「寒いわ馬鹿たれ!!!」
ゲホッ、と水を吐き出したエースを頭を力の限り殴ってみたが、つい先ほどまで極寒の海の中に飛び込んだ体はそう力が入らず、那由多もまたくしゅんと小さくくしゃみをした。
しんしんと雪がふる甲板で、こんなぬれた服を着ているよりマシだとばかりに彼は上に着ていた着物を脱ぎ捨てるとぎゅーっとすっかり染みた海水を絞る。ぼたぼたと落ちた水は雪を溶かす前に凍った。
「あークソッ!!」
「はいはいお疲れさん」
サッチが笑いながら那由多に暖かい飲み物のはいったカップを手渡した。彼はそれをありがたく受け取って口に含んだ瞬間盛大に噴出す。
「あのさ、猫舌なら先に言えよ。つか熱いとわかってるもんを一気に飲むな馬鹿」
「うっへ」
寒いのか、はたまた熱いのか。那由多は若干涙目になりながらもう一度身体を震わせて寒いからよこせとサッチの上着を奪う。そっからは着物の奪い合いで、結局体温が上がった二人、といまだ海水をげほげほと吐き出しているエースはしんしんと雪が降り積もる甲板に大の字に横たわった。
「あー・・・さすがにしんどいな」
「そりゃこっちの台詞だ」
でも元凶はお前だぜ、と海に落ちたエースをつつけば悪かったって、と最早投げやりな返事が返ってきた。
冷たい雪を払い落としながら那由多は上半身を起こすとぶえっくしょいと盛大にくしゃみをしてそのまま立ち上がる。
「・・・なんだよサッチ」
とりあえずびしょびしょになった着物を拾おうとひょいと下を見ればじっとこちらを見つめるサッチと目が合って、那由多は怪訝そうに聞き返した。
「傷だらけ」
「何が?」
「お前の体だよ」
言われて見下ろすがまァ確かに、とそれだけの感想しか沸いてこなかった。だから何、とどこか冷めたように聞き返せば「それどうしたんだよ」と単調な問答が続いていく。
「どうしたっつわれてもなァ・・・・これ旦那だろ、これデイダラ、こっち鬼鮫、えっとこっちも旦那であっちも旦那であ、そいつはイタチにマジで殺されかけたとき。うん、そんな感じだろ」
「いや、そんな感じだろじゃねェよ!!お前らどんだけ仲間内で殺しあってんだ!?」
「別に全部殺し合いじゃないぜ。ほらーおれ忍の術は全部暁の連中に教わったからさ、その訓練途中につけられた奴が多いんだって。まじであいつら容赦ねーの!」
見ろよこれ、と一番大きく体を横に裂いた傷口を指して那由多は文句を垂れる。これ、鬼鮫の奴にばっさりやられてさ、出血多量で死ぬかと思った。今はもう笑い話なのか、だが生々しい傷跡は当時の様子が鮮明に描き出されていて、なまじ想像力の強いサッチは寒さではなくぶるりと体を震わせたのだった。
「・・・でもその割りに顔には傷が少ねェよな」
「ああおれ男娼やってたから」
「へー・・・じゃねェよお前はさっきからぽんぽん普通にとんでもねェことを話に含めるんだな!」
サッチのツッコミを無視して那由多はへらへら笑いながら「この顔って男受けいいらしくってさーあ、情報収集の時便利なんだよね」と言い切るものだから、さすがのサッチも怒鳴る気がしなくなってあっそ、とため息と共に言葉を吐き出す。とはいえ誤解されるのは嫌なのか「おれは別に同性愛者じゃねーぞ」と念を押す。
「・・・・それじゃ余計左目のその傷目立つよなァ・・・男娼やってたのはともかく、まさか顔には一度も傷つかなかったってわけじゃねェだろ?サソリの奴・・・あーなんだっけ?掌仙術使えるじゃん」
「まーなー・・・まっさか傷一つつかずってのは無理だけどさ、それでも旦那も顔にはなるべく傷つけないようにはしてたし、あとは治してくれたしなーこの左目の傷はさ、普通の傷とちょいと違うから」
