恐怖の鬼ごっこ-ブラッディ・バレンタインデー/に。-

結局のところ暁連中の中で一番最初に捕まったのは那由多とイタチだった。こういったことに不慣れなエースが足をひっぱったといえばそうだし、そもそも単独プレイ派の二人が一緒にいたことも問題だったかもしれない。小南から逃げ切った先で、水路に阻まれた三人は結局同じ、源泉である湖に集まってしまったのだが、那由多とイタチは人魚という存在を知らなかった。


「とりあえず渡るか」


那由多の一言に、イタチは特に拒否することもなく湖に足を踏み出す。だがその様子をぽかんとした表情で見ているのはエースだ。


「おれ泳げねぇけど」

「歩けよ」

「歩けねぇよ」


冷静な突っ込みにイタチと那由多はしばし顔を見合わせた。それから那由多がぽんと手を打って、今さら思い出したかのようにそれを口にする。


「あそっか。お前らって水の上歩けねーんだっけ?」

「それが普通だ!!」


怒鳴り返したエースは、一体何を思って那由多とイタチがごく普通に地面を歩くように水面に立っているのを見ているのだろうか。
今はあまり水の出入りがないのか、水面はまるで鏡のように静かだ。ふとすればエースでも普通に歩けそうだ、と思ってしまうが、実際に指で触れてしまえばそれはゆるゆるとエースの指を飲み込んでしまう。決して身体を支えてくれるようなものではない。だというのに那由多も、イタチも波紋すらほとんど立てずに水の上にいた。まるで薄い板の上に立っているようだ。透明な足場も何もないように見える水の上は怖くないのか、と聞きたいエースだったが、その透明な水の中に誰かがいるのに気づいて目を見開く。


那由多ッ!!」


イタチは一瞬で水面を蹴って宙に逃げたが、一方チャクラコントロールの不十分な那由多はイタチと同じように反応しても体が付いていかなかった。
足首を掴んだ手にそのまま水中に引きずり込まれて、水面は激しく波打つ。どぼん!という音と共に水滴が跳ねる。白ひげ海賊団に所属する人魚のナースだ。まさか最初からこの湖に潜んでいたわけでもないだろうが、水というものそのものに精通した人魚ならば、かすかな水の変化から、那由多やイタチの存在に気づいてもおかしくはない。遊泳速度は通常の人と比較などできないほどで、那由多やイタチが完全に反応が遅れたのも仕方ないことだろう。彼らはあくまで忍の中での最高の水中移動速度で物事を図っている。だが、この世界には人間の常識を遥かに超えるようなものが山ほどあるのだ。常識外れの忍が、その常識にとらわれすぎたというのはなんともおかしな話であった。
那由多よりも一瞬だけ回避が早かったイタチが目にも見えぬ速さで印を結ぶと、次の瞬間には跳ね上がった水滴が、まるで石つぶてのように激しく水面にぶつかりそのままの勢いを保ったまま水中で那由多を追うのがわかった。
タン、という軽い音と共にイタチが地面に着地する。しばし何かを考えていたようだが次の瞬間にはいつも通りの表情の読みにくい顔を上げて「よし、那由多を犠牲に先へ進むぞ」とさらりと言い切ったのだった。


「おおい!!ちょっと待てよ!!那由多の奴、置いてく気か!?」

「反応が遅れたあいつが悪い。自業自得だ」


イタチはそう言って笑う。だが次の瞬間、イタチの足元をかすったクナイは、別のクナイをはじき、さらにそれが別のクナイをはじき最終的には、イタチの頬をかすって赤い線を残したのだった。
正確無比なその手裏剣術は、イタチが木の葉時代にアカデミーの旧友から教わり、そして暁で那由多に教えたものだ。当初サソリに、手裏剣術を教えろ、といわれたときは何事かと思ったが、イタチよりも遥かに長く暁に所属する少年、当時はまだ体術面でも若干イタチに劣っていた那由多は今ではイタチの手裏剣術をも超えた。自分が編み出したものではないとはいえ、若干悔しくもある。真正面から向かってきた最後の一手を、クナイを放つことではじきイタチはほんの少しだけ口元を上げる。


「死なばもろとも・・・・ってな」


ぽたぽたと短く切りそろえられた髪から水を滴らせながら、那由多は湖から半身浮かべてにやりと笑う。


「今のは全部はじき落とさなきゃだめだろー」


イタチの表情が明らかに歪む。なんとも珍しい表情にエースも呆けた面をしたが、それと同時に、自分の周りに細い細い、風景に溶け込むほど細い鋼の糸が張り巡らされていることにようやっと気づいたのだった。よくよく見れば、かすかにイタチの服を圧迫する糸があるではないか。那由多に言われるまで気づかなかったことが大層悔しいのだろう。クソッと小さく罵倒の文句を口にするが、すでに周囲には那由多が放ったクナイによって緻密に糸が張り巡らされている。
エースは自らの身を炎にして、糸を焼ききろうとしたが、それに待ったをかけたのも那由多だ。


「やめとけって。木綿の糸じゃねーんだから焼ききれねーし、あんまり熱かけると、イタチが焼け死ぬぜ」


にやにやと完全に道連れを見つけたとばかりの笑顔の那由多はとても楽しそうだ。


「まいいじゃねーか!一緒に地獄みようぜ!」


気軽に言ってくれるな!というエースの悲鳴は、深い深い森の中で、きっと誰にも届かなかった。







2014/02/09