健康診断のお話

「なーにやってんだっ」

「いだァっ!?」


どん、と筋肉質の背中を押すとエースのまるで鶏の首をくいくいっと捻ってきゅっと蹴っ飛ばしたような悲鳴が聞こえてきた。ちなみに今のでああなるほどあんな悲鳴か!とわかったら大したものである。何せ書いてる本人だってわからないのだから。
まぁエースの悲鳴がどのようなものであったかなどどうでもいい話だ。ちょうど採血の最中だったらしく実は悲鳴に混じってバキンと嫌な音。針が、折れていた。


「てんめ何すんだ!!」


エースは涙目になりながら折れた針を腕から抜いて代わりにその針を那由多に投げつける。といっても棒状のものはダーツのように投げたところで的には当たらない。へにゃりと曲がって落ちたそれを拾い上げた那由多は恐ろしい正確さでそれを投げ返し「こうやるんだぜ」とちょっぴり自慢げに笑う。
とはいえここは白ひげ海賊団医務室。この船の船長は白ひげでもこの部屋の中で一番えらいのは当然の事ながらドクターである。医務室でやいのやいのとふざけていた二人はドクターにあっさり襟首引っつかまれてどんと椅子に座らせられるとそれから小一時間ばかり説教を喰らったというのだがまぁそれは別の話。


「・・・ったく元気なのはいいこったがこんなとこで暴れるんじゃねぇよ。おいそれよか那由多、お前もついでに健康診断受けてけ」

「えーおれ?おれはいーって」

「この間怪我しただろ、破傷風になられちゃ困る」


そういうドクターは那由多の腕を取ろうとするが彼は何かから逃げるようにひらりとそれをかわして天井にはりついてしまった。


「だからおれはいーんだって。おれの体調は全部旦那が管理してるかんな。下手にいじくると旦那が切れるぜ」

それに、と那由多は話を続ける。


「多分、おれよか今は旦那の方が健康診断必要だし」


その言葉にドクターとエースは顔を見合わせた。











零番隊の連中を対象にした健康診断が行われたのは那由多とのやりとりがあってから三日後のことであった。今の今まで自分の健康は自分で管理がモットーのようなものだった暁連中にとって健康診断というのは物珍しいものらしく、何も言わなくても無駄に集まってきてむしろ邪魔になったという一言でも添えておこう。
とにもかくにもドクターはこうしてようやっとのこと船にいる全員の健康管理に携わることになったわけだが、それが結構な大問題だった。
まず長門は、足がほとんどいかれていた。さらに言えば全身の筋肉が衰えており出せる力は精々常人程度だというのに、それをチャクラで無理矢理駆動させているものだから、はっきり言って完全にドクターストップものである。


「しばらく安静」

「それは困る」


ドクターの一言に反論した長門だったが、じとっとした目で睨まれてうっと言葉を詰まらせる。


「いいかぁ長門。お前が生きていた世界じゃこうなったとしても戦わなきゃいけねぇのかもしれねぇが、ここはそうじゃねぇ。怪我人は安静、きっちり治してからまた船で働きゃそれでいい。いいか、この船にいる奴は全員家族なんだ!家族を心配して何が悪い!?次っ!!」


長門が半ば追い出されるようにして医務室を出てから次に入ってきたのはイタチである。身体的にはあまり問題がないように見えるが、実のところ写輪眼の多用のし過ぎで視神経にだいぶダメージが溜まっていることと、実は病持ちの彼も絶対安静の一言と服用薬を貰って医務室を追い出される。


「・・・・」

「・・・・」


そして三番目の患者、飛段に今度はドクターが困惑する。血液検査をすればありとあらゆる意味で問題があるし、身体はつぎはぎだらけだし、なんか一度首が切れた痕跡があるし、しかもそれを適当に縫い合わせてあるしで最早言葉にならない。


「飛段・・・・一度その首・・・縫い直してやるから」


ドクターが必死の思いでひねり出したその言葉はとても医者が言う台詞とは思えないものだった。






デイダラが時間を見計らって医務室に入ってきたとき室内は血まみれの大惨事で、デイダラも思わず悲鳴を上げる。


「何やってんだよ、うん!!っててめぇか飛段!」

「ゲハハハハァ!!やっぱ角都じゃねぇと上手くくっつかねーんだよ」

「あ、飛段!!だからお前首に触るなと・・・・」


ドクターが言うが早いか、飛段が首の筋肉を動かすが早いか、ぽろりと効果音が着きそうなほど簡単に彼の首は医務室の床に転がった。ドクターは何度目かわからない悲鳴を上げているが、一方の飛段は痛ェ痛ェと言いながらも床に転がったまま(頭のみ)笑っていて、デイダラはため息をつく。


