懐かしい・・・と言おうか。そう深い縁があったわけではないが常に強い匂いを放っていた土臭さを再び海で嗅ぐことになるとは思ってもみなかった、と内心そんなことを考えながら鬼鮫は寄ってきたクソボロ筏を見下ろした。
「おやおや久しぶりですねぇ那由多。あなたはてっきり自殺したかと思ったのですが」
「自殺じゃねーよ巻き添え」
「巻き添えって・・・自爆したと聞いたときあなた以外誰も死んでいませんよ」
「まじでか」
真面目に驚いたのか那由多は一瞬目を見開いた。だがすぐに少し決まり悪そうに顔を背けてがりがりと頭を掻く。
「イタチさんもお久しぶりです」
「何故貴様がここにいる」
「大方イタチさんたちと同じ理由だと思います__「おおおマルコにエースじゃねぇか!!ついにおれの船に乗る気になったのか!?」赤髪さん、上がってもらったらどうですか」
突然割り込まれたためか鬼鮫は若干皮肉を込めてやけに丁寧にそんな申し出をこの船の船長にしてみせた。初めて鬼鮫と顔を合わせたエースですらその言葉に若干の嫌味が含まれていることに気付いたと言うのに、シャンクスは気付いていないのか、いや気付いてあえて無視しているのだろう「そうだな!上がれ上がれ!にしてもきったねぇ船だなぁ!!」と笑っている。
始めに那由多が一瞬で船の側面を駆け上がると伸ばした手に掴まってエースが、そしてデイダラにイタチにマルコがレッドフォース号の甲板に乗り込んでくる。彼らの奇妙な訪問はすぐに船中に知れ渡ったのかマルコとエースには次から次へと声がかかって、そして那由多たちにはどこか物珍しそうな不躾な視線が飛んできた。
「マルコっ、おれの船に乗れ!!」
「断るよい」
ほんの数秒の間も空けずにマルコが断りを入れるとシャンクスは最初からその答えをわかっていたかのように、落胆した風もなくカラカラと笑い声を上げた。考えればマルコもまたシャンクスの第一声が何かわかっていたのかもしれない。「断るよい」とシャンクスの言葉を聞いてからばっさり切り捨てるまでわずか0.1秒。言葉が終わるか終わらないかのうちに内容を理解しその後の発言を判断するなど通常なかなか難しい。
「なんだよマルコ知り合い?」
と那由多が聞けば、
「そりゃおれらの台詞だよい。おいシャンクス!!お前新しいメンバーでも引き入れたのか?」
今度はマルコがシャンクスに声をかける。ああ!というやけに楽しそうな声。シャンクスは鬼鮫と角都の腕を引っ張ってマルコたちの前につれてくると「おれの新しい仲間だ!!」と嬉しそうに断言した。
「違う。おれは貴様が金を貸りたまま返さないからついてきているだけだ」
「いいじゃねぇか角都!細かいことは!!それよかマルコお前おれの船に乗らないか?」
「断るよい。那由多、お前さっき知り合いみたいな風だったな。こいつら暁のメンバーか?」
「ああそんな感じ」
「そんな感じとは失礼ですねぇ、サソリさんに殺されかけたあなたを何度も助けた記憶がありますが」
「それに関しては感謝してるって、それもいいけどさ何ここの船の奴とマルコもエースも知り合いなの?」
「宴だァァァァ!!!」
「・・・・・収拾つかねェなァ」
マルコが聞けば那由多が聞く。そんなことを繰り返しているものだから会話は堂々巡りししまいには宴だ!と盛大に叫んだシャンクスの言葉に全てがあやふやになってしまった。自己紹介はとりあえず後で、と言うシャンクスの船の船員達に背を押されてあっという間に始まってしまった宴の席のど真ん中に押し込まれてしまったのだった。
「さて」
