「でなァ、そのときルフィの奴」
「サスケが五歳になったときの話をしてやろう」
「おい誰だあの馬鹿二人に酒飲ませた奴」
それは賑やかなとある宴の夜のことだった。
白ひげ海賊団において宴が始まるのはいつものことだった。きっかけなんて何でもいい。とりあえず酒を飲んで騒げればいいというのが海賊なのであって、その日も宴は中盤に差し掛かると一体何がはじまりだったのかなど誰もが忘れてしまっていた。
「おうおう那由多お前酒強いんだなー」
「そうかぁ?別に強いってわけじゃねーと思うけど」
「結構飲んでるくせに顔が赤くなんねー奴は強いってんだよ」
「いや単に毒と同じ扱いで分解されてるだけじゃねーの、うん」
サッチから差し出されたカップに入っていた酒を一気に飲み干したところで特に何もない。面白い味だなとは思うが、実際のところたったこれだけのもので一体何故あれだけ騒げるのか那由多にはさっぱりわからなかった。
「うげェェェェ」
「で、飛段の奴は下戸か」
「うっわきたね。おいお前海に落ちろよ」
顔を真っ青にして胃の中のモノをぶちまけた飛段を心配するでもなく、そのまま那由多は彼を海に蹴り落とした。ぎゃあああ、という飛段の悲鳴の少し後にドボンという水音が聞こえたが、デイダラも那由多も助けるつもりは欠片もないようだ。
「那由多お前そういうことはやるなって言っただろうが!!」
「へーへーすんまっせーん。先輩敬わないんでむしゃくしゃしてやった。反省して、ない」
長門の言葉に那由多は堂々と言い切るとつまみと用意された焼き魚をもさもさと口の中に押し込む。
「なんだお前、飛段の先輩なのかよい」
「年は飛段の方が上だけどな。暁にいるって意味じゃおれって結構古株だからさ」
「おいらなんて結構新入りなんだぜ、うん。順番的にはどうなんだ?おいらより前の奴についてはあんまり知らねェんだよな」
「あー・・・まずリーダーに小南だろ。で結成とほとんど同時に角都と旦那が入ったらしーぜ。でそれからすぐおれが旦那に拾われて、ゼッツンはいつごろだったっけなァ。でしばらくは出入りが激しくて結構すぐ死ぬ奴多かったけど鬼鮫が入ってイタチが来て、でしばらくしてデイダラな感じ。あ、おかまはイタチのすぐ後だぜ」
「角都と・・・鬼鮫とゼッツンってのはお前らの仲間なの?」
「ゼツってんだけどな。そ、残りのメンバー。親父んとこと違って少ねーだろ」
「確かになァ・・・えーっとお前入れて九人?よくそんなんでやってけたよな」
「実際のところ旦那の部下とかたくさんいたけどさ」
「ああお前もサソリの部下だっけか」
「んーまちょいと違うけどな。おれァ一応旦那の盾みたいな感じだし」
「・・・・そういう発言おれあんま好きじゃねぇって言っとく」
「別にサッチの好き嫌いの問題じゃねーってば。大体忍ってのはそういうもんなの」
ビシッと那由多は先ほど魚を食っていた箸でサッチを指す。
「サッチの言いたいこともわかんなくもねェが、ま那由多のほうが正しいだろうな、うん。忍ってのは基本道具だ。おいら達もどっかの里の所属の奴もそこのトップの奴が上手いこと動かす駒でしかねェからな」
「気に食わねェなそれ」
「仕方ねェよ、大体考えてもみろって。毎日毎日殺す殺されるの世界で、両親知らない奴の方が多くて一歩間違えりゃそのまま地獄。いつか知り合いを自分の手で殺す日だってあるし、その逆だってある。そんな中で自分は人間だ、あいつらと仲間なんだって思って生きていけると思うか?うん」
「忍に感情はいらねェ。あったら邪魔だしな。感情なんてもん持ち合わせてる奴はすぐ死ぬぜ。道具として正確に任務をこなせりゃそれで十分。おれは旦那の道具だしで、旦那はリーダーの道具ってとこだ。ま、リーダーは忍にしちゃ家族にこだわるし感情的だけどな」
「そりゃ随分矛盾するじゃねェかよい」