体とは対照的に、着物の裾から覗く手足や顔は本当に傷一つないような那由多の左目の下の傷は確かにひどく目立っていた。長さの違う三本の傷と、それを無理矢理縫い合わせたような真っ黒い糸。せめて糸の色をもう少し肌のそれに近づければ目立たなかったのかもしれないが、赤黒い血の跡と黒い糸があいまってひどく禍々しい。そこまで思ってサッチはふと自分の言葉の矛盾に気付いた。そう、那由多の左目の下の傷はつい数日前開いたかのようにひどく生々しいのだ。だがその傷は那由多がここへ来てからずっとあったもので、つい数日前どうのこうのというレベルのものではない。
那由多はとんとん、と傷に触れないように自分の左目の下を叩いた。「痛いのか?」と問えば「いんや」という返事が返ってくるが、それでもあまり触れたいものではないらしい。
「いつの、傷だ?」
「んー・・・・もう十年くらい前?」
それは那由多が推定十歳の時の話である。
穏やかな春の日差しは木の葉の里だろうと犯罪者のアジトだろうと平等に降り注いでいた。長い冬が終わり、森の木々にも新芽が見えるようになったとある日、サソリと自分と、あとは鬼鮫以外誰もいない暗いアジトの中を那由多が足音も立てずに駆けていく。体術はそこそこ、だが上半身の経絡系の異常からチャクラはほとんど練れず、忍術も幻術も使えない彼にサソリが幻滅したのはつい数日前のことだ。これから一体どうするのか。暁のことを知った以上彼を元の場所に戻すわけにも行かず、かといって生かすにはあまりに邪魔だった。将来的には人傀儡にするということでサソリの中では一段落付いていたらしいが、表向きの那由多の暁における存在価値はひどく曖昧なものだった。
忍術も幻術も使えぬ子供にもう興味はないのか、サソリはここしばらくは那由多に対して何の反応も示さない。ただ人傀儡にしたいから死なれては困る程度の感覚なのだろう。気が付いたときに適当に食事をやって、その後はただひたすら放置する日が続く。鬼鮫や小南がそのアジトに帰ってきたときは時に那由多を構うことがあっても、那由多自身もそんな自分の曖昧な存在価値を理解しているのか、あまり深くは関わろうとしてこなかった。
そんな那由多とサソリとの関係に転機がやってきたのは、山桜がちらほらと山の緑に彩を与えたある日のことだった。
その日は珍しく鬼鮫と小南とペインと、角都を除いた当時の暁メンバー全員がアジトに揃っていた。小南はその母性本能からか、それとも子供好きなのかよくわからないが那由多とは比較的深い関係にあって、彼はその日三人に茶を入れるため台所で火を沸かす準備をしていた。昨年に集めた薪をとりにアジトの裏に回れば、まだそこは日が差しておらずじめっとした空間が残っている。背を伸ばして、一番上から一つずつ薪を下ろして、必要な分の薪を全て抱えて台所に戻ろうとしたとき、突如彼を襲ったのはどうやら薪の隙間で冬越しをしていたらしい一匹の蛇だった。冬越しの住処を荒らした那由多を敵と見なしたのか、その蛇は突如那由多に向かって飛び出し牙を向いて彼に襲い掛かった。忍術幻術がボロボロとはいえそれでも多少なりとも訓練は受けた忍、那由多は反射的に薪を全て手放すと腰に刺さった日本刀を抜いてその蛇めがけて突き刺した。
