げェェェ、ととんでもない声が聞こえてきてエースがそちらに向かうと那由多が船から身体半分乗り出しものの見事に胃の中のモノを吐き出している最中だった。
「・・・・・なにやってんのお前・・・」
「ぐ・・・え、エースか・・・ちょっちょっと待てよ、あとちょっとげぼっ・・・ッあー!!!クソッたれもう吐き出すもんねェよ胃液逆流したじゃねェか!!!」
げほげほとむせこむ那由多が手を差し出すものだからぎゅっと握手でもするように握り返すと「ちげェよ水!!」と怒鳴られる。若干理不尽のようなその怒りにエースは仕方なくバケツいっぱい海水を汲んで木箱を背に甲板に座り込んでいた那由多に頭からぶっかけた。
「お前馬鹿なの?馬鹿なのお前」
「はァ?馬鹿じゃねェよ。お前が水っつったんだろ」
「まじふざけんなッ!普通手ェだしたらコップ一杯だろ!!なんでバケツ一杯、しかも頭からぶっかけんだよ!!」
「そうか悪かったなァ」
「あー!!お前わかっててやったなボケナス!!」
にやにやと笑うエースに那由多はしばし怒鳴り散らしたが、やがてそれも疲れたのだろう、濡れたまま甲板に転がって大の字になるとじっと目を瞑った。
「エース、かわか・・・さなくていいやっぱ」
「なんだいいのか?折角だから火達磨にしてやろうかと思ったんだけどよ」
「やめろ。夏だからいいよこのまんまで」
カラカラと笑うエースも勿論本気ではないだろう。彼は改めて水を持ってきてやると那由多の額の上にコップを置いて自分も那由多の隣に座り込んで夜空を見上げた。
いつもと違いしんと静まり返ったモビーディック号はどこか寂しげだ。つい先日白ひげ海賊団は島に着いたばかりで、その大半が陸に上がってしまったために今船に残っているのは当番に当たった二番隊の隊長含む半分のメンバーだけなのだ。その他何人か、上陸する気のない連中(例えばサソリとか)は船に残っているのだが彼らはそもそも部屋から出てこようとすらしないため実質船にいるのは二番隊の一部と那由多だけといっても過言ではないだろう。
「でお前なにやってたのまじで」
「吐いてた」
「そういうんじゃねェよ」
「旦那に毒食わされた」
「もう恒例行事だな」
まだひりひりと焼け付くように痛む喉に那由多は一気に水を流し込んでぶへェと息を吐き出す。エースの問いに適当に答えれば再びエースは笑った。
「にしてもお前ホント毎回毎回よく耐えてるよなァ。そこだけは感心するってマルコも言ってたぜ」
「そこだけはって・・・・他の部分はどうしたんだよそれ」
「他?ああ後は単なる馬鹿だと」
「あのクソパイナップルめ・・・・字ィ下手でわるかったな!」
「おれもそんなにきれいじゃねェからいいじゃねェか」
「なんか嬉しくねー」
「お前むかつくなァ!」
ぐいーっと那由多のほっぺたを引っ張れば「いひゃいいひゃい」と那由多はエースの手をびしびしと叩く。と言っても彼はチャクラ(覇気)をそう上手く練りこめないために叩いたところでエースの腕は火になって霧散するだけだ。
「毎回毒喰らって、実験台にされて、よくサソリのとこから逃げださねェなァ。おれだったら当の昔にさっさとどっかいっちまうぜ」
「ああ・・・・そうすごいことでもねーと思うけど」
「食事のたびに血ィ吐いてんじゃねェか」
「まそうだな」
「サソリとはなんかあんのか?」
「あー・・・・」
那由多は一瞬言いよどんで空を見上げて黙り込んだ。だがすぐに「面白い話じゃねェよ」と言葉を続ける。エースは言いたくないなら言わなくてもいい、と言うつもりだったのだが那由多の声は思いのほかすっきりしていて、サソリとの間にある何かを誰かに知られることを苦痛にしているようではなかったから今度はエースが黙った。
「ホント、大した話じゃねェよ。つまんねェ昔話って奴。おれさ戦争孤児だって話したっけ?」
「・・・忘れたな。言ったかもしんねェし言わなかったかもしんねェ」
「そ、じゃいいや。おれ戦争孤児って奴よ。おれらの世界でも戦争なんてしょっちゅうあったから、おれは物心ついたときには両親なんてもんはいなくてどっかのちっせェ廃墟に住んでた。両親が俺が生まれてすぐ死んだのかもそれとも近くであった戦争で死んだのかも、それこそ一般人だったのかも忍だったのかもわかんねェ。わかってんのはおれがつい最近戦争があったばっかの里に居たってことだけだ。周り皆死体だらけ。今から考えると不謹慎だろうけどそのときは臭い、気持ち悪いしか感じなかったな」
「・・・・いくつの時なんだ?」
