無事を祈る

砂の国はたくましい。
生命の活動に必須である水がというものがない環境でありながら、彼らはともに分かち合うことで命を繋いできた。ここしばらく雨が降らない、という噂話をそこここで耳にするにも関わらず町の中は活気に溢れ人々は今日も楽しげに言葉を交わしている。


「意外と平気そうなんだな」

「そうでもねぇなぁ・・・・最近じゃ反乱軍がどうだこうだって話ばっかりさ」

「へー・・・」


自分で聞いておきながら、後半は興味なさげにあくびをする那由多は相変わらず口の中にあの虫の苦味が残っている気がして顔をしかめた。甲を砕いた瞬間の感覚が未だにはっきりと残っているのだ。気持ち悪いことこの上ない。デイダラとエースはようやっとたどり着いたこの町で昼食にと色々と注文していたが、那由多はさっぱり食べる気になれなかった。


「食うか?うん?」


嫌がらせさながらにデイダラが先ほどの虫を思い出させる赤いものを差し出してくる。代わりにそのフォークで指を縫い付けてやるとばかりに、手の中から抜き取って机にさしたものの空振りに終わった。見え透いた攻撃に引っかかるほどデイダラも馬鹿ではないということだ。フォークはビィィンと余韻を残して、机に突き刺さったまま。行儀の悪さにかけて、この三人にかなうものはこのレストランには他にいないだろう。デイダラとて育ちが決して良いわけではないのだ。腹を抱えて笑って、さらにエースを挟んでの怒鳴りあいをはじめるものだから、エースもさすがに腹を立てて怒鳴り声を上げる。


「あーもううっせーよてめーら!!ちったぁ静かにできねぇのか!?」

那由多が悪い!うん!」

「おれじゃねーよ!」


所詮子供の喧嘩のレベルの会話に、周囲で見ていた客は呆れ半分苦笑い半分といったところか。港町とはいえ軍の統率されたアラバスタではこのように粗野な連中などあまりお目にかからないだろう。
エースにしてみればいつもの騒ぎに違いなかったが、デイダラや那由多からすればこのようにただ騒ぐだけ騒ぐという行為は海賊船に乗ってから初めて経験したものだった。どこか常に殺伐としていて、喧嘩という騒ぎは名ばかり、忍たちのそれは半ば自分という領域を確保するためのテリトリー争いに近い。負ければ終わり、だから常に発せられる言葉の一言一言に殺意が混じる。特に暁連中のように里からあぶれた連中ともなればなおさらのことだ。彼らは里という大きなバックグラウンドを失ってしまっている。自立、独立、言い方は色々あるが、とにかく基本的に一人で全てにおいて立ち回るということが身に染み付いているのだ。自分のテリトリーに侵入すれば敵、そしてテリトリーを奪おうとするものも敵に違いなかった。
だからこそ、デイダラや那由多にとっては生死関係なくただ言葉をぶつけ合うような、じゃれあうような喧嘩は不思議なものだ。忍の世界でも海賊の世界でも喧嘩の中に互いの距離感を計るという目的があることには違いない。だが、その中に含まれる敵意や殺意というものは愛情や友情というものに置き換わる。同じ喧嘩なのに不思議なものだ、と最初は首をひねった那由多だったが、暁間での闘争はともかく、エースが間に割って入ればそれは自然と海賊たちの喧嘩と同じようになった。
何が違うのかなんてものまで言語化できるほど那由多は頭がよくなかったから、そんなものなのだろうと思っていつも終わらせた。今回も結局エースがわかったからわかったから、となだめるように言えば結局デイダラも那由多も自然と湧き上がる殺意も敵意もすっと収まってしまう。というよりも馬鹿馬鹿しくなってしまう、と言った方が感覚的には正しいのかもしれなかった。


「んで、エースこの後どうするんだ?」


那由多は喧嘩仲裁直後に突っ伏して眠り始めたエースを起こして、聞く。あくびを一つしながらエースはすでに肉のなくなった骨をしゃぶり、顔のご飯粒をいくつか手で払ってむにゃむにゃと何か口にした。


