支配された影/前、

カッ、と明るい光が那由多を照らした。とはいえその程度で敵を見失うほど柔な鍛え方をされてはいなかったからそんなことは正直どうでもよかったのだが次の瞬間ふいに身体が空に浮く感覚がして、那由多は「はっ!?」と盛大に間抜けな声を上げたのだった。
戦場・・・特に那由多のように最前線で敵のど真ん中に飛び込み戦う忍にとって敵が存在するのは前方だけではない。左右は勿論後方、地中そして下手すれば空中にも那由多にとっての敵は存在するのだから、この世界へきて少々身体が訛っているとはいえ注意だけは怠るはずがなかった。だがそうだというのに気付けば那由多はまるで何者かに掴み上げられたかのように今、空中で目を白黒とさせている。


「キシシシシ!!こりゃあ生きのいいゾンビができるぜ!!」

那由多!!」


らっきょうと目があった。
否、これはらっきょうではない。目も鼻も口もあるし耳もある。手も足も生えていて、なるほどよくよく見れば人間だった。
那由多はとりあえず、現状を確認するため視線だけで足元を確認して、頭が痛くなった。何故、自分の影がこの男に掴まれているのだ。大体影は触れるものではないだろう、と思うのだが正直那由多の知っている世界以上に非常識的なことが常識としてまかり通っているこの世界では案外これが普通なのかもしれない。
ルフィが下方で何か叫んでいたが、男はなにやら真っ黒で丸っこいこうもりを使ってルフィの攻撃を片端から跳ね返した。周りがあまりに煩くてさすがにルフィが何を言っているのかまで那由多は聞き取れなかった。
















「・・・・おい、あれはどういう状況か今すぐ説明しろ」

「おれに聞くな!!」


那由多はルフィに先立ってあっという間に戦場を駆けていった・・・と思ったらあっという間に掴まっていた。正直なところ那由多があんなにあっさり間抜けな姿で捕まっているのを始めてみたイタチは色々と驚かざる得なく、正直ゲッコー・モリアが那由多の影を掴んでいることにまで意識が回らない。一方でイタチに話しかけられたイゾウの方は、モリアの能力を始めてみるのか影を自在に掴むことのできる彼の能力に驚いていた。距離が遠くて、さすがにこの位置から詳細な状況はつかめない。

「ラクヨウ!ありゃあなんだ!?」


パン、とイゾウの銃から放たれた銃弾はあっさりと海兵の踵を砕いて、ちょうどラクヨウの背に切りかかろうとしていたその海兵は悲鳴を上げてもんどりうつ。
殺さない、のはこの戦場において重要だ。白ひげ海賊団の目的はあくまでエースの救出であり、革命軍のように海軍を潰したいわけではない。そんな状況の中で海軍の戦力を殺ぐには実は相手を殺すよりも死なないが動けない程度の傷を負わせてしまうのが一番なのだ。海軍側からすれば仲間の海兵を見捨てるわけにもいかず救助に当たらざる得ない。そうすれば必然的に戦闘に使える人員は減っていくわけで、それが雑魚ならちょうどいい。海軍は確かに中佐以上の兵力が厄介なのだが、同時に対して強くも無いが数が多い一般兵もなんだかんだで厄介な代物なのだ。とはいえ、この戦術を使うのは白ひげ海賊団だけではなく海軍側も同じだから、正直効率は大してなかった。まぁ強いて言うななら攻防のうち「攻」に回っている白ひげ側が若干勢いがある分有利といったところか。
ともかく、打ち抜くと同時に背後の敵をイタチに任せてイゾウは銃弾を詰め替えると一瞬で身体を捻って海兵の足元を打つ。一発たりとも外れない狙いはさらに二人の海兵を地に叩き伏せた。


「おれもよく知らねェが、ありゃあモリアの"カゲカゲの実"の能力だ!!噂が違わなけりゃ、あいつは影を操るぞ!!」

「操るっつーか・・・・那由多があれだと危ねェ感じだが」

「クリエル!!!援護射撃だ!!モリアを狙えェ!!」

「任せろ!!」


存外、冷静なイゾウの言葉にラクヨウはちらりとそちらを見てそれから形相を変えて怒鳴り声を上げた。クリエルは背に構えた二挺のバズーカの照準をわずか数秒のうちにモリアに向けると発射するも、それは粉々に砕けたモリアの影にあっさりと阻まれてしまう。


「親父・・・!!まずいぞありゃあ」


一方で、さらに後方に控える白ひげとマルコも那由多とモリアの様子を伺っていた。マルコはかつてと戦ったことがあるのか、彼の能力を知っているらしく若干顔を青くしている。さすがの白ひげもなにやら難しい表情をしてじっと様子を見守っていた。
状況を把握し切れていないのは、零番隊の連中だけだろうか。彼らは那由多が何がよくわからないことをしているとは思っているが、彼の体術に関して疑ってはいないらしく阿呆か、とばかりに白けた視線を送っているだけだった。サソリに至っては那由多のことを見てすらいない。これを信頼と呼ぶかは・・・・・・少々怪しいところがあるだろう。
そんなわけで騒いだり冷静だったりと三者三様の部外者達だったが、那由多はとてもそういうわけにはいかなかった。何せ自分の影がつかまれているという人生初の驚きの事態に陥っているのだ。むしろ人生初、というよりもこれから先もありそうにない。那由多の相手がモリアに移ったのを見て、周囲の海兵たちはようやく無駄な手を出すことをやめたようだ。喧騒がほんの少し、ほんの少しだけ止むとようやっとルフィの声がよく聞こえるようになり、那由多はぽかんと口を開けたまま何もいえなくなった。