くるくると箸で円を描きながら目を瞑ったまま忍としての心得を暗誦する那由多にマルコは横から口を挟んだ。いつの間にか宴の中心は甲板の最奥に座る白ひげの前に移動していて、比較的端っこにいる那由多たちの周囲は大分静けさが広がっている。
「リーダーは例外的に強いからいいんだ、うん」
「あ、そういやサッチって能力者じゃねェの?」
「おれか?おれァ全然違うぜ」
「へェ・・・・なんかしっくりこねーよなー。能力者っての。術の威力も強いしでもチャクラが枯渇することもねーし、ずるい」
「まァ能力者ってのはお前ら以上に一芸に秀でてるような奴だからな」
那由多がじとっとマルコを見ればマルコは苦笑で返事をした。彼らの数十年にわたるような努力を一瞬でひっくり返してしまうような特殊なものがこの世界にはある。悪魔の実というものの存在すら知らない彼らにとってはやはり随分と理不尽な能力のように感じてしまうのだろうが、能力者は能力者でなかなか不便な弊害まで背負わなければならないのだ。
それすなわち海に嫌われること。海に生きる海賊達にとってこれ以上に苦しいことはないだろう。青い海の中の世界は一度見たらそうそう忘れられるものではなく、マルコももしまた願いが叶うのならもう一度あの青い世界を見たいと思うほどだ。
「この船じゃ悪魔の実は見つけたもん勝ちだからな、お前らもひょっとしたらチャンスあるかもしれねェぜ?」
「えー、やだ。ぜってー食う気ねェわ」
「なんでだよ、ずりーとか言ってたくせに」
「おれにだって一応自分の体術にプライドってもんがあんだぜ。純粋に全部おれだけの力って言い切るにはんなもん食うわけにはいかねーし」
「おいらも遠慮するな、うん。おいらの芸術を作り出せるのはこの身一つで十分だ。これ以上禁術じみたもん取り入れる気はねェ」
デイダラはひらひらと口のついた両手を振った。
「ま、確かにそっちの方がお前ららしいはな」
「塵に等しい」
「なんで?」
サッチが笑ったとき、突如その背中をド突いて現れたのは暁の紅一点の小南だった。ごぼっとむせたサッチはげほげほとむせこみながら「なんで?」と問うたが当然答えなど返ってくるはずなどなかった。
「あの馬鹿二人に酒を飲ませた馬鹿、出てきなさい」
「馬鹿二人?」
どうやら小南が用があったのは那由多にだったらしくがしっ、と彼の頭を引っつかんでぐるりとむりやり向きを変えると、すでに誰が犯人だか断定しているような口ぶりで言い切った。
デイダラもまた小南が指し示す方向に顔を向けて、マルコもサッチも同じように振り替える。
その視線の先にいたのは___
「そのときルフィの奴がワニに食われてなァ」
「サスケが初めてトマトを食べた日は忘れもしない、猛暑の続く__」
酒を飲んで盛大に酔っ払ったブラコン二人だった。
すでに顔が赤い二人がどれだけ酒を飲まされたのだか飲んだのだかはよくわからないが、呂律の回らない口で流暢に語りだした二人はうざいことこの上ない。いつもは冷静沈着で表情をほとんど変えないイタチすらも、なぜか常に手に持っているサスケの写真を近くに居たクルーをひっつかまえて顔に押し付け、これを迷惑以外の何だというのだろうか。しかも自ら"サスケメモリーズ"と名付けたネーミングセンスゼロの、要するにうちはサスケの思い出話を零歳から順を追って語り続けるのだ。一度暁内で酒を飲んだときイタチのあまりのうざさにもう二度とこいつには酒を飲ますまいと思っていたのだが、どうやら白ひげ海賊団のクルーの誰かが飲ませてしまったらしい。
「おれじゃねーよ姐御。おれあいつに酒飲ますなんて馬鹿しねーって」
「ならエースはどうなの」
「あー・・・エースには飲ませた・・・かも」
「なにィ!?おまっ・・・ばっかエースの奴酒飲むと一晩中弟について語り続けんだぞ!?頼むから勘弁しろよォ」
那由多の言葉にサッチが泣き言を吐いて、ああなるほど、どうやらこの二人は同じ属性らしいとデイダラとマルコはため息をついたのだった。
