「俺はキツくないすごく楽しい」
「そんな話は聞いていない」
 仰向けに寝かされ大きく足を開かされたセノは抵抗する術が少ない。フィネフェルの方を膝で小突くような形で抵抗を示した。とはいえこのような状態でもセノが抵抗したいと思ったのなら、二人の体格差も不利すぎる態勢の差も関係がない。この状態を甘んじて受け入れているのはセノの方だった。
 フィネフェルは指を中に進めていく。まずは一本、熱を持って絡みついてい来る体温をかき混ぜるようにかき分けるように少しずつ中に推し進めていった。異物に対してセノの中は困惑したように、フィネフェルの指を取り囲んで触れてその状態を探ろうとしているようだった。口の中以上に強い熱と締め付けが指を通して伝わってくる。揉みこむように動く体温にフィネフェルの熱はさらに上がっていった。
 潤滑油を足しながらさらに奥に進めていくと、セノの手は完全に止まって自身の陰茎に軽く触れるばかりになる。意識が完全に体の中に持っていかれている様子だった。それを見てフィネフェルは空いた片手をセノの太ももから離す。状態をよく見たくて足を大きく上げさせていたが、それよりもセノの感覚を前に持って行った方がうまくいきそうだ。セノの小さな手ごと陰茎を握りこんで上下にしごくとさすがのセノも口を閉じる方向に意識がもっていけなかったようだ。
「あッ!? くそっ、フィネフェル声をかけろ!」
「可愛いよ」
 セノはもう一度膝で小突く。
 中で指がグネグネと大きく動く感覚と、陰茎に触れられるいつもの感覚にセノの体が小刻みに震えている。そろそろ前の限界が近いかなと察して陰茎を触る手はそのまま、フィネフェルは指を一度抜くとそのまま二本目を挿入した。痛みが多少強いかもしれないと思いながら、この感覚を前につなげられたら話が早い。セノが達したのはそれからすぐのことだ。白濁を吐き出して腹を汚す。前から思っていたがセノの褐色を肌に白い精液が飛び散る様はひどく扇情的だ。可能ならば自分のもので汚したいと思えば、下半身にさらに熱が集まったような気がした。
 荒く息をついて脊髄から脳まで錯綜する快感に一瞬身じろぎしかしなくなったセノに三本目の指を追加した。感覚が麻痺している間に挿入できる準備を済ませておいた方がいい。まだまだ慣らしが足りないが、一度達したせいで体が弛緩している。指は比較的安定して中に飲み込まれていった。これほどあれば十分か、あと一本入れたい気もする。
 尻のすぼまりこそ弛緩しているものの、体の中身は今まで通り指に絡みつく。まるで吸い付いてくるような感覚に脳がくらくらとしてくるのを感じた。自分もそろそろ限界を感じている。直接的な刺激を与えていないせいでまだぎりぎり達していないものの、これ以上じらしたら触らないうちにそのまま出してしまいそうだ。
「セノ、挿れたい」
「うっ……いけそうか……」
「少し痛いかもしれん」
「いい……あまり長く時間をかけてもられない。あまりにも出血しないならそのまま進めろ……」
 達してから少しばかり冷静になったのかセノの口調がはっきりしている。
 ズボンを降ろせば限界にまで張り詰めた陰茎が、セノの中に挿入するのを今か今かと待っていた。セノは自身の足の間からその様子を見てさすがにいたたまれないのか、顔をそらす。
「……そんなに興奮したか……?」
「そりゃ、ね」
「そうか、それは……健全、な、こと、だな?」
 セノは困惑したように感想を漏らした。さすがに何を言えばいいのかわからないらしい。
 手のひらから熱を移した潤滑油を自身の陰茎に垂らして、尻のすぼまりに先端を当てる。指を引き抜いたばかりであるからまだわずかに口が開いたそこが挿入されるのを今や今やと待ちわびているようで、その光景に頭が沸騰しそうだ。
 ぐ、と腰を推し進めればセノは息をつめた。そのまま手のひらで口を覆って声が一息を漏らさないように必死な様子である。可能であればセノがなりふり構わず喘ぐのを聞きたくもあったが、今はその時間はなさそうだ。これから、これから何度もこういった機会は訪れるだろう。今回は許してやろうとフィネフェルは思う。次の時には声を聞かせてもらいたい。喉の奥からひきつるような快楽の悲鳴を耳の中に残したい。
 先端を飲み込んで、一番深いところをゆっくりと推し進めていく。フィネフェルは同時にセノの前に触れた。痛みか、混乱するような感覚のせいか、一度出したことも相まってセノの陰茎はすっかりとしぼんでいたが触れてやれば少しだけまだ芯を残しているようだ。
「セノ」
 フィネフェルが呼べばセノは視線だけをよこした。
「今誰に抱かれてるか思い出して、これからも何度も抱く相手のことを考えて」
 この腹に出すのは誰か、セノが今この行為のすべてを許しているのは誰か、全部、思い出せと命ずればセノも自然とそのことについて考えたらしい。瞳がうるんで、同時に陰茎が芯を持つ。挿入されている強い違和感から自身が今抱かれていることにきちんと意識が戻ったようだ。
 根元まで入り込んだ。今、セノのすべてを暴いているのはフィネフェルにほかならず、これからもフィネフェルただ一人だと思うと気がおかしくなるようだ。
「セノ」
 十分に芯を取り戻した陰茎に触れながら、わずかな間の後に少しずつ腰を送る。大きく出し入れを繰り返してもよかったが、初めてであまりにも強すぎる刺激は後に響きそうだ。今日は、不本意ながらも完全な状態ではない。もっと激しく追い求めるのはまた今度にしようと思う。どの道セノの中はぎゅうぎゅうと締め付けてくるのでそれだけで十分に達することはできる。それは体の反応でしかないとわかっていても、先端から根元まで、自分のものをセノのすべてが求めているようでその興奮は計り知れなかった。フィネフェルがわずかに動くたびに息が漏れるように小さく叩くような音が喉から漏れている。潤滑油で十分に滑る中はもう少し動かしても大丈夫そうだった。陰茎をしごきながら、片手でセノの足を支えて持ち上げて、そして少しばかり抜き出した自分のものを少し勢いをつけてセノの中に押し込む。終わりがあるわけではないのだ。なのに自分の根元とセノの尻たぶがぶつかって音がするとまるで先端がセノの体の最奥を突いたような感覚を覚える。錯覚だ、すべて、なのにその錯覚がセノのすべてを暴いた実感になってフィネフェルはその最奥ですべてを吐き出した。同時にセノの陰茎への刺激も強めたのでセノもほぼ同時に達したようだった。
 愛しさが頂点に達し、一息つくとすぐに冷静さが戻ってきた。中に出されたセノはさすがに感覚の面で復帰が遅い。口から手が離れてよだれが頬を伝う。目を瞑って必死に息を継いでいるのでフィネフェルはその唇にもう一度触れてから、ゆっくりと自身のものを抜いていく。
 セノの中はまるで抜かないでくれとばかりに縋ってくるようだった。その感覚にもう一度気が狂いそうになったが、泉とそれを守るように生えた木の根元で空間がよじれる感覚がある。扉は開いた、脱出までの時間がないかもしれないことを考えればもう一度セノを抱く余裕はない。
 小さな水音を響かせて抜き去ると、セノの尻の穴はまだフィネフェルの形を覚えているようにぽっかりと穴をあけている。その中から白濁が流れ落ちる様は実に、実に心地よい。
 フィネフェルはまだ湿っているズボンを手に取って、それをもう一度身に着ける。気分は悪いがあまり気にしている暇もない。兜と共に置いてあった資料を拾い上げ、まだ完全に元の状態に戻っていないセノを抱き上げて服を簡単に着せてやりセノを抱えたまま秘境の出口に足を踏み入れる。

 ジンニーが作った秘境の真の目的は残念ながら読み取ることはできなかった。ただあの秘境の入り口を覆うように用意された部屋がやけに華美な装飾であったのは、そのために用意されたものだったのだろう。
 濡れた服は砂漠を歩く途中ですべて渇いた。秘境から持ち帰った資料はマハマトラに引き渡され、関連するもう一つの研究もすぐに調査の手が入ったらしい。
 あの秘境に関してはクラクサナリデビによって封鎖を命じられ、今はその情報も秘匿されている。調査のために足を踏み入れる者は、恋愛関係にある者同士に限られる旨を含めて今後はある程度開放もされる予定だが、その詳しい脱出条件について明確にした者の名は誰にも明かされないことになった。その事実はクラクサナリデビと何かを察したアーラヴのみが知るところである。
 ……つまるところクラクサナリデビにはすべてが明らかになっているのだった。茶会のようにして呼ばれた報告の会で、セノはいつもの無表情のまま秘境の話を全てつまびらかにした。フィネフェルはそのくだりで絶望して頭をテーブルに打ち付け熱いお茶を頭からかぶることになったがもはやそのようなやけどの痛みなど、自分たちのセックスを克明に草神の記憶に刻まれた事実からすればさしたるものではない。クラクサナリデビがからかうこともなく真面目に話を聞いていたところがさらにいたたまれなかった。笑い飛ばしてくれた方がよっぽどよかったかもしれない、などと思ってスラサタンナ聖処を後にしたセノの顔を見ると疲労がひどい。
 なんだ、セノも同じ気持ちかと思うと気持ちは少しだけ落ち着いた。
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2024.1.20 執筆
#セノ #フィネフェル #R18
魔神任務中のフィネフェルは教令院につかまっていた

 フィネフェルの呪いは厄介だ。自らコントロールもできず、どこでどのように作用するかもわからない。まるで訪れた死が運命であったかのように自然に表れるために、実のところ本当にフィネフェルの呪いなのかもわからなかった。けれどもキングデシェレトが告げたことを信じるならば、これは確かに呪いなのだ。
 セノとフィネフェルは教令院にきな臭いものを感じ、離脱する際に二手に別れたのだった。セノは人の中を、フィネフェルは森の中を通りながら十分に距離を置いて合流する予定であったが、セノはついぞフィネフェルと合流することはできなかった。アアル村に到着してからアルハイゼンによってフィネフェルが投獄された旨を伝えられ愕然としたが、教令院はフィネフェルの呪いについて過去に研究していた経歴がある。彼の呪いは教令院が所持するキングデシェレトのとある遺物を利用すればある程度コントロールできることも理解していた。その遺物を仮受けられるようセノは何度も教令院へ申請を出していたが、それは通らなかった。
 アアル村にいる間、セノはひとところにとどまることができないほどに落ち着きをなくしている。けれどもあまりにも表情に出ないことから誰一人その様子に気づかなかった。畳む


2024.1.15 執筆
#フィネフェル #セノ
#フィネフェル

キャラクターシート、過去、設定とかそんなもの。
セノお相手のえっちなお話を書きたくて設定しました。いつか書きます。
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暗い場所にいってめしょめしょになってしまったフィネフェルがセノに泣きつくけど途中からちょっと不埒な感じになった時の話です。

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画像用ディレクトリ内に、ファイル 20240114161822-admin.png は見つかりませんでした。

