いつも通り騒がしい甲板の上は。いつもとはどこか違った喧騒を伴っていた。広いモビーディック号の甲板の上で幾つもの人の塊がそこここでなにやら楽しげに騒ぎ合っているのだ。
白ひげ海賊団恒例・・・と言おうか組み手合戦である。
グランドラインの島と島を航海する__それは言葉にすれば簡単だが、実のところそれだけのことをするだけでどれほど多くの人間の命が消えていくのかはとてもとても口では言い表せるものではない。確かな実力を持ったものだけが可能とする航海、それはあまりに長く海を愛せぬものにとっては孤独なものだ。
だが白ひげ海賊団にとってグランドラインの航海はちょっと険しい山道を軽装で登っていく程度のものである。油断などない、ただ絶対的な自信を持って彼らはなんのことなく今日もまたゆっくりと海を渡っていくのだ。
が、そんな白ひげ海賊団にも困ったことがある。それは長期航海の際のあまりの暇さに身体が鈍ってしまうことである。いくらモビーディック号が広い広いといわれてもやはり母なる大地の広大さに比べればちんけなものであるし、体を動かす絶好の機会となる他海賊との戦闘も毎日毎日あるわけもなかった。そんなわけで身体が訛らぬようにといつ始まったのかは定かではない組み手合戦は、今日のような海も風も穏やかでかつ長期にわたってあまりに暇だった日にこうして適当に開催されるのである。
ルールは特に無し。とりあえず体術だけでやれるだけやってみようというのがメインである。一応はレベル別に分けて行うものの、やりたいのだったら隊長たちとだって戦うことができる。各隊隊長からすればちょうどいい暇つぶし。各隊員からすれば体術を教えてもらえる絶好の機会といったところか。今日はまだ始まったばかりのこの合戦、果たして今回はどのような結果が残るのか。それは終わってからのお楽しみである。
「次!!那由多!!」
「よっしゃおれの番!!体術だったら負けてやらねェぞイタチィ!!」
「ふん」
今日は写輪眼を初めから使う気のないイタチの目は黒い。日常的にそうであるはずなのに戦いの前のその瞳の静けさはどうも癪に障る・・・というのがマルコの隣に居るデイダラの言い分だ。彼はつい先ほどイタチに負けたばかりなのであるが、結構な回数殴られたというのに案外けろっとした表情で二人の体術合戦の行く末を見ていた。
那由多が高い回し蹴りを食らわせばイタチは軽くしゃがむだけで攻撃を避け、そしてそのままの姿勢から那由多の無防備になった腹めがけて拳を突き出す。だが那由多はバランスが悪いにもかかわらずイタチの手を取り、そしてあろうことかそこを支点にぐるりと回るとそのままイタチの上を越えて反対側に着地した。そして着地後なんの休憩もなく那由多の攻撃は続いていく。当初はそれなりに攻撃を仕掛けていたイタチだったがすぐに防戦一方になり、対して那由多は随分と余裕があるようだった。
「ほんっとに那由多の奴体術強いよなぁー・・・なぁサソリ、あれってお前が教えたんだっけ」
「大体な。基礎は教えたがあとは実戦に叩き込んだ」
「お前も相当に無茶するよなぁ・・・あ、マルコ次おれだっけ?」
「あー・・・そうだな。次はエースと那由多だよい」
「うっわおれ那由多相手に勝てる気しねぇ」
げらげらと何が面白いのか笑うエースを嗜めるように「最初っから諦めてんじゃねぇよい」と諭すマルコ。とはいえマルコも那由多の実力は重々承知なのだろう、勝てとは言わなかった。
ふと那由多とイタチのほうを見れば大方決着はついたようだ。ほら、あと少し__
ぴっ・・・・と音がしそうなほど綺麗に寸止めされた拳はイタチのちょうど顎の下を捉えていた。思わずお見事と賞賛の拍手を送りたくなるほど綺麗にとどめられた拳は揺らぐことなくそこにある。
「終りだな」
にやんと笑った那由多はそういってようやく拳を引いたのだった。それを境にようやっとといった感じでイタチは大きく息を吐き出しその場にしゃがみこんだ。
「全く・・・貴様とこうして体術合戦をするのが一番疲れる。」
「ま、そーだろうな。お前いつも写輪眼で先読みしてるしな」