ぎゃーぎゃーと騒がしい男達の声のせいでお互いの言葉は大変聞きづらかった。餓鬼じゃねぇんだから静かにしろ!と怒鳴ってみたところで酒が入ってんだから無礼講だァ!という返事が返って来てとても話にならない。酒臭い息を吐きかけてくる男をエースと二人で空樽に頭から突っ込んだ那由多は改めてシャンクスたちを含む輪の中に座り込むと、皿に残っていた魚の骨をばりばりと噛みながらようやく本題へと入ったのだった。
「もうおれなんだかわかんねーから端から自己紹介な、じゃおれから_」
「忍が自己紹介してどうする」
「おい空気読めイタチ」
「へーお前イタチっていうのか。面白い名前だなァ」
どこか抜けた、と言おうかそんなシャンクスの雰囲気にイタチも毒気を抜かれたのかいつもなら殴り合いに発展する那由多との睨み合いは、存外イタチがあっさりと身を引いたことで解決してしまう。だがかといって自ら名乗る気はないのかそのまま口をつぐんだイタチの代わりに、木箱に腰掛けたシャンクスの隣に手すりにもたれかかるように立っていた鬼鮫が口を挟む。
「うちはイタチ。生前は自分・・・・干柿鬼鮫と相方を組んでいましたよ。同じ暁の一員です」
「へー・・・お前何の魚人だ?おれは白ひげ海賊団二番隊隊長ポートガス・D・エース。メラメラの実の能力者だ」
「別に魚人だとは思っていませんが、強いて言うなら鮫でしょうねぇ」
「鬼鮫は鮫以外の何者でもないだろ。おれは那由多。生前はサソリの傀儡でイタチとかと違って正式な暁メンバーじゃない。今は白ひげんとこの零番隊」
「白ひげ海賊団一番隊隊長マルコ、説明するほどのこともないよい」
「暁、角都」
「デイダラだ、うん。暁のことは全員知ってんだろ」
「よし、おれが最後だな。おれァシャンクス。この船の船長だ。お前らまとめておれの船に乗れ」
「断るよい」
自己紹介・・・かと思いきや結局勧誘だったらしい。シャンクスはまるで流れるようにまとめて五人を船に乗せようと声をかけるが誰かが何かを言うよりも早くマルコの言葉が叩きつけられた。やられた!とばかりにげらげらと腹を抱えて笑うシャンクスも相当に酒が入っているのだろう。救い難い酔っ払いだとため息をついたのは勿論この船の副船長、もといシャンクスのお守りのベン・ベックマンであった。
「で、那由多、お前らあんなとこで何やってたんだ?おっもしかして男だらけの小旅行?楽しいなぁ」
「馬鹿なのかあんた。嵐で海にぼっちゃーん、だ」
「馬鹿はお前らだ!!」
シャンクスの笑いは止まらない。酒をいくら飲んでも酔わない那由多はシャンクスと酔っ払いとして同調しているわけではないのだが、情報収集の手段の一つとして意気投合するのは重要でそれをごく普通にできるようになるまで訓練された那由多にとって、相手が酔っ払いだろうと大した問題ではないようだ。
しばらくシャンクスに何かを言いたそうにしていたマルコは、しばらく馬鹿を見てからそのまま立ち上がるとどこかへ行ってしまった。一緒に立ち上がろうとしたイタチを手で制したところを見ると別に大したことではないらしい。昔からの知り合いにでも会いに行くのだろうか、と思いながらエースはちらりと目をやっただけだった。
「それにしても、驚きましたねぇ」
「おれはあんたの容姿に対しての言葉遣いに驚きだ」
「そうですか。性格はそう、かけ離れたものではないと思いますが」
鬼鮫の言葉の真偽はわからないが、その目の奥に剣呑な光を見て取って、エースはそれ以上深くその話題を掘り下げようとはしなかった。賢い男だ、と内心思ったのはシャンクスたちの輪から離れすぎずかといって共に会話に混じる気もない角都である。どこからも一線を画したかのようなその態度の裏で、角都は相変わらず金儲けの算段をしていた。
「角都さんと会ったときもそうですが、まさかこうして再び生きて会えるとは思ってもみませんでしたよ」
「確かにな・・・うん。ってことは鬼鮫、お前も死んだのか?」