#セノ #フィネフェル
体格差 #R18

最近すごろくにはまっています。R-18なので未成年の閲覧はお控えください。

 どちらが挿入の側に回りたいでひと悶着あったことは事実である。とはいえ最終的にセノが挿入される側に回ることになったのは、一通りの行為に関してセノは多少なりともどちらでもよいという感覚があったからだった。フィネフェルはどうにも、絶対に自分が挿入したいセノを抱きたいという欲求が強かったため一歩も譲らず、それなら一度やってみようということになって今に至る。
 息を詰めるより力を抜いたほうが楽に入ってくるのはわかるが、最初に感じる異物感にはいつも思わず息を止めてしまう。肉をかき分けられる感覚、と言えばいいのか、ともかくも体表で感じることのない感覚なのでなかなかこれには慣れることがなかった。自分の肉が丁寧にフィネフェルの陰茎に絡みつくのがわかる。形がわかるかといわれると微妙だが、それでも明らかなソレが中に入っているのはよくわかった。
「セノ」
 荒い息の向こうでフィネフェルが名前を呼ぶ。何度も繰り返し呼びながらここにセノがいる実感を得ようとしているようにも思えた。
「フィネフェル、すこし、まて、うごッ……くなといおうとしたんだが?」
「ごめん」
 最後の一押しを性急につかれてぐうと腹の中に残っていた空気が、より体内へ押し込まれたような感覚があった。痺れるような神経の高ぶりが腰から首にかけて走って、それをやり過ごすのに思わず歯を強く噛みしめる。合わせて中を締め付けてさらにその感覚をやり過ごすのに時間をかけた。それはフィネフェルも同じだったようで思わず息を詰めて、セノの肩口に頭を押し付けた。
 お互いに大きく息を吐きだして、ようやっと落ち着くとフィネフェルはセノの肩口にそのまま頭を擦り付けて、においをかぐようにあるいはかみちぎるように鼻で触れて歯で触れる。
「……なぁ」
「……なに?」
「お前はなんでそんなに挿入したいんだ?」
「俺は……わかんない。でもセノとヤるなら抱きたいって思った」
「そうか」
 フィネフェルの身長はセノよりも高い。当然、陰茎の大きさも慎重に比例してフィネフェルのほうが大きかった。そうなると単純に考えてセノが挿入に回ったほうが身体的なダメージは少ないような気もするのだが、フィネフェルにはその理論は通用しないらしい。ただ、どうあってもセノに挿入したいのだという。
「セノは嫌?」
「……嫌ではない、もう慣れた」
「そういう意味じゃない」
 フィネフェルが拗ねたように言うのでセノはかわいいやつだと思った。畳む


2024.1.13 執筆
#セノ #フィネフェル
フィネフェル、雷の日ボイス

フィネフェルの雷の日ボイスは「夜でも雷の光があると安心する」なんですけど、それって暗闇が怖いフィネフェルのことを守ってくれるセノみたいだよねっていう話になりまして、大変イイナと思ったSSです。

 その日は旅人ともに稲妻の秘境の探索に誘われ、ともに道行くさなかで雨に降られたのだった。
 フィネフェルはその身にかけられた呪いの関係で、特殊な事例を除いてセノから離れることはできなかった。けれども周囲の環境に人や動物がいなければ一人で活動しても問題はない。彼の呪いが厄介なところは本人には影響がなく周囲の人間を滅ぼしてしまうところにある。ところがこの呪いを受けない特例が一人いる。それが旅人とパイモンであった。この事情についてセノもフィネフェルも知りたがったが、旅人は自らが世界の外から来た人物であることを吐露しなかったため旅人が呪いの影響を受けない理由については二人にとってはいまだ謎のままである。ただ、どうであれ旅人とならば大丈夫であるという確信はフィネフェルを安心させるものだった。
 岩陰に隠れて雨が収まるのを待つ。その間に食事にしようと旅人は煮炊きを始めたが、フィネフェルはいまだ薄明るい空を眺めるように雨のあたらないぎりぎりのところで立っていた。
「フィネフェルー! ごはんだぞ!! 旅人のごはんは美味しいんだ!」
「ああ、今……」
「うん、ごめんフィネフェル。そういえば暗いところ苦手だったね。こっちで食べよう」
「へへっおいらが言ったんだからな!」
 旅人が差し出した器の中にはあたたかなスープが盛られていた。油が浮いているようだが、フィネフェルはこの料理を見たことがない。
「璃月の。食材が少し足りなかったからあり合わせだし調味料もちょっと違うけど」
「へぇ。うまい。スメールも調味料が豊富だけど、これはやっぱり独特だな……今度レシピ教えてくれよ」
「うん、書いておく」
 鋭い味のスープは体を温めてくれる。稲妻は気候の変化が大きく今は冬にあたるため雨が降ればより寒さが身に染みる。同時に二人がこの天候を避けた理由はもう一つあった。稲妻の雷は非常に激しいのだ。下手をすれば周囲が更地になるほど猛烈な雷が落ち続けることもあり、木々の間を縫って歩いたとしても決して安全とはいいがたい。雨が降ったら黙って避難する。それが一番賢い生き方だった。
 立ったまま食事を終えて、皿を片付けてもまだ降りやまぬ雨と雷鳴を聞く。フィネフェルはぽつりと「昼間の雷にはあまり感傷がないな」と言った。
「どういうこと?」
「ん、明るい時に落ちる雷だから、まぁ危ないなって思うだけってこと」
「じゃあ夜の雷は?」
「……すごく明るい光。あればあるだけいいもの、暗闇を照らしてくれるしなるべくそばにあってほしい。どんな暗闇よりも雷があったら安心する」
「そっか。でもそれってなんかセノのことみたいだね」
 フィネフェルは表情豊かだ。常に一緒にいるセノが顔の筋肉をすべてそぎ落とした人間なら、その筋肉が全部フィネフェルに移植されているのかもしれないと思うほどよく笑ってよく怒ってよく泣く。だから今はものすごく驚いて、それから照れたと旅人にはわかった。
「……セノには同じ事言うなよ」
「言わないけどたぶんみんな察してるよ、そのセリフを言ったらね」
「……」
 フィネフェルは沈黙したまま口をへの字に曲げて、視線を大きく動かした。どこを見ればいいのかわからない子供みたいな表情は恥ずかしくてたまらない様子だった。畳む


2024.1.7 執筆
#セノ #フィネフェル
夢すごろくにて夢主が小妖怪の妖術で動物の姿に変えられちゃったよ! という話

タイトルのまんま。裟羅が登場。

 稲妻の森は深く、スメールとは違った暗さで覆われている。鎮守の森は虫の音鳥の声がしているというのに、彼らもまた囁くように言葉を交わしているようにさえ思う。この静けさというものは、スメールの森の常に騒がしい夜の世界とは異なりどことなく不気味だ。
 稲妻を一通り見ていこうということになり鎮守の森にも足を踏み入れたフィネフェルとセノは、文化の感覚が違うために鎮守の森をさほど恐れることはなかった。あの色のない気配の森の中も、静かな音も、違和感を感じこそすれそれは恐怖の対象ではない。その感覚がむしろまずかったのだろう。人と一線を画す小妖怪たちにとっては、この雰囲気に怖がらないという人間がたいそう腹立たしかった様子だ。気づけばセノとフィネフェルは妖術の中に紛れ込みすっかりと道を見失っていた。そしてもう一度二人が顔を合わせた時フィネフェルはスピノクロコの姿をしていた。
「……」
 セノはまず、スピノクロコの胴体の上に乗り上げて口をがっしりとつかんで開かないようにした。スピノクロコを視認した瞬間からそこまでの間はわずか一秒にもならず、人がいればそこまでの判断のはやさと見事な手腕に拍手を送ったに違いなかった。
「こんなところになぜ。スピノクロコはスメールの固有種だろう。誰か飼っているのか? いやそれも奇妙だな……まぁいい」
 セノはそういうと腰ひもを少しばかりほどいてスピノクロコの口に巻き付けた。そしてその胴体をしっかりとつかむと軽々と持ち上げる。このスピノクロコはさほど大きな個体ではなかったが、頭の先から尻尾の先までセノの伸長を優に超える。腹をひっかかれようと尻尾で打たれようと全く気にすることなくそのまま軽い足取りで歩きだしたのだった。決して軽くはない上に動く荷物だが、セノは動じなかった。

「天領奉行の大将殿はいるだろうか」
「は、どのよ……うわっこれは……これはなんですか?」
「スピノクロコだ。スメールのワニだが……大丈夫だ、暴れてはいるが逃げ出しはしない」
「裟羅様は今立て込んでおりまして、すぐにおいでにはなれない状況です。申し訳ないのですが……」
「待て! その方はスメールの要人だろう、今草神様からご連絡があって大マハマトラ様を探していたんだぞ! 申し訳ありません、すぐに裟羅様のもとへご案内いたしますが……」
「ああ、いやすまない。俺が不在にしていたから問題が起こったようだ。できればすぐに……」
 セノはそこで言葉を区切った。天領奉行の兵たちもセノの担ぐ荷物を見上げる。
 スピノクロコはさすがに疲れたのか、それともあきらめたのかわからないが沈黙してセノに担がれていた。しかしこれが天領奉行の建物の中で暴れるとなるとそれなりに被害が考えられる。なかなか、簡単に中に担ぎこむわけにはいかない荷物だった。
「あの……大マハマトラ補佐様は……」
「それが鎮守の森ではぐれたんだ。困っているが……」
「さようでしたか。今日中に見つからなけれ捜索も必要かもしれませんね。ひとまず人の少ない建物にご案内いたします。客人を迎える場所でないことをお許しください」
「いやこれがいる以上そういった場所のほうがいいだろう。気を使わせてすまないな。これの飼い主探しのほうが危急の課題だろう」
「ええ、承知いたしました」
 
 九条裟羅がセノのもとへ足を運んだのは、セノが天領奉行を訪れてからおよそ半刻ほど経過した後のことであった。もろもろの荷物を抱えて現れた裟羅は頭を飾る天狗の面も傾き忙しいことを思わせる。セノは縛り上げたスピノクロコの脇で本を片手にくつろいでいたが、裟羅が現れるとすぐに立ち上がった。
「遅くなって本当にすまない」
「いやこちらこそ予定時刻に戻れなくてすまなかった」
「それよりも……その……なぜフィネフェル殿が縛り上げられて転がされているかについて聞いてもいいだろうか」
「……?」
「?」
 セノの困惑した表情を見て娑羅もまた首をかしげる。それからしばらく土間に転がされたスピノクロコを眺めてから納得したように手を打った。
「小妖怪の妖術だな。今解いてみよう」
 裟羅が羽団扇で軽くスピノクロコを撫でるとそこに現れたのは手足を縛られて土間で暴れるフィネフェルであった。

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2023.1.2 執筆
#九条裟羅 #セノ #フィネフェル
こちらの夢すごろくネタです。
https://twitter.com/Nsan_002/status/1738...
初日の出の幸せ

新年あけましておめでとうございます!