「そいつはもう針金かなんかで繋ぎとめとけよ・・・・うん」

「ああ・・・そうするさ・・・・デイダラ、お前ちょっとだけ待っとけな」


飛段の首が以前よりまっすぐきちんと縫い繋がったのはそれから十分後のことだった。さらに広がった血の海と、お陰で貧血気味の飛段をその場に残して、診察場所を変えたのは賢明な判断だったと思う。床といわず壁といわずべったりと血のりが張り付いた部屋での健康診断ほど不健康なものはないだろう。勿論、精神的にの話だが。
それはともかくとしてデイダラは他のメンバーから考えてもっと酷い有様かと思いきや、彼は思った以上に健康的だった。精神的には大いに問題があるかもしれないが、身体的に目立った外傷もなく唯一禁術である掌の口が気になるところだが、それはドクターからしてもどうしようもないものなので仕方ない。あんまり粘土を食いすぎるなよ、と忠告してラスト二人の患者を迎える。(ちなみに小南は日常的に健康診断を受けているので今回の零番隊対象の健康診断からは外されていた。)


「さて、と。那由多、お前まず痩せすぎだ。もっと食え」

「えー」

「えー、じゃない!!イタチもだがお前ら平均体重をだいぶ下回ってんぞ!?しっかり食わんと海ではやっていけん!!」

「体重が増えると傀儡に負担がかかるから却下だ」

「そんな事情しらーん!!」


さらりと涼しい顔で言い切ったサソリにドクターはついに爆発したが、次の瞬間さっと表情を変えてサソリの顔を覗き込んだ。


「・・・サソリ、お前熱があるな」

「ああ、そうだな」

「だったらなんでさっさと医務室に来ないんだ!?」

「来てどうする」

「薬をやるに決まってるだろうが!!とにかくベッドに寝ろ!!体温計るぞ!」


那由多が以前、サソリのほうが健康診断が必要だ、と言っていた理由はこれかと思いながらドクターとそれから数人のナースが(仮)医務室内を走り回る。
ドクターから言わせれば実のところ一番の問題児はサソリだった。実年齢35と言いながらもその身体はまるで成長過程の少年のような弱弱しさがあり(だがそれは間違っていない。何せ彼の体の成長は己を傀儡にした15の時で止まっているのだから。それにそもそも砂の国は食糧事情が悪いから成長も悪かった)、栄養状態も調べてみれば想像通りかなり悪い。細い手足でよくあそこまで動けるものだと感心はすれどもそこで見逃すわけにはいかないだろう。点滴と熱冷ましを投与してひとまずは安心か・・・・と思ったドクターが甘かった。
サソリの熱が一向に引かず上がるばかりなのである。サソリの熱はあくまでただの風邪であり、感染症でもなんでもなかったからそう焦る必要があるものでもないのだが、己の体の緊急信号である熱も上がりすぎれば身体を壊す。サソリの熱はまさにそのぎりぎり上限に迫っていたから一刻も早く熱を落とす必要があったのだが、どんなに強い熱冷ましを投与してもその一切が効かないのである。


「だから言っただろう」

「・・・何をだ」

「来てどうするってな。おれに薬は効かん」


薬だけじゃない、毒もだ、というサソリの言葉にドクターは絶句する。那由多はそんなサソリとドクターのやり取りを黙ってみているだけでどちらの味方をするでもない。
サソリは点滴を自分の手で引き抜くとゆっくりと上半身を起こす。


那由多が、毒も薬も効かないのは後天的な免疫によるものだが、おれは所謂特殊体質だ。・・・まぁ傀儡の時はそんなもんも必要なかったがな。この世に存在するどんな毒も効かないが、同時に薬も効かないし臓器移植も適合はありえない。だから熱が出ようとなんだろうと薬を飲むだけ無駄だ」

「・・・・・そうか」

「わかったならおれは部屋に・・・・」

「わかったからお前は、ここで、寝ていろ!!」


殺気がなかったから那由多は反応しなかったものの、サソリは突然のドクターの拳にかなり驚いたようだ。もとより体術は特異でないことも相まってそのままベッドに頭から沈み込んだ。


「・・・・んじゃ、ドクター後任せたー」

「おう」


ぐっと親指を立てたドクターに背を向けて医務室を出ると、まるで盗み聞きでもしていたかのような位置に小南が立っていたものだから那由多は一瞬身を引く。


「ちょっ、姐御盗み聞きは趣味悪いって!」

「あなたでも心配してたのね」

「いや、そういうんじゃねーんだけど・・・・」


だって旦那熱あるといつも間違って変なとこに針刺すし、それ痛いし、とぶつぶつ呟くものの言い訳にしか聞こえない。ぷいっとそっぽを向いてどこかへ言ってしまった後、医務室の前の廊下に残されたのは小南とそれからひょっこり隠れていたエースだけだ。


「あいついつもはそんなことで文句言わないくせにな」

「全くね」











2012/07/01