「野郎どもォォォォ!!!近からんものは音にも聞けェ遠からんものは目にもの見よ!!」
「いや逆だろ、うん」
賑やかな朝の食堂で突然怒鳴りだしたその男に、デイダラは冷静に突っ込んだ。
「あ?うるせーなー細かいこと気にしてると大きくなれねーぞ」
「はァ!?ふっざけんな那由多てめェ!!大体那由多もおいらと数センチしか身長かわらねェだろ!?うん!!」
「何言ってんだ器の話だう・つ・わ」
「黙れ狭量」
「うるせェ爆弾魔」
「でどうしたんだ那由多、何を皆に言うつもりなんだ?」
机に片足を乗り上げてばちばちと火花を散らせ始めた二人をビスタは上手く宥めて話の矛先を那由多の最初のそれに向けた。おう、そうだったぜ、と言って咳払いをする那由多に食堂にいたコックも含め全員の視線が集まる。暁が来てこの方、騒動しか起こさないものだから長い航海中はどうしても暇になる白ひげ海賊団の船員は次に那由多が何をしてくれるのかと楽しみにしながらこちらを見ている。
「おっとそうだった。よしよく聞けよ!!今から話すことは全員の命がかかった大切な事項だッ!」
その言葉を一体ここにいる何人が信じただろうか。とはいえ那由多だって今の一言だけで全員が信じきったなどと思ってもいないのだろう、とりあえず視線がしっかりこちらに集まったのを確認して、今度はきっちり机の上に立ち上がると一段高いところから大声で怒鳴る。
「明日はバレンタインデーだ!!バレンタインデーを知らない奴、挙手!!」
特に誰も手を上げない。那由多たちのいた世界でも近年比較的広まっていたバレンタインデーという風習は、多少形は違えどもこのグランドラインにも存在していた。国によって男性が女性に贈り物をしたり、女性が男性に贈り物をしたり、子供が家族に、やチョコレートを贈るなどなど多少の差はあれど、内容を大雑把にまとめればお世話になった大切な人に何か贈り物をするといったところだろう。今日は2月13日。そう、明日はそのバレンタインデーだったのだ。
「んがっ」
パチンと鼻提灯が割れて机に突っ伏して爆睡していたエースはようやく目を覚ました。
「おれは暁の・・・いや白ひげ海賊団の一員としてまず全員に覚悟をしてもらいたい。いいか耳の穴よぉくかっぽじって聞けよ!今年よりバレンタインデーとは地獄へと変化したッ!!!全員死を覚悟して明日へ望めェェ!!」
恐らく食堂にいた全員が同時に噴出したと思う。それもそのはず、那由多の言葉はあまりに突拍子がなかったのだから。贈る側にせよ贈られる側にせよ、バレンタインデーとは命のやり取りが行われる殺伐とした日では断じてない。むしろどこか心が温まる日といえよう。那由多は全員が笑い出したことに対してむっとしたのか、しばらく口を紡ぐがすぐに次の言葉を続けた。
「暁では__毎年バレンタインデーにある行事が開かれる」
「・・・?」
再び、今度は幾分落としたトーンで話しだした那由多に、笑いの収まった連中は顔を上げた。彼はいたって真面目。むしろそれが笑えるのだが、ふと那由多のすぐ傍でテーブルに座っているデイダラとイタチを見ると二人とも笑うどころか真剣を通り越して若干顔が青ざめている。二人の今の心境がいかほどのものか、遠くに座ってちらりと見ただけではわからないが、近くに寄れば主にデイダラがぶつぶつと呟いているのが聞こえるだろう。
「やっべー忘れてたぜうん。すぐ起爆粘土の準備しねーと、いやそれより・・・今回は船の中か?うんうんうん___」
「リーダーは忍の勘を磨くためなんて言っちゃいるが、結局のところ旦那の毒の実験台だ。いいか、明日丸一日、サソリから渡されるものに絶対手ェつけるんじゃねェぞ!」
「おい那由多」
那由多がびしりと指を立てて言い切ったときだった。タイミングよく食堂の扉が開かれそこからそのサソリが悠々と入ってくる。那由多の言葉は聞こえていただろう、だがサソリはまるで聞こえていない振りをして手に持っていた小さな何かを那由多に投げ渡した。
