凍った船から飛び降りろ!

ジンベエが舵を握る軍艦は、その大きさなど気にもかけないかのように、風を受け潮の流れに乗りするすると海の上を進んでいく。所詮帆船は風がなければ進まないものなのだが、いくら回流があるといってもここまで勢いと速度を持って進めるのはジンベエの操船技術があっての賜物だ。


「すっげー・・・・」

「お前さん、寝ていなくて大丈夫なのか」


ジンベエの横に立って、頬に風を受けながら那由多は息を吸い込んだ。


「ん、まぁ大丈夫だろー」

「嘘をつくな」


ジンベエの回し蹴りが腹に直撃して、那由多はその瞬間に身体をくの字に折り曲げて甲板にしゃがみこむ。


「体調が良いなら今のを食らってもぴんぴんしておるはずじゃ。黙って大人しくしとれい」

「ぐっこのやろ・・・こちとらこれぐらいの不遇には慣れてんだっ」

「今度こそ本当に体が動かなくなるぞ」


そう言われただろう、とジンベエはちらりと後方に視線をやりつつ言う。少し後ろではイワンコフとルフィがなにやら騒いでいた。
ジンベエは改めて前に向き直って風を全身に受けた。微妙な風の向き、そして波間波間に見える潮の流れをしっかりと把握できさえすれば、船はあっという間にマリンフォードに着くことができる。勿論こうして潮に乗れたのは、全てインペルダウンに残り命をかけて門を開かせたMr.2ボンクレーのおかげである。彼がいなければどんなにジンベエが操船に長けていたとしても決してマリンフォードにはたどり着けなかっただろう。ジンベエは静かに心の内で合掌し、前を向く。


「しかし・・・」

「あん?」

「お前さんも含め不思議な縁じゃな」


ジンベエは静かにそんなことを口にした。マリンフォードはまだ水平線の彼方にも見えてこない。すでに船はマリンフォードにたどり着いているだろうことを思うと気が急いてしょうがないのだ。何か、何か気を逸らしでもしない限り気が狂いそうなほど心臓が激しく脈打っているのだ。


「縁って、エースとエースの弟のことか?」


那由多はジンベエの言葉に首を傾げつつ答えるとジンベエは静かに頷いた。


「縁ねぇ・・・。まー今まであんまり考えたことねーけど、そうなのかもな」


上空で時折陽射しをさえぎる雲がなんとなく不安な気持ちにさせる。いくら時計を見ても処刑までの時が止まるわけでもなく、マリンフォードに早くつけるわけでもない。一瞬翳った日の影に、ジンベエは同時に顔を曇らせた。不吉だ。どことなく不吉な風が吹いている。
だが未だ吹き続ける追い風は、まるで船が一刻も早くマリンフォードにたどり着けるように、とばかりに途切れることはなかった。帆は背後から受けた風によって大きく膨らみ、船を前へ前へと持っていく。これもまた、縁なのだろうかと半ば神頼みのようなことを思う。
ルフィがインペルダウンへ乗り込み、たった一人ながらも最後にはここまでの数の囚人を連れて逃げ出すことができたのは奇跡ではないかとジンベエは当初思っていた。だが、船を進めるうちに、これは一つの縁なのだと思った。未来の海賊王は誰かはわからない。だがルフィは必ず人を惹きつける強い力がある。それはエースも同じだが、エース以上の力をルフィに感じて、自分もそして囚人たちもルフィのそんな力に惹き寄せられて今この船に乗っているのだろうという半ば確信に近い思いがあった。


「まぁ、今まで実力ばっかりだったしたまには神頼みで頑張ってみるのもちょっとだけ面白いかもな」

「お前さんは適当じゃな」

「だって結局勝つのは実力があるやつだろ」


元も子も無いことを言うが、ジンベエは那由多の実力を対マゼラン戦で目の当たりにしている。さらにどんな手品を使ったのかは知らないが、那由多の圧倒的な毒への耐性も、だ。那由多は確かに強かった。勝敗をただ実力、と言ってのけるだけの自信を持っていることも確かだ。ジンベエとて元・七武海、そして元・タイヨウの海賊団出身として那由多にもそうそう遅れをとるつもりは無かったが、一方で戦場の状況によっては敗北も覚悟しなければならない、とは思っていた。戦況は刻々と変わり、同時に相手の実力との差もその時々で大きく変化しうるのだ。高ぶって居た気が何をきっかけに落ち込むか、一瞬先のことのはずなのに未来は何一つわからない。それが勝負をどのように持っていくか、が大きな問題なのだ。負けるつもりはなくとも、負ける可能性がある。那由多はそれすらも含めて実力、と言い切るのだから、彼は戦場に対しとてもストイックな安定した精神を持っていることが伺えた。
ジンベエはそれも含めてルフィとエースが巻き込んだ世界の大きな流れと縁であると思っていた。エースの流れは白ひげ海賊団四番隊隊長のサッチが殺され、その復讐のため海へ飛び出したところから始まった。そしてルフィの流れは、捕まったエースを助けに行くところから始まった。だがそれはそこが本当に始点だったのだろうか?もしかしたらエースとルフィが生まれた、いやそれよりももっと前から始まる大きな流れだったのだろうか。まるで運命かのようだ。運命ならばもしかしたらここから先のエースの行く末はどうあがいても変わらないものがあるのかもしれない。そしてそこからたどり着く最悪の結末に行き着いて、ジンベエはやはり不吉な予感に胸を痛めた。
那由多はそもそも自分が生きることに関して運命だの、何かしらその他の意味があるだのといったことは一度も考えたことがなかった。考えろといわれても考えるだけの土台がない。だからこそ、この先は実力次第でどうとでもなると思っているのだ。実力が及ばなければ負け。エースは助からないし多分自分も助からない。それ故に彼にはあまり動揺は存在しない。勝ち負けに対する恐怖や、未来に対してどうのこうのという不安や焦燥も存在しなかった。
あくびを一つして、まだ?と聞き返せばじんべは少しだけ口の端を上げた。