「食ってから話せ」


那由多は口に含んだ骨を思い切り喉の奥に押し込んでやる。殺人的勢いで喉の奥に押し込んだ骨、というのは一般的に想像するととんでもなく危険な行為なのだが、覇気もなにもまとってない骨はするりとエースの身体をすり抜けて、エースの背後の床に転がった。げほげほとむせるエースに別にダメージねーだろ、と優しさの欠片も感じない言葉を那由多は投げかける。
すでにこの言葉をかけた時点で、奇妙なものがすっ飛んでくる音を那由多は感知していた。人々の声の合間にも、何か叫び声とそれから風を切る音がする。デイダラもまだ気づいていないだろう。遠い。だが猛烈なスピードで近づいてくる。その進行方向が、今那由多たちがいるレストランであり、さらにもっと言ってしまえばエースを直撃しそうなルートであることを那由多が把握したときにはデイダラもおおよそ何かが来ることに気づいた様子だった。少しだけ顔を上げて、入り口を見る。


「お前ほんっとうにやることなすこと無茶苦茶だな!!・・・・まぁ、今後はおれは「飯だぁぁあああああああ!!!!!!」

「おう、飯か」


那由多はすっ飛んできた物体(ルフィ)に殺意も敵意もないことをわかっていたからあえてエースに忠告することはしなかった。先ほどエースがしていたのがうつったのだろう、エースがカウンターをぶち抜き、さらにその先にあった店主の大事な大事な台所もぶち抜き・・・・と繰り返される轟音をBGMにしながらあくびを一つ、する。
デイダラもおおよそどうなるかはわかっていたようだが、それでもその飛んできた物体がエースの弟であったことには驚きを隠せない様子であった。一瞬、鳥のような目を丸くしてから笑い出す。


「お、なんだ?なんか面白いことでもあったのか?あ!!それよりおっさん!!飯だ!!飯飯!!!!」

「あ・ああ・・・それよりも君、今とんでもないことを・・・・」


ルフィはおそらく何にぶつかって無事止まることができたかについて考えてはいないのだ。目の前で大穴を空けた壁の根源は自分であるにも関わらず「変な店」と称する根性だけは一人前だ。ルフィは無事だった席に座って、先ほど那由多がカウンターに付き立てたフォークを掴む。
店内は騒然とした。そうでなくとも店内にいる何人かはエースが白ひげ海賊団のクルーであることをその背中のマークから知って騒いでいたのだ。そこでさらによくわからない人間が飛んできて店を破壊したとなれば騒ぎにならないはずがなかった。海軍を呼べ、とこそこそと声が聞こえる。騒げば殺されるとでも思っているのかもしれなかった。那由多はこれから先起こることを想像しながら口の端を上げて笑う。
ここの店主は海賊だというのに存外気さくなエースの様子に気を許していたのか、それとも肝が据わっているのか、ルフィが壁を壊したことに対してもそれなりに平然と対処していた。逃げ出してもおかしくは無い状況のはずだ。店主が「あー・・・・」とルフィの後ろを見ながら曖昧な声を発する。
規則的な足音が、聞こえた。規律の整った軍隊かと思わせるそれに、ルフィとそれから彼を挟む那由多とデイダラが振り返ってみたものは、店の入り口よりこちらへ向く銃口であった。とはいえこれだけの距離があればどんなに狙いが正確でも当たる気がしない。まだ無事だったカウンターに頬杖を着いたまま、那由多はルフィを追ってきたらしい海軍の口上だかを聞いていた。市民たちの手前もあるのか、わざわざ相手を確認してくれるあたり優しいなぁと思ったりもしないでもない。ルフィに対しグレーの髪の、葉巻を口に銜えている男がなんと言ったのかはいまいちよく覚えていないが、那由多はとりあえずそろそろ飽きたというわけで、店を去ろうとした。エースが探していた彼の弟も見つかったわけだし、長居をする必要もなかろう。だが、立ち上がったとたんに露骨に銃を鳴らされて、そのときようやっと那由多とデイダラも所謂犯罪者であることを思い出した。