全て一瞬の出来事。だが、彼の刀がその珍しい白蛇を貫くには一瞬遅く、蛇の牙が那由多の左目を掠る。ゴトン、とまだびくびくと体を震わせている白蛇がささった刀を取り落として、那由多は地面にしゃがみこんだ。ぐらりと世界が傾いで、とてつもない激痛が左目に走る。痛い、痛い、気持ち悪い。こみ上げてくる吐き気を無視できずに胃の中のものを吐き出して、それでもまだ吐き気はおさまらなくて胃液すらも吐き出した。喉がひりひりと痛むことなど何も気にならない。ひゅっと息を吸おうとしてもまるで筋肉が硬直したかのように今度は呼吸が出来なくなって、瞬間、那由多は恐怖した。死ぬ、死にたくない!助けてと叫んだところで誰も助けてなどくれないことは幼少期の経験でわかっていたはずなのに、それでもそれ以上に迫り来る死に恐怖して那由多は必死で誰かを呼ぼうとした。だが息を吸えないのに吐き出して叫ぶことなど到底できやしない。ひゅっ、ひゅっ、とただ気道を行き来するだけで一行に肺に入ってこない空気にさらに恐怖が襲ってくる。
幸い、と言おうか、そのときちょうど立ち上がろうとした那由多の手が彼の身長よりも高く詰まれた薪にかかって、それはバランスを崩してあっけなく崩れ落ちた。
「・・・・何?」
「・・・那由多ですかねェ・・・はて何をしているのやら」
乾いた薪はさほど大きな音を立てない。だが、それでも気配に聡い忍にとっては十分で、小南は立ち上がると那由多が消えたアジトの裏へと回りこんだのだった。
小南が那由多を見つけたとき、彼は半ば薪の下敷きになりながら、必死で地面を引っかいていた。臓器が焼けるように痛かったのだ、と成長した今でこそそのときの状況を冷静に判断できるが、その当時はもう本当に全身が痛くて痛くてしょうがないとしか感じなかった。げほっ、とむせこむと同時にひどく赤黒い血を吐き出して、那由多はかすかに視界の端に映った小南へと手を伸ばす。握り返された手が暖かくて、那由多はそのまま意識を失った。
「どういうことなのサソリ」
「おれに聞くんじゃねェよ、おれァこの糞餓鬼に何もしてねェ、する価値もねェ」
血を吐いて激痛に顔をゆがめる那由多を小南がアジトの中へ連れ込み布団に寝かせたのはつい先ほどのことだ。てっきりサソリが何かしたのかと(勿論その場合小南たちに那由多の処遇についてどうこういう権利はなかった)彼女は彼を問いただすが、まるきり身に覚えのないサソリは左目の下の傷からだらだらと血を流したまま布団に横たわる那由多を呆れたように見下ろしただけだった。
「大方、これのせいじゃないですか」
ピリピリとした空気の流れる二人の元へ、鬼鮫は那由多が突き刺したままの刀を蛇ごと持ってきてサソリに渡す。
「・・・白蛇?・・・・アルビノの個体か?」
「いや恐らく違うだろう」
サソリは那由多よりも蛇の方に興味を惹かれたのか、鬼鮫から刀を受け取るとまじまじとそれを見つめた。だがその蛇の見開かれた目は黒く、色素はある。はて、と首を傾げたところでペインがその刀をサソリの手から取った。
「恐らくこの蛇は尾獣と近いものだ」
「尾獣と近い?それは一体どういうことですか。尾獣は九体しかいないと思っていたのですが」
「尾獣と呼ばれるほど膨大なチャクラを持ち合わせた化け物は確かに九体しかいない。だが動物の中にはそこら中に溢れている自然エネルギーを吸収して、自らの体内に溜め込むような変異体もいる。通常動植物は精神エネルギーを持ち合わせていることはないが、こうして自然エネルギーを取り込み続けることでなんらかの変化が起きているのだろう。逆を考えればそうして生まれた中で自我を持つようにまでなったのが尾獣とも考えられる」
ペインは首元を貫かれた蛇から刀を抜いてそっと床に置いた。
「白蛇のことはわかりましたが、那由多があれだけ苦しんでいるということは毒があるんですか」
鬼鮫の問いに答えたのはペインではなく今度はサソリだった。
「毒であることは間違いないだろうが・・・随分奇妙だ。おれは長らく毒も薬も調合してきたがこれだけ複数の反応が出る毒を見たことがない」
