後悔先に立たず

「___?」

「どうした那由多ー?」

「いや・・・」


那由多が食事の途中で唐突に手を止めたのは決してサソリの毒を喰らったからというわけではない。そもそもサソリは二、三日前の晩から部屋に篭りきりで新しい毒の開発に忙しく那由多も部屋を追い出されてエースの部屋で寝泊りをしていたところなのだ。
エースは突然隣に座っていた那由多が手を止めたのをいぶかしんでまだ口の中のものを飲み込み終わる前にもしゃもしゃと尋ねた。那由多の返事はどこか上の空で、何かもっと別のものに集中しているように見える。


「、なんだこれ、」

「何が?」

「いや、なんかやったらめった懐かしい匂いが__うん、鉄の匂いだ」

「鉄ゥ?」

「そうそう、なんか・・・ほら大量出血したときとか・・・って血の匂いじゃねェかァァ!!!」


もっと早くに気づけよっ、と那由多は意味もなくエースの頭を引っ叩くとものすごい勢いで立ち上がった。「いてェよ!!」と怒鳴ったエースを食堂に置き去りにして那由多は医務室へと駆け込む。
違う。
一応念のため「今、誰か怪我した?」と聞けば「いいえ」とナースが若干不思議そうな顔をして返事をする。


「おい那由多!!お前いきなりどうしたんだよ!!」

「いやー・・・気のせい・・・かな。なんかすっげー血の匂いがしてさ。これ一人分だったら相当やべーと思うんだけど、もしかしたらコックがなんか捌いたのかもしんねーしなァ・・・・」


だがそれにしてはひどい胸騒ぎがした。確信には到底及ばないようなちょっとしたひっかかりだが、そのなんとなくという感覚は決して切り捨ててはいけないものだということを那由多はわかっている。だがそれが一体何に起因するものなのか、那由多にはさっぱり見当がつかなかったのだ。


「いいや、適当に歩く」

「飯は?」

「どうせお前おれの分まで食っただろ?」

「よくわかったな」


にやっと笑ったエースはおれも付き合うぜ、と言って那由多の肩に手をかける。二人は特に当てもなく、ぶらりぶらりと広いモビーディック号の船内を歩き回っていたのだった。










後悔、とは読んで字のごとく後で悔やむことである。あの時ああすればよかったと、思うことはそれこそ誰にでも山ほどあるだろう。
あの時自分と那由多が感じ取った奇妙な感覚をもっと多くの人に伝えていれば、この先の全ての未来が変わったのかもしれない、とエースが思うのもまぎれもない後悔である。
例えば医者を最初に呼べば、いやもっと早く見つけていれば。
思いは錯綜し、もつれ合い、結果苦しむのは自分だけだというのに、それは決してやめられないのだ。




二人は昼間は比較的静かな船員達の寝室へと足を向けその時あえて一般の船員達の寝泊りする大部屋へと向かった。
そしてもう一方で、飛段が隊長達の寝泊りする個室の前の廊下を歩いていたのだった。










「よう飛段、もう飯は終わったのか?」

「おう、いやぁ・・・どこに食堂があんのか忘れちまった」


寝起きだろうか、飛段はまだ落ちつかない銀色の髪をわしゃわしゃとかきあげて眠そうな声でティーチの問いにそう答えた。ざりざりざり、と何か音がして、飛段がなんだと思えば自分の鎌が背でずれて木の壁を傷つけている。やべ、と後ずされば今度は鎌の柄の部分が吊り下げられた灯りにぶつかってガシャンと落ちてきた。廊下の一角が少しだけ暗くなる。
そんな飛段の行動に笑ったのは向かいのティーチである。ゼハハハハァとちょっと独特な息の吐き出し方で、彼は笑った。


「まだ覚えてなかったのか」

「わりぃなおれぁ記憶力が悪いんだ」


お前の行動を見てりゃわかるさ、と再び笑うティーチに飛段は少しだけむっとするが、そんなこともすぐに忘れた。


「この階じゃねぇさ、二つ下に下がりな。そうすりゃ今は昼時だからな、誰かにまた聞けるさ」

「おう」


くあっと大きなあくびをして、二人は狭い廊下ですれ違った。


「おっと言い忘れてた。そっちの階段よかこっちの方が近いぜェ」

「ああ、おれもちょっと言い忘れてたことを今思い出したなぁ・・・・てめぇ、誰殺したんだ」


脈絡のない飛段の言葉にティーチはしばし目を見開いて動きを止めた。飛段はあくまで平常通り。くるりとティーチのほうへ向けた表情にはどんな感情も浮かんでおらず、決して鎌をかけているわけではないことが伺える。


「なんだぁ、そりゃァ」

「ゲハハハハァ意味がわからないってか。そりゃおかしいな。おれはてめぇに誰を殺したかって聞いたんだ、よ」


瞬間飛段の赤い鎌が一つ隣の明かりに反射して鈍く輝いた。この狭い廊下で鎌を振るえばどうなるか、そんなこと飛段でもわかるが、彼はあえて鎌を振るい、何の躊躇も無く周囲の木の壁をぶち壊しながら鎌の切っ先をまっすぐティーチに向けたのだった。
ぴりぴりと激しい殺気が飛段から漏れ出る。その赤い目はすでに狂気にとりつかれており、ティーチが言葉を間違えば即座に鎌が彼の首を落とすだろう。


「・・・・何故わかった?」

「ここしばらく戦闘もなかったのによぉ、こんだけ血の臭いを纏わせた馬鹿が何言ってやがんだァ?なぁティーチ、この船のルールはおれでもわかってるぜ。仲間殺しには全く同じ制裁が加えられんだろ?・・・おれここしばらく暴れてなかったから血が見たくてしょうがねぇんだ!」


ようは、お前はもう仲間殺しが確定したんだから殺してもいいだろう?というわけである。そんな無茶なといいたくもなるが、むしろ戦闘狂を自他共に認める飛段が仲間だから掟だからと縛られていたからとはいえ、誰も殺さなかったのは奇跡のようなものだ。


「ゼハハハハァ!てめぇなら新しい能力を試すのに申し分ねぇな!!!」

「!?」


ぞっとするような黒い闇が廊下の一角を包み込んだ。
エースと那由多が、死んだサッチと飛段を見つけたのはそれからすぐのことである。












2011/10/01
※雰囲気ぶち壊すので注をつけませんでしたが、飛段は死んだといっても生きてます。不死身なので。ばらばらになっただけで後でサソリに縫い直してもらったという補足。