「どうするよあれ、うん」
「あー・・・エースがうっかり酒飲んだときは上手いこと他人を盾に逃げるのが得策だよい。一旦目ェつけられたら逃げようにも逃げられねェよい」
「イタチの場合は目を合わせねェのが一番だな、うん。万華鏡に掴まるとまじで洒落になんねェ」
「・・・万華鏡って・・・お前それイタチの必殺技じゃねェの」
「酔うとおかしくなんだよあいつ、うん。おいら酒飲んだイタチから逃げようとして死線を彷徨ったぜ」
デイダラはぶるりと身体を震わせた。恐らく当時のことを思い返しているのだろう。
「現実世界でも精神世界でも永遠あの馬鹿の弟の話を聞かされるなんて苦痛以外なんでもねーよ、うん」
「・・・一度エースに捕まったら、逃げたとき燃やされるからな。掴まるなよい」
「やべェな。一番めんどくせぇやつらが酒飲んじまったじゃねェか、うん」
「ということで巻き込まれる前にさっさと寝ようぜ。んじゃお休みー」
那由多は誰に何を言われるよりも早くざっと立ち上がると確実にイタチから目を逸らしてものすごい勢いで船室に逃げていってしまった。そのスピードは何かに追われているようで、マルコとサッチが首を傾げると「那由多の奴はイタチと相性が悪いからな」と補足する。
「相性?」
「那由多は体術が得意だが幻術がまじでクソだからな!忍になりたての餓鬼でも使えるような幻術も使えねーし破れもしねーからな。対してイタチは幻術がすっげー得意だから、なんでもありで勝負するとイタチの圧勝なんだぜ、うん。おいらはイタチの幻術破れるけどな」
「へー・・・やっぱ相性とかあるんだな」
「あるある。チャクラにも性質変化ってのかあって・・・ま、それはそのうちな。とりあえずイタチと那由多は戦わせると相性が悪い。組ませても・・・接近戦派同士だからな、うん。おいらや旦那とは相性いいぜ」
「お前ら二人は遠距離戦か」
「体術もできるっちゃできるがやっぱり遠距離の方が得意だ、うん」
デイダラは袋から芸術作品、と称す一体の粘土を取り出して高く投げる。
喝、という掛け声と共にモビーディックの真上で爆発したそれは鮮やかな色を夜空に残して消えていった。
「あの起爆粘土はおいらのチャクラで自由に動かせるからな。視界も共有すればおいらは何キロでも遠くから操れる」
「便利な術だよなァ」
「おいら、マルコの不死鳥の方が便利だと思うけどな、じゃおいらも戻るぜ。うちは一族の話おいら好きじゃねェんだ」
徐々に立ち上がっていなくなっていく甲板は明らかにエースとイタチの周囲が浮いている。上手く逃げ出したものは別の処で再び酒を飲んでいるが、うっかり捕まったものは涙を流しながら二人の弟の話を延々聞かされているところだった。
「・・・あいつら明日潰れるな」
「イタチとエースの方か?それとも、あっちで話聞かされてる方か?」
「話聞かされてる方に決まってんだろーよ。ま、おれもあれに捕まるのは勘弁だからな、じゃーなマルコおれも先に戻るぜ」
「ああ、わかったよい」
静かに夜は更けていき、甲板の上は静かになる一方だったが、二人の弟語りは留まることを知らないようだった。
空も白み始めた明け方。いつもの習慣で目が覚めた那由多はいつも朝の遅いサソリをまたいで暗い部屋の中から廊下へと出た。ちょうど誰もが一番うとうととしている時間帯なのだろうか、どうやらこの広い船内にも動き回っている者は少ないらしく、那由多はほとんど誰にも出会うことなく甲板へとたどり着く。
甲板を越えて海を越えて遠くを見ればうっすらと赤く色づいた水平線から少しずつ少しずつ太陽が昇ってくるのをみることができる。忍として生きていたときにはこんなものを眺め感動する余裕すらなかったが、立場が変わるとあの鮮やかな赤がなんと美しいことだろうか。かつては血の色にしか見えなかったそれも夜の終わりと昼の始まりを告げる境界線としてはっきりと那由多の目に浮かび上がる。
