恐怖の鬼ごっこ-ブラッディ・バレンタインデー/ろ、-

ザザザザザ・・・・・
漆黒の闇に包まれた背景は那由多が一歩踏み出すごとに後ろへと消えていった。街の明りは遠ざかり月だけが時折木々の隙間から地面を照らしていた。
とてつもない巨木が鬱蒼と生い茂るまさにジャングル。それはかつて木ノ葉で行われた中忍試験の会場「死の森」と酷似した雰囲気を放っていた。人を寄せ付けぬ、陸地にありながら隔絶された場所。忍の訓練をするにはうってつけの場所と言えるだろう。とはいえこういったサバイバル初心者にとっては少々荷が重過ぎる気もしないでもなかったが、昨日八時、この島にモビーディック号が到着した時点でサソリと小南が偵察を行っていることを那由多は知っていた。罠を仕掛けるという意味もあったのかもしれないが、それ以上にこのジャングルに生息する多種多様な生物、特にその中でも猛獣に対する牽制の意味もあったのだろう。人は恐ろしいものだと、二人に出会った獣は皆一様に感じたに違いない。那由多にとってそこらの虎やらなんやらがじゃれついてきたところで、猫となんら変わらないのだが白ひげ海賊団は末端から上部まで実力には差が大きかった。勿論それ全てをひっくるめなければ白ひげ海賊団とはいえないのだが、こういった訓練を行うに当たってはある程度の保険が必要にはなるだろう。それが先の牽制であり、そして先に渡された緊急用の花火だ。暁内だけで行う地獄の鬼ごっこではそんなもの使うわけもなく、実際那由多がまだ碌に忍としての訓練も受けていない頃だってありえなかった。死ぬなら死ね、というのがサソリの優しさであったのだろうけど、今回の鬼ごっこは多少楽だろうと検討をつけて那由多は地面に降りる。


「エースー・・・」


そっと那由多は呟いた。すでに時刻は零時を回りついに鬼ごっこは開始された。残念ながら那由多はモビーディック号にいる全ての船員の部屋を回ることはできなかったから、この時点で毒を食わされたものも多いだろう。南無三、那由多は心の中で呟いて森の中に集中する。


那由多ーおれァこっちだー」


すぐに聞こえてきたエースの声は奇妙なことに斜め上からだった。はて、と首をかしげて草木をかきわけ声のした方へ行ってみれば、そこでエースがものの見事に罠に引っかかっていた。


「ヘルプミー」

「それくらい燃やせるだろ」

「海楼石入りで力が入んねーんだよ。頭に血が上りすぎておかしくなりそう」

「だーかーらーお前サイン見逃すなって言ったじゃねーか!」


このやけに几帳面な罠は恐らくイタチのものだろう。モビーディック号から持ち出したロープなのか、エースの足にひっ絡まっているそれは海楼石をところどころに織り込んだもので能力者には致命的だ。
ひゅん、と那由多は縄をつけたクナイを振った。ソレと同時にぷちりと軽い音がしてどさりとエースが落ちる。


「あー!!!!!なんかすんげーひっさびさに頭上げた気がするぜ!」

「そりゃご愁傷様。行こうぜ、ちょいと騒ぎすぎだ、ここに留まると狙われる」

「おう。・・・にしてもサバイバルなんて久しぶりだな」

「やったことあんの?」

「昔な、弟とこんなジャングルとごみ山に住んでだから毎日がサバイバルだった。つっても相手は動物だったけどよ」


エースは落ちたテンガロンハットを拾って軽くごみを払うと那由多について歩き始める。
昔サバイバルをやっていた、と言うだけあって森の中を歩くエースの足取りに迷いはないしそれに音もない。どうすれば獣に見つからないのかよく心得ているのだろう、この分なら上手くいくな、と那由多が思ったときだった。月明かりだけの夜空に上がった花火。黄色い光は一瞬森を照らしそしてすぐに消えた。


「お、もうリタイアだなー。ま、そんなもんだろ」

「うっわサソリに見つかったのか?」

「いんや多分ナースの誰かじゃね?旦那と小南の狙いはおれらと隊長格だけだ・・・・多分」

「嬉しくねーな」













「奇遇だな、うん」

「よぉデイダラ」


エースと那由多一行より五百メートルほど南に向かった地点では、偶然にもイゾウとビスタが罠を仕掛けているデイダラを遭遇した。
罠、といっても大したものではない。比較的歩きやすくなっている獣道にごくごく普通の落とし穴。デイダラだってこれでサソリや小南がひっかかるとは思ってもいないのだろう。あくまでその二人以外に追ってくるナースたちのためのものだった。一度はまるとなかなか抜け出せないようになっているが、落ちて怪我をするものではない。