「といいますと」
「これが尾獣に近いものだとするならば、おれらが利用するような毒ではなくチャクラそのものが毒のようにあれの体内に入ったのかもしれねェな」
どけ、と那由多の脇に座って彼の手を握っていた小南に場所を空けさせるとサソリは辛うじて意識を取り戻したらしい那由多の左手を掴んだ。かすかな痙攣、筋肉が何度も小さな収縮を繰り返しているようだ。那由多はすでに目がおかしいのが何かを探すように視界を動かしていた。だがその視線は定まらずふらりふらりと彷徨ってばかりいる。懐から取り出した注射針で採血すればどす黒い血が小さな傷口からあふれ出た。だがサソリはそれを止血することもなくそのまま那由多の血液を持って自室へ戻ってしまう。
「・・・・私も一端の忍ですから情が必要ないということぐらいはわかりますがね・・・」
「あそこまで人に興味を持てない、持たないというのもなかなかのものだ」
呆れか、それとも関心か、ため息をついてペインもまた那由多が横たわっている部屋を出て行く。
「小南さんはどうしますか」
「私はもう少しここにいる」
痛い、という小さな悲鳴が聞こえた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!!」
血を吐いて、胸をかきむしり、時に呼吸すらできなくなり、次の日からの那由多の容態はひどいものだった。毒に全身を蝕まれているのか激痛を必死で訴え、意識がある限り叫び続けている。
「いっそ死んだほうが楽かもしれませんね、あれは」
「サソリが決めることだ」
だが、その当の本人のサソリは那由多が苦しんでいることにすら興味がないのが、定期的に採血に来る以外は彼について何も言わなかった。じわり、じわりと量こそ少ないが左目の傷は治癒する気配がなく布団を血で塗らしていく。最早その場で落ち着いていることすらもできないのが、彼は見えない何かから顔を庇うように必死で腕を振り動かし、隣に居る小南にすら気付くことはない。
「那由多、落ち着きなさい」
小南は那由多の手を取るが感覚もないのか、床を手に叩きつけ皮膚が切れて血が染みる。痛みに耐えかねて気絶すればまるで事切れたように動かなくなり小南は時折ひやりとしたが、手首を取って脈を計ればどくどくどく、と常人では考えられないほどのスピードで脈打つ感覚が皮膚越しに伝わってきた。
四度目にサソリが那由多のところを訪れたのは、彼が白蛇にかまれてからちょうど三日目にかかろうとしたときのことだった。付きっ切りで那由多の傍にいる小南を避けて、サソリは再び那由多の腕を取って採血をしようとするが、痛みに耐えかねて落ち着いていることすらできない那由多はサソリの手を意図せずして払う。瞬間、空気が変わったのがわかった。サソリはもとより体術にあまり秀でていないことは小南もわかっていたが、それに反比例するように武器やチャクラのコントロールに異常に長けているのだ。仕込み武器は数知れず、そのときもサソリは暁の衣の下に仕込んだクナイを取り出すと暴れるせいで一時も落ち着いていられない那由多の左手めがけてそれを放つ。小南も止める間すらなかった。ずぶりと肉を貫く嫌な音と共に、一際高い那由多の悲鳴がアジトに木霊した。
「暴れるな」
無茶を、とも思うがサソリの表情は本気で、彼が決して戯れを言っているわけではないことがわかる。那由多が自分に逆らったことが気に食わないのか、小南は彼が本当に人の心を持たぬのではないかと一瞬思った。