「相変わらず朝が早ェじゃねェか那由多」
「親父・・・って何してんのそれ」
「あァ、昨日散々飲んで疲れたんだろうよ」
グララララ、と盛大に空気を震わせて笑った白ひげ。膝の上には昨晩酒を飲んだせいで暴走したイタチとエースがやけに穏やかな寝顔で爆睡している最中だった。いやイタチのほうは穏やかとは言いがたいかもしれない。
「・・・・イタチの奴は弟がいるのか」
「んー?」
がーっという豪快なエースの寝息を除けば相変わらず静かな甲板で、那由多は特にすることもなくいつもの場所でいつものように機械的に体を動かす。白ひげはそんな那由多を見たり見なかったりしながら唐突に話しかけた。
那由多はその程度で動きを止めることはなかった。「いるぜ」と逆立ちしながら軽く答える。
「サスケってんだけどな。まー・・・色々あんだよイタチにも」
「そうか・・・こいつァ弟以外の家族の話をしなかったな」
「親父ほんっと鋭いな。ま、暁ってのは結構親兄弟知らないやつも多いけどイタチは例外的に親も居て兄弟も居たんだって」
「過去形か」
「ま、詳しいことはイタチから聞いてくれよ。おれがほいほい言っていいもんじゃねェから」
「言いたくねェならそれで構わねェさ。イタチが何を抱えてようとおれの息子であることに変わりはねェ」
「っひゃー親父惚れる」
カン、と三節棍がかすかに触れ合って小さな音を立てた。繋がった鎖は那由多が振り回すたびにジャラジャラと大きな音を立てていたが、それらが絡まることはなく確実に収まるところに収まるその一連の動きは美しい。
「見事なもんだ。サソリか」
「ああこれ?うんおれの体術と暗器の基礎は旦那かな。旦那は操る側だから人がどう動くのかってのにすんげー詳しいの。超無駄がねェよ」
「お前の動きを見てればわかる。相当苦労しただろうなァ」
「ま、それ以外やることなかったしなーできなきゃ死ぬだけだから苦労したって感覚もねェけど。しっかしまァここは自由でいいや。おれらなんて忍になれなきゃ死ぬだけだったし」
彼の言葉に悲観的なものは含まれていない。そこにあるのはただそういうもの、という現実だけできっと那由多は今こうしてグランドラインにいることもそんな現実の一つとしてしか受け止めていないのだろう。
「・・・・あー・・・もういい加減にすっか。親父その二人どうする?なんだったら連れてくけど」
「いい。寝かせとけ」
「りょーかい」
さて、そんなわけで爆睡していたエースとイタチは昼過ぎになってようやく起き出してきたのだった。酒に強いのか昨日散々飲んだことなど当の昔に忘れたようにすっきりとした表情のエースに対し、イタチはかなり不機嫌である。甲板の日陰で背を壁に預けたままじっと目を瞑っている。
「そりゃ」
ばしゃっと頭から冷たい何かが降ってきたがイタチの反応はごくごく薄かった。
「何の用だ」
「なーんも。ただ二日酔いにはやっぱ水だろうと思ってさ」
「だったら飲ませろ」
「おおっとやっべ間違えちった」
那由多のふざけた反応にも頭から水をかけられらことにも反応するのすらめんどくさいのだろう。イタチはふん、と一度鼻で笑うと再び下を向いて目を瞑ってしまう。
「つっまんねーな。エースの奴あんなに元気なのに」
「エースと一緒にするな。おれはそんなに酒を飲まん」
うるさいからどっかへ行けとばかりにイタチは片手で那由多を向こうへ押しやる。張り合いのないイタチの反応にさすがの那由多も面白さを感じなかったのか彼はそう長らく抵抗することなくふらりとどこかへ行ってしまった。
はてそれから一体どれくらい時間がたったかははっきりとしていない。夕方近くになってなぜか急に発生した霧はモビーディック号をあっという間に包み込み本当に寸分先も見えないような状況を作り出してしまった。それこそ鮮やかな夕日すら届かず昼か夜かもわからない濃霧の中。新世界と言えばこの程度の気候変化よくあることなのだが、これほどまでに濃い霧というのもなかなかお目にかかれない。
