しっぺ返し

「・・・・・おいなんだあれは」


つぎはぎだらけの死体を動かしているのは人間が言う台詞ではないが、とにかくサソリはそんなことを言った。


「ありゃ・・・死んでるよな。影を入れて動いたっておいおいとんでもねぇ話じゃねぇか」


それも、首を落とされて死なない人間が言う台詞ではない。飛段は全身血まみれというスプラッタホラーな格好で三連鎌を肩に担いでいるせいで、単なる殺人鬼にしか見えないのだがサソリはそんな飛段に「てめぇが言う台詞じゃねぇよ」と至極全うなツッコミを入れた。


「おい」


何やらただならぬ気配を感じたのだろう。一旦後方へ引いてきた零番隊面々は情報を求めるが、ゲッコー・モリアと対峙した人間は白ひげ海賊団の中でもそう多くない。さて困ったとばかりにマルコに視線が集まって、彼は腕だけを不死鳥の姿に変えると、白ひげの傍を離れて長門の横に降り立った。


「いいか。ありゃ今一番俺らが恐れてたことだい。今那由多の奴、影を切り取られたように見えただろ」

「ああ」


長門が頷く。


「あれは悪魔の実の能力者だ。カゲカゲの実っつってな、あいつは影を完全に支配する」

「影・・・か。これを?」

「そうだ」


影踏みでもするようにサソリの影を踏むとマルコは首を縦に振る。信じがたい話だが、それを言ってしまえば自分達が今ここにいるという現実そのものから改めて考え直さなければならないので、ここまで来たらもう目の前で起きたことを全て信じるほかなかった。


「影を切り取られたと言ったわね。那由多はどうなる」

「あー・・・・と小南?・・・か?お前一体・・・・」

「幻灯身の術だ。あまり気にするな。小南にはいざというときの保険代わりに後方にいてもらっている」

「話を続けて」


ブゥンと低い空気の振動と共に誰かのシルエットが現れて、マルコは一瞬困惑したが零番隊が動じないということは敵ではないらしい。声から何となく小南だろうとは判別したが、マルコとしてはカゲカゲの実の能力よりもそのゲントウシンのジュツというものの方が遥かに気になった。が、今は小南の言う通りだ。マルコは咳払いをして話を続ける。


「カゲカゲの実の能力は、相手の影を切り取ってそれを別の人間に入れることが出来る。死体に入れることが出来るなんてのはおれは知らないが、それはともかく。厄介なのは影を手に入れることでそいつの身体能力が手に入ることだ」

「身体能力が手に入る?・・・・つまり」


マルコの話が進むにつれて暁の面々にも事の深刻さがようやっと伝わったようだ。特にマルコよりも長年那由多と一緒に居る暁連中の方が、表情がみるみるうちに険しくなっていく。