 蒼月の手を取って高く高くまで舞い上がる。誰も到達できないスメールの大木を超えて、さらに上へ。風の翼は基本的に滑空が目的になるため自ら上昇することは非常に難しいが、蒼月の翼ならばその限りではない。半分は本物の鳥の羽と同じそれは、気流をつかみ一般にはつかめない上昇気流であってもゆっくりと上昇することができた。ティナリの手を引いている分あまりスピードは出なかったが、それでも木々の向こうからあふれ出る朝日を眺めながら風を受けるのは気分がいい。
「ハッピーニューイヤー!」
 蒼月が片手を外して大きく空へと広げた。その瞬間ティナリはがくんと体が落ちる感覚があって、慌てて蒼月の手にしがみつく。
「大丈夫よ落ちないわ!」
「落ちるよ! ユエじゃないんだから!」
 大慌てのティナリに対して、落ちる恐怖をさほど感じたことがない蒼月はけらけらと笑っている。
 新年の祝いを前に朝日を見に行こうと言い出したのはティナリだったか蒼月だったか。そもそのようなことを言い出したのも教令院の学生の頃であったと記憶しているが、それはいつしか毎年の風習となり、今年もそれを成し遂げたというのは何やら感慨深いものがある。
 来年もこうであればいいと思う。死域が生まれなくなってまだ安心とはいいがたいがそれでも未来は見えてきた。来年もこうして一緒に初日の出を見れたら幸せに違いなかった。
畳む


2024.1.1 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

カエル入りカレー

忙しい中で久しぶりに一緒に食事をするティナリと蒼月。

 ガンダルヴァ村のレンジャーになってから、ティナリと蒼月はすれ違う日も多くなった。というのもティナリはレンジャーたちの活動や知識に関しての調査・講義などで常に何かしら仕事を受け持っており、蒼月はティナリの補佐としてティナリから頼まれた資料集め・各所への連絡で忙しくしていたのだ。お互いへの連絡は手紙で机に貼り付けておくということもしばしばで、一週間お互いの顔を見ることもない、ということもざらだった。
 しかしそうなると不満も貯まる。教令院を卒業しレンジャーとなってそこからついに一歩を踏み出し恋人となった二人が、一週間も顔も合わせず紙だけでやりとりをするなど不満にならないわけがなかった。そんなこともあってお互い少し苛立ちや不服を抱えながらなんとか落ち着いてきた頃、蒼月は家の入口で久しぶりにティナリの顔を見たのだった。
「ティナリ? 大丈夫?」
 ティナリがあまりにもひどい顔をしていたので思わずそう口にすると、ティナリは蒼月の首に腕を巻き付けてそのままぐだっと力を抜く。
「ちょっとティナリ頑張って歩いて、私じゃあなたを運べないわ」
 完全に体重を蒼月に預ける形になったティナリに蒼月は何とかベッドまで連れて行こうとするが、ティナリの体重を運べるほど蒼月は力がなかった。ティナリはしばらくの間蒼月に抱き着いて動かなかったが、数分するとようやっと顔を上げる。
「ユエの匂いを久しぶりにかいだ気がする」
「久しぶりに顔を合わせた一言目がそれ?」
 蒼月は思わず笑うと、ティナリの頭をぽんぽんと叩いて「中に入りましょ。私はちょっとだけ手紙を出したらすぐに戻るから」と言う。ティナリはその言葉に「うん」と頷いてふらふらと家の中へ入って行った。
 蒼月はすぐに家のすぐ脇にある鳥かごに向かうとその中から一羽の鳩を取り出した。その足に手紙を結び付けて「いっておいで!」と解き放つと鳩はスメールシティの方へ飛び去る。蒼月はすぐに家に入るとティナリは机に突っ伏して半ば眠っているようだった。久しぶりに会えたのだ、話をしたいのは山々ではあるが疲れているティナリを起こしたくもない。すぐに報告しなければならないことがあるわけでもなし……と蒼月が思いながらそっと部屋を出ようとするとティナリが顔を上げる。
「待って。ユエはまだ仕事残ってるの?」
「え? ううん、別に……ただティナリが疲れてそうだったから……」
「やだ。もう何日もユエと顔を合わせてないのに、これで僕が寝たら次にいつユエと話をできるかわからないじゃないか。食事にしようよ、ユエ」
 ティナリの言葉に蒼月はにっこりと笑った。
「うん!」

 料理というものは疲れている時にするべきものではないな、と感じたのはおそらく作った二人であろう。
 口の中に広がる奇妙な甘みは少なくとも肉と共に味わうものではない気がする。臭みを消すためにハッラの実を使ったつもりがどうもザイトゥン桃のすりおろしをぶちまけたようだ。ティナリもありあわせの材料で作ったバターチキンカレーを口に入れてしばらく動かなかった。
「バターチキンってチキンを使うんじゃなかったっけ」
「え、何が入ってたの?」
「これは多分カエルじゃないかな……しかもまるまる……一匹」
 ティナリはスプーンで皿の中をかき混ぜるともう一匹出てきた。なるほどカエルである。しかも錬金術に使うためのわりと貴重なカエルだ。カエルを食べることに抵抗はないが、錬成する予定のオイルの材料を使ってしまったことには何とも言えぬ虚無感があった。
「こっちのお肉、絶対ザイトゥン桃が入っていると思う」
「えっ、本当に? 何度も確認したんだけど……うわ本当だ」
 ティナリは蒼月の皿から肉を一欠片とると口に入れてなんとも微妙な顔をした。肉に甘みをつけることが悪いのではない。しかしこの料理には少なくとも塩と香辛料が欲しかった。
 他の料理も何かがおかしくて、しかし疲れている二人にはなんだかそれが面白くなってきてしまった。蒼月が笑い出し、次いでティナリも笑う。
「もうめちゃくちゃ! 本当に疲れてるときに料理をするものじゃないね!」
「やだもう! なんで私カエルなんて入れたんだろう! 今度から貯蔵庫の整理を徹底しなきゃ」
「あー、面白かった。めちゃくちゃだったけどユエと食事ができてよかった。僕たちももう少し仕事の量を考えないとね。きちんとした仕事にはきちんとした休息も大切だ」
「そうね、本当にそう。もう少し仕事の分担を考えましょう? それでちゃんと一緒に食事をする時間を作りたい」
「僕もだよ。でもその前にたぶん僕たちは寝た方がいい」
「それも、そう。おやすみなさいティナリ」
 蒼月は立ち上がってティナリのそばまで行くと額の髪をどけてキスをした。ティナリはくすぐったそうに笑って「おやすみ」と言った。畳む


2022/9/15 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
英雄の話

ティナリが幼少期に蒼月を助けた話を重ね合わせて、英雄についてコレイに話して聞かせる。

「ああ、その話……懐かしいね。あの時僕は両親にこっぴどく怒られたよ」
 ティナリがコレイに尋ねられて語るのはティナリが蒼月を始めて出会った日のことである。出会ったというものの、実際は人混みの隙間からわずかに真っ赤な髪と半ば赤く血で染まった青い翼を見ただけであるためその時は蒼月という名前であることすら知らなかった。いやそもそもあの時の蒼月は名前すら忘れ何もかもを失った状態だったのだ。蒼月とは、後に彼女がティナリの両親に引き取られたときに新しくつけられた名前で、彼女が産まれたときに産みの両親がつけた名前ではない。
「ユエの声が聞こえてあの時どうすればいいかわからなくて思わず海に飛び込んだんだ。あの時助けてくれた父さんと教令院の学生がいなかったら僕はあの時死んでたんじゃないかな。びしょ濡れのまま両親に抱きかかえられて父さんと母さんがもうめちゃくちゃ泣いて、それから僕は自分自身がもたらす行動とその行動の結果が及ぼすだろうことについて説教されたよ」
 ティナリは手元の紙に文字を綴りながら言う。
「じゃあティナリ師匠の説教って」
「そうだね、あの時の経験から来てるだろうね。あの時僕はユエのことをとにかく助けなくちゃと思っていたんだけど何も考えてなかった。とりあえずユエのところへ行くことしか考えてなかったんだ。でもあの時よく考えればまずは母さんに伝えるべきだった。母さんならだれに話せばいいのか、誰ならば船の中の生き残りを助けられるかすぐに判断できただろうしね。勿論、幼かった僕には選択肢がなかったというのは考慮してもいいだろう。でもそれも含めて、何も考えずに行動するのは決していいことじゃない。勿論、たとえ何も考えてなくても動くだけで力を発揮できるなら別さ。思考よりも速く体が動き、それが最善の時もあるだろう。でもそういう人は本当にテイワットでも一部の人だけだ。他の人ができることはまず自分が培ってきたもので考えること。考えた上で最善の結果を出せるよう尽力すること。そしてその結果をより良くするために僕たちは知識を学び、知恵を得て、思考する力を養う。だから僕は教令院に行かないから、アーカーシャ端末があるから考えることを放棄していいとは思っていない。いいかいコレイ。これから君に僕はたくさんのことを教えるだろう。僕はそれが君とこれから君が助けるだろう人達を生かす最善の道になるように願っている。これを忘れないで」
「……はい、師匠」
「そんなに硬くならなくて大丈夫だよ。考える力はちゃんとついてくる。今の君はまだ読み書きが苦手だけど、それはそんなに問題じゃない。君の努力は僕も……セノも知っているから。その上で僕たちは君がまず生きることを望むよ。命を掲げ誰かを救う英雄はいつの時代も輝かしいものかもしれない。でも僕は君が自分の命を大切にした上で誰かを救って欲しい。それはきっと英雄とは呼ばれないかもしれない。未来永劫語り継がれるものでもないのかもしれないね。それでも僕はそうであって欲しいと思う。君が助けようとした命が誰かにとって大切なものであるように、君の命もまた僕たちにとって大切なものなんだ。それはどちらが上かなんて天秤にかけることはできないものだよ」
 ティナリの言葉にコレイはモンドで出会ったある人を思い浮かべていた。彼女はコレイにとって英雄だ。いつか彼女のようになりたいと思う。でも彼女は決して彼女自身の命と引き換えにコレイを助けたわけではない。彼女自身がコレイの手を取って生きることを教えてくれたのだ。彼女は思い出の中だけの人ではなく、いつかもう一度会いたいと思う人なのだ。ティナリが言うことはきっとそういう人のことなのだろうと思う。畳む


2022/9/13 執筆
#ティナリ #賢者は翠海に揺蕩う #コレイ
チンワト峡谷

ティナリと蒼月の幼少期の話。

 嵐はテイワットのどこにでも起こり、その発生機序は謎に包まれていることが多い。海洋で発生するものもあれば、陸上で発生するものもある。嵐には大抵暴風の目と呼ばれる元素の塊のようなものが中心にあり、それらがある一定の大きさになると周囲に暴風と雨と雷をまき散らす。規模はその時々によって違うが、時々各地を旅する冒険者が暴風の目を見つけて事前に冒険者協会を通して各国の治安維持組織が市民に警告をすることもある。しかし国の地形が大きく変わるほどの嵐はめったになく、大抵のものは暴風雨が数日続いてその後はからりと晴れてしまうものだ。人々も昔からあるこの自然災害には慣れているので多くの人はあまりにも被害甚大な脅威とは認識していないだろう。
 スメールシティに近づく大嵐はすでに教令院から通達があり各家は嵐に備えて準備をしていた。特に今回は巨大で風が強く吹くことが予想されていたのでティナリ一家も庭の小物を片付け、窓ガラスに板を打ち付けて安全対策をしているところであった。
 幼いティナリと最近家族になった蒼月はまだ四歳である。手伝いをすると言って庭に出たが当然できることは少なく強い風が吹くたびに葉っぱが揺れるのを見てはしゃいでいた。両親はそんな二人を見ながら小さなプランターだけ家の中に移動するように頼めば二人は仲良く手を繋いで庭の片隅で育っている小さな花の種を植えたプランタを家の中に運び込もうとする。しかし何往復かしているところで庭の中をかき混ぜる様な強風がぶわりと吹き上がり、その拍子に蒼月の体がふわりと浮いた。
「あっ」
 蒼月は鴆という璃月の仙獣の血を引いている。鴆とは鳥であり、その子孫である蒼月の体は通常では考えられないほど軽かった。今は事故で片翼を失ってしまったが、両翼が揃っていれば風域がなくとも空を飛ぶことができる。蒼月の体はそのようにできている。
 蒼月はふんばったがどうあがいても風の方が強い。そのまま風に連れ去られるように上空へ吹かれていく彼女の手をティナリが捕まえる。しかしまだ幼いティナリの体も軽かった。二人は風にさらわれるようにしてそのまま庭から飛び出してしまった。
 両親の絶叫を下に聞きながら蒼月とティナリも大泣きするがしかし降りる方法はない。蒼月はティナリの手をしっかりと握ってティナリも蒼月の手をしっかりと握る。蒼月はこのままどこかへ飛ばされるだけだとしても、ティナリはもしこのまま手を離したら落ちるだけだ。二人ともそれはわかっていたので繋いだ手は絶対に離さないようにしながら、しかし風を制御する術も持たずチンワト峡谷に落ちていくのだった。