「やるよ」
「お、サンキュー。どれ」
彼は何の迷いもなくそれを口に放り込む。小さな包み紙から出したときぷんと香ってきたのは甘い香り。恐らくはチョコレートか何かだろうと那由多の近くに座っていた者は思った。ちなみにこのときデイダラの顔面は青を通り越して真っ白になったところである。
そして那由多は口に放り込み咀嚼し飲み込んだ直後、何の迷いもなく血を吐いてぶっ倒れたのだ。
「ぐぼォッ!!」
机に頭をぶつけた痛みが、それとも食ったものが彼に何かしたのか。そこのところは定かではないがとにかく突然の出来事に食堂はあっという間に静まり返った。そんな中、サソリは何の戸惑いもなく那由多の死体(※まだ死んではいない)を机から蹴り落とすと、先ほどまで那由多が立って演説していたところを占領する。
「今のを見たな」
サソリの声は那由多のように張り上げたものではなかったけれども、それこそ息さえ忘れてしまったかのように静まり返った食堂だ。声など張り上げなくとも広いこの部屋の隅々にまで声は通った。
「もう親父からは許可を取った。今晩モビーディック号はある島に着く。そこで、だ。戦闘員としての勘を磨くために暁流・地獄のバレンタインデーを実行する」
誰も何も言わなかった。今になって那由多の言葉はひどく真実味を帯び、サソリがそれを口にした時点で笑えるはずもない。
「ルールは簡単だ。制限時間は今晩深夜零時から丸々二十四時間、鬼ごっこを行う。場所は今晩着く島のジャングルだ。街は一切立ち入り禁止。武器の使用、能力の使用、罠、誰かと協力するなんでもありのサバイバル鬼ごっこ。鬼はおれと小南にナース全員。明日丸一日逃げ回って、鬼に捕まるごとに小さな箱を渡す。その中にはチョコレートが一粒入っているから、それを食え。食ったら再び鬼ごっこに参加しろ」
食堂にいた男達の表情が目に見えて柔らかくなった。突如那由多がぶっ倒れ、さァ明日は一体何が待っているのだと思えばなんと単なる鬼ごっこ。どうも全員参加らしいが、彼らとて海の男だ。体力には自信がある。それに罰ゲームか何かあるのかと思えばどうやらそんな大したことも無いらしくほっと胸をなでおろしたのだ。
「そのチョコレートの中身は先に告げておくが毒だ。勿論致死性のものではないが全身に激痛が走る。食いたくなきゃ死ぬ気で逃げろ。ちなみに暁連中に渡すもんは致死性だから本気で逃げろ」
デイダラが悲鳴を上げた。
「据え膳食わねば男の恥だ!!毒が入っているとわかっていようが渡されたもんは必ず食え!!以上、なお毒で完全に動けなくなった者は戦線離脱を認める。今から花火を一発ずつ渡すからいざとなったらそれを打ち上げろ。じゃんけんに負けた留守番役のナースが迎えに行く。ちなみにそのとき元気だったら毒入りのチョコレートを無理矢理口に押し込むからな。船の留守当番は毒を食わせても面白くね・・・おっと毒を食わせても効かないマルコだ。野郎共、精々逃げ回れ」
サソリはにやりと笑うと沈黙に支配された食堂からあっという間にいなくなった。
抗議するものなどいない。サソリの言葉にはそれこそ有無を言わせないものがあったし、親父が許可をした以上何もないのに不参加でいいはずがないのだ。冗談か本気か、何人かがぐるりと周囲を見回す。だが誰も笑い出しもせず、そして怒り出しもしない。
「・・・・・なァビスタ、これどうなってんだよ」
そんな中エースだけが緊張感に欠ける声でビスタに問いかけた。
その日の晩、エースは頭を引っ叩かれて目を覚ました。時刻は夜の十時を少し過ぎた頃。寝ぼけた目で自分を起こした人物をまじまじと見れば、最初は暗闇でよくわからないものの那由多だった。
「おい何やってんだよ。さっさと起きろって」
那由多はコソコソと小声でエースに耳打ちする。