「何がおかしいんだよ」


怪訝そうな表情で那由多は問い返すがジンベエは肝の据わったその様子にさらに笑うだけだった。















船の異変に一番最初に気づいたのはやはりジンベエだった。潮の流れがまずは船に逆らうように動き、その次には押し寄せる激しい波を感じ取った。


「捕まれェ!!!振り落とされるな!!!!」


ジンベエはそのときまでしっかりと握っていた舵から手を離す。この瞬間までもしもジンベエが舵を握っていたとしたら、彼は海の大きな力に引っ張られてしまったに違いない。大きな波が一気に船を持ち上げた。ここから先はもはや運だ、とジンベエは感じた。
波に持ち上げられることで見えたマリンフォード、そして白ひげの海賊団。何が起こったのかはすぐにわかった。そして同時にこの船は水の流れのもっとも良い場所に位置している。このまま行けば振り落とされることなく、一気にマリンフォードまで持って行ってもらえるだろう。
那由多は一気に持ち上がった身体に一瞬振り落とされかけるものの、即座に身を翻して船の真っ平らな甲板に張り付いた。負荷がかかった傷口の痛みにほとんど眉をしかめることなく、那由多は何のためかは知らないが、船体にくくりつけてあるロープをしっかりと握り締めた。チャクラコントロールが苦手な那由多は本の少しでも気を抜けばあっという間にチャクラによる吸着力が反発力に変わってしまう。実際にロープを掴んだ途端バチン!と甲板からはじかれる。「いでっ!」だが「うごぉ!」だが何事か勝手に悲鳴を上げている那由多をみてジンベエは呆れた面持ちだ。だが、その次の瞬間急に動きを止めた船のせいでジンベエもまた危うく船の外に投げ出されそうになる。
それを腕一本で食い止めたのは那由多だった。驚異的な反応速度で、那由多は多少体制が悪いにも関わらずジンベエの腕を掴んでその身体を船にとどまらせた。恐ろしいほどのバランス感覚と、それから正確な距離把握能力だ。


「すまん」

「それよりこれどーなってんの?」


船は絶妙に傾いたまま動きを止めている。だがそれ以上重力に身を任せて落ちていく様子はなかった。
那由多は船が動かないことを確認してからゆっくりと外を覗き込んだ。ずば抜けた聴覚に届くのははるか眼下に広がるマリンフォード、そこで戦う海賊と海兵たちの靴の音剣の音である。何を叫んでいるかまでははっきりと聞き取れない。


「凍ってる・・・・」


気づけばじわりとした冷気が体全体を包み込んでいる。透明な氷は下がよく透き通って見えたから、ほんの少しだけ空中に浮かんでいるようにも見えた。


「これも悪魔の実の能力?」


那由多はどこか呆れたような表情をしてジンベエに問いかける。ジンベエは神妙な顔つきで頷くだけで、その詳細までは教えてくれなかったがどうせ氷の人間だろうと思った。エースがいれば一発で融かしてくれるだろうに、今那由多たちは肝心のエースを助けに来ているのだ。本当に、ここの能力者たちは頭がおかしいぜ、とぶつくさ言いながら那由多は船の手すりを掴んだ。
舷側は、氷の波に持っていかれたときに多少余計な力がかかってしまったのかだいぶ歪んでところどころに亀裂が入っている。そこから外に出るのもいいが、別にわざわざ人が通れるほどの亀裂を探すくらいなら飛び降りた方が楽だ。軍艦であるために高さもそれなりにあるのだが、那由多はさほど恐怖は感じなかった。船からは問題ない、ただこの高さの氷から飛び降りるとなると少々面倒だなと思った。デイダラが気づいてくれるのを待とうか、それとも「芸術は爆発だぁぁ!!!!」那由多の思考が最後までたどり着くのを待つまでもなく、デイダラは芸術的な造詣の波の氷像を根元から破壊した。

2014/02/22