「つまり、那由多の影を入れられたあのゾンビは、那由多そのものの体術を使えるってことだよい」

「笑えねぇ・・・・」


サソリは額に手を当てて、明らかに悪化したこの状況を嘆いているようだ。イタチも考え込むような素振りをしているし、デイダラも開いた口が塞がらない。


「しかもそのゾンビがおれらを敵と見たってことだろ?最悪じゃねぇか・・・・うん」

「おいサソリ。貴様那由多の体術を何とかできないのか」

















那由多、という少年は小さい頃からの英才教育を受けていたわけではない。齢十を数えるまでほとんど何もされずただ放置されて生きてきた。その年になるまでにイタチやデイダラは必死の思いで修行を積んできたというのに、那由多はそれこそ本当に何もしなかった。
彼が始めて忍としての訓練を受けるようになったのは、彼がとあるきっかけで猛毒を喰らって生き伸びたという事実を経験してからだった。
サソリは今の今まで傀儡の材料としてしか興味がなかった那由多に、唐突に体術を教え始めたのだ。もとよりチャクラが使えないから、彼に残された道は体術のみ。だがサソリは彼に体術を教えたわけではない。
サソリは那由多が生き残れるギリギリのラインで、常に彼を殺そうとしたのだ。
今まで何の訓練も受けていない一般人がいきなり忍(しかもそれが国一つ落とすようなS級の犯罪者ときた)の動きに着いていけるはずもない。飛んできたクナイも、サソリの拙い体術も何一つ避けられない。
初めてサソリが那由多を外に連れ出し、忍としての訓練を受け始めた日は、記念すべき暁に来て那由多が死にかけた三度目の日となった。(一度目はサソリに洗われたとき、二度目は毒によって生死の境をさまよったときである)そもそも抵抗するという概念も欠如しているのか、那由多は近づいてきたサソリに対し無反応だったし、ちらりと彼の方を向こうともしなかった。那由多はじっと目の前を見つめるだけ見つめて、そして無抵抗のままサソリに蹴り飛ばされた。
さして得意でもないだろう体術、だがそれでも並の中忍ではどうしようもない。サソリは地面に転がって胃の中を吐き出した那由多の頭を地面に叩きつける。
じわりと、地面に血が滲んだ。那由多の手が弱弱しくサソリの足を掴んだが、結局それだけだ。
その後のことは、本人は記憶からないという。多分、散々叩きつけられ痛めつけられた体はそれを忌まわしいものとして記憶から抹消してしまったのだろう。逆に言えばそうでもしない限り彼は与えられる痛みに気が狂うのだ。
無抵抗のままいわれのない暴力をただ、その小さい体に受けて、サソリがようやっと興味をなくしたかのように那由多に背を向けたとき、那由多は目を開いているのに何も見ていなかった。


「サソリさん、いくらなんでもやりすぎなんじゃないですかねぇ。私はてっきりあなたがあの子に修行をつけるのかと思っていたのですが」

「殺してはねぇだろ」


そういう問題ではない、と言う前にサソリはアジトの中に消えてしまった。鬼鮫はしばし迷ったが結局地面に伏したままピクリとも動かない那由多のそばに寄り彼をアジトの中に入れて、拙くも怪我の治療をしたのだった。
半分死んだような状況で、でも驚いたことに那由多の体のどの器官も致命傷は受けておらず一週間後、那由多はまた動くようになった。
そして、また。
サソリは那由多をただ殺さんばかりの殺気を当てて、その体を滅多打ちにする。それでも、骨は折れていない、臓器は傷ついていない。体表の傷はいずれ治り、目が見えなくなるのではないかと思われるほど黒く濁る瞳も、一週間もすれば必ず輝きを取り戻す。
鬼鮫がようやっと「サソリは手加減をしている」と気付いた頃には、那由多はサソリの下手糞な体術を避けるようになっていた。
サソリの体術は一般人が見ていてもわかる程に一本調子だった。まずは右足が出て、次に左足、それから数秒置いて踵落しが来る。サソリは飽きもせずにその流れを繰り返して、そして那由多はそれを覚えた。
人は誰しも命の危険にさらされれば信じられないほどの身体能力を発揮するらしい。傀儡の体で疲れを知らないサソリに合わせて那由多は何時間も動き続け、最終的には結局サソリに殺されそうになるのだけれども、それは次の回では何かしら他の動きに反映されていく。
やがてサソリの動きが一本調のそれから、もっと実践的な変則的なものに変わっても、那由多はそのほとんどに反応するようになった。多分、蹴りがくるからこう避けよう、なんて考えちゃいないのだろう。那由多の動きは気付けばいつの間にか反射のそれと同じくらいになっていて、一年後にはもうサソリの体術では那由多を捕らえることは出来なくなっていた。
一年後のその日、那由多は始めてサソリに殺されかけることなく一日の修行を終えたのだ。向き合っていたサソリが急に背を向けて、そしてアジトの中に入ってしまってからしばらくの間那由多は自分の身に何が起きたのか分からなかったのだろう、外に突っ立ったままただ次の攻撃を待っているようだった。いつも意識を失ってから全てが終わるから、その日もそうなるはずだったのに、そうならなかった。喜ぶべき不測の事態に反応しきれないでいる那由多は、結局とっぷりと夜が暮れた頃に鬼鮫にアジトの中に連れ戻されたのだった。