「器用なもんじゃねェか、手伝うか?」

「いや、もう終わりだからな。大丈夫だ。うん。いつもならここに爆弾仕掛けて幻術引っ掛けて回りにもっと殺人的な罠作ってここに追い込むんだが、相手がナースだからな。やめとく」

「はっはっはそりゃ恐ろしいな!」


デイダラの言葉に豪快に笑ったビスタ。イゾウは珍しくいつも手に持っている煙管を持たず日本刀を腰にぶら下げている。彼もまたサバイバルの技術を持っているのか、気配の消し方は獣のそれと酷似していた。


「さて・・・零時も当の昔に回ったわけだが・・・もう何人リタイアした?」

「五人か・・・いや今六人だ、うん。白ひげんとこのナースは優秀だな、さっき見かけたがありゃ軍事訓練でも受けてんのか?うん?」

「ああ、大概そんな奴らさ。中には医療技術特化型の奴もいるがうちのナースは化け物みてェに強いぜ。どっかの国軍の成り下がりもいて、そいつらはゲリラ戦が異常に得意だからなァ」

「ああ、元海軍もいるだろう。遠距離射撃に気をつけろよ、今回は何でもありなんだろう?」

「死なないならな!うん!おれらだけでやるなら死ぬのもありなんだけどリーダーも随分親父に毒されたぜ、うん!」


それを言うならお前もだろう、とビスタは思ったが口には出さなかった。ビスタもイゾウも彼らの何を知っているわけではなかったが、少なくとも彼らの生き方はあまりに自らを犠牲にしすぎていて、そして幸せと言うものに掛けていることだけははっきりしていた。生きることは戦うことと同義で、死ぬことは大した意味を持たない。同じ犯罪者でありながら、死に対する価値観と言うものが大きく違う気がした。彼らにとって敵の死も仲間の死も大きく違わないのだ。
イゾウはぐしゃぐしゃと年下の弟の頭を撫でると、デイダラは歳に似合った、どこかプライドが傷つけられたような表情をする。


「やめろよ、うん」

「ははっ、なんだデイダラ照れてんのか?よーしおいビスタァ!お前もやったれ!!」

「おい馬鹿!!ふざけんじゃねー!!おいらの芸術的な髪型いじんじゃねーよ!うん!!」

「いいじゃねェかどうせすぐ戻るだろう」


夜はゆっくりと更けていった。





















朝日が水平線の向こうからゆっくりと顔を出す。平穏な日常の始まりだ。長門は今まで見た中で最も美しいそれをマストの上でじっと見つめていた。
平和、平和、平和。きっとこの世界にも死と絶望と嘆きは満ち溢れているかもしれないが、しかしそれでも今長門が立つこの場所はあまりに平和で幸せに満ち溢れていた。五体満足で、仲間がいて、家族がいて、背後に迫る死におびえることもなく、明日を心配することもない。


「長門!!お前、そんなところに居ていいのかよい!!」


下から声が聞こえて長門は小さく笑うとその赤い髪を翻して何もない空中に一歩を踏み出す。とん、と次の瞬間には長門は甲板に居て、相変わらず手品のような忍の術にマルコは感心した。


「お前リーダーのくせにこんなところに居ていいのかい、場所はジャングルだとサソリに聞いていたが」

「何、忍は裏の裏を読めと言うからな。サソリの奴は町は立ち入り禁止だとは言ったが別に船に居てはいけないとはいわなかった」

「ずるいな、長門」

「忍だからな」


長門はにやっと笑って、甲板にいる親父の椅子の背に座った。


「グラララララ、随分と面白いことをやるもんだな、長門」

「ああ鬼ごっこか。何、あれを最初に提案したのはサソリだ」

「ヘェ、童心にでも返りたかったのかよい」

「いや、毒の実験台が欲しいと言われてな。一応暁内の仲間内の殺し合いは禁止していたからなら訓練も兼ねてということで鬼ごっこの形式になった」


長門はぽつぽつと煙の上がるジャングルを見ながら卒なく答える。長門の言葉に「そりゃサソリらしいよい」とマルコはげんなりとして返事をし、同じく白ひげの隣に腰を下ろした。