「さて、どうすっか」

「オイラは逃げるといいと思うぞ!!うん!!」

「そうだなー・・・よしいっしょ走るか、来いよエースの弟!!」


ルフィが那由多の言葉に対し何か言うよりも早く、那由多がルフィの手を引っ張り、デイダラは懐から取り出した起爆粘土を海軍に向かって投げつけた。
壊れたカウンターを乗り越えて、エースがぶつかって抜けた穴から外に出ると、ぐっと足に力を込め那由多は跳躍する。たとえ人一人抱えていても、壁を足場に数階分の建物を上るのはそう難しいことではなかった。屋上に着地するころにはルフィにもおおよそ何が起こっているのか把握できたのか、たんっと自分の足で着地すると「あっちに仲間がいる!!」と声を上げた。折角海軍の死角になるように出たのにこれでは意味がない。ルフィは屋根の上をまるで猿のように身軽に駆け抜けていく。後方より聞こえるいくつもの爆発でデイダラがそこら中に芸術作品を設置したことがわかった。あの店は大変だな、なんて人事のように思いながら、那由多もルフィに遅れをとらぬよう、足にチャクラをためて屋根を蹴った。随分と後ろから海軍が追いかけてくるのがわかるがと彼らの足ではとても追いつくことはできないだろう。いくつかの銃声が聞こえたものの、弾はどこか的外れな方向に飛んでいっただけだ。


那由多!!能力者が追ってくるぞ!!うん!!」


ふいに真横から声が聞こえてそちらを向けばデイダラが粘土の鳥に乗って併走する。乗せろよ!と怒鳴ると彼は笑って真上に上っていってしまった。それとほぼ同時にデイダラが居たところを煙が通過して、おうと那由多は口の中で呟くと足を止めてすぐさま跳躍した。その下をやはり煙が通過する。


「あっケムリン!!」

「エースの弟!先行け!こっちで相手する」


那由多は腰に差しているうちの一本の刀を抜く。相手は十中八九自然系の能力者だ。とすると忍術の使えない那由多が太刀打ちするためには、サソリが事前にチャクラを込めた十機を使うほかない。足場の悪い屋根の上で、煙がゆっくりと人の形をとる。
グレーの髪と巻きタバコを口にくわえた男は、無闇に突っ込んでくるようなことはなかった。


「・・・・てめェら、火拳のエースと一緒に居た奴らだな」

「まっ見りゃわかるわな」

「なぜ麦わらを逃がす」

「エースがあいつを探してたからだ」


それ以外特に理由なんてねぇよ?とおどけた様子で言えば、その海兵、スモーカーは明らかに苛立った様子を見せた。その姿が突如として掻き消え那由多は一瞬目を疑ったが、すぐに自分を取り囲む煙の中でもっとも薄い部分に思い切り飛び込んだ。
チッ、という舌打ちがかすかに聞こえたが、煙の囲いを出てしまえば怖くない。ためしに手裏剣を放ってみたもののやはりあまり効果はなかった、
(ロギアめんどくせー!)
風遁が使えれば幾分楽なのだろうが、那由多にはその選択肢が最初から存在しないため、相手に動きをつかませないようにという一点に集中する。スモーカーの煙は空間に対し強い拘束力を持つものの、煙の量が少なければ逃げることも可能であり、スモーカーが認識できる範囲を超えた速度で動き回っていれば拘束される可能性は極端に下がる。スモーカーの能力がもっとも効果を発するのはおそらく逃げ場のない閉鎖空間だ。アラバスタの町中など、逃げようと思えばどこにでも逃げられる開放空間ならばスモーカーの能力もいうほど怖くは無い。とはいえ那由多にはほとんど攻撃手段が無いことも確かなのだが。
下手な飛び道具では、体をすり抜けるどころか、状況によっては投げ返される始末である。煙に周囲を囲まれると視界が利かなくなりその状態で至近距離から手裏剣を返されるのは那由多にもいささか辛い状況であった。ルフィも十分に離れただろう。街道でルフィを追っていた海兵はエースかデイダラが足止めをしたはずだ。その証拠にデイダラの鳥が今頭上で状況をうかがっている。スモーカーも頭上の奇妙な鳥には気づいているようだが、その距離から手を出しかねているようだった。
ふいに目の前に落ちてきたのは、デイダラの起爆粘土である。
来た、と思い那由多は起爆粘土が爆発を引き起こす数瞬前に、スモーカーの煙の檻を飛び出した。今度は足場など考えずに屋根を蹴ってできる限り遠くへ飛び出したわけであるが、当然すぐにデイダラの鳥が那由多を拾う。


「よっしゃ!」


それとほぼ同時にアラバスタの市街地で起きた爆発に那由多とデイダラが同時に声を上げた。爆発はあくまでスモーカーを吹き飛ばすにとどめた威力だったので、家屋への被害はほぼないに等しい。基本的に芸術的なものを爆発させるのが趣味のデイダラにしては珍しいが、一応白ひげの名を背負っていることを配慮したのだろうか。だが、被害が少ない分、練りこまれたチャクラは少し特殊で、爆発と同時にスモーカーの煙を巻き込んで不思議な色合いに次から次へと変化した。


