ルフィがインペルダウンの最下層にたどり着いた時にはほぼ全てのことが終わっていた。だが囚人たちに広がった興奮は未だ収まらず、いつもは静かなはずのLevel.6はひどく荒れている。異様な雰囲気に包まれたLevel.6で、ルフィは空っぽになったエースのつながれていたであろう牢と、それからその前で血を吐く那由多を見つけたのだった。
「あっ・・・お前・・・!!」
ルフィの目がまん丸になってそれから「おい大丈夫か!?」という声が振ってきた。だが那由多はルフィの言葉に返事をするほどの余裕はなかった。
目の奥の視細胞から何から何まで全てが焼け付くような痛みに覆われている。頭がガンガンして、周囲の音が遠かった。サソリの毒にやられたときもここまでひどくはなったことがない。つまるところこれが体の限界なのだろうか、と思いながら那由多は再び喉元を競りあがってくる熱の塊を口から吐き出す。口の端から真っ赤な血が垂れるのが見えたが、それをぬぐうには手が震えすぎている。
「・・・・あッ・・・ぐっ・・く・・っそっ・・・!!」
背筋を薄気味悪い寒気が走り抜けて、那由多はついに膝をついた姿勢から身体を地面につけた。視界が歪んで、輪郭も明瞭に認識できずやがて呼吸もひどく乱雑になってくる。誰かが耳元で騒いでいるのがひどくわずらわしく那由多には感じられた。
「ぎゃはははは!!そいつぁもう無理だぜ!!!何せマゼランの毒を真っ向から食らっちまったからなぁ!!!」
げらげらと周りで騒ぐ囚人たちの声は那由多の耳には届かなかった。 ゆっくりと全てのものが自分から離れていく気がする。光も音も、何もかも。離れていくそれらを追いかけようにも足が動かない。もどかしいような急き立てられるようなこの感覚が、死ぬということなのかと思った。
ぼーっとしていた頭が急にはっきりとした。視界が明瞭になり、頭は未だがんがんと痛むものの先の激しい痛みよりは遙かにましだ。ゆっくりと呼吸を整えてから体を起こす。間接の節々がぎしぎしと軋んでいたが、動かすことはできた。那由多は周囲を見回して、それから、まださほど時間がたってないことを認識した。先ほどまで感じていた、体がどこか遠くへ置き去りにされるような、不気味な感覚はまだはっきりと覚えている。あのときてっきり死んだと思ったのだが、と思って解答を求めるように周囲を見回した。
那由多の疑問に答えたのは、那由多を取り囲む人間たちの中でもっとも長身で、かつ独特な風体の男だった。正確には疑問に答えるというよりも、彼自身の気持ちを純粋に口にしただけのようだった。
「驚いたわね、ヴァナタ本当なら一日二日痛みにのたうち回ってもおかしくないのよ」
呆れたような口調に那由多は眉をしかめる。何のことだがわからないが、今の一言で少なくともそう長い時間はたっていないことが用意に予測がつく。
「・・・・何がだ」
「テンションホルモンを打ち込んでヴァナたの体の細胞を活性化させたの。毒に対する抵抗力は増すけど、本来ならこんなすぐに治るわけがないのよ。元より毒に対して相当抵抗力があったってわけね、ヴァナた」
「へー・・・・」
顔のでかいよくわからない格好をしたその男の言葉は那由多には半分も理解できなかった。耳をほじくって、聞いている振りをするだけして周囲を見回した。那由多が座り込んでいる場所は、先ほどマゼランと戦った場所で間違いなかった。馬鹿をやったな、と思いながら右目の前に手をかざす。そして顔をしかめた。腕を上げれば関節がひどく痛む。もう一度戦えるか、少々心配だ。
「お前もエースを助けにきたのか?」
「あー・・・そうだな。負けたけどな」
それよりも、と言って那由多は立ち上がった。若干バランスがとれずにふらついたが、一歩足を踏み出して足の裏で地面の感触を確認すれば、もう体軸はしっかりとしている。
「ルフィ、お前エースのこと助けにきたんだろ?こんなところでぼさっとしてねーで行くぞ」
那由多はそう言って、それから異様な姿のイワンコフ達に目をやった。彼らはこのインペルダウンの中で明らかに異様だった。その風体だけでなく、まとう雰囲気も囚人達とはまるで違う。
「麦わらボーイ、この男は味方でいいのね」
「ああ!!那由多は敵じゃねぇ!!」
「そりゃどーも」
