エースとルフィ

広大な砂漠の広がる国、アラバスタ。砂の国を訪れたこともあるので砂漠と言うものがどういうものかは知っているつもりだったが、何を言ってもそのときが一番辛いことには変わりなかった。
アラバスタに黒ひげを見た、というたった一つの情報を頼りにやってきたそこで、三人は国に入ってそうそうとんでもなく長い行程を歩かざるえなくなりようやくある程度の大きさの町に着いた時には疲労も限界を迎えようとしていた。
忍だ、海賊だといわれようと所詮はただの人間である。常人とは違うといえど限界だってあるし、勿論死ぬ事だってあるのだ。なんとか黒ひげの目撃情報のあった町にたどり着いてみればそれはもう見事なデマ。酒一杯おごって得た情報だったのに損した、と思えば帰りの行程がより辛いものになるのは言わずもがな。那由多とデイダラはいつもは無駄にでかくて邪魔だと内心思っていた編み笠に感謝しながら、ひたすら暑い砂漠を歩いていった。こんな砂漠でなければ内陸はデイダラの鳥で移動したいのだが、あいにく太陽が近くなるのはごめんだという那由多の言葉で却下。道なき道を無心に進んでいく。


「なぁー・・・・」

「・・・なんだよ」

「次、どこだっけ?」

「ユバ」


唯一三人が訪れた町で、ユバでやけに図体のでかい真っ黒い男を見た、という情報が入ったのが救いだろう。いやこれからまたどことも知れないユバへの道のりを思うと憂鬱にもなってくるのだが、文句を言ったところで何も始まらない。
那由多はエースの言葉に盛大にため息をつくとずれた編み笠を被りなおし再び歩き始めた。


「んにしてもあっちーなぁ・・・・おいこれ一体何の拷問だよ」

「おいらに聞くなよ・・・うん」

「ちょっ、なんか服の裏側に縫い付けてある武器が熱くてかなわねェんだけど」

「そりゃお前の選択ミスだ」

「おれの場合選択する余地もねーよ」


忍術も幻術も使えなくって悪かったな!とばかりにエースを睨めばそういう意味じゃないという弁解が返ってきた。別に本人もそう気にしてはいないだろう、ただ言われっぱなしというのはこの暑さの中狂った頭では少々イラついただけの話である。


「とりあえずどこ行くんだっけ?」

「内陸行く前に色々準備が必要だろ、とりあえず港町に戻って・・・ユバはちょうどこっから港町挟んで逆方向だからな、どっちみち一度は戻る」

「旦那連れてくればよかったな・・・・うん」

「サソリって・・・こういうとこ出身だっけ?」

「うん、そ。つっても旦那こんなとこ来たら熱中症で死ぬんじゃね?毒には強いけど体は弱いぜ」

「へェ・・・あんまそんなイメージないけどな・・・・うん」

「おれも」

「そりゃーあれだよ傀儡だからだろ?実際は昔っから病弱だったみてーだけど」

「でも那由多、お前なんでそんなこと知ってんだ?」

「旦那が話してくれたー」

「意外だ」


意外だ、と呟いたエースはどうしてもサソリが思い出話を好んでするタイプには見えなかった。それも当然。彼は決して那由多に対し思い出話として過去、つまり生身だった頃の自分を語ったことがあるわけではない。そもそも永遠を至上主義とする彼にとって生身であったころは消し去りたい事実のはずだ。今でこそそんな傀儡でない身体に不服も言わずに毎日を送っているようだが、いずれ朽ちる身体は到底永遠とは言い難い存在である。ならば果たして那由多はそんなことを一体どこから聞きつけてきたのかと言えば、短いサソリとの会話の中からである。戦時中の生まれであるサソリは実に多くの各里の機密情報を持っている。その多くは多少なりとも平和になった今の時代、すでに役に立たないものであったが例えば各里の術の特性・血継限界などどんなに時を重ねようとそう簡単に変化することのない情報だってある。忍にとって情報は何よりも強い武器にもなり、逆に大きな弱点にも成り得る。敵の情報はできるだけ多く手に入れ、そして自分の情報は出来るだけ外部に流出しないようにしなければならないと那由多は何度もサソリに聞かされた。その中で聞きかじった情報を組み合わせれば、サソリが血継限界ではないものの砂の里ではそれなりに特殊な遺伝子の持ち主であることは那由多にもうっすらわかったのだ。通常からは考えられないほど毒に強いその体質は那由多が後天的なものに対しサソリの場合先天的なものである。母親からのみ由来する遺伝子による少しだけ特殊な体質。だがそれが細々とながらも生き残っているということはかなり有利な形質であるということなのだろう。


「まー毒の実験台にされるのが嫌じゃなけりゃ話しかけてみろって。お前らが思っている以上には色々話してくれると思うぜ」

「ああ、この間おれの身体がいかに人傀儡としての価値があるか熱弁されたのは記憶に新しいな」


エースの表情が若干青ざめているのは多分那由多とデイダラの見間違いではないだろう。確かにあの薄暗い傀儡に囲まれた部屋の中で二人きりというだけでも背筋が震えるに相応しいというのに、それに銜えてそのときの会話が以下に自分の骨格が美しいのか、とかどうやって綺麗な人傀儡を作るのかということをいつもと違い饒舌に語られてはいずれ殺されるのではと恐怖を抱いて当然だ。