「ええまぁ。トビとゼツを残して全員見届けた形ですかねぇ・・・ああ小南さんは知りませんが」
「姐御も来てるぜ」
「そうですか、良かったじゃないですか那由多」
「おっなんだァ?那由多お前ホの字かその女に」
「おい、酒臭い」
笑って茶化すのはシャンクスだ。
那由多にとって小南はそういった対象ではまるでないが、好きであることは事実である。恋愛よりもむしろ親愛の情と言おうか。無情を通り過ぎてむしろお前らは人か、と思うような扱いを受けてきた那由多にとっては暁内で小南が唯一の拠り所であった。無条件にその存在を許してくれる、それは幼かった那由多が何よりも求めていたもので彼が小南に懐く理由はそれだけで十分であろう。(サソリは無条件に殺す立場の人間である)
とりあえず酒臭すぎるシャンクスを向こうにどけていつの間にか陽の落ちた空を見上げれば真っ暗になっていた。気がつけば最初は大きかった輪も各人が好きなところに散ってしまったため那由多の周りを囲む騒がしい声も少しは静かになっていた。少し離れたところでベックマンとマルコが話し込んでいて、イタチは酒を飲むつもりはないらしく話しかけ難い雰囲気を放ちながら隅っこの方でじっと海を見つめている。エースはと言えば哀れな男をひっ捕まえて弟の話に興じている最中のようだし、デイダラは船尾で花火大会の真っ最中の模様。角都も鬼鮫もいつの間にかどっかへ消えてしまっていて那由多は助けを求める相手はいねぇな・・・と一人納得して肩に纏わりついてくる酔っ払いの船長をもう一度自分から引っぺがした。
シャンクスはもう十分酔っ払っているはずだというのにまだ十二分に酒は飲めるようだ。「那由多お前上戸だな!」と暢気に騒いでさらに酒を注ぐ姿はとても一介の海賊船の船長には見えなかった。
「あんたまじで船長?とってもそうは見えねーな」
「海賊船の船長なんざそんなもんさ!つってもおれにはお前は十分強そうに見えるがな」
「げっ、まじで」
那由多が嫌そうな顔をしたのも当然、シャンクスの指摘は那由多のカモフラージュが甘いと言っているのと同じだからである。忍が出会いがしらにいきなり忍者だと気付かれてどうする、ということである。近頃ときたらそんな隠蔽工作などする必要がなかったものだから訛っているのだろうか。
「んな残念そうな顔するなよ、そこまでひどいわけじゃねぇって。お前だってなぁ、街中にいりゃ十分いまどきのワカモノって感じしてるからよ!・・・格好はちょいとお国柄が出すぎだけどな」
ひらひらと、長い裾をシャンクスは指でちょいちょいと引っ張って言う。それはまぁ色々な事情があるからな、と適当に言った那由多もいい加減飲みたくないのか手に持ったジョッキをひっくり返して甲板に置く。
「それよか那由多、お前おれが船長らしくないってぇのはどういうこった!?」
突然、流されたと思った話が舞い戻ってくるものだからこういうところは正しく酔っ払いといったところだろうか。脈絡なく話が飛んでそれに合わせていきなりふざけながら首を絞められたものだから那由多は対応が間に合わずひっくり返りかけ、辛うじてのところで踏ん張ってみせる。とはいえ随分ときつい姿勢だ。いつまで持つかな!?とやけに楽しそうなシャンクスが言ったとおり彼は限界が来たのか、そのままシャンクスと一緒に甲板に倒れこんだのだった。
「って〜何しやがんだ!」
「んん?いいじゃねぇかそいよかおれが何で船長らしくねぇのかってこったよ!」
「それは言われた瞬間に聞けよ!」
暑苦しいから離せとばかりに適当に暴れて、那由多はシャンクスの腕を振りほどくと改めて座りなおして一言。
「威厳がねーから」
「ギャハハハハハ!!」
「いや何がおかしいんだかさっぱりわかんねーんだけど」
