密やかな脱獄劇

Level1
銃を持った男たちがうろつく。カツ、カツ、カツと石畳を靴が叩いて軽快な音が酷く陰惨な雰囲気の廊下に響く。時折、世にもおぞましい何者かの悲鳴が響いていたが、それに反応するのは鉄格子の向こうの連中だけで銃を持った男たちは悲鳴など聞こえもしないかのように表情一つ変えることは無かった。

Level2
ち、ち、ち、と遠くでねずみの鳴き声のようなものが聞こえてくる。だがそれがねずみでないことはここにいる連中が何よりもわかっていて、その声が近くなると皆シーンと静まり返り鉄格子の奥でできるだけ体を丸めている。ざわざわがやがやと鉄格子の向こうを大量の何かが走り抜けていくのをひっそりと見つめる。それが何かはわからない。わかったときには、死ぬしかないのだから分からない方がいい。

Level3
まるで砂漠のように乾燥した空気が充満したそこで、鉄格子越しに見る連中はがりがりにやせこけていた。ああ、いやあれは痩せているのではないな、と銃を持った男が手で合図すると中に二人の男が牢入ってミイラになった骸を引きずり出す。足元は一部石畳一部砂といったところか。と、そこへ開いた戸口から一人の囚人が牢の外へ飛び出した。水をくれ!と叫び走るも力のない足では砂地を越えること敵わずすぐに近くの看守に取り押さえられる。その男はどこかへ連れて行かれたが、もしかしたら死ぬほど水を与えられたのかもしれない。

Level4
熱い。熱い。
と熱さを訴える声しか聞こえてこない。100度の湯がまさに微温湯に思えるほどの釜の中で一人が底へ沈んでいった。燃え盛る火は留まるところを知らず、そこは看守達でさえも悲鳴を上げそうになる。
ああ熱い。また一人、釜の底に沈んだ。

Level5
寒い。寒い。
ここから上へ、上からここへ来た瞬間はどれほど楽だろうか。だが時間が経てば経つほど徐々に失われる体温はまだ辛うじて生きているというのにすでに死人のようだ。吐き出した息はいつまで経っても白いままで、はぁ、と目の前の男に吹きかけるとそのままカチンと凍りついた。下品な笑い声が響く。ああ、未来への永久保存だ。

そして__誰も知らない深海の底に、最後の一階があった。

Level6
そこは誰も知る必要がない。
みじめで恐ろしくて、世界から忘れ去りたい記憶が閉じ込められた。
看守すらもおらずただ無秩序に並ぶ牢はじわりじわりと海のエネルギーを放ち続けている。


「海楼石ねー・・・能力者も面倒なもんだな」


じゃらりと手首と、足元で鳴る鎖がうざったいが一応は囚人なのだ仕方ないだろう。那由多はたった一人閉じ込められた牢の中で足を組むとさすがにどうしようもなさそうなこの現状を悲観するでなく、ちょっと笑った。


「大体あれだな、なんでおれだけ独居房?超寂しいじゃん。おいエースおれと代われ」

「お前・・・能天気だな」

「へーへーどーも」


笑うと服越しに血が滲んだ。
あの時、ついにティーチを見つけ戦闘になったはいいが彼の想定外の能力に三人居たにも関わらず全滅した。辛うじてデイダラが逃げたようだが、その先どうなったかはわからない。できれば白ひげの船に着いていてもらいたいものだが、と思うとエースもなんだか笑えてきた。


「お前さんも充分能天気じゃろう」


エースと同じ牢につながれているのは人間ではない。首もとの鰓は今でこそ動いてないが海中に入ればその鰓が彼の血液に酸素を送る役目を果たすのだろう。名はジンベエ、海侠のジンベエと言えば七武海の一人だがわけあってこのインペルダウンに幽閉されている身だ。


「エースはだめだって。何せ元から悲観的だからなー」


クツクツと那由多は笑ってからすぐいてェ!!と悲鳴なのか何なのかわからない悲鳴を上げて、それに周囲の牢の囚人達がげらげらと下品な笑い声を上げるのだった。
時折インペルダウンの外の海王類が共食いをしてかすかに堅牢な石の壁越しにその悲鳴が聞こえてくる以外は、シン・・・と静まり返ったLevel6は名を無限地獄と言う。変化があることを、自由を楽しみにする海賊にとってその空間がいかに苦しいものか、たとえ海賊でなくともおわかりになるだろう。とはいえ中には世に飽いてここでのんびりと暮らすのも悪くないという奴もいるのだから、世界と言うものはわからない。しかしそんな無限地獄は、白ひげ海賊団二番隊隊長の火拳のエースと零番隊那由多の入獄、さらにそれに続く七武海海侠のジンベエの入獄で一気に騒がしくなった。いや騒がしいのは主に那由多一人なのだが、一人でも煩い奴がいれば他の連中も一気にしゃべりだすもので、無間地獄はここ数日の間下品な言葉が飛び交う汚らわしい場所になりつつある。
彼らがどうしてインペルダウンに幽閉されることになったのかは、正直なところ看守達でもはっきりとしたことを知らないのだがどうも近頃七武海に加盟したという黒ひげがエースを倒したというのが有力な説だった。このことは頂上決戦以後世界政府よりはっきりとした声明があり真実が世に伝えられるのだが、現時点では様々な混乱を避けるためということでエースの入獄は徹底的に伏せられていた。政府の真意はどちらかと言えば白ひげがインペルダウンへ攻め入るのを防ぎたいというものだろうが、ともかくもエースが入獄されたいきさつは噂でしか誰も知らないということである。