「うへェびっしょびしょじゃん」
「・・・こりゃめんどくせェな」
「何が?」
「こん中で敵船にあったらってこった。おれらはこんな霧の中じゃ先が見えないからどうしようもねェけど魚人なんかの中には水の振動でどこに何が来てるのかわかるようなやつもいる。そんな奴らにとっちゃ海上の視界なんて関係ねェんだ」
「へー」
伊達に船長をやっていたというわけではないのだろう。エースの一通りの説明を那由多は適当に聞き流すと本当に何も見えない霧の中で目を瞑るとじっと耳を澄ます。
「ってことはあれか。この音はそういう奴らの船の音ってことか」
「は?」
エースが怪訝な顔をしてすぐ傍にいた那由多の方を振り返ったのと、ちょうどイタチが蹲っていたところに砲弾が直撃したのはほぼ同時だった。突如として騒がしくなる甲板。だがこの霧の中どちらに何があるのかもわからずに白ひげ海賊団のクルーは右往左往するだけだ。
「デイダラァ!!!」
「無理だ!この霧とんでもねェ範囲で発生してる!うん!!」
エースは本日の見張りの一人であるデイダラを呼ぶが、彼の声は遥か上空から聞こえてきた。恐らくすでに鳥型の起爆粘土に乗って空高くにいるのだろう。
「まずいな、おい那由多お前こういうときってどうすんだよ」
「え?暗殺とか?おれ無音殺人術できっけど」
「サ・・?いやこの霧自体をどうにかできっかってことだっつーの」
「いや無理だから」
チャクラの使えない那由多は本当にこういうとき役に立たないのだ。彼個人であればこの程度の霧どうにかなるのだが、いざ集団戦となると視界が奪われた状況では那由多以外の者が足を引っ張りかねない。那由多は次の音を聞きつけてすぐ背後を走りかかったクルーの背をどん、と突き飛ばす。その瞬間ちょうどそのクルーの頭があったところをかするように飛んできた砲弾が再び甲板に大穴を開けた。
「デイダラの爆弾で吹き飛ばすことはできねェか!?」
「無理だな。一部ならともかくどでかく吹き飛ばすとモビーもおじゃん。あ、わかったリーダー呼ぼう」
「長門?」
「つーことでリーダー来てんだろー」
「・・・・イタチに任せればいいだろう」
彼もまた無音殺人術の心得があるのか、ふとエースの背後に現れてエースは真面目に心臓が止まるかと思った。
「イタチは二日酔い」
「・・・全く」
暁の中で風の性質変化を持つのはイタチと長門の二人だけである。といっても暁ほどの熟練者となれば別に風の性質変化がなくとも風遁は使えるがやはり性質変化のあるなしでその術の威力は大きく変わってくるのだ。サソリや角都が他人の経絡系を多少の苦労も厭わずに自らのものにするのはそのあたりの理由も絡んでくる。
「どうすんだ?」
「風遁を使えばこの程度の霧一時的であれ吹き飛ばせる」
「攻撃してきてんのは恐らく一隻。晴れた瞬間片付ければなんとかなっだろ」
長門はエースと那由多の前から離れてモビーディックの船首に立つ。
そして次の瞬間何が起こったのかわかったものは誰もいなかっただろう。突如として吹き荒れた大風に甲板では誰もが立っていることもままならず思わずその場にしゃがみこんだ。ゴォォッと激しい空気のうねりはあっという間にモビーディックを中心とした半径数キロの海域の霧を全て吹き飛ばし、エースと那由多が次に顔を上げると鮮やかな夕日がモビーディックと海を赤く照らしていた。
「三時の方角!!」
だが夕日の美しさに感動している場合ではない。
デイダラの怒鳴り声に二人ははっとして進行方向から右へ九十度ずれた方向を見ればそこには大型の帆船が悠々と佇んでいる。そのサイズはモビーディック号と同じが少し小さい程度だろう。彼らが本当にエースの言う通り魚人なのか、それとも何か特殊な装置で持ってこちらの位置を割り出すことができたのかははっきりとしないが次から次へと砲弾を撃ち込んでくるところを見ると完全にこちらと戦う気のようだった。