笑う那由多はイタチに手を差し伸べるような真似は決してしない。那由多とイタチの仲はそんな友人やそれに類する何かのように生ぬるいものではないのだ。強いて言うならば共に同じ血の海に浸かった・・・とでも表現すれば適切だろうか。生きるならご自由に死ぬなら一人でかってに死ね。随分な言い様だが二人の関係は所詮そんなものだ。
「んじゃ那由多の勝ちだな。・・・っと那由多、お前すぐ次いけるかよい」
「へーきへーき。なんだったらお前らまとめてくるかー?」
「それだったら十分にのせそうだよい。だが遠慮しとくぜ。ほら行けエース」
「おう」
朝方適当に作った対戦表に何事か書き込んだマルコはさっさと行けとエースの背を押す。
「炎無し。おれに当てさせろ」
「・・・そりゃあお前の覇気の使い方が下手糞なせいだろ?おれのせいじゃねぇし」
「ちっ・・・おいマルコォ、今回って炎になって逃げるのもなしだろ?」
「ああそうだよい」
「そらみろ。ざまァ」
「チェッ・・・・」
一応は体術の訓練だからな、と口の端を挙げたマルコに今度はエースが舌打ちをする。那由多の「当てさせろ」とはつまり「炎になって逃げるな、実体を保て」と言うことだ。ロギアの能力者はこの船ではそう多くはないが、とにかく覇気が使えなければまず攻撃できないと思って間違いはない。時たまルフィとエネルの場合のように相性の関係で攻撃出来る場合もあるが、そんな特殊例考えるのはよっぽど時間の無駄である。
生まれつき備わっている力である覇気を扱える人間は世界広しと言えどもそう多くはなかったが、忍連中は覇気をチャクラと呼び変えて戦闘に応用してきた。そのおかげか那由多を除いた全員があまり意識することもなくエースと組み手ができるのだが、那由多だけは論外なため今もこうしてわざわざ釘を刺したのである。
始め、の合図と共に跳ねた那由多の跳躍力にエースは一瞬遅れを取りながらも、一歩下がって真上からの踵落としをなんとか避けるも衝撃はでかい。そもそも那由多の奴は体重はそこまであるわけではないのに武器のせいでやたら重くなっているのだ。
足を弾かれたままに那由多は甲板に手をついてあろうことか重力を無視したような足技で間髪居れず攻めてくる。距離を取ろうにも踏み込む時間すら与えてくれず、一歩でも引けばそれこそ隙が出来てしまって話にならない。ならば。
右手を無駄に大きく動かせば脇が空いた。そしてまさか那由多がそんな隙を見逃すはずもなく彼の右足がエースの脇腹を捉えようとするもそれを狙っていた手が足首を掴んでようやく動きが止まる。
「わざと?」
「・・・だってことはお前もわかってんだろうが」
「おう」
にやんと逆立ちのまま笑った那由多。エースは今度こそ自分のペースに持っていくため足首を掴んだままの左手と一緒に体を引いて那由多のバランスを崩すと同時にその腹に力の篭った蹴りを入れる・・・はずだった。あろうことか那由多はつかまれた足首を軸に筋肉だけでバランスを崩した体を少しだけ宙に浮かせて、エースの蹴りが那由多に触れるよりも早くその足を掴み、今度はそっちを軸に残った片足でエースの下あごを真上に蹴り上げた。がん、と脳が揺れる衝撃が走ってエースの身体が傾ぐ。
「っ・・・・・!」
「なぁんだ倒れないのか?つっまんねーいやここで倒れられてもまだな・・・」
「こんの・・・」
何ぶつぶつ言ってやがんだと言おうと顔を上げると目の前にあったのは、那由多の靴底。
「ざーんねん。ほりゃ」
助走無しでなんでそんなに飛ぶんだといいたくなるほどの跳躍で那由多はエースとの距離を詰めた。そしてその猛烈な勢いで飛び蹴りをエースの顔面に叩き込み、今度こそエースは甲板に叩きつけられる。受身がギリギリ。だがおかげで、と言おうか下あごを蹴られた衝撃が復活し、恐ろしいところを狙ってきた那由多の踵落としを後転の要領で転がって逃げた。
「那由多てめぇも男だろうがァァァ!!!そんなとこ狙うんじゃねぇよ!!」
「ああん?効くんだからいいじゃねーか。次は間違いなく当ててやるよ」
まさか経験がないわけではなかろうに、那由多は笑顔を貼り付けたままそんなことを言うものだから、エースは思わず頬を引き攣らせる。本当に狙ってくるとエースは思った、思ってしまったのが敗因だった。