こんなに堂々と味方宣言されたのはずいぶんと久しぶりだ。なんとなく妙な気持ちになりながら、それから散らばった武器のうち刀だけを手にする。
「随分と体が軽くなったが・・・ま、いいか。そういやジンベエつったっけか?あんたも、くるか?」
那由多はそう言って檻の中に笑いかけた。その先にいるのは、那由多とマゼランの戦いすべてを見ていた七武海が一人、海峡のジンベエである。鎖に繋がれた姿はひどく痛々しいが、彼の強く燃え盛るような瞳は未だ力を失っていなかった。彼は一瞬だけ口を閉じそれから「共に連れていってくれ!」と半ば叫ぶように言った。ガシャァン!とこすれぶつかり合う鎖の音が、いつもは静かなはずのLevel6に響き渡る。囚人達もそれに呼応して叫び出したが、那由多はそれらの一切を無視して、ジンベエの牢の鍵を叩き切る。鉄を切るには鉄の呼吸に沿って、刀を振り下ろせばいい。だがあいにくと那由多はそこまで完全な剣士というわけではなかったので、二本目の鎖を切り捨てた時点で刀は完全に使い物にならなくなった。
「あちゃー・・・こりゃもうダメだな」
「構わん。これだけで十分じゃ」
ジンベエはそういうと残りの自分の左腕を拘束する鎖を半ば無理やり、力任せに引きちぎった。一本だけならひどく頑丈な鎖もあっさりと引きちぎれる。というよりは鎖をつなげる基盤が限界だったようだ。石の壁にはめ込まれていたボルトが砕けて地面に転がった。
「ヴァナた、名前は」
「那由多。無駄口はいらねぇだろ」
「それもそうね。あと一人、できれば連れて行きたい人間がいる。いいわね、麦わらボーイ」
那由多がルフィの方を見ると、ルフィはどこかしぶしぶといったような頷いた。どういう事情かは知らないがどうやらルフィにとっては相性の悪い人間のようだった。だが今はそれは関係ない。那由多は早急にエースを追う必要があるだけであり、誰が付いてこようが、それは関係ない話だ。
階段の隙間からはゆっくりと盗聴用電伝虫が入り込んできていた。那由多は足元に落ちている小石を幾粒か拾い上げて、指で軽くはじく。銃弾とほぼ同じ威力のそれは電伝虫の殻を破って、さらに奥の壁に当たって砕け散った。
「やるじゃねぇか」
那由多を見下ろすようにして声をかけたのは横じまの囚人服に身を包んだ、顔を大きく横切る傷のある男だった。オールバックの黒髪と、左手の大きな金属製のフックが目についた。大きなフックは軽く人の首を引っ掛けるぐらいはあって、その男・クロコダイルは那由多の首にフックを引っ掛けて引き寄せる。殺意は無かったので無駄な体力を使わないため動かなかったが少々不愉快だ。
「対マゼランは悪くないが、てめぇの力とあわせて策略を練ることだな」
問い直すつもりはない。そもそも那由多は策略や戦略を練ることは得意ではないのだ。今までサソリやリーダーの命令に従ってきただけの生き方だったので当然といえば当然だ。今更戦場を選べといわれてもどうしようもない。
邪魔だとばかりに首にかかったフックに手をかけたとき、それはざらざらとした砂になって、次の瞬間には那由多を含みLevel6全体に激しい砂嵐が起こった。肌に当たる砂の粒が痛くて思わず目を瞑った那由多だったが、砂嵐はそう長い時間継続するものではなかった。
「麦わらボーイ!!」
イワンコフの声と共に那由多は自分の身体に何かが巻きつくのに気づいて反射的に逃げ出した。地面を蹴り、牢の壁を蹴り天井に張り付くと、下でぽかんとした表情のルフィが見える。その手は掴む相手を失ってしゅるしゅると元の位置に戻っていった。
「何だお前すげぇな!!なんで天井に張り付いてんだ?」
「そういやお前も能力者だったっけか」
那由多はルフィがゴムゴムの実の能力者であることを完全に忘れていた。それで上に行こうとしたのか、と大方の事情を察知したが、今更戻るのもばかばかしかったのでさかさまの姿勢のままでクロコダイルが空けた穴まで普通に歩いていく。重力を無視したようなその動きに、イワンコフは勿論ジンベエもかなり驚いているようだったが、ちょうどルフィが天井の穴に手を伸ばして掴んで腕を引き戻したせいで、彼らは驚きの余韻に浸る間もなくLevel5まですっ飛ばされたのだった。クロコダイルは当然自力で這い上がっている。
「さーて、さっさとエースを追うとするか」
2014/02/09