「はぁあああ!?影を、取られるゥゥゥ!?」

「そうだッ!!ハァッ・・・・ッ!お前なんかの影を取られた・・・ブッ!!」

「ルフィ!」


たとえどんな姿勢だろうとイタチ仕込みの手裏剣術は的を外すことはない。ひゅんと常人ではとても想定できないような軌道を描いた手裏剣はルフィの肩に噛み付いた丸っこいこうもりを貫いた。ぱちゅっ、と小さな音と共に黒い粒粒となって飛び散ったこうもりにはさほどダメージは無いようだが、まぁ最初から期待はしていない。


「膝をつくなっ!!」


この戦場ではあまりに小さいが、人間からすれば極端な殺傷力を持った銛が、ルフィを狙っている。モリアの攻撃に思わず膝を突いたルフィは恐らくそれに反応しきれないだろう。ルフィがゴム人間だと知ってか、あえて選ばれたその武器は返しがついていて刺されば容易に抜けない。那由多はさらにもう一撃を放ったが、それはモリアのこうもりに邪魔される。だが、那由多の放ったのはそれだけではない。全く別の方向へ飛んだはずのクナイガ、モリアのこうもりすらも綺麗に交わし二度、三度とクナイ同士を弾いてルフィを狙う銛を弾き飛ばした。銛も、クナイもそれぞれが近くに居た海兵に直撃する。モリアはそんな那由多の手裏剣術を見て驚いたようだが、それからにやりと笑った。


「生きのいいチビだな!!」


がしゃん、とはさみの刃を合わせるとモリアはそれを那由多に向ける。那由多はてっきり胴体でも切り落とされるのかと二本の日本刀の柄に手をかけたが、軌道は彼の思惑とあまりに外れていたから、完全に、対応し損ねた。


「は?」


ジョキン
まるではさみが薄い紙を切るときのように、軽快な音と共に那由多は目の前がブラックアウトする。


「ゾンビ兵ども!!さっさとこの男を棺桶に詰め込め!!」


現状で那由多はモリアの影にいたから、影を取られた直後日光を浴びて消え去ることはなかった。最初から用意されていたのだろう、唐突に現れたつぎはぎだらけのゾンビは手際よく棺桶の中に意識を失った那由多を詰め込むと乱雑な手つきで釘を棺桶の蓋に打ち付けたのだった。


「キシシシシ!!麦わらよりも遥かにいい影が手に入ったぜ!!」


モリアの手の中で暴れるのは那由多をまるでそっくりそのまま写したようなラインの黒い塊。これこそがカゲカゲの実の能力"影切り"である。この能力の恐ろしいところは影の所有者の戦闘能力をそのまま奪えてしまうことだろう。先のスリラーバークでの一線で見たとおり、影は新たに強化された肉体を与えられれば相乗効果で所有者よりも遥かに強い力を発揮することが出来るようになる。モリアは実のところ、この戦争において白ひげ海賊団の多くの実力者達の影を切り取り自分の物にしておく算段だったのだが、此度手に入れた影はどうやら大当たりのようだ。ちまちまスリラーバークなどでやってくる海賊を待つよりも遥かに効率が良いとばかりに、モリアは笑ってゾンビ兵たちに次の棺桶を持ってこさせた。モリアが所有者から切り取った影は手に持っているか、他の肉体に無理矢理放り込んでやらなければ所有者の下に戻ってしまう。出来ることならこの戦場で使うよりも持ち帰ってもっと活用度の高いゾンビの中に放り込んでやりたいところだが、この状況では仕方ないだろう。ありあわせのゾンビとはいえホグバックが作ったいくつもの強化ゾンビはしっかりと持ってきてある。恐らくは肉体の弱点などこの影が補ってくれると、モリアは棺桶の蓋を開けさせると同時に影をそのつぎはぎだらけの死体に押し付けた。


「キシシシシ!!この肉体はさほど名もねェがそれなりに強かった暗器使いの男の身体だ!!さぞてめェと合うだろうよ!!那由多・・・といったな!!静まれ、おれがお前の新しい主人だ!!」


端から見れば大層滑稽な光景だろう。
モリアは棺桶の中の死体に向き合い、手には黒いじたばたと動き回るものを持っているのだから。だがモリアの掛け声一つで那由多の影は唐突に動きをやめてピクリとも動かなくなった。


「今からお前がゾンビとして生きるための声と肉体を与える。過去の一切の人間関係を忘れ去り、おれに服従する兵士となれ!!」


モリアの契約は、那由多の影が黙って頷くことであっさりと成立した。死体にその影を押し付けてやれば、影はゆっくりとその死体に吸い込まれ、そのわずか数秒後死体は何も無い眼窩を覗かせたままゆっくりと立ち上がったのだ。











2012/04/04