「しかし・・・しばらく会いにいかんうちに随分とまた新顔が増えたようじゃのう」


ジンベエがぽつりと呟いて、エースと那由多は同時に顔を上げた。


「おれのこと?」

「そうじゃ」

「あーうんまぁ色々あったしな。説明めんどくさいから省く」


那由多は首だけ上げているのが億劫だったのかそのままバタンと頭を落として天井を見つめると、手だけひらひらと振ってそんなことを言った。


「時間だけは腐るほどある」

「いーやーだーね。おれは暇じゃないんだ」


鎖に繋がれた男が暇でないことなどあろうはずもない。だが那由多は体を動かせず痛みで碌な思考もままならないはずなのにそれきり沈黙してぼけーっと天井を眺めている、だけのように少なくともジンベエには見えた。


「あいつは那由多だ。最近入った奴だが・・・ちょいと、色々特殊でな」

「全く説明になっておらん」


だっておれもよくわかんねぇんだもん、とエースが言うとじゃ黙ってろ、と何故か那由多の独居房から声が返ってきた。はじめに散々騒がしくしていた奴が何を言うか、といいたい気分は山々だが、エースも心労が重なって言い争いをする気分ではなかったから何か言うのはやめた。とはいえ言ったところで彼は今の様子だと大した反応も見せないだろうが。
那由多は両手両足が鎖に繋がれていると言っても鎖は比較的長くエースやジンベエよりは遥かに楽な姿勢ではあった。とはいえ持っている武器は片端から取り上げられ、今の彼の体重はいつもと比べ信じられない程軽い。しばらくの間は腰が軽い身体が軽いと本人ですら言い続けていたほど、彼の体重のほとんどは持ち歩く武器の重みと言っていい。それで忍が勤まるのかと聞かれると答えにくいが、那由多は現時点で生きているのだから勤まると答えるしかないだろう。実際のところサソリが食事に関してはかなり緻密なコントロールをしているし、那由多には少量だが薬物投与の跡もあるので彼は身体が多少常人と違うと言っても過言ではないのかもしれない。
那由多は本当に動かなかった。息を凝らしてじっと何かを待っているようにも見えたし、また何かを観察しているようにも見える。
さらに数日もたてば新入りをぐちゃぐちゃといじるのにも飽きた囚人が一人、また一人と口を閉じ始める。騒ぎが小さくなれば別に怒られるわけでも殴られるわけでもないのに、何故か自然と話し声も小さくなって言ってついにその最後の一人が何もしゃべらなくなって無限地獄がシンと静まり返った頃、カチャリと小さな音が聞こえた。エースはすることもなくじっと目を瞑っていたのだが聞きなれない音にそっと薄目を開ける。夢か現か。案外自分は夢を見ていたのかもしれない、としばし牢の外を見える範囲で、といっても首だって碌に動かせないから視界は非常に狭かったが、とにかく見える範囲を観察しても結局いつもと変わりがなくてもう一度目を閉じようとしたとき、今度は自分の耳元で確かにカチャリと音が鳴った。
ジンベエもエースも驚いて出来る限り顔を上げると、そこには那由多がいた。


「よう」

「お前さん、どうやッ!?」


那由多はそっと唇に人差し指を当てる。
静かに、と唇だけを動かして周りを見回したが、幸いにして皆眠りについている時刻だったため離れた牢の中で一人が寝返りを打っただけで終わった。


「縄抜けの術・・・って奴か」

「あったりー。忍にとっちゃあんな枷ないも同じよ。おれ昔旦那の命令で掴まったことあっけど、普通忍用の枷っていったら、枷っつーか手首を釘かなんかでブッ刺すわな」


そうでもしねーと逃げるし、と笑うが全く笑い事じゃない。サソリの奴は本当に何をやっているのだ、とはエースはあえて空気を呼んで聞かなかった。


「牢を抜けるのにてこずったけどなんとかなったな。ホントはこれでエースが縄抜けできたら一緒に逃げるんだけど・・・・そうもいかねーだろ」

「やり方ぐらい教えてくれよ」

「ん、無理」


おれも体感で覚えたから、知りたきゃ旦那に聞けよ、と那由多は言うが、彼のスパルタを通り越した最早拷問並の修行はさすがのエースでも受ける気にはなれず進められたら全力で遠慮する所存である。


「ということで、おれはちょっくら海上まで行って来る。鍵とって帰ってくるから待ってろよ。怪我は安静にしてると治るんだぜ」


だからお前はピクリとも動かなかったのか、とエースが言うよりも早く気付けば那由多はすでに牢の外に居た。長い後ろ髪は解けたままでさすがに邪魔だったのか、適当に服の一部を切り取るとそれでぐるぐると髪を束ねてしまう。本当に器用なものだ。


「じゃーな。希望は捨てずに待ってろよ、死刑囚」













2012/03/14