サソリはそんな小南の視線を知ってか知らずか、手の甲をクナイで床に縫いとめられた彼の肩を片手で押さえて悠々と血を採って部屋を去った。クナイをそのままにしておくのはあまりに不憫で、そう得意ではないがせめてそこだけでも掌仙術で治してやろうとクナイを抜いてやるが、左手が自由になると那由多は再び苦しみ暴れだす。もう、彼の体力に限界が近いことは明らかだった。
小南がサソリの元を訪れたのは彼が再び意識を失ってすぐのことだった。湯をとりに台所へ来ていた彼の元へ行くと彼の胸倉を掴む。
「いつまで、那由多をあのままにしておくつもり」
「小南、やめろ」
黙りなさい、とペインの制止を留め小南は再びサソリに向き合う。
「なんのつもりだ」
「おやおや」
鬼鮫の言い方はあまりに場違いだった。殺気が部屋を満たし、小南とサソリはすでに臨戦態勢である。
「小南、仲間内で争うな」
「ふん、あんな餓鬼に情なんざ持ったところで・・・と言いたいがおれもあいにくあの餓鬼には興味が出てな。あのまま生き延びるなら殺すのはやめだ」
「だったらせめて解毒剤でも・・・!」
「話を聞け、あのまま生き延びるならと言っただろう」
サソリは小南の手を払って沸騰した湯をフラスコにうつす。
「那由多の血液から毒を検出したが、あいにくあれはおれでも解毒剤を作れない」
「ほうそれは珍しいですね」
あなたにも限界がありましたか、と茶化した鬼鮫をサソリはぎろりと睨んで「そういう問題じゃねェよ」と口にした。
「那由多の体内に入った毒は増殖スピードも桁違いだが、一度増殖するたびに遺伝子が次から次へと変わってやがる。しかもそれは体外の悪環境でも、だ。今までに四回那由多の血液を採取したがどいつもこいつもおれが毒の解析をし終える前に変異しちまってとても話にならん。通常の人間じゃ抗体の産生が間に合わないで十分足らずで死ぬ」
「とすると那由多は興味深いな」
「ああ、あの毒の増殖と突然変異のスピードに抗体産生が追いついているってことはかなり毒に対する耐性がある。あれは使えるな」
「・・・・しかしその変異はどういった理由だ?」
「おれに聞くんじゃねェよ、大方取り込んだ自然エネルギーの作用だろう。そういや白蛇を殺した刀はどこにある」
「はて・・・」
そういえばどこでしょう、と鬼鮫は那由多の部屋へと向かった。彼の記憶に間違いがなければペインが蛇から刀を抜いた後あのまま部屋から移動させてないはずだ。悲鳴の途切れない部屋の中をのぞくと、隅の方で刀が畳に突き刺さったまま残っていた。
「・・・これは、これは」
その刀を掴んでサソリの元へ持っていこうとして鬼鮫はぴたりと手を止める。異臭が、するのだ。刀が突き刺さった畳へと視線を下ろせばそこがぐじぐじと腐っていて、異臭の元はどうやらそこのようだった。直接手で触れるのはまずいと、長年培ってきた直感で感じ鬼鮫は鍔の装飾に手術用の針を引っ掛けて刀を引き抜いた。突き刺さった部分の畳が腐っていたせいで容易く抜けたそれに触れぬようにしてリビングへ戻れば、ペインが顔をしかめる。
「ひどいな」
「おやわかりますか」
「なんだそれは、呪術か」
「はて、私は便利な目をもっていないのでそこまではわかりませんが、突き刺さっていた畳のほうがぐずぐずに腐っていましてねェ・・・これを那由多に与えたときは普通の刀だと思ったのですが」
鬼鮫はその刀を机の上に置くと引っ掛けていた針を外す。その針の刀に触れていたところを見れば鉄でできたそれに錆が広がっている。
「無機物にもなんらかの影響を及ぼしているな」
「小南、触れるな。何かの術がかかっている」
ペインは翳した小南の手を止めてそっと刃に触れる。横に指をすべらせればぷつっと皮膚が切れて赤い血が流れ出した。切れ味はさほどよくないが、瞬間異様な痛みが手に走ってペインは即座に手を引いた。