那由多の言葉を聞くや否やまさかの大爆笑のシャンクスからは、人の上に立つものとしての威厳などかけらも感じられなかった。むしろ精神が子供のまま体だけ大人になったような・・・
「威厳か、ま別に威厳があったところで腹がいっぱいになるわけじゃねぇからな」
「でもまっさかただ腕っ節が強いだけの男に付いていく酔狂がこんだけいる・・・ってのは考えにくいが」
シャンクスはジョッキを片手に少しだけ驚いたような顔をしたがすぐにそれを甲板において変わりに無造作に放り投げられていた剣を取り上げる。
「わかるか?」
「右手だけなのが残念だな」
「どうだ?」
鞘と剣を腰に収めシャンクスは軽く右の人差し指で柄をとんとん、と叩いてみせる。何をしたいのかと言えば当然のことながら挑発である。
一戦、交えないかと。
戦闘がここまで日常茶飯事になってしまうと、最早戦うのなんて嫌いなどと馬鹿げたことを言っている場合ではない。むしろそんな狂った頭を持った奴は忍には少なく、忍者と言うものは少なからず戦闘狂である。飛段などはわかりやすいが、イタチや小南にもあの戦いに身を置くときの得体の知れない高揚感をそれなりに好いている感情があることは確かだ。那由多などは自他共に認める戦闘狂。なので当然この挑発に乗ると思われたが、意外なことに彼は首を振ってシャンクスの誘いをつれなく断ったのだった。
「あんたとやると怪我じゃすまないだろうからやめとく。別におれはマゾじゃないからな」
「まぁ・・・そうだな。おれももう一本腕を持っていかれるとさすがに不便だ」
「わかってんなら誘うな」
出会った時点でシャンクスは那由多が強いことを理解していて、それは那由多も同じだったというだけの話である。多分純粋な剣術合戦になれば那由多の負け、武術合戦となれば五分五分といったところだろうか。使い慣れた様子の剣は随分とシャンクスの手に馴染んでいるようで、立ち居振る舞いからも十分に彼が強いことが伝わってくる。
もう酔いはさめたのだろうか。那由多を誘うため立ち上がったシャンクスの表情は先ほどの酔っ払いのそれではない、さらにいえば冒険に心を躍らせる少年のような目でもない。強いて言うならば那由多たちと同じようにあの戦いの中の高揚感にとりつかれた狂気を孕んでいる。そしてようやくここで鎌首をもたげるのが王者の資質。那由多は覇王色などと分類される覇気について知るはずもなかったが、ああなるほどこれが赤髪のシャンクスかと少しだけ納得したようだった。
「ま、だがいつか死ぬ覚悟がもうちょい固まったらお前と戦ってみるのも悪くはないな」
「おいおい年の差いくつあると思ってんだ?あんたが死ぬ覚悟できてもおれは当分死ぬつもりはねーぞ」
シャンクスも那由多も、こんな不安定な世界に生きているからには明日死のうとそれなりの覚悟は出来ている。だから今のやり取りはあくまで冗談だったし、というより那由多が長生きできるとは思えない、というのが鬼鮫の感想なのだがそれは置いといて。とにかく二人はそんなやりとりをして結局剣を取らずに終わったようだった。周囲に居た幾人かは久々にお頭の剣の腕が見れるとやんややんやとなにやら騒ぎ立てていたのだが、実際のところシャンクスが剣を抜いたらとんでもないことになるのはわかっていたのでベックマンとしては那由多が誘いを断ったのは嬉しい誤算だった。もしも彼が乗った場合にはすぐに自分が止めに入る予定だったのだ。那由多はすでにシャンクスが酔いから覚めたと思っているようだが、あいにくと酔いが覚めているのならば船で自分は剣を振り回してはいけないぐらいの判別はシャンクスも当然つくのである。
結局、その日の宴は那由多とシャンクスの話を最後に徐々に沈静化していき、気付けば朝日が昇っていた。
2011/07/20