 二人は息を殺して半身を水につけたままぴくりとも動かなかった。
 目の前をゆっくりとスピノクロコが横切って行った。彼らはティナリと蒼月の前を少し進むとぴたりと止まる。鼻面を自ら出して何かのにおいを嗅いでいるようでもあった。
 風が強い。スメールシティをかき混ぜてそしてチンワト峡谷へ流れ落ちてくる風は時間が経つほどに強くなり、今やごうごうと唸りながら峡谷の中を渦巻いていた。
 ティナリの家の庭からティナリと蒼月は飛ばされるようにしてチンワト峡谷へ落下した。幸いにして蒼月の羽が落下を緩やかなものにしてくれたこと、着地地点が比較的深い水であったため二人はうまい具合に足から落下して怪我をしなかった。しかしそのおかげで蒼月の翼はびしょ濡れになり、庭から飛ばされたときのように風に乗ることは難しいだろう。ティナリの尻尾も水を吸って重くなっている。もう一度飛ぶことは難しい。
 できることはここでただ救助を待つことであった。ティナリの両親は二人が飛ばされたのを目撃しているし、おそらく落下地点の予測もついているだろう。すでに三十人団や近くのレンジャーに連絡がいっており嵐が激しくなる前に二人の捜索が始まっているものと思われた。しかしティナリと蒼月の目前の危険は相変わらずスピノクロコであることに間違いはない。
 スピノクロコは通常はのんびりと水の中を動いている。大人で、かつ陸上であればスピノクロコから走って逃げることはそこまで難しくない。ただ彼らは水中からの奇襲が非常に得意であるため濁った水辺に近づくのは基本的に危険なのだ。またスピノクロコから逃げ切る条件は大人であることだ。健康な成人であればなんとかなろうが、びしょ濡れで体が重くしかも水中に半ば身を浸しているティナリと蒼月には、スピノクロコを出し抜いて逃げるのはあまりにも無謀なのだ。スピノクロコは二人よりもはるかに大きく、彼らの口は下手すれば二人を丸のみにしてしまうほどである。それでも二人はパニックになることはなかった。両親の学術書からスピノクロコをはじめとしたスメール地域の動物の基礎的な情報は二人とも頭に入っている。まずは見つからないこと、そして対象の動きを観察して次の行動を決めること。
 二人は水に落ちるととにかく岸まで泳いでいった。しかし岸にはキノコンがおり完全に上陸することは不可能だった。浅瀬を渡りなんとか上陸しようとしたがその目前をスピノクロコに遮られたため、水草に体を隠すようにして息を殺している。風が荒れ狂いあらゆるものが落下してくるため二人が静かに移動する程度であればスピノクロコも気づかなかったようだ。しかし水につかっている二人の体温は徐々に下がってきており手の先から感覚がなくなっていく。冬場でない分まだましだがそれでも長時間はもたないと二人ともよくわかっていた。けれどもこの状況を打開できる方法がわからない。木に登るにはあまりにも背が低く体は重い。崖を登るほどの腕力はない。二人ともまだ風の翼を使うことはできなかった。
 その時ティナリの耳が嵐に混じって人の声を聞き取った。ティナリは口を押えたまま目だけで蒼月に合図する。あちらに、人がいる。
 それは確かに人の声で、ティナリと蒼月を探しに来た三十人団の団員であった。
「この辺りに落ちたはずだ!」
「くそっなんでこんなにキノコンが……」
 そこで叫べばおそらくティナリと蒼月の場所は三十人団にもわかっただろう。しかし三十人団が二人のところへ駆けつけるよりも早く周囲のスピノクロコが反応するに違いなかった。声は徐々に遠のいていくようだ。二人が飛ばされたときと、今とで風向きが変わっているらしく彼らの声は下流へ動いていく。今叫ばなければならない。しかし叫ぶのはあまりにも大きなリスクだ。
 蒼月の炎の神の目がわずかに光ったのは水中だった。二人とも気づかなかったが、それでも蒼月は今ここで何かをしなければならないという衝動に襲われたらしい。蒼月が立ち上がる。水音は風にかき消される。ティナリが蒼月の手を掴もうとすると蒼月はするりとその手から抜け出した。そして大きな声で「わあああああああ!」と叫んだのである。
 周囲のスピノクロコが一瞬で反応する。蒼月は半身が水に浸っている状態でざぶざぶと歩き出した。ティナリの耳に「あっちだ!」と人の声が聞こえた。だがそれよりもスピノクロコが蒼月に噛みつく方がずっと速い、と思われた。
 風の唸り声ではない、もっと激しい音と共に爆発が起き激しい炎が燃え上がった。炎は水と触れて激しい蒸気となり、スピノクロコが一斉に混乱する。蒼月は水から上がる。キノコンが一斉に反応する。それでも蒼月は動きを止めずに、重たい体を引きずって思い切りジャンプした。
 さして高い跳躍ではない。しかしそれと同時に神の目が光り、赤かった炎が青く変化した。蒼月が着地すると同時に周囲に激しい爆発が起こる。水をまき上げ、風が経路を変えるほどの激しい熱が周囲一帯を支配している。蒼月が泣きながら飛び跳ねるごとに爆炎が巻き上がる。キノコンもスピノクロコも炎を嫌って距離をとる。
 わんわん泣いている蒼月と水草の間で動けないティナリが発見されたのはその直後のことだ。炎は水と共に消え、風は再び峡谷の中を走り抜ける。蒼月の足元の草は激しく炎上しており、救出のためには蒼月の頭からさらに水をかけるしかなかった。ティナリの母と父は水に濡れるのも構わず、洋服の裾が焦げるのも構わず二人に駆け寄り抱きしめた。
 そうして二人はチンワト峡谷から助けられたのだった。
 二人がまだ四歳の頃の話である。畳む


2022/9/9~9/11 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
換毛期

ティナリの換毛期ネタが大好き。

 熱い太陽の日差しにむわりと地面から立ち上がる湿気が、いつしか少し涼しい風と共に渓谷を駆け抜けていく季節になった。服の中にこもりがちだった熱気が収まってレンジャーたちの仕事がしやすくなるころ、ガンダルヴァ村の二人のレンジャーはこれから始まる大変な時期に挑むため様々な準備をしている。
 季節は秋、雨と共に寒さが染みるようになる時期だ。人にとっては純粋に活動がしやすく様々な果実が美味しくなる時期であるが、肉食獣の血を引くティナリには別の意味がある時期である。そう、換毛の季節なのだ。
 ティナリの一族はかつてスカーレットキングの配下……であったワルカシュナと共生していた小さな獣であるという。草神の庇護を受けることで緑色の体毛へと変化した。それと同時に四季に対応するように毛が生え変わるようになったのだ。とはいえ全身の毛ではない。主に薄い耳の毛と尻尾の毛である。ティナリのもふもふのしっぽは実はかなりの毛量があり、これが抜け替わるとなるとちょっとした毛糸の人形でも作れそうなほどの毛がとれることになる。当然放置していれば家は毛だらけになるだろう。
 ティナリの深い緑色のしっぽの中に白っぽい綿のような毛が混じり始めると換毛が本格的に始まる。その日蒼月は早速ティナリのしっぽに綿毛を見つけてさっとブラシを取り出した。
「ええ、もうそんな時期?」
「ええ。もうだいぶ抜けてるわよ」
 ティナリは椅子に座ったまましっぽをぶらぶらさせている。
「ほら止めなさい」
「わかったよ」
 ティナリがしっぽを振るのをやめると蒼月は満足そうににこっと笑って座り込むとそのままティナリのしっぽのブラッシングを始めた。この時期になると換毛で大変なことになるのは昔からなので蒼月も慣れたものだ。さっさとブラシを通していけば抜ける抜ける。すでに緑の毛が山のように蒼月の隣に積み上がっている。
「楽しそうだね」
「うんすっごく楽しい。だってすっごく抜けるんだもん」
「へぇ」
 教令院に入学してからは換毛期のブラッシングはほとんど蒼月に任せっぱなしだ。それは単純に自分でやると自分自身でしっぽを抱き込まないといけないため、ティナリ自身が毛だらけになってしまうこと、そしてしっぽの根元までブラシを届かせるのは難しいことが理由である。しかし実はティナリは蒼月に言っていない事実がある。蒼月だけに換毛期のしっぽのブラッシングを任せるのは、ブラッシングが気が抜けるほど気持ち良いものだからだ。気づけば口角は上がってしまうし、耳はたらんと垂れていつの間にか体もぺたりと平たくなってしまう。蒼月はティナリが動けなくて飽きているからそんな姿勢になっているのだと思っているらしいがそんなことはない。むしろ気持ち良すぎてうっかりするとそのまま寝てしまいそうになる。そんな腑抜けた姿を他の人に見せるわけにはいかないのだ。
 そんなわけで今年もティナリのしっぽのブラッシング係は蒼月である。来年も、再来年も。きっと最後の最期までそうに違いない。畳む


2022/9/8 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
忘れること

第三回夢境ワンドロワンライ提出作品で、記憶の話です。

 大きな耳と大きなしっぽ、大きな翼を持った二人が教令院アムリタ学院に早期入学した時は大いに話題になった。
 教令院は入院試験も難しい。一定の点数で足きりがあり、最低点数を越えなければそもそも入院を認めてすらもらえない。さらにその試験の具合でクラスが割り振られるのだ。教令院ではまず最初にどの学院に入ろうとも限らずあらゆる学問の基礎を学ぶために学派混合で基礎科目の講義がある。これらは私たちの知る小学校や中学校に当たるだろう。教令院では基礎を初等教育、より専門性が高まる内容を中等教育、そして実際に研究を始め論文を書き始める高等教育、さらに上の専門教育に分けている。主に中等教育から学派で学ぶ内容が別れ始めるのだった。どの等級においても半年に一度の進級試験を合格しなければ上の等級へ上がることはできず、一定回数この進級試験に落ちると教令院を強制退院することになる。その一方で教令院の学問は幅広く門を開いているため、年をとってから初等教育課程に入ることも可能なのだ。逆に言えば試験にさえ合格できるのであれば文字をようやっと書ける年齢でも問題なく進級できる。それがティナリと蒼月だった。
 早期入学の上わずか二年で初等教育を終え中等教育へ、そしてあっという間に高等教育まで行った二人は玩具で遊び外で走り回る子供たちを尻目に卒業論文を書いている学生ですら難しい本にかじりついてその端から端までを暗記していたのだった。当然そんな二人が目立たないわけがなかったが、しかし人の噂も七十五日と言うように周りの学生たちも試験が近づけばあっという間に二人のことを忘れていった。