「さァ?旦那曰くおれが今二十歳前後。十九とか二十とかおれたまに言ってるけど、実際のとこなんて知らねーんだな。逆算すると・・・・五とか四とかそんぐらいだろ。でさおれ別に死にたいわけじゃなかったから必死で生きたよ。腹減るから食いもん探して、殺されるから人から逃げて、眠くなったら寝る。戦争のど真ん中だったのかもしれねーなあそこ、周りに全然家も人もなかったから時々通る忍とかそういう連中以外あんまり気にしなくてよかった。冬が近づいてくると食いもんに困ったけど、あー・・・・死体あさりゃなんか予備の食糧とかもあったしなんとかなるっちゃなった」
那由多は身体を半分起こしてすぐ傍にあった木箱に寄りかかる。昔のことを思い出すようにじっと目を瞑って、そして言葉を続けて言った。
「食いもん、寝るとこ、着るもんはそんなに困らなかったかもしんねェ。死体は多かったけどそこにいたのおれだけだったから取り合いになることはなかったし。でもホントよく人肉食おうなんて思わなかったと思うぜ。それだけは昔の自分を褒めてェ。カラスとか野犬とか食い荒らしてんのみて、あれはやりたくねェって思ったわ」
「・・・・そうか。随分、苦労してんな」
それは実のところ苦労なんて言葉で言い表せるほどのものではないだろう。転がる死体は明日は我が身かもしれないのだ。たった一人ぼっちの餓鬼がいざ何かあったときどうなるか、そんなこと火を見るよりも明らかだ。
「そうだなー苦労したっちゃ苦労したけど忍なんてのは本来そんな生活でもおかしくねェからさ。昔に戻りたいとは思わねェけど思い出す分にはそんな辛くもねェんだ。・・・・ただおれァ忍の方が怖かったぜ」
「忍って・・・・」
「あの時は全部同じに見えた。額当てってのが・・・あるかな。これだ」
那由多は懐から彼が額当てと呼ぶものを取り出した。
「これな。おれは出身里不明だからただのプレートに一本横棒だけだけど、普通どこかの里なら里特有のマークってのがあるんだ」
「この一本棒は?」
「抜け忍。里に媚びへつらうのやめたぞってこと」
「おれらみたいなもんか」
「そうだなー。でさその忍たちって皆こういう額当てつけてんだけどおれは昔は何処の里っていうのもわからなかったから、とにかくこれつけてる奴はいい奴じゃないって認識ぐらいだった。長期任務でストレスが溜まってたんだか知らねーけど、見つかったら殴られたりしたし、おれの集めたもん全部取られたからな」
「それじゃどっちが犯罪者かわかんねェじゃねェか」
「ホントだよなーおれは暁の方がなんぼかましだと思うぜ。いくらきれいごと言ったところで木の葉だろうと砂だろうと人殺してんだ。どっちが正義なんてあるわけもねェよ、死んだ人間はそこまでだ。犯罪者?そんなの里が気に食わなかった人間のこと指してんだよ。ホント五歳・・かもよくわかんねーけどそんな餓鬼にスることシて何が楽しいんだか。ショタコンにもほどがあるぜあいつら死んだかな。つか死ねばいいのに。しばらくはそれでいなくなるかと思ったけどどうも溜まり場になったらしくて、あんときゃまじで死ぬかと思ったわ。捕まりゃ運がよければヤられるだけ、下手すりゃさんざん殴られて殺される。旦那と初めて会った日は一番やばかった。もう血が出すぎて目が霞んでたし、相手もそうとうキテたらしくてさクナイ持ってて、あ、やばいって思ってでも死んだのはそいつだった」
「サソリが助けたのか」
「本人あんまその気ねェみたいだけどな。どっちかっていうと通り道で邪魔だったらしい。でもなんか知らんけどそのまま旦那に襟首引っつかまれて暁のアジト連れてかれて、次目ェ覚ましたらいきなり風呂桶ん中突っ込まれてビビッたぜ。なんせ風呂入ったの初めてだったからな!」
「ひでェなそりゃ」
「旦那は洗ってくれてるらしかったんだけど、息止めるとかも知らないわけじゃん?溺れかけて少し騒いで、でもそれ以上気力なかったからそのまま、後はあんま記憶ねーなー。気付いたら暁にいることになってて、なんか旦那に育ててもらった感じ?あ、おれの名前の由来って知ってる?おれが旦那に助けられた日に旦那が殺した相手の名前だぜ、もう笑える」
「いやそこ笑うとこか?」
「笑うとこだろ。まその辺はどっちでもいいや。後で鬼鮫・・・あ、暁の残りのメンバーな、その鬼鮫に旦那がなんでおれのこと拾ったのかって聞いたらどうもおれの骨格が気にいって育てて人傀儡にしようと思ったらしい。途中から近接戦闘の時の盾にでも使えないかって迷ってたみたいだけど、ホント、だから旦那は助けるっつーよりなんか便利な駒がある程度の感覚だったんだろうな」