「怪我人と海に落ちた奴がいないか確認しろォ!!」
「砲撃準備ッ!!」
怒号と号令が飛び交う中で、戦闘の当番から外れているエースはモビーと敵船との距離を測り顔をしかめた。
「まずいな。この距離じゃモビーの砲弾届かねェぞ」
「うっそ。だって向こう届いてんぜ?」
「ありゃ多分ワノクニの奴だ。ワノクニの一部地域でつくられてる火器は一般に流通している奴とは威力も砲弾の飛距離も全然違う」
「へー・・・じゃエースの火拳は?」
「無理。潮風に押されて途中で消えるな」
「能力者も大変だよなァ」
那由多が片手で放った風魔手裏剣は三つの砲弾をまとめて空中で霧散させた。あいにく手裏剣の方もその爆発全てに耐え切れず三つ目であえなく散ったがマストに直撃しかねないルートだった一発は幸いにしてなくなったのでよしとしよう。
「エース」
そのとき背後からとてつもない殺気を感じて那由多とエースは思わずびくりと体を震わせた。チャクラでの特殊な術が使えない分それらすべてを他の五感で補っている那由多は人の気配に敏感である。無音殺人術はもちろんのこと、目を潰されたところでそれは彼にとってなんの意味も成さず、耳が聞こえなくなろうと彼の体術が鈍ることはない。だから那由多に気付かれないほど自らが纏う全てを消して近づける者など暁内ですらかなり限られ、そのうちの一人がイタチだった。
イタチはその目で睨んだだけで殺してしまいそうなほどピリピリとしながら髪の毛に絡まった木屑を手で乱暴に払う。
「よーうイタチィ・・・ご機嫌斜めだな」
「当然だ。ふざけた連中・・・・まとめて海に叩き落してやる」
「そりゃいいがどうやって?お前の術もそう遠くまで届かないだろ」
「那由多、なるべく度数の強い酒と貴様の扇を貸せ」
「嫌だ・・・って言えねェよこの雰囲気」
ギロリと剣呑な目つきでイタチは那由多を睨む。那由多はいつものようにふざけようとしたが彼の目が写輪眼へと変わっているのを見て内心冷や汗を垂らしながら即座に船室へと駆け込んだ。純粋な体術だけであれば那由多はイタチにも勝るが、あいにく写輪眼があってはひとたまりもない。
食堂へ駆け込んだ那由多は戦闘準備に入っていたサッチを見つけると大急ぎで酒をよこせと怒鳴ったのだった。
「はァ?酒って・・・お前何するつもりだ?」
「いーからよこせって。でないとおれ幻術世界で殺される気がする」
「・・・イタチの奴か・・・・でこんなのどうすんだ?」
サッチが那由多の剣幕に押されて仕方なく食堂に掛け合ったのは随分と古いアルコール度数が90を越えるとんでもない代物だ。那由多はそれをばっと受け取ると即座に甲板へと引き返す。サッチもまた置いてかれまいと彼の後を追った。
「そらよッ」
那由多は甲板に飛び出るや否や騒々しいクルーの頭の上を軽い跳躍で跳び越すとイタチのすぐ横に着地して酒の入ったビンを手渡す。
「霞扇?」
霞扇の術とは扇子の中に粉末状の薬や毒を仕込んでおきそれを風と共に相手に送るというものである。那由多はこのための毒を仕込んだ扇をいくつか持っているが何せ粉末状の毒を仕込んであるため扱いが非常に難しい。下手をして毒がもれたりすればとんでもない大惨事を引き起こしかねないため、こうして団体戦の多い海賊船で彼が霞扇の術を使うことはあまりなかった。
「風向きは・・・こりゃ危ねェぞ」
「普通の扇で構わん」
「あそう」
イタチの言葉に懐から取り出した扇をポンと手渡してやる。彼が常に携帯している鉄扇であるが、これはどちらかといえば女物。那由多が女装して情報収集に当たる際の護身用のものと言える。
イタチは一度その扇を広げて大きさを確認した様子だった。それからもう片手に持っていた酒をエースに突きつける。
「飲め」
「は?」
「いいから口に含めと言っている」
那由多は一度酒を見て、そして次にエースを見てイタチが何をしようとしているのか理解した。