 アムリタ学院は生物学・医学を扱うだけあって他の学派と比べると少し泥臭いイメージがある。特に動植物関係は研究のために動植物を飼育するので糞の清掃や水やり雑草抜きといった環境を整える作業が非常に多くある。さらに研究に追われる学生は着替える余裕もないまま研究発表に挑むこともあり、結果としてなにか臭うなと言われることも多い。実のところ先週はとある学生が飼育していた大量のニオイムシが大繁殖からの大脱走を繰り広げ、学院の建物全体が猛烈な臭いに包まれ学生だけでなく教師も悲鳴を上げて逃げ出すほどであった。ニオイムシは周囲に大きく動くものが近づくと体を震わせてとてつもない臭いを発する性質がある。トイレから図書室から食堂までありとあらゆるところでニオイムシと遭遇し、ついにはアムリタ学院の学生の一部は嗅覚がおかしくなってビマリスタンに運び込まれるまでになった。とはいえこういった苦労・事件というのは学派ごとにあるものである種の名物でもありそしていつかは笑い話になる……とよいなと皆思っている。笑えない時もあるのだ、たまに。
 ともかくアムリタ学院の高等・専門教育はそのようにして思うようにならない動植物との戦いが研究発表の裏に隠されている。今は中等教育にいるティナリと蒼月も一週間後に控えた試験を合格すれば高等教育に進めることになっていた。これは長い歴史を持つ教令院の中でもフサフサニチリンヒトデの腕数で数えられるほどの数だ。__失敬。これは生論派のちょっとしたネタである。とはいえ完全にネタとも言えないのはテイワットは実に多種多様な種族に溢れているため手足の指の数を数えても必ず二十になるとは限らないためだ。あなたの手は十本指だが隣人がそうとも限らない時はあるだろう。そんな時にフサフサニチリンヒトデが登場するわけである。計十本の腕を持つため、旅人風になじみ深く言うならば十本指に入る珍しさということになるわけだ。話がまた逸れてしまったことを少し謝罪してティナリと蒼月の話に戻ろうと思う。
 二人はアムリタ学院の敷地内にあるガゼボで試験に向けた最後の追い込みをしていた。学院には様々な用途に分けた教室が用意されており、また自習室もある。それでもあえて広い庭の端の方にあるガゼボを二人が勉強場所に選ぶのはここが静かだからだ。自然に隣接しているため夜中まで勉強をしていると明かりに群がる大量の虫と戦う羽目になるが昼間であれば涼しく落ち着ける良い場所だ。学院内のガゼボはそのほとんどが勉強や議論に使われるためしっかりとした机と椅子が備え付けてある。ティナリと蒼月はその机いっぱいに教科書とノートを広げるとあっちをひっくり返しこっちをひっくり返し片端から頭の中に内容を叩き込んでいるところだ。しかし実のところ今回の試験は暗記が中心となっており、小論文の配点はそこまで高くない。そのため一番困っているのは暗記物が苦手な蒼月の方であった。
 ガゼボに居座ってもう三時間は経過しようとしている。ノートの上に書き連ねられた同じ単語とそれに付随する重要な意味は頭より先に手が覚えてしまったのではないだろうか。さすがに疲れてきたのか蒼月がごとん、と頭を机にぶつけるように落として「もういやだぁ」と呻いた。
「頑張って」
「ティナリは暗記が得意だからそんなこと言えるんだよ。私は苦手だもん」
 頭を机の上に乗せたまま蒼月が頬を膨らませると「でも僕は小論文がそこまで得意とは言えないからお互い様じゃないかな」と言う。
「嘘だ! ティナリの小論文は毎回講義で先生に読み上げられるぐらい出来がいいの知ってるんだから! ティナリはもうほとんど試験に合格してるようなものじゃない! 私はぎりぎりよ!」
 蒼月はそう叫んでそれから大きくため息をつく。
 夏の気配を孕んだ風が二人の間を通り抜けていった。試験は夏が本格化する直前に行われる。今はティナリと蒼月の二人だけでなく誰もがこうして呻きながら最後の追い込みをしているところだろう。
「なんで忘れちゃうんだろう」
「なんで忘れちゃうの?」
「わかんない」
 ティナリが不思議そうにたずねれば蒼月も不思議だと言わんばかりの口調で答える。
「私だってわかんないわ。でもニオイムシなんて五十八種類もいるのよ、そのうちのいくつかは最近見つかったばかりで分類も不明瞭だからあっちの学説をとれば八種類、こっちの学説をとれば十二種類、加えてなんでそんな違いが出てくるかが議題に上がるんだから全部覚えなきゃいけない……なぜ人間には骨があるの……こんなに……細かく……全部融合してしまえ……」
 蒼月の頭の中は覚えるべきありとあらゆる項目でいっぱいのようだった。
「全部融合したらこうしてペンを持つこともできないじゃない。植物だってもっと柔軟だよ」
「わかってる! わかってるわ覚えないと始まらないことは! 特に私たちの専攻はね、覚えないと学術会議に出ても話がさっぱりになっちゃうもの。でもやっぱり覚えるのは苦手」
 蒼月は決して頭が悪いわけではなかった。応用力が高く一度覚えるとそこからさまざまな話を広げていくことができる。また全く違う分野であっても自身の分野との比較で普通とは違う話を広げていくこともできるために蒼月と話をするのは面白い。もしこれで彼女が暗記が得意であったならば彼女の脳は実に不思議な世界を描くことがさらに容易になったかもしれない。でも蒼月は暗記が苦手だった。
「誰にでも特異なことと苦手なことがあるよ。ユエが忘れることはきっと意味があることなのかもしれない。ねぇ面白いと思わない? 僕とユエはほとんど同じ環境で育って同じようにアムリタ学院に入ったのにこんなにも違いがあるんだ。一人一人全員が違ってだからこそ出てくる結論が面白いことになるんだろう? 試験に合格するにはやっぱり暗記しないといけないことも多いけど、でもユエの頭と視野はきっと次の研究で役に立つよ」
 ティナリは広げた本をぱたりと閉じた。
「……もう覚えたの?」
「うん。少し頭の中を整理したい」
「本当になんで私はこんなに忘れちゃうんだろう……全部忘れなければ楽なのに」
「そうかな」
 ティナリは雑紙を広げた。ノートのようにきちんとまとまりのあるものより今は読んだばかりの本の内容について自分の考えをあちらこちらに適当に書き出してつなげていきたいのだ。真っ白でなくてもいい。汚れていてもいい。ただそこに書く場所があればそれで十分だった。ティナリはそこに適当に文字を書いては丸をして、時々文字と文字を線で繋げながらゆっくりと話す。
「忘れることはきっと大切なことなんだ」
「……私がお父さんとお母さんのことを覚えてないみたいに?」
「うん」
 蒼月はティナリと本当の兄妹ではない。蒼月は璃月からスメールへ渡航中に船が水元素生物に襲われた際の唯一の生存者だった。オルモス港で救助された蒼月は一緒に船に乗っていた父のことも母のこともそして自分のことも全て忘れていたのだ。自分がなぜ神の目を握っているのかもわからなかった。その後に渡る調査で蒼月の本当の名前や両親のこともわかってはきたが、しかし蒼月はそれらの情報はただの紙の上の文字列にしかすぎなかった。蒼月はあの当時のことを思い出すことができないままでいる。
「覚えていたらきっと蒼月は壊れちゃうかもしれない。忘れることは僕たちの頭が一番最初に知っている僕たちを守るための大切なことなのかもしれないよ」
 船で何が起こったのかは誰もわからないが推測はできる。蒼月は背中に大きな青い翼があるがその片方がちぎり取られたようになくなっている。しかしそのちぎられた痕跡を見るとどうやら半ばまで刃物を入れてそこからちぎられた様なのだ。
 とある学者の推測はこうだった。蒼月は襲われた際に翼を掴まれた。父と母のどちらかが翼をナイフで切り落とそうとした。全部を切り落とす前に父かもしくは母は死んでしまったが、ナイフによる切込みがあったために蒼月は翼を引っ張られた際に翼が体重を支え切れずに千切れてしまったのだ。学者は最後にこう言った。
「きっと彼女は目の前で両親が死ぬのを見ていたのだ」
 幼い子供にとっては両親というものが子供を取り巻く環境の全てである。子供は成長と共に環境を広げ、いつしか親元を離れていくが少なくとも三歳の蒼月にとって世界は父と母の顔だけでできていたはずだった。その二人が無惨に死んでいくのをいつまでも覚えていることは果たして幸せなことなのか、もしかすると両親の顔を覚えていることが幸せなのかもしれない。しかし蒼月の脳はそれを選ばなかった。忘れることで蒼月を過去と恐怖から切り離し、蒼月の心はたくさんの幸せに満ちている。
「一緒に試験に合格して卒業しようよ、ユエ。そしたら僕はレンジャーになる。僕は、教令院で教師になるのは向いていないと思うし」
「……私もレンジャーになる……」
「じゃああと少し頑張ろう」
「うん……」
 蒼月は机の上に転がしたペンを拾って大きくため息をつくと顔を上げる。広げた教科書を睨んで乱雑な字の並ぶ紙にもう一度文字を書き始めた。畳む


2022/9/8 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
私色に嫉妬する

#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
仙霊のお話。そういえば来年の頭のイベントで新しい仙霊がもらえるみたいですね。夢カプイメージカラーを選びたいです。

「えっと、その、それは……なにかしら……?」
 蒼月はティナリの後ろをふよふよと漂う水色の奇妙な霊体を見て、なんといえばいいのかわからないようだった。
「今日見回りの時に石に潰されているのを助けたんだ。それからずっとついて回るようになっちゃって……時々鳴くし動くし浮いているし石に潰れても潰れていただけで石をどかしたらこの形に戻ったんだ。動物ではないだろうし植物でもない。仙霊っていうのが一番わかりやすい概念かもしれない」
「へぇ」
 蒼月がそう言いながら仙霊を撫でようとすると仙霊は蒼月に興味を示したのが近づいてきて蒼月の周りをふよふよと飛び回り始めた。
「あはは、ユエも気に入られたみたいだね」
「なんなんだろう……本当に仙霊みたい。でも案内とかは……」
「しないね。ずっと僕の後をついてくるだけ」
「余計になんなのかわからないわ」
 蒼月は仙霊をふにっと手でつかんでみる。思っていたよりもしっかりとした弾力があった。中央に白く見えるのが核なのだろうか核を突こうとするとぐにぃと形を変えて核はするりと蒼月の指から逃げていく。
「スライム?」
「ではなさそう」
「フライム」
「攻撃はしてこない」
「キノコン、ではなさそう」
「そうだね、多分全然違う何かだろう」
 蒼月がぱっと手を離すと仙霊はティナリのすぐ後ろにするりと飛び上がって特に何をするわけでもなくふわふわと浮かんでいる。時々耳のようなものがぴんと大きく伸びたり「きゅうう」という奇妙な音を立てる以外は本当になにもしないようだ。
「ティナリはこのまま連れて回るつもり?」
「まぁそうだね。邪魔をしないならそうしようかなと思ってる」
「へぇ」
「だってこの色、ユエみたいだろ。いつもユエが傍にいるみたいだ」
「……」
 蒼月はちょっと眉を寄せる。
「不満?」
「ええとっても。今目の前に私がいるのに浮気された気分だわ」畳む


