「で、どこ向かうんだ?」
「・・・・・まずはグランドライン前半の海だ」
「へー・・・そこに黒ひげいるんだ?」
「いーや勘だ」
海は青いが三人の心のうちは晴れなかった。
かつての白ひげ海賊団二番隊隊員マーシャル・D・ティーチによって四番隊隊長のサッチが殺されてもう一週間が過ぎようとしていた。那由多たち忍にとっては仲間の死などあまりに日常茶飯事過ぎてすっかり慣れてしまったと思っていたのだが、ここしばらく安穏としたぬるま湯に使っていたせいだろうか、那由多は久々に死と言うものを身体に刻み込んだのだった。
それこそ昔は暁のメンバーが死ぬと悲しかった。幼い頃からずっと暁にいたのだから、那由多の世界はそこで始まりそこで終わる。時に修行と称して半殺しにされもするがなんやかんやで構ってくれる気のいい兄さん姉さん。世間からは犯罪者と蔑まれようとも那由多にとってそれだけが全てなのだから彼らのことが好きだった。だから初めてリーダーから仲間の死を告げられたときはこっそりと泣いた。サソリはそういったことが嫌いなのは重々承知だったし、彼が小南やリーダーと違って人に興味を持たないのもそのころにはよく理解していたからこういった弱さを見せれば多分また半殺しの目に合うだろうことはわかりきっている。飛段と違い別に那由多はマゾではないので無用に殺されかけるのは好きでもなんでもない、だから当然避けられる痛みは避ける。だがいつの間にか死んでいくことに何の感慨も持たなくなったことは事実だった。泣こうが悲しもうが結局死んだ人間は生き返らず、時間がもったいないとあるとき気付いたのだった。悲しんでやることが唯一残された者にできることだと言うが、そんなことをしている暇があるならむしろ生き残るために修行した方が幾分マシだ、と。エースに言わせればそんな悲しい生き方あるもんか!と怒鳴られそうだが今までそう生きてきたのだから仕方ない。だが折角忍の世界で死んで海賊になったのだ。死はかつて程身近にあるものではなく悲しむときに悲しめばよい。泣くときに泣いてやろうと思ってサッチを最後に見送るときにマルコやエース、そして親父のように涙を流そうと思ったのだが、結局両の瞳からは何も溢れなかった。周りを見回せば暁メンバーは誰一人として泣いていなかった、いや泣けなかったようだった。なんとなく胸にわだかまりを残したまま、サッチは海へ消えて残されたメンバーからは沈黙と時々嗚咽の混じった泣き声が零れ落ちていた。
そしてそれから二日。沈黙を守り続けていたモビーディック号の上で騒動が持ち上がったのはまだ三人の記憶にも新しい。
黒ひげを追う、と言ったエースの言葉に真っ向から反対した白ひげ。胸騒ぎがする、と彼ははっきりとエースにそう告げるもまだ衝動のままに動くことの多いエースは止まらなかった。
『おれ、エースに賛成』
『おいらもだな・・・うん』
あわや大喧嘩になりそうな雰囲気の中、騒ぎの中央にいるエースの肩に手をかけて白ひげにそう言ったのは那由多とデイダラだ。
『裏切り者には死をってな。ま、ここが忍ほど厳しい掟があるわけじゃなくってもさ、やっぱけじめはつけねーといけねーよ』
な、リーダー、と長門の方へ振り返れば彼は険しい顔をしたまま頷いただけだった。忍における掟というものがいかに大切なものかは、長門はよくよくわかっているだろう。事実暁にスパイが入り込んだとき、逃げようとしたそいつを一切の情もなく叩き切れと命じたのは他でもない長門だった。
『那由多、デイダラ早まるんじゃねェ。あいつは昔からどこか得体のしれねェもんを持っていた。そしてまだそれをおれらに見せちゃいねェんだ。おれァまた息子を失うのはごめんだ』
『親父が許可くれねぇならリーダー、あんたがおれらに命令しろよ・・・うん。おれらは白ひげ海賊団である以前に暁だ。リーダーの命令なら仕方ねぇ従うぜ』
『長門、だめだ』
矛先を変えたデイダラの言葉に白ひげは一層強く制止の言葉を投げかけた。しばらくの沈黙。話に割り込むことの出来ないクルーたちはどうなることかとはらはらしながら行く末を見守っていた。全員の視線が長門に集まる。
『・・・・・・死んでも・・・任務を果たせとは言わん。生き恥さらそうがなんだろうが構わない、やれるだけやって必ず生きて帰って来い』
『承ったぜ』
『了解・・・うん』
『長門てめェ!!親父の言葉を無視するつもりか!?』
『落ち着きなさいイゾウ。何を言ったところで那由多とデイダラは止まらないわ。だったら__』
『ふざけてんのか小南!!親父が一体何を心配してんのか・・・わからねぇわけじゃねぇだろうが!!』
『落ち着け!』
今度は長門と小南とイゾウで小競り合いが起きそうになり慌ててマルコが仲裁に入る。
きっと誰しも黒ひげを殴りに行きたいのは同じなのだ。だが誰よりも怒っているだろう白ひげがその気持ちを必死で押しとどめて更なる死者を出すことを必死で食い止めようとしている。もうこれ以上誰にも死んで欲しくないのだ、と言う白ひげに一体誰が反論できるというのだろうか。誰よりも深く自分達を愛してくれる人の願いを無下にできないクルーたちはそれを知ってなおサッチの仇を!と叫ぶことの出来る三人が羨ましい。本当ならおれも、と名乗り出たい。必ずやサッチの仇を、と三人を応援したい。だがそれをすれば必ず白ひげが悲しむし、そして三人の重荷になってしまうことも重々承知なのだ。
どうにもできないこの憤りのはけ口はこうして小さな小競り合いとして表面に現れる。
結局その日何にも決着は着かず、三人は大人しくなったように思えた。
が、それから二日後。
『いやーやっぱ忍んでこその忍だろ』
からから笑う那由多とデイダラ、エースを乗せた船を見つけたラクヨウが叫ぶもすでに時遅し。エースの炎を動力にものすごい勢いで遠ざかっていくその船に向かい風のモビーディック号が追いつけるはずもなかった。かすかに聞こえる家族の声を背にして三人の乗った船はあっという間に遠ざかっていく。そしてやがて水平線の向こうに帆も消えて、甲板の上は静まり返ったのだった。
『いっちまった・・・あの馬鹿ども・・・』
『おいサソリ、お前なんで那由多のこと止めなかったんだよ』
『あァ?知らねーよなんでおれがあいつの動向逐一知ってなきゃいけねぇんだ』
くだらねぇとばかりに言い切ったサソリの顔はやけに楽しそうで確信犯であることをイゾウは悟る。
『親父・・・』
『・・・あぁ・・・仕方ねぇさ。あいつらが帰ってきたときにはよく言ったと褒めてやらねぇとなァ』
グララララ、とつい数日前と違ってひどく豪快に笑う白ひげにイゾウも自然と笑みがこぼれた。終わったことをとやかく言ったところで何の意味もない。エースも那由多もデイダラもきっと地の果てまで黒ひげを追いかけて捕まえるまで帰ってこないだろう。だけどどんな結果を彼らが持ち帰ってきたとしても、そのときは彼らの勇気とその言葉を褒めてやらねばならない。
(・・・サッチ、見えてるか。あいつらはお前のためにおれの言葉を無視しやがった・・・これからしばらくはおめェがしっかり見守ってやれ)
2011/02/03