「どうしましたか」
「いや・・・これはまずいな。刃に触れるなよ」
「毒か。体内に入ったな?死ぬぞ」
「いや・・・・これは本体ではないから問題ない・・・・が、この刀自体がまるで毒そのもののようになっている。・・・あの白蛇の牙のようだ」
ペインは手に持ったクナイで自分の血管を裂いた。この体自体は死体とはいえ、このまま全身に毒が回れば体そのものが機能しなくなる可能性があるからだ。
ペインを除いた三人は特殊な瞳術を持ち合わせているわけではなかったから何の変哲もない刀にしか見えなかったが、ペインには刀に纏わり付くチャクラが見えていた。禍々しいそれは尾獣のそれに通ずるものがあり、規則性をもって刀の周囲を流動しているところをみるとそれ一つで呪術として機能するようだった。触れる、もしくは切ることでその接触物に恐らくは那由多が喰らったものと同じ毒を混入させる。強いて言うならば白蛇の呪いと言ったところだろうか。
「おいリーダー、封印術は得意か」
「・・・・どういう意味だ」
「これは封印した方がいい。このままにしておくとそのうち空気も含めてそこら中のものに影響を及ぼす。鞘を用意してその中に閉じ込めろ」
「・・・そうだな。この刀の鞘はどこだ?」
「まだ裏庭よ」
「あまり遅くならない方がいい・・・」
「はっ、はっ、はっ・・・・」
那由多は暗い部屋の中で唐突に目を覚ました。最初はあまりに暗いものだから自分は死んだのだろうかと思うが、まだところどころ体中に痛みが残っていて自分は生きているのだとわかる。
彼が目を覚ましたのは毒を喰らってちょうど72時間たったときだった。
ゆっくりと体を起こし暗闇に目を慣らすとここがいつも寝ているサソリの部屋ではなく暁のアジトにある一つの空部屋だということに気付く。そっとドアを開けて廊下に出るとどうやらリビングの方で四人が集まってなにやら話をしているらしかった。彼らが那由多に聴かれて困る話をしていることは、彼がここへ来てから一度もなかったから、那由多は遠慮なくリビングへ通じるドアを開けて瞬間、全員の視線が那由多に集まって彼はドアの後ろへ隠れた。そのときかすかに触れた左手に激痛が走って、見れば手の甲に風穴が開いている。はて、自分は何をやったのだろうと何故かぼーっとする頭で那由多は考えた。
人が近づいてくる気配がして顔を上げればサソリだった。なんとなく隠した左手を無理矢理つかまれて手の甲を握られるとまだ治っていない傷口から血があふれ出て痛みが全身を駆け巡る。だがその痛みは徐々に和らいできつく閉じた目を恐る恐る開けるとサソリに握られた手からはほとんど痛みがなくなっていた。掌仙術である。
「那由多」
「うん」
「おれの修行について来れなければ殺す。おれの言葉には全て是と答えろ。わかったな」
「うん」
那由多は何故そんなことを今さら言われなければならないのかわからなかったが、少なくともどうやら自分はそういった形で暁に身を置くことになるのだ、ということを理解した。「はい」なんて言葉は出てこないから「うん」と首を縦に振ると、ぐにゃりと世界が歪んで、頷いた瞬間那由多のその場にぶっ倒れた。
「那由多!?」
慌てて駆け寄った小南にサソリは「貧血だ」と投げやりに答えた。
その後、直接白蛇の牙を喰らったせいで傷口が塞がらなくなった左目の下の傷を、サソリが作った特殊な糸で縫い合わせ、そしてあの呪術のかかった刀を那由多は今も持っている。あれに触れるのは同じ毒を喰らって生き延びた那由多だけだ。だが効果も大きいが彼自身の体に対する負担も大きいその刀を彼が抜くことはあまりない。
2011/01/25