「おれますますお前がサソリに着いていく理由がわかんなくなってきた」
「旦那は優しくないよ。基本おれのこと無視だったし、でも少なくとも名前はくれたしその名前で呼んでくれた。おれの存在自体は無視しなかった。おれァそのときはそれで十分だった」
「・・・・・」
思い当たることがあるのかエースは顔を伏せた。那由多もそれに気付いてはいたが特にそのことについて言及することなく言葉を続ける。
「そのうち本当に盾に使う気になったのか忍術とか色々教えてくれて、でも全然だめで、最終的に体術に落ち着いたんだ。ちょうどその頃おれ、結構毒に対する耐性があるってことに気付いてさ。ま大方餓鬼のころとんでもねェもん食ってたせいだろうけど、それで毒の実験台にされるようになったってわけよ。でもそれがなけりゃおれだって死んでたんだ。何せおれ、イタチみたいにチャクラ練るのも上手くないし、チャクラ感知もできないから毒盛られても全然わかんねーだろ?だから最初から耐性つけとくのが一番なんだよ。実際任務の時何度か毒盛られたこともあるしな。イタチのように全部毒を避けられるならそれでよし、避けられないなら耐性つけるのが一番だ。旦那は全部コントロールしてるから死ぬこともねェし。あ、昔は殺す気で毒盛ったこともあるみてーだけど、幸いおれの身体の方が強くってさ、んで今に至る。言うなれば旦那は命の恩人って奴だろ」
「そうか・・・・」
「なんだよ、思い当たることでもあったか」
「・・・・・ああ。かもな。・・・・那由多、お前は死にたいとか思ったことねェの?」
エースは顔を上げずに那由多に問う。
「あ?なんだよエース、お前あんの?そりゃ相当苦しかったんだなァ!おれァねェぜ!!死にかけたことなんざ山ほどあるが、自分で死にたいとは思わなかった。なんせずっと一人だったからな。人間なんて所詮一人きりの生き物だ。だけどそれでも一人で死ぬのは悲しいだろ?よく死んでも誰かが覚えてくれればその人はずっと生きてられるとか言うけど、そういうのよりも何よりも、おれはおれという存在を誰か一人でいいから知って欲しかった。いつ生まれたのかも知らずにいつ死んだのかも知らずにこの世にぽっとでてぽっと消えてくなんて、それだけは嫌だった」
「それで、か」
「ああ。おれはもういつでも死んでもいいな。あ、いや今はあんま死にたくねェな。結構楽しいし、でも旦那の盾にされるならそれはそれでいいよ。実験台になって死んでも毒で死んでも多分旦那はおれのこと見ててくれるからそれならそれでいいよ」
「・・・・ハハッ、お前は幸せだな」
「そーだろ。幸せだぜ。あんま不幸せなことは考えねーんだおれ」
空を見上げて自嘲気味に笑うと、那由多もけらけらと笑って言い切った。
「・・・・おれにはなんも聞かねーんだな」
「何を・・・ってエースのこと?ま色々あんだよ、別に聞いても聞かなくてもな。誰かのことをよく知ってても知らなくても仲良くすることぐらいできるさ。自分からはあんま聞かねーよなー。でも聞いて欲しいってんなら拒否もしねェ。なんだ?聞いて欲しいか?」
「・・・いや、今は・・・まだ話せる気がしねェんだ」
「何、お前だけの秘密?」
「・・・・親父にも、まだ話せない」
「そうかー・・・んーいいんじゃねェの。親父は気にしないだろうし、おれも気にしないし。エースはエースだしな。でもおれの方が字きれいじゃね?」
「それはねェよ。お前の字もう読めるレベルじゃねェだろ!」
「そりゃひでェな!!読めるし!!よしじゃ今度なっげー文章書いてマルコに読ませんぞ!!読めた方が勝ちだ!!」
「は、随分勝機のねェ勝負挑むもんだな!!いいぜ乗ってやらァ!何賭ける?」
「おれが負けたら・・・そうだな丸一日女装して船の中歩き回ってやるよ。エース負けたらそのログポース欲しい」
「いいぜ。じゃ早速勝負と行くか!!」
さて、この後マルコが散々な苦労を強いられることになったのは言うまでもないだろう。那由多もエースもクソ汚い文字を羅列した紙をマルコに突き出して読め!と言うものだからマルコは本気でいやそうな顔をしていた。ちなみに、結果としてはエースの方が数行多く読むことができたので、那由多の負けだった。だから彼は女装して船中を歩き回って見せたのだが、エース曰く「似合いすぎてつまらない」そうだ。
2010/12/10