2022/9/7 執筆
お相手がベッドを占領して寝ていた時夢主はどうする

 今日はひどい一日であった。四時間程度の予定であった見回りはリシュボラン虎の密猟者の発見により伸びに伸びて結局密猟者を捉えてスメールシティの三十人団のところまで送りつけてようやっと仕事が終わったのだ。交代の手続きを終えてティナリが自室に帰った頃には夜の二時を回っていた。ティナリはシャワーも全部明日で構わないからとにかく寝ようと部屋の明かりを点けるとベッドが膨らんでいる。その時になってティナリはようやっと蒼月との約束を思い出したのだった。
 今日はティナリの母の誕生日であった。実家にはすぐに戻れないので蒼月と共にちょっとした贈り物を準備して、最後に二人の写真を入れて一緒に送ろうねと約束をした。それが仕事が伸びに伸びて待っていた蒼月もついには疲れて寝てしまったのだろう。
 彼女が自分のベッドで寝ていることを責めるつもりはない。密猟者に気をとられて約束を忘れていたのはティナリの方だ。しかし同時に疲労のあまり頭が回っていないことも確かだった。自分のベッドが使えないのでティナリはよろよろと梯子を上り二階に上ると蒼月のベッドにばたり、と倒れ込んだ。そのまま眠りに落ちるまで時間はかからず次の日の昼過ぎにティナリは目を覚ました。昨日のことを謝ろうと思ったが蒼月はいない。仕事の予定表を確認すると今日の昼から蒼月が見回り当番になっていたので今日は一日帰ってこないだろう。謝るのは明日だろうか、と思っているとまた眠気がやってきてそのまま蒼月のベッドで眠りに落ちた。彼女の香りが心地良かったというのも事実である。
 さてその後、自分のベッドでびしょ濡れのまま寝ているティナリを見つけてさらにはヒルががっつり食い込んでるのを見て悲鳴を上げたのは蒼月である。蒼月は自分の羽でさっさとヒルをはらってなんとかティナリを起こすととりあえずシャワーに入れて家中の掃除をした。
 ティナリが密猟者確保のため入り込んだ区域は森の奥の奥に該当しこの区画は特に特殊なキノコの胞子が飛び交っているのだ。その胞子をたっぷり持ち込んだままうっかり湿度が高まれば家の中でキノコが大繁殖してしまう事態になりかねない。ついでにあの地区のヒルは色々と病気を持っていることで隔離されていたということもある。この後ティナリが蒼月によってビマリスタンに叩き込まれたのは言うまでもないだろう。畳む


2022/9/5 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
きのこ

キノコを庭に植えたいティナリ

 ティナリはスメールシティ近郊に実家がありそこには様々な植物が植えられた小さな畑があったそうだ。そのほとんどは母が趣味で植えたものであったがティナリの好奇心を刺激するには十分なほどの奇怪で、奇妙で、混沌とした植物たちであった。というのもティナリの母はあまり見慣れない植物をその育成方法もわからない状態から育て花を咲かせるのが趣味であり同時に得意であったのだ。ティナリと蒼月はそんな両親の下で育ったわけである。
 ガンダルヴァ村にレンジャーとしてやってきたティナリと蒼月はまずガンダルヴァ村で畑を作ることは非常に難しい、ということに気付いた。というのもスメールの森林は様々な大きさの川が蛇行し嵐が来れば荒れ狂う。海水面と同じ高さに家を建てるのは明らかに不毛なイタチごっこが繰り返されることが予想され、また下手をしたら家と一緒にどこまで流されるかわかったものではない。結果的にティナリも蒼月もツリーハウスのように、大きな木に組み込まれた廃屋をもらい受けてそれを改造した。しかしそれでは畑を作ることは難しい。
「キノコを繁殖させたい」
「ちょっと難しくない? こんなに湿気があったら家にだって勝手にキノコが生えるわ。正直今後キノコの胞子に悩まされることになるから、あえてキノコを植えるのは反対」
「キノコ……」
「気持ちはわかるけど、こんなにも胞子が飛び交うような環境じゃ、そのキノコがティナリが植えたものなのかそれともどこかからやってきた胞子なのかわからないじゃない。ハーブ、もしくは観葉植物がいいわ」
「ハーブなんて植えたらそれこそここいら全体がハーブだらけになってありとあらゆる植物が全滅するよ。それこそ認められないな。観葉植物はそもそも必要かと言われたら僕はあまり必要性がないと思う。だって家を一歩でも出れば外は森に囲まれているじゃないか。観葉植物が目的を失うよ。キノコがだめなのはわかった。なら僕は今研究している水草にしたい」
「外に置くの? 中に置くの?」
「どちらでも。明るさを考えるなら外かな」
「水草に対して反対する理由はないけど、そうでなくても虫が多いわ。人の生活環境の近くで不用意な水桶を置くと蚊の繁殖で大変なことになると思う。水桶の中に魚を飼育できない? 蚊の幼虫を完全に駆除しなくちゃ」
「うーん、まぁ水草の根を削り取ったりしないのなら……」
「それじゃあ水草に決まりね」
 家に置く植物に関する討論はそれで終了した。月はすでに沈み、星だけが瞬く真夜中に二人はようやっと眠りについたのだった。畳む


2022/9/4執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
密猟者

ティナリと蒼月が雨林で密猟者を見つける話。

 スメールの森林に住む様々な動植物は時に高い人気があり密猟の対象となることもある。人々の関心が森に向くことは良いことだが、それが金と結びついてしまうとやっかいなことになる。ティナリはかつてとある植物について双方が得になりかつ生態系を維持できる範囲で採取・販売する方法を設定しその結果密猟が大きく減った事例に関わったことがあるが、森の動植物の全てにそのような対抗策を講じるのは簡単なことではない。
 リシュボラン虎の尾と牙は昔からスメールにおいて勝利・強者・美の象徴であった。リシュボラン虎を狩り牙を取り尾の毛を使って首飾りにするのが一つのステータスであったのだ。しかし今では特に「美」の要素が強調され、リシュボラン虎の乱獲がレンジャーたちを悩ませる問題となっていた。レンジャーたちが見回りを強化したためリシュボラン虎の素材は人々の関心をより高くし、そしてより多くの密猟者を生む結果となってしまったのである。ティナリもこのことについては頭を悩ませていたが、リシュボラン虎の個体数はかなり減ってきており、そのためにかつて考案したようにレンジャーがリシュボラン虎の個体数を維持しながら必要に応じて狩るということはすでに難しい段階に入っている。蒼月はこの件について頻繁に教令院とやり取りし、スメールの一般市民にリシュボラン虎は森林の生態系に必須な存在でありかつその牙や尾が美しいものとされた時代はすでに終わっていることを伝えるためにアーカーシャ端末を使えないか何度も申請をしているそうだ。一般人がリシュボラン虎に対する興味がなくなれば当然密猟もなくなる。モラが動かないところに密猟者はわざわざ手を出さない。そして同時にリシュボラン虎の牙を超えるより美しい装飾品の開発を素論派や妙論派の学者・学生と研究しているという。これらは将来的には実を結ぶかもしれないが、現実を変えてはくれないだろう。少なくとも今はレンジャーによるリシュボラン虎の生息域の見回りを強化していくしか良い方法はないように思えた。
「蒼月、先生からの連絡はどうだった?」
「いいえ、だめ。アーカーシャ端末を利用するには私の教令院での地位が低すぎるわ。申請しても門前払いみたい」
「それじゃあ前に話していた新しい装飾品の流行については?」
「リシュボラン虎の牙は骨密度が非常に高くて彫刻に向いているの。同じようなものを素論派の友人が研究してくれているけど……なかなかすぐにはいかないわ。噂ではモンドに錬金術に長けた研究者がいるとか。なんとか連絡をとりたくて色々と人を当たっているところ。それから仮に牙を超える品ができても流通に乗らなければどうにもならないのよね。その点に関しては商売の知識が必要だわ。ドリーを頼るべきか……」
「商売の講義を受けるだけでも相当モラを要求されそうだね。でも必要だ。僕も商業ルートについては少し調べてみるよ。蒼月はそのまま研究を続けて。どの道この研究は将来的には高い価値がある。現実をすぐには変えられないけど続ける必要はあると思う」
「ありがとう、そうね。私ももう少しリシュボラン虎の研究を続けてみるわ。ところで__」
「しっ」
 ティナリがその場にしゃがんだので即座に蒼月も身をかがめる。蒼月にはまだ何も聞こえなかったがティナリの耳は密猟者の足音を捉えたようだ。ティナリは小声で蒼月に伝える。
「密猟者のルートを確認しよう。でももしリシュボラン虎を狙う様子があったら即座に捉える。蒼月は上から。九時の方角だ」
 蒼月は頷くと風の翼を広げてふわりと宙へ舞った。

 スメールには様々な思想を持った傭兵集団であるエルマイト旅団が存在する。テイワット全域で活動する彼らはモラさえ用意出来ればなんでもやると言われているが、それは半ば真実で半ば嘘であろう。中にはスメールシティを守護する役割を持った三十人団のように明確な思想の他に誇りを持った旅団も存在する。エルマイト旅団とはあくまでスメール出身の傭兵集団を大きく囲っただけであり、その中は複雑に分かれ複雑に関係しているのだ。
 ティナリや蒼月が近頃困らされている旅団は自らをドラコの尾と名乗っているそうだ。旅団の中でも無法者が集まり密猟や時には海賊まがいの行為を繰り返している。そのため教令院からも三十人団からも危険視されているが、逃げ足が非常に速くまた足きりが上手かった。少しのモラで動く下っ端を器用に煽って、胴体が危険になれば即座に尻尾を切り捨てる、まるでトカゲのようであった。密猟者をその場で捕まえたとしても、そのときにドラコの尾の中枢はすでにどこかへ姿をくらましている。それ故にレンジャーは後手後手になっており、完全な対策はいまだできていない。
 蒼月は静かに翼を広げて木から木へ飛び移り徐々に高くへ移動していく。下方には川が見える。その川に船が一艘浮いていた。さほど大きなものではないが、七人の乗船が確認できた。蒼月は指で数と位置、そしておよその上陸地点を地上のティナリに伝える。ティナリは頷いて木の影から出るとそのまま音を立てずに水の中に潜った。上からはティナリの動きがよく見えるが、おそらく船にいる七人は何も気づいていないだろう。彼らは静かに船を動かし岸へつけると上陸する。船に乗っていた一人が素早く陸へ上がり、落ち葉で隠されていた木のボラードにロープを巻き付け船が流されないように固定する。この手際の良さから見るにここは彼らの極秘のルートであるようだ。
 七人は船から降りると言葉をほとんど交わすことなく道を上っていこうとする。この方角は確かにリシュボラン虎の生息域がある。
「動くな」
 自ら飛び出したティナリがロープを切って船を蹴った。川は緩やかな流れに乗って下流へと流されていく。この辺りは整えられた道はほとんどなく船で遡るか、はたまたティナリのように水に潜って岸から岸へ渡る他移動手段はない。船を流してしまえば七人の密猟者はもはや容易に逃れる道は残されていないのだ。
「ガンダルヴァ村のレンジャーだ、ここはリシュボラン虎の生息域として教令院から立ち入りを禁止された区域になる。お前たちをリシュボラン虎の密猟で身柄を拘束する。武器を地面に置いて手を上げろ」
 ティナリの弓には草元素の力が集まっている。密猟者は一瞬怯んだ様子だったが、すぐに相手が一人であることを見て武器を捨てるどころか武器を構えてティナリにとびかかってきた。
「そう、残念ね」
 彼らが聞いた声は前ではなく上からであった。
 熱が降ってくる。
 空気を焼き切る音が森の中に響いて、着弾した炎は着弾地点から広がり密猟者たちをあっという間に取り込んだ。真っ赤だった炎が真っ青に変わっていく。密猟者の体に炎が巻き付き七人の密猟者は悲鳴を上げたのだった。
「少しは後悔なさい!」
 蒼月が跳躍し再び落下する。着地と共に青い炎が爆発した。七人の密猟者は悲鳴と共に武器を放り出し川へと逃げ込もうとした。しかしそれはティナリの弓が許さない。放たれた弓は密猟者の体に触れると植物の蔓となってあっという間に密猟者の体に巻き付く。そして彼らは成す術もなく蒼焔に囲まれお縄に着いたのだった。畳む