「ま、要するに人傀儡になれってのは旦那の褒め言葉だって」


楽観的なのかそれとも昔からサソリと一緒にいるせいで感覚が麻痺しているのか那由多の慰めはちっともエースを慰めるようなことにはならなかった。
ああでもないこうでもない、と風景もへったくれもない砂漠の旅路の無聊を慰めるため三人はどうでもいいことを話ながら歩いていく。その多くはエースの今までの航海記でもっぱら那由多とデイダラは聞き手に回ることが多かった。とはいえ那由多やデイダラは興味のあることならともかく興味のないことに関して言えば悉く会話が続かないのだ。エースがいくら頑張っても結局十も話せばいい方で、勝手に二人は言葉をなくしてしまうのだからしょうがない。ちなみに今回においてこの二人が興味を持たないというのは彼らの今までの人生に関してであり、結局エースが聞けたのはほとんど誰もが知っているような表面的な過去にすぎなかった。
だがどんな形にせよこんな砂漠のど真ん中で歩きながら話をしていれば喉も渇く。最初の港町までそう距離はないはずだが、すでに水筒の中身は空。後ちょっととはいえ喉が渇いた、とぶつくさ文句を言いながら歩く三人の前にふと奇妙な色彩が横切った。


「おい、デイダラァ、お前置いてくぞ」


一向に弱くならない日差しに那由多はもう一度汗を拭ってちょっとだけ足を止めたデイダラに振り返りもせず声をかけた。


那由多、エース・・・見てみろよ。こんなところに苺があるぜ・・・うん」

「おいデイがついに幻覚見始めたぞ」

「あー限界だな。おいデイダラあっちの川で水飲みに行こう」

「てめーもかエース」


冗談だよというエースの頭を那由多は膝裏を蹴っ飛ばしてその顔をよく焼けた砂にたたきつけた。悲鳴じみたものを背にして那由多はしゃがみこんだデイダラの肩口に手元を覗き込む。


「・・・・うっわおれも幻覚見え始めた?」

「幻覚じゃねぇから安心しろ・・・うん」


デイダラはそういうと水も何もない砂漠の真ん中にぽつんと真っ赤な実を実らせたその苺を手にとって目の高さまで持ち上げた。


「・・・・苺だな」

「ああ苺だな」

「すげぇどうやってこんなとこに生えてんだ?」


顔についた熱い砂を払いながらエースもデイダラの手の中にあるその苺を見つめた。栽培品種としてよく見かけるものではない。所謂野生種のようなその苺は蛇苺のような形をしていて、そうおいしそうではないのだが何分ずっと砂漠を歩き続けである。乾いた喉と減った腹のおかげでいつもなら食う気もしないそれがやけに上手そうに見えた。


「なぁ食ってみねぇ?」

「食えるのか?うん?」

「知らねェ」

「お前危ない奴だな・・・うん」


当然と言えば当然だが、デイダラもこんな植物見たことがなくいくら喉が渇いているとはいえ正直口にする気にはなれなかった。だが今回に限って言えば便利な毒見役がいるのだ。いくら那由多とて毒が入っているのならば多少の身体の変調はある。とりあえず那由多に食わせて何もなければ問題ないだろうとデイダラは那由多にその手に持った苺を渡した。


「・・・・あんま食う気しねーなぁ・・・」

「いいから食ってみろって」

「へーへー」


那由多はしばしその苺を手に持って見つめていたがデイダラに急かされて仕方なしに口に放り込んだ。噛む。
パキッ、キュイッ、ピキピキピキ


「「「・・・・・」」」


どう考えても虫を食ったような音がした。


「・・・・今悲鳴みたいなの、」

「エースそれ以上言うな・・・うん」


口の中に広がったその味に対してか、はたまた噛んだ瞬間のその触感に対してか。音だけでも寒気がする。それを食った那由多の気持ち悪さは想像を遥かに超えるだろう。ウエエエッ!と一瞬口の中に広がった甘み諸共那由多はその気持ち悪い物体を盛大に吐き出した。エースは膝をついて今だ悶える那由多に声をかけようとしたがデイダラに止められて、やめた。食わなくてよかった、と思ったのは彼一人ではないだろう

















さてそんな少々厄介なこともあったがようやっとのことでたどり着いたのは港町のナノハナである。国内、また国外貿易の中継地点と言うこともあり発展しているその町はこの砂漠の中にありながら人々の活気で満ち溢れていた。