那由多にとってエースが痛がるかなどは二の次の問題である。彼の言葉一つで例え意識しようとしなくても、無意識のうちの体の動きが変わればそれで十分。言葉と言うものがいかほどに相手にプレッシャーを与えるのか、そして自分の発した言葉がどのような効果を与えるのか那由多はよく承知している。それらは勿論全てサソリから教わりそうするようにと言われ続けてきたことだから、今さら捨てようにも捨てられない性で、那由多はエースが一瞬見せた隙を狙い一気に距離を詰めた。
踏み込む動作まではごく普通だが、その次の瞬間に那由多はエースが視認で来てもその次を予測できないほどの速度で踏み込みと逆の足を動かしてみせた。当然そちらに気を取られたエースは防御のための手の位置が下がり、これでもう頭ががら空きだ。
「ソォラァ!!」
フェイントの足はちょっぴり上げてそして甲板に叩きつけた。だん、と激しい音と共に那由多の体は宙に浮きそのまま一回転する勢いでエースの後頭部を蹴りつけると、エースが状況を理解する前に彼は甲板と熱烈な口付けを交わすことになったのだった。
「那由多お前なぁ、一応今回のは組み手だけって話だったんだけどな」
「おいおい堅苦しいこと言うなよマルコ、はげんぞ」
「もうはげてら」
那由多の言葉にげらげらと大爆笑したハルタの頂点にそれはもう見事な踵落としが決まって、エースに追加して甲板に倒れた男がもう一人。だが一番ひどい発言をした那由多本人はわざわざそんな攻撃を喰らう気も無いらしくマルコの足が振り下ろされるのとほぼ同時に体を後ろにそらせたまま一回転。距離を取ってマルコの届かない位置で笑っている。
純粋な組み手を目的とした今回の勝負で言葉で煽るとはいい度胸だが、那由多の体術を持ってすればどの道同じように誘導されただろうことは目に見えている。顔面を手で押さえ今だ悶絶するエースを放置して、那由多は服についた埃を払うような動作をしてから次ィ!と威勢よく怒鳴った。
「一番勝率が高いのは・・・・長門か」
ようやく陽も暮れる頃、終わった組み手合戦の後の宴でマルコはぺらぺらと本日の対戦表を見ながら酒を煽る。競争心があるのだから当然勝ち負けは気になるところだが、終わってしまったことにいつまでも執着しないのが海賊共だ。彼らは組み手合戦の後始まった宴にあっという間に熱中し、もう半数は本日の勝敗なんて碌に覚えていないのだろう。とはいえそんな中でも各隊の隊長達は今回の組み手合戦の結果を次回の戦闘の時の配置に生かす必要があるため、さほど酒は進んでいないようだった。
「おい那由多、お前なんでサソリと小南に攻撃もしないで負けてんだよい。これは本気でやれっつっただろうが」
「そうだぜぇなぁイゾウ!!今回の組み手合戦に関しちゃ怪我したって致命傷にならなけりゃぁそりゃ自分の責任さ!大体サソリになんかお前が負けるわけもねぇだろうよ」
「おーいお前酒臭ェ」
突如肩を組んできたラクヨウをしっしと追い払って那由多は軽く揚げられた魚を頭から口に放り込んだ。
「いーじゃねぇか別に。おれは基本的に旦那には攻撃しかけらんないの、てか仕掛けちゃいけないし」
「前の世界じゃどうだったか知らないがな、ここじゃ全員平等だぜ?んなしがらみにいつまでも囚われてんじゃねぇよい」
マルコの言葉に今度こそ顔をしかめたのは那由多だ。
「いや・・・・しがらみっつーか・・・・癖だって」
ぽつりと呟いた言葉は騒ぎが広まった宴の席では誰にも届かなかったようだ。
癖、なのだ。幼い頃からそういう風にしつけられてきた、結果どんなに意識してもサソリに本気で攻撃をするという事態になれば勝手に身体が竦む。演技なら一向に構わないが、本気は決してありえないと彼の身体は知っていた。
だがきっとこれだけは一生涯かかってもこの海賊船の誰にもわからないことだろう。そしてきっとそれを理解する必要もない。
「おい那由多!辛気くせぇ顔してんじゃねぇよ!」
すぐに引きずり込まれた宴の輪の中で、彼はいつもの笑みを浮かべてみせた。
2011/08/13
ちょっと前々からやってみたかった一本。本当はエースVSサソリとか、イタチVSマルコとかを真面目に書く予定でしたが予定変更。こんなの見てみたい!というご要望がありましたら拍手かメールよりどうぞ。私の妄想でよろしければ全力で書かせていただきますっ