2022/9/2~9/3執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
マルチタスク

蒼月のマルチタスク?癖

 雨林はひどく雨が降ることが多いがそれは大抵数時間のうちに止んでしまう。しかし時には大嵐が何日も雨林の木々をしならせ悲鳴を上げさせることもあった。そんな時はレンジャーも仕事を休み家で静かにしていることが多い。勿論何かあればすぐに出動するが、大嵐だからといって無理に探索や調査を行えば逆にレンジャーの身が危険になる。増水した川はすぐに足元を濡らし道を隠してしまう。木々を倒す大風は木の葉を散らして地図をも吹き飛ばしてしまう。大嵐が過ぎた後の雨林は今まで知っていた場所とはまるで違う気配を漂わせる自然に戻ってしまうこともしばしばある。レンジャーはそういった嵐の後は改めて道を整え人々の生活を守るために奔走することになる。またそういった嵐で家を失った動物たちの一時的な保護もレンジャーの仕事の一つであった。

 ごうごうと外で風が唸っている。ティナリと蒼月が住むこの家は古いものであったため今にも屋根が吹き飛ばされそうだった。古く薄汚れた硝子は何度拭いてもすぐに雨に叩かれ風に吹かれた木の葉が溜まって汚れてしまうのでティナリもいつしか掃除を諦めつつある。壁に叩きつけられる雨は激しく、嵐が上がった後の仕事が多そうだ、とティナリは思いながら二階へ上がる梯子に足をかけた。
 この家は一階にティナリが、二階に蒼月が住んでいる。蒼月の出入り口は小さな小窓で普段ははしごなどをほとんど使わないので形式のように取り付けられた梯子はもうぼろぼろになっている。その代わり部屋の中からは自由に行き来ができるようになっていた。ティナリの部屋の片隅に据え付けられた梯子を上るとそこは蒼月の部屋だ。普段よりずっとラフな格好で小さな灯りをつけて机に向かう蒼月は何か書き物をしているようだ。右手が淀みなく動いている。しかしその一方で左手では何かを持って顔は左手の方に向いている。
「……蒼月、何してるの」
「何って手紙を書いて論文を読んでるのよ」
「その二つは無理がない?」
「手紙って書くこと決めたらあとは勝手に出力させればいいだけじゃない。私の頭は今は論文読んでる方に向いてるから別にそんなに」
「マルチタスクっていうのかなそれ」
 ティナリは呆れたようにため息をつきながら二階へ上がると蒼月のベッドに腰掛けた。
「何の論文?」
「モリフクロウの羽の擬態について」
「へぇ、フクロウの羽も擬態を?」
「ええ、最近見つかったんだけど、住む地域の樹皮の色に羽の色を合わせるの。即座に体の色を変えたりはできないんだけど、樹皮もそんなに頻繁に色が変わったりはしないからそれで今まで見つからなかったんですって。それで今生息範囲を調べているからってことで手紙が来たのよ。ガンダルヴァ村でも周知した上で調査を頼みたいって」
「なるほどねそれは驚きだ。僕も読みたいけど、次貸してくれる? それで……」
「さすがに頭がいっぱいだわ。何か大切な話?」
 蒼月はそう言いながらも右手の動きを止める様子はない。
「大切な話」
「何かしら?」
 ティナリがはっきりとした口調で言うと蒼月はようやっとティナリの方を向いた。そしてティナリの表情を見ると少しだけ笑って、ペンを机の上に置き、インク瓶の蓋を閉める。
「我慢できないのかしら?」
「ちょっと無理かも」
「私もさすがに疲れて来たところなの。少しだけなら付き合ってあげてもいいわ」
「少しじゃなくて今晩は君を独占したい」
「あら、私の仕事が進まないじゃない」
「嵐は明日も止まないよ」
 ティナリの言葉に笑うと、ティナリに抱きかかえられたままティナリの額にキスをした。畳む


2022/9/1執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
なんでも作るところから

諸々のものを自分で作るティナリと蒼月です。

「はぁ驚いたな。お前さんたち器用なもんだ」
 男はつい昨日まで使われていなかった廃屋を改めて見直して感心したように言った。
 ガンダルヴァ村は雨林の中にあるレンジャーの活動拠点の一つである。レンジャーは自然と暮らすことを良しとしている思想集団ではなく、どちらかと言えば自然と人との間を取り持つといった役割を持つ集団だ。しかし活動する場所などを考えていくと最終的には自然と寄り添うように暮らすような形になる。手入れをしていない自然はあっという間に人工物を飲み込み、家など誰も住んでいなければすぐに木の中に飲み込まれてしまい廃屋はやがて自然の一部となってしまう。しかしつい先日来たばかりの新人レンジャーの二人はそんな廃屋と木を上手く利用してあっという間にそこそこの見栄えの家を完成させたのだ。とはいえ細かいところを見て行けば素人のものであることがわかる。デザイン性にも欠けるだろう。ところが実用面において最低限の要所を抑えているためはた目から見ても非常に生活の動線が整っていることがよくわかった。
「二人とも教令院だろ。どこの学派なんだ」
「私もティナリも生論派ですよ。専攻は動物と植物なんですけど」
 蒼月は平たい板を壁において息をつくと答えた。廃材を上手く削り取って板にしたらしい。おがくずは箱いっぱいに溜まっており、これは今後の着火剤につかわれる予定だった。水が入ってしまうと蚊が沸く原因になりかけないので注意が必要だが、うまく扱えばいろいろと便利な素材にもなる。
「生論派ってのはこういう、建築じみたこともやるのか? 随分と手馴れているように見えるが」
「ああ、ええっと、そうですね。研究機材とか動物の飼育環境とか自分で整えるんです。飼育小屋を建てたり、プランターを作ったり。お金があれば立派な機材を買うこともできるんですけど、そういうのは顕微鏡とか自分たちじゃ作れないものに充てるので、結果的に何とかなりそうなものは自分で作ることが多くて」
「なるほどねぇ」
「蒼月! こっちに板持ってきて!」
「わかったー! それじゃ失礼します。明日にはある程度整うと思うのでまた挨拶に伺いますね。忙しなくてすみません」
「いや気にすんな。こっちこそ折角教令院から来てくれたってのに住むところも用意できなくて申し訳ないな。いつも人手不足でなぁ」
「どこも同じですね」
 蒼月は笑うと、先ほど持ってきた板を家の中に運び込む。
「床板頼める? 屋根がまだ雨漏りしそうだから僕はもう少し屋根を補強してくるよ」
「わかった。上に上がるなら私がやろうか?」
「そうだね、じゃあ僕が床板の方をやるから屋根はよろしく」
 ティナリは蒼月から板を受け取って蒼月は代わりに屋根の上にぴょんと飛び上がった。蒼月の体は軽く背中の羽はわずかな風をも精密に感じ取り器用に風に乗っていく。学生時代のフィールドワーク中も研究対象が鳥だったこともあり、蒼月の高いところを恐れずまた簡単に上ることが出来る能力は同期からも随分と頼りにされていたようだ。
 ティナリが見る限りレンジャーの仕事には問題が山積みのようだった。しかしまずは足元から固めていかねばなるまい。学生時代に睡眠の重要性をしっかりと学んでいたティナリはナイフを持って板を削る。あと少し削れば床板として綺麗にはまるだろう。畳む


2022/8/30執筆
ガンダルヴァー村での生活はいろいろと楽しそうだ。
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う
ティナリの研究室


学生時代のティナリが所属していた研究室をイメージして描いた一枚です。
このイラストの無断転載を禁止いたします。

画像内文字はこんな内容。
禁止事項
ハチェットウオの水槽にはサウマラタ蓮の粉末を入れないでください。ハチェットウオの気性が荒くなり共食いを始めてしまいます。
この特徴に関しては動物専攻の学生には伝えてあり、近いうちに共同研究が提案される予定なので、くれぐれも興味本位での実験は控えるように!

Prohibitions
Do not add Thaumalata lotus powder to hatchetfish tanks. The hatchetfish's temperament will become rough and they will begin to cannibalize each other.
The animal majors have been informed about this characteristic, and a joint research project will be proposed in the near future, so please refrain from experiments just for the sake of interest!

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モンド特産品の輸入について
モンドの一部の特産品は現在輸出制限がかけられています。研究に使う学生はこれらの状況を鑑み、研究を進めてください。
なお璃月の特産品である琉璃百合は輸出制限が緩和されました。

(手書きのメモ)モンドの特産品を輸入するときに一緒にアカツキワイナリーのワインを買ってくれない?

Importation of Monde Specialty Products
Certain specialty products of Monde are currently subject to export restrictions. Students who wish to use these products in their research should take these conditions into consideration.
The export restrictions have been eased for the Ruri Lily, a specialty product of Liyue.

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七聖召喚学生大会開催!!
明後日七聖召喚の学生大会が開催されます。優勝賞金はなんと5万モラ!
学生であれば誰でも参加できるのでお気軽にどうぞ。
使用できるカードに制限がありますのでご注意ください。

The Student Competition of the Seven Sacred Summons will be held!
The day after tomorrow, the student competition of the Seven Sacred Summons will be held. The prize money is 50,000 Mora!
Anyone who is a student can participate, so please feel free to join.
Please note that there are restrictions on the cards you can use.

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雨林の巨大樹の生態系について
雨林の巨大樹はその一本から多数の生命を支えている。頑丈な幹によって支えられた木の内部には様々な生物が巣として活用し、土が溜まれば植物もまた芽を出す。長い時間をかけて枯れると今度は腐葉土として植物たちの繁殖を助けるのだ。

On the ecosystem of giant trees in the rainforest
The giant trees of the rainforest support many lives from a single tree. The interior of the tree, supported by a sturdy trunk, is used as a nest for a variety of organisms, and when soil accumulates, plants also sprout. When the tree dies after a long period of time, it becomes decaying soil that helps the plants to reproduce.