数歩下がればサッチをぶつかって彼もまたイタチとエースのやり取りを興味深そうに見ている。
「なァあいつら何してんの?」
「んー・・・ちょっと危ないこと。おいデイダラァ!!!そこにいると巻きこまれっぞ!!」
那由多の声を聞いたデイダラは全てを理解したわけではなかったがその言葉の切羽詰ったような響きにすぐに高度を下ろしてサッチの隣に降り立った。
「どうしたんだ、うん」
「なァサッチ、チャクラの性質変化の話って言ったっけ?」
「ああ、五つある奴だろ」
「うんそう。でさ風って火に弱いんだけど裏を返せば風遁って火遁を煽れんだよな」
「あー・・・なるほどな、うん」
「お兄さんまだわかんねェんだけど」
最前線では今だイタチとエースが揉めており、ついに痺れを切らしたイタチがエースの口に酒を押し込んだところだった。
那由多はサッチの肩を掴んで自分の方へ引き寄せる。
「いいか。エースはありゃまるまる火だろ。言い換えりゃいつでも火遁の術使い放題だ」
「んでもってイタチは風の性質変化を使える。風遁使うととんでもねェ威力だ、うん」
デイダラも那由多と同じよう理解したのだろう。那由多の言葉を引き継いで説明を続ける。
「で、あの酒、エースがあれに火つけたらどうなると思う?・・・うん」
「あー・・・ああああああ!!!そりゃまずいだろォ!!」
「ということで・・全員ッ伏せろォォ!!!!!」
吹き荒れる熱風に那由多が叫ぶまでもなく甲板にいた全員がなぎ倒されただろう。
エースはイタチに言われるがままに口に含んだ酒を吐き出すと同時に豪快に火をつける。彼自身が火のようなものだから火傷する心配などなく、なるほどこれだけでもとてつもない火力を生むがそれでも敵船には遠く及ばない。それと同時にイタチは那由多の扇を一度口に銜えるとほんの数秒で印を結び、ばっと流れるような動作で広げてそして豪快に風を切るように仰いだのだった。
風遁・鎌鼬の術
チャクラで形作られた真空の刃は暴風で持って全てを切り裂く。砂のテマリが使ったことで有名だがこの術は風遁の中でも比較的容易な部類に入り、その分チャクラのコントロールが巧みが者が使えばその威力が大きく増減するのだ。そしてイタチのチャクラコントロールは傀儡師であるサソリが認めるほど見事である。
火を煽る風。
アルコールと混じったそれだけでも半端ないエースの炎。
そしてイタチの最早自然災害並の暴風。
これらが組み合わさるとどうなるかは、そう難しく考えずとも答えが出てくるだろう。
真空の刃を含んだ熱風は猛烈な勢いでモビーディックの周囲数キロをまとめて火の海にした。海水と業火がぶつかると猛烈な水蒸気が上がり、しかし本来火の性質を持つイタチのチャクラが混ざった風遁に煽られた炎は消えることなく夕焼け空をさらに赤く染め上げる。
それらはモビーディック号に及ばぬようイタチによってコントロールされているが、それでもこの猛烈な熱ばかりは防ぐことも出来ず那由多はぐっと息を詰めてそれらが全て消え去るのをただひたすらに待っていた。
そして、一体どれほどの時間がたっただろうか。ゆっくりと那由多、デイダラ、サッチが頭を上げれば海はいつものように静けさを取り戻していた。敵船はすでに影も形もなく、ところどころ上がる薄い煙が先ほどのエースとイタチのとてつもない術の残骸だ。
「・・・・すげェなお前」
エース自身も炎帝を使わない限りここまでの炎を海の上で広げることはできないため純粋に火を煽るイタチの術に感動する。
だが、その本人は・・・
「イタチ?」
彼は突然力を失ったかのようにバランスを崩しそして海へと落ちた。
上がる水しぶきエースが慌てて助けに行こうとするが馬鹿なことをするなとサッチに慌てて止められる。
「なんだァ!?」
「チャクラ切れだあの馬鹿!!!」
那由多はイタチを追って海に飛び込んだ。
2010/12/12
2010/12/25 加筆修正