「木の葉みてぇ」

「そうだな、うん」


この町の雰囲気はよく言えば社交的で明るい、悪く言えばあまりに楽観的な木の葉の里に似ていた。かつて潜入調査として木の葉で開かれた中忍試験に参加した那由多はその時初めて木の葉隠れを訪れたのだが、そこは今まで見てきた彼の知るどの世界とも異なっていて忍としての違和感と得体の知れない嫌悪感を始終感じていたのはまだ記憶に新しかった。今となって考えてみればそれはきっと妬みや嫉妬の類だったのかもしれないが、彼らとはもう二度と会うこともないだろう。


「で、どうすんだエース?」

「ティーチ探しはどうせユバに行ってからだ。その前にもう一人探したい奴がいるんだ」

「ああルフィね」


エースの言葉を奪うように那由多が言う。エースはそんな那由多に若干驚いたようだったが、酒を飲むたびにされてきた弟の話を統合すればルフィはそろそろグランドラインに乗り込んできて、上手くいけばアラバスタで鉢合わせになるだろうことは簡単に予測できる。
それを狙っていたわけではないだろうが、かといって折角弟と会えるチャンスを無駄にするのも馬鹿馬鹿しい話だ。とりあえず少しだけ弟を探したいというエースの意思を尊重して那由多とデイダラもしばしの休息とすることにしたのだった。
日差しを避けるようにしながら三人はぶらりぶらりと町中を歩き回ってはルフィの手配書を見せて探し回った。それほどたくさんの人に聞きまわったわけではないのだが、やけに疲れた感じがするのはきっと慣れないこの気候のせいだろう。那由多は相変わらずこまめに動き回って聞き込みをするエースを尻目に、太陽の光が反射する白壁を背にして雲ひとつない空を見上げた。ふと、視線を感じたのはそのときだった。多少の殺気が含まれたその視線に那由多は考えるよりも早く身体が反応して刀の柄に手をかける。そしてがやがやと騒がしい人混みに集中し、視線の出所とその行き先をじっと探った。


「・・・デイ」

「・・・・エースだな・・・うん」

「あれ。あの・・・・あれ賞金稼ぎか?」


同じように視線に気付いて那由多の隣まで来たデイダラに唇の動きだけで話しかければ彼も気付いていたのだろう、すぐに返事が帰ってくる。那由多は指差すことも視線をずらすこともなく出所を示しデイダラがそれとなく確認すると、そこにはオレンジ色のターバンを頭に巻いたひどく人相の悪い男がいた。腰には三本の刀。食い入るような視線でエースの背中の刺青を見つめているが、何か迷っているようだ。


「・・・っとぉ・・・エースの奴人気者だなおい」

「そりゃ相当な額だろ?うん。どうせ賞金稼ぎかなんかだ」

「あの女も?」

「女にゃ女の使い道があんだろ・・・うん」


しばし待っていればさらに集まる視線に那由多はため息をついた。せめてもう少し隠すなりなんなりすればよいのに、やけに目立つ格好をしたその連中は確かにこの町には溶け込んでいるが、雰囲気そのものが圧倒的に不自然だ。


「おい!那由多、デイダラ!!良い所教えてもらったんだ、行くぞ!!」

「だってさ」

「いいのか?」

「大したことねーってあんな連中。ほっとけ」


那由多とデイダラはエースの後について人混みの中へ姿を消した。













「ねぇ・・・さっきの連中・・・」

「めちゃめちゃ強そうな奴らだったな」

「何でルフィを探してるんだ?」


さてこちらはその視線の主達である。那由多とデイダラは賞金稼ぎかと疑ったがそんなことはない、ついこの間グランドラインにようやっと足を踏み入れたひよっこ海賊団、麦わらの一味のナミ、ウソップ、チョッパー、そして殺気の主はゾロである。せめてそのことをエースが知っていればすぐにルフィとも会えただろうに、あいにく那由多とデイダラはルフィのことを知っていてもその仲間のことまではノーマークだった。エースとて視線には気付いていたもののどこぞの賞金稼ぎだろうと思っていたし、ナミたちとてまさかルフィに兄貴がいるとは思ってもいないのだからすれ違うのも当然だろう。ちなみにその肝心のルフィだが、アラバスタへ着いた途端どこかへ走り出したきり行方不明中である。


「ねぇゾロ!!あんたあいつらのことなんか知ってる!?」

「・・・・・・一人はな・・・あと二人はわかんねぇが、気付かれた」

「ええ!?」


驚いたのはナミだけではない、ゾロ自身もほんのわずかに混じった殺気に気付かれたことにかなり驚いていた。アラバスタへ来てから確かにピリピリしていて、そこへルフィが行方不明になりそのルフィを白ひげ海賊団の二番隊隊長が探しているとなれば早々平常心ではいられない。だがそれでもかなり殺気を抑えたつもりだったのだが、エースの後について消えたあの黒髪の男は一瞬でこちらのことに気付いていたのだ。牽制のつもりか一度だけ目を合わせた時、本気でこれはまずいと思った。虫も殺さぬような顔をしてあの男はきっとなんのためらいもなく人を殺す。ともすれば自分は勿論のことルフィですら適わないかもしれない実力を秘めているあの男に、ゾロは初めてもう二度と会いたくないと思った。









2011/03/22