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巨大樹とサボテンの比較
雨林に対して砂漠地域には水をたたえる植物はサボテンしか見当たらなくなります。生態系は確かに雨林より貧弱になりますが、したたかな生き物たちはサボテンを活用し活発に生活を送っています。
サボテンに穴が開いていたらその中を覗いてみるといいでしょう。サボテンの水を吸いながら生きている虫たちや鳥たちを見かけることができるでしょう。畳む

#ティナリ #蒼月
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ガンダルヴァー村へ来たばかりの日の夜のこと

ガンダルヴァー村って結構人が出ていくことも多いのかなぁって思うのでそこそこ空き家もあるんじゃないでしょうかってところから派生した話。

 ティナリと蒼月がガンダルヴァ村にやってきたのは教令院を卒業してすぐのことだった。それより以前からレンジャー所属のための様々な書類の提出などがあったが、その他にも教令院に残らないかと勧誘する教師陣とのいざこざも多数あったのだ。元より耳が並外れて良くスメールシティにいることをあまり好まないティナリはそういった様々な出来事を合わせてすっかり疲れて教令院から解放されたその日にはすでにガンダルヴァ村にいた。他のレンジャーたちはこんなにも早くやってくるとはと驚いていたが、ティナリにとってはガンダルヴァ村の環境の方が圧倒的に好ましかった。
 ガンダルヴァ村にやってきてまず必要なことは他のレンジャーたちへの挨拶ではなく、その日、寝る場所の確保であった。スメールシティからガンダルヴァ村まで来た時点で、時刻は夕方になっており夜はすぐそこに迫っていた。さらに森の夜なので暗く、灯りが整備されていない場所は月明かりも入らずほとんど見ることができない。蒼月は一応夜間作業用の集光眼鏡という物を持っておりティナリも夜目はそれなりに効く方だ。なんとかならないわけではなかったが、それでも疲れ切った体にはある程度安全な寝床が必要だった。
 レンジャーの仕事には夜も昼もない。そのため蒼月が様々なところで聞き込みをした結果、一件廃墟になっている家があるということを教えてもらった。昔はそこに老人が住んでいたのだが、彼は病気で亡くなってしまったらしい。それ以降は誰も住んでいないとのことだった。早速ティナリと蒼月はその家を今後使用させてもらうことにし、ひとまずは足を運ぶ。
「うーん」
「そのご老人が亡くなったのって本当に最近?」
 ティナリがいぶかし気に聞くと「ちょっと聞いた人も年がかなり上だったから怪しい、かも」と蒼月は少し目をそらして答える。見事な廃墟であった。数年前まで人が住んでいたというより百年ほど放置されたように自然に半分飲み込まれかけている。
 ドアはティナリが取っ手を握ったところでばたんと中に倒れてしまった。仕方ないのでそのまま足を踏み込めば暗がりに一つだけベッドが置いてある。その他の物はほとんどなく古びたテーブルが一つだけ部屋の隅に置いてあった。
「蒼月、使いなよ」
「私木の上で寝るの慣れてるからそっちで大丈夫だよ」
「僕も土の上で寝るのは慣れているから」
 しばし押し問答を続けた結果、疲れていた二人が出した結論は二人で寝る、であった。幼い頃のように埃と土の匂いのするベッドに二人で横になると、その日の疲れもあって二人はすぐ眠りに落ちた。
 しかしながら次の日、昔よりもずっと背の高くなったこの状態で一つのベッドで寝るというのは非常に困難があると理解した二人は、すぐに家とベッドの改造をしたのだとか。
畳む


2022/8/29執筆
この作中だとガンダルヴァー村の表記が「ガンダルヴァ村」になってますが、これはちょっとした記念と思い出です。原神v3.0発表当初はガンダルヴァ村、マハールッカデヴァタが文章表記でした。(発音はガンダルヴァーとマハールッカデヴァータでした)これはv3.0当時に書いたものなので、せっかくだしと思って表記をそのままにしてあります。
こういった作品を読みますと当時書かれたものであることがわかって何となくいろいろと思い出すものがありますね。
#ティナリ #蒼月
このサイトについて
ここは箱庭甘露の別邸あるいは小箱と称する場所になります。
SSや書きかけのイラストなどを掲載しており、名前変換はできません。いずれこちらに投降した作品を書き直してサイトに上げたりすることを考えております。
夢絵等も頻繁に掲載しておりますので、苦手な方の閲覧はご遠慮ください。また名前変換が付いた状態での作品を読みたい方も、こちらの作品の閲覧はご遠慮ください。

各作品の夢主等は隠す以下に簡単に紹介を掲載いたしました。

原神夢
ティナリお相手 
夢主:蒼月(つぁんゆえ) 作品タイトル:賢者は翠海に揺蕩う
画像用ディレクトリ内に、ファイル 20231231152936-admin.png は見つかりませんでした。

セノお相手 
夢主①:ファジール 作品タイトル:静寂の都
夢主②:フィネフェル 作品タイトル:未定畳む
レンジャー長と老兵

レンジャー長になったティナリが、老いた老兵を見送る話。
夢主不在

 レンジャーはボランティアの集りではない。彼らは国から認められたアビディアの森の専門家達であり、スメールにおいて広大な面積を占めるアビディアの森を適切に管理すべく立ち上げられた組織である。
 森は一歩間違えればあっという間に自然に飲み込まれ、人はたやすく死んでしまう。特にスメールのように自然と人の生活が完全に区分けできないほど複雑に絡み合っている場合、森に飲み込まれて消えていく人間は非常に多かった。また研究をするにしても命がけだ。危険な生き物が数多く生息し、キノコンがそこかしこで胞子をばらまいている。必要なサンプルの採取でさえ、命をかけねばならずレンジャーが設立される前は覚悟とともに森で死んだ研究者も多かったという。
 森を管理し、森に精通し、人々の安全と森を守るのがレンジャーだ。しかしその仕事の過酷さから、志望者の数はさほど多くないのが現状だった。
 彼らの仕事には多くの死が付きまとう。それは過去の死であり、現在の死であり、そして未来の死だ。
 レンジャーが設立されるよりも前にアビィデアの森で非業の死を遂げたと思われる遺体は未だに発見される。皮膚は削げ落ち、骨だけとなった体からは様々な苦しみと悲しみが伝わってくるようだった。それらは丁寧に運び出し森の外で埋葬するか、もしくは持ち物から出身がわかる場合故郷へ帰すこともある。またレンジャーは自身の身も常に危険に晒されている。雨林は危険に満ちている。生き物はもちろんのこと病気にも注意しなければならない。また雨期は川が増水し、道が消えるため数年に一度新人レンジャーが下流で見つかることがある。生きていることはほんどない。そしてなによりもレンジャーが恐れるのは死域であった。森を蝕み生き物を飲み込み死が目に見える形として迫ってくる。森はゆっくりと衰弱している。将来はアビィデアの森全体が死域に飲まれるだろうとも言われていた。死の未来を前にしていつまでも気丈に立ち向かえる人間は多くないのだ。
 入ってきた新人レンジャーのうち三割ほどは、その年のうちにやめてしまう。故にレンジャーは常に人手不足だ。
 そんな中、二人の志望者がやってきた。小さな体躯の獣人である二人は正直なところあまりレンジャーに向いているようには見えず、長年レンジャーを勤めている年長者は今年で辞めるだろうとひそひそと噂話をしていたものだ。それが、ニ年前の話である。

「まさかこんなに早くレンジャー長になるとはね」
 ティナリの前で年をとった男は笑いながら言った。
「僕はそんなに驚いてないよ」
「だろうさ! なにせ教令院の成績優秀者がレンジャーに入るなんてことはめったない! いやぁ、レンジャーにも少し希望が見えたところで俺は任期を終えるとは残念だ」
「僕も残念に思うよ。君のように熟練の森の指導者は常に必要なんだ。そうだ、レンジャーの研修で教育係を探してるんだ。衰えた体では森に出るのは難しいけど教師としてはどうかな」
「いいとも、最高じゃないか。俺はレンジャー長が森をどうしていくのか教職として楽しく見守ることにしようかね」
 ティナリと老兵は笑って握手した。畳む


2022/8/27
そういえばこちらの作品はティナリが実装された直後だか、公式のカードが出た後の実装直前だかに書いた作品です。ティナリがぶれぶれである。
#ティナリ
師走の師匠

2023年1月4日
#ティナリ#蒼月 が大変忙しいあまりに走り回った話。
「疲れた」
 部屋に帰って二人は並んでベッドの長辺に向かい垂直に突っ込んで顔をベッドマットの中に埋めたのだった。尻尾も翼もすっかりとへたれてしまいもはや艶やかな輝きは見る影もなかった。髪の毛もぼさぼさと跳ねまわり、床には帰宅までぎりぎり抱えていた資料が散らばっている。
 年は明けすでに日付は一月四日になっている。古いカレンダーはいまだ昨年の十二月のままだが、壁にかかったカレンダーに手を伸ばしても届かない。体を起こしてカレンダーを掛け変える気力はまるで起きなかった。それほどまでにティナリと蒼月は疲弊しきっていた。
 つい先ほどまで行われていたのはアムリタ学院恒例年末年始の特別講義である。この講義は来年最終学年になり卒業論文を書くことが決まっている学生に向けて行われる。学生にとっては年末年始などあってないようなもので、九月から始まった卒業論文は基礎的な学習を経て本格化していく。特に学生にとっては実験や実地調査も始まるためその追い込みといったところだろう。アムリタ学院は主に生物・医学系の学問を取り扱う。そのため必ず実験が上手くいくとは限らないのが実態だ。稚魚の観察をするために魚を捕まえてきて飼育したが一匹残らず脱走した、細菌の研究をしていたがとある学生が稲妻の名物納豆を持ち込んだことがきっかけで細菌が全て納豆に変化した、実験場として確保した場所の詰めが甘く捕食者の狩場になってしまった……などなど笑い話になっているものはなんとかそれでも卒業論文を書くことが出来た学生のものだ。笑い話にならなかった学生は卒業など遠い日の夢と化している。
 そんなわけでこの時期になると経験豊富な学院卒業生たちが講義をするのが例年の催しごとになっている。ティナリと蒼月もレンジャーとして活動しながら同時に研究者として雨林の研究を続けているので特に何も問題がなければ毎年この講義に呼ばれていた。ティナリは実地での調査における注意点や失敗しやすい点について、蒼月は集めたデータを解析する上での勘違いしやすい結果の見方などについての講義となる。その後は二人とも卒業生からの山のような質問に答えたり、現在の研究の方向性について指導担当の教員と共に相談することもしばしばあった。
 ティナリと蒼月自身もかつて学生の頃にこういった時代があったため、毎年違う顔ぶれになるとしてもやはり気になってしまう。そのためできる限りのことは協力するが、当然その後はへとへとだ。
「だめだわ、もう夕飯を作る気力もない」
「僕もだよ……何か残っていたっけ……」
「何もないわ……倉庫は空っぽよ……」
 二人は顔を見合わせて「はぁ」と深いため息をついた。
「明日はようやっと休みだから色々と家の整理をしよう」
「毎年この時期は掃除ができないから埃が溜まっているわ。久々に窓を開けないと」
「でも今は……」
 おやすみ……とぽつりと呟いてティナリと蒼月はそのまま眠りについた。
 その後様子見と新年の挨拶にやってきたコレイとセノがベッドの縁に沿うようにかくかくと折れ曲がったティナリと蒼月を見て「今年もこの時期か」と思いながら机の上にそっとピタとタフチーンを置いて帰るのだった。スメールの新年は決して寒くはない。けれども二人の胃の中も、倉庫の食料も素寒貧だった。畳む

#賢者は翠海に揺蕩う
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