「残念だったなァマルコ。お前サソリから参加不可にされたようじゃねェか」

「ああ、毒もなんも効かねェからな。大体サソリの奴おれに向かってなんていったと思う?『お前は毒が効かなくて面白くねェ』だよい!!信じられるか!」

「グラララララ!」


白ひげは酒を片手に笑った。明け方近くまでぞくぞくと運び込まれてきた船員達の数は徐々に減り、太陽が昇り始めた今ではほぼ零だ。つまりここからが鬼ごっこ本番。ジャングルに残された連中はそれなりにサバイバルとゲリラ戦に対する実力を持っているといえる。当然、運び込まれた連中の中に暁のメンバーは含まれて居ない。


「さすがに暁連中はなれてるよい。うちの奴らはどこの隊も平均的に運ばれて来てんのに強いな」

「当然だ。忍は名もなく音もなく、闇に生きて闇に消える生き物だからな。まだまだ本番はこれからだ」

「にしても何で鬼ごっこなんだよい。サソリの毒の実験台は・・・まァいいとして、別に罰ゲームとかなんでもあるんじゃねェかい」

「気になるか?」

「ああ、わざわざ丸一日使うなんざめんどくせェと思うが」

「これはおれらの訓練と息抜きを兼ねている。おれらの__暁の初期活動は主に情報収集、あいつらくらいの実力者ならまず戦闘になることはないし、なったとしても対して動く必要もない。身体がなまるからまず第一に全力で身体を動かせる何かが必要だ」

「そりゃわかるな」

「もう一つは忍としての訓練、勘を磨くこと。危機的な状況に追い込まれてなおどれだけ冷静に動けるかと言うのは忍にとって重要なことだ。そしてそれは本当に命の危機にさらされた状況で最もよく培われる。サソリの毒を食わせられるというのは実戦としては悪くないだろう?」

「嫌な罰ゲームだよい」

「いかに効率よく罠を仕掛け、しかしそれを仲間に知らせなければならない。目の前に現れたのは仲間か敵か、見分け、さらに逃げるタイミング、敵情視察、隠遁術、索敵、いざとなれば接近戦から遠距離戦まで、この地獄の鬼ごっこの中にはありとあらゆるものが含まれている。一度にそれらが学べて便利だろう。繰り返せば生き残る確立は確実に高くなるぞ」

「なるほど、そりゃますます参加できなくて残念だよい」


喜んでいるのか悲しんでいるのか、よくわからない表情でマルコは言うと笑った。


「どっちも本気ってわけだな」

「ああ、サソリは実験台が欲しい。小南は単に追いかけるのを楽しんでいる。そして逃げる連中はサソリの毒だけは喰らいたくないってところか。まァしかしいい感じで残ったんじゃないか?隊長連中は上手く逃げ回っているみたいじゃないか」

「ああそうだな。そのうちちょいと覗いてくるとするよい」

「ああ、おれの予感ではエースの奴がもう五回は罠に引っかかってるとみた」

「賭けるか?おれァ七回にしとくぜ」

「悪くないな__おっと誰か来るな。おれもそろそろ行く」

「なんだァよくわかるじゃねェか」


白ひげがそう言うと長門は少しだけ笑った。


「何、島の周りに小雨を降らせた。おれの術だ、そこを誰か通れば必ずわかる。今のは小南の紙分身だな」

「見つけたわ」


どこからともなく響く声と同時に空を切って何かが飛んでくる。それは紙のはずなのに圧倒的殺傷力を持って甲板に突き刺さった。


「塵に等しい」


ひゅ、っと空気を切る音がして小南が甲板に現れる。すでに手に持った数枚の紙は、自ら形を変え手裏剣となると再び長門を狙った。


「だがおれも分身だ」


ぽん、と軽い音と共に長門は煙となって消えた。


「ちっ、」

「残念だったな小南」

「いいわ、このまま島を包囲するように探し出す」


印を結ぶと同時に小南の身体はあっという間に崩れ去り、残った紙が今度は蝶の形へと姿を変えていく。
パタパタ・・・・
なんとも不思議な光景だった。恐ろしいほどに真っ白な蝶が甲板を飛んでいる。マルコがそのうちの一匹をつかむと「触らないで」という小南の声が何処からともなく響いてきた。


「綺麗なもんじゃねェか」

「ありがとう」


デイダラや那由多と違って小南は素直だ。白ひげの言葉に律儀にお礼を言うと、全ての蝶が島へと向かう。


「あれが全部小南の分身かよい。こりゃァイゾウやビスタも危ねェんじゃねェかい」


マルコと白ひげだけが残された甲板で、二人は朝日を見ながら笑っていた。







2010/11/06