「随分と動きが変わりましたねぇ」

「・・・・・何が」


鬼鮫の言葉に質問で返すとはコミュニケーション力も随分と上がったようだ。那由多は自分の身に起こったことが今だ信じられないかのように鬼鮫の後をついてふらふらとアジトの中を歩いている。


「おれどうすんの」

「私に聞かれても。サソリさんのとこに行けばいいじゃないですか」

「そんでどうすんの」

那由多は一体どうしたいんですか」


どうしたいのだ、という問いに対して那由多は首を傾げる。もとより生きたいというそれ以外の欲求が極限まで殺されているような状況だから、積極性がなくてもおかしくはない。鬼鮫がそう考えたいたとおり那由多は結局鬼鮫の問いに答えを見出せなかった。
どうしたいもこうもない。何も、ない。
わからないから聞くのだ。
それを繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、ふと気付くと暁内で体術で彼の右に出るものはいなくなった。最初に出遅れた彼が天才と呼ばれたイタチを凌駕し、幼い頃から訓練を受けていたデイダラを越えたのは一重に「体術」というそれ一本に絞って生きてきたからであろう。

















「馬鹿いうな。あいつの体術はもうおれがどうこうできる範疇を越えてんだぞ」


那由多に、体術の基礎を仕込んだのは間違いなくサソリだ。そしてサソリ自身が那由多の癖を指摘し、それを隠せるように、またそれを囮と出来るように訓練を重ねた。人体の関節の駆動から考えて最も合理的な動きを指示し、徹底的に身体能力を上げさせた。毒も効かない。さらにそれに加えてイタチが手裏剣術を教え込み、鬼鮫の一撃に耐えるだけの筋力も与えた。そして何より後天的に身についた反射神経がさらに彼の体術を研ぎ澄まし、すでにサソリの傀儡でも本気の那由多を捉えることは不可能だろう。勿論それは那由多がサソリの指の動きで傀儡がどう動くかも、傀儡師としてのサソリの癖も、傀儡の仕込みも全て知っているからというのもあるが・・・・
(・・・・初対だとしても、多分傀儡じゃもう捕まえられねぇ)
サソリとてまさか自分で育てた人形に簡単にやられるわけにはいかないので、必死で対抗策を考えてみるも、那由多もコマの一つであったからそれが奪われるとなると戦局はかなり厳しくなる。考え込んだサソリを端から見ていた飛段もまた何かしらの対応策を口に出してみるが、それもまた少々見当ハズレの内容となってしまった。


「大体那由多ちゃんってあれだろ?幻術が苦手なんだろ?じゃイタチちゃんがハメればいいじゃねぇか」

「眼窩が空っぽの奴にどうやって視覚で幻術にかけるんだ」

「あ・・・・そういや目ねぇんだな・・・・」


相手がそれを狙ったとは思えないが、状況はますます不利になる一方だ。だが考えている間にも戦況はめまぐるしく変化していく。


「もういいよい、考えてたって仕方ねぇ。とにもかくにも那由多を止めるには、サソリとイタチがいればいけるか?」

「出来る限りはやってみるが、接近戦は厳しいな」


イタチの言葉にマルコは頷く。


「それならイタチは中距離から、おれがイタチと那由多の間に入って出来る限り盾になる、サソリはとにかくあのゾンビの動きを止めろよい」


マルコの言葉にイタチは頷き、サソリはますますしかめっ面をした。ゾンビの動きを止めると言っても、通常の人体よりも遥かに強化された体だ、腕を切り落とすだけで相当な苦労をするだろう。関節や神経は基本的な人間と同じようにも見えるが、その原動力がはっきりしない以上どこを仕留めれば止まるのかもよくわらかない。長い間忍をやっているが、こう難しく要点のはっきりしない任務もそうそうないだろう。


「予想外にもほどがあるぜ、全く」








2013/01/05