那由多見たか!うん!あれがオイラの新しい起爆粘土だ!うん!!」

「へー役にたたなそう」

「う、うるさいぞ!!うん!!」


楽しいだろだかなんだか叫ぶデイダラを無視して、スモーカーの動向を見ていたが、爆風によって飛ばされた煙のせいで、すぐには追ってくることができないようだった。移動をデイダラに伝えれば、鳥は幾分上昇した後に、あっという間にルフィの逃げた方向へと飛び去った。















町の港より幾分離れた海の上、一隻の海賊船を見つけてデイダラと那由多を乗せた鳥は下降する。船の真上に来てその甲板の上にエースがいるのを見つけると、鳥はボンッと煙を上げて消えてしまった。高さにして数10メートルはあるところから落とされたところで怪我などするはずもない。那由多とデイダラは見た目以上に軽い音を立ててそれぞれ甲板の上に着地したのである。
一瞬刀を抜きかけた緑の髪の男だったが、その殺気はエースが那由多とデイダラに向かって声をかけたことで霧散した。


「・・・・」

「よう、さっき町の中であったな」


殺気は収めたものの、いまだ警戒している様子の剣士に向かって軽く手を上げれば、軽い口調に色々と思うところがあったのかため息を吐いた。だが特に何か口にすることはない。その代わりににゅっと首を伸ばしてきたルフィがやけに楽しそうに「お前らエースの仲間だったのか!」と言った。
多分、ルフィとデイダラは波長が合うのだ。その後何故か意気投合した二人が芸術、特に爆発の話で盛り上がり始めて、那由多はそれを手すりに寄りかかって鼻をほじりながら見ている。正直まったく理解できないデイダラの芸術も麦わらの一味の中ではまさに芸術として扱われるらしくデイダラが甲板に広げた埴輪にルフィとウソップとチョッパーがやけに楽しそうに声を上げていた。全部同じにしか見えない、というゾロの意見に那由多は同意する。


「いやーおれにはあの芸術は無理だわ」

「おいおい、仲間だろ?」

「おれらは単独行動主義だからなー。別に相手の芸術観に賛同しようが賛同しまいが実力ありゃカンケーねーもん」


那由多の一言にエースは苦笑して、さて、と口にする。


「おいデイダラァ!おれらはそろそろ行くぞ!!まったく、弟が迷惑かけると思うがよろしく頼む」


エースはデイダラに声をかけてから、律儀にルフィの仲間に向かって頭を下げた、那由多はそこのところには特に干渉もなく後ろで黙ってみていただけだが、その態度に幾分驚いた表情を揃いも揃ってしていたから、ルフィの奔放さにはいつも手を焼いているだろうことが見て取れる。その分エースとの差に色々と驚くところもあるのかもしれなかったが、白ひげ海賊団の中で手を焼くのはまさにルフィや那由多やデイダラといった最年少組なもので、立場が変わると何がどうなるのかわかったものではない。
エース単体ならば、海の上の移動の際に炎を動力にす特殊な構造の小船を使うものの、三人での移動となるとそうはいかないので、大概デイダラの鳥に乗る。潮流や風に左右されず移動も比較的楽なので重宝するのだが、形状が独特で目立つのか時折海王類から海面より狙われるなどという珍事が発生することもあった。またチャクラの絶対量の関係もあって、連続で飛ぶことができないこともあって、グランドライン前半、新世界に比べれば幾分楽に思えてくる気候の中では小型の帆船に乗ることも多かった。小回りが利く分、色々と楽なのだ。
エースはメリー号のすぐ脇につけてあった帆船に飛び乗ると、帆を広げる。風のせいですぐに距離が出たその船に那由多とデイダラは一度海を足場にしてから船に飛び乗った。後ろでは相変わらずルフィとウソップとチョッパーが面白い反応をしていた。


「じゃーなぁー!ルフィ!!次会うときは敵同士だ!!」

「エース!次こそはおれの船に乗れよ!!!」


次会うときは敵同士だなんて、思ってもいないことを言うエースを笑い飛ばして空を見上げれば、アラバスタの空は今日も晴れ渡っている。


「うへー・・・穏やかなもんだ」



2014/05/03