船は予定通り夜の八時ごろ島についた。航海士曰く滞在期間はやく十日。この島は人が住んでいる区域は北の海岸部のごく一部で、残りは全て太古の昔から残る巨木が鬱蒼と茂るジャングルだった。今朝方、サソリが言っていた地獄の鬼ごっこをやるとしたらそこでやるらしいのだが、エースにはいまいち実感がわかなかったのだ。
「まだ時間あるじゃねェか那由多。もう少し寝かせろよー・・・」
「馬ッ鹿!んなこと言ってたら零時になったとたん毒食わされて終わりだぜ!?今のうちにさっさと森ん中入って隠れるに決まってるだろ!!デイダラもイタチも飛段ももうとっくに出発したぜ!?」
「まじで?そりゃ随分早すぎねェか?」
「罠仕掛けるに決まってるだろうが」
那由多は真っ暗な部屋の中で明りもつけずに壁にかかっていたテンガロンハットをエースに投げた。ピリピリと気を尖らせている那由多に刺激されて、エースもようやく目が覚めたのか二三度伸びをしてから机においてあるナイフを手に取る。
「いいかエース、もう森の中は競合地域だ。サインを絶対見逃すなよ」
「キョウゴウチイキ?」
「敵も味方も通る地域のことだって。ありとあらゆるところに罠を仕掛けて鬼を足止めするんだ。勿論今回は鬼がサソリと小南だけじゃねーから罠はそんな殺人的じゃねーけど、一度はまったらなかなか抜け出せない。罠には必ずおれらにわかるようサインがあるから絶対避けろよ」
「あ、ああ・・・」
あまりに必死な那由多に押されてエースは思わず一歩引いた。いつもはへらへら笑っているくせに今回は那由多の表情が一切崩れないのだ。エースの頬が引き攣るのも当然だろう。
「随分と必死じゃねェか。そんなにやばいのか?」
「よーし教えてやろうエース。地獄のバレンタインデーはな、下手すると死ぬぞ。ちなみにおれは前回のこれで三日間意識不明だった。おれァあのとき・・・もう数十回目になる三途の川を危うく渡るところだった」
冗談なのか本気なのか全くわからない。エースはそ、そうかと言うので精一杯で、思い切り近づいてきた那由多をぐいと後ろに押した。那由多はエースが多少真面目になったのに満足したのか、一枚の地図を渡す。そこにはどうやら今停泊している島の地形図が書かれているらしいのだが、それが何を指しているのかエースにはいまいちわからなかった。
「さっき一度森に入っていくつか安全そうな場所を探してきた。こういうときはぐるぐる逃げ回るのは得策じゃねェ。何人かと組んで一所に隠れて相手の出方を見るのがいい。丸一日だ、絶食も可能だがやはり確実に生き延びるためには食糧と水は絶対必要だな。あ、戦闘もあるからな」
「お、おう・・・ってどんだけ本気のサバイバルだよ!」
「あったり前だろーこりゃおれたちの修行の一環だぜ。それよりここだ。エース、お前はまず船を降りたら島のここへ向かえ」
那由多は地図の一地点を指差した。エースはすぐにその場所に丸をつけようとするが那由多に止められる。
「地図には何も後を残すなよ。汚れや指紋も、だ。万が一その地図を落としたときに敵に場所がばれるとまずい。折り目も絶対だめだぞ。折るときはあくまで普通に折りたたむんだ」
「・・・・やけに頭が回るな」
「まーな、それがおれらの生き方だしな。それよりエースほら急げよ。おれァまだ眠ってる暢気な奴をたたき起こしに行く。でないとここで半分がリタイアすることになるからな。ここ出たらすぐおれとデイダラの部屋に行け」
「?なんでだよ」
「デイダラの部屋の奥にどんでん返しがある。そこから隣の飛段の部屋に入って小窓から外に出る。そうすりゃすぐに島に飛び移れる距離になってるからそっから島に入れ」
「いや普通に甲板からでりゃいいんじゃねェの?」
「ナースの一人でも多くをここに足止めするために決まってるだろうが!多分お前は部屋でまだ寝てると踏んだナースが絶対ここへ来る!そこに人形置いて誤魔化せればほんの少しでも時間が稼げるだろ!だからお前がここから抜け出したことはばれちゃいけねーの!あ、移動途中絶対火は使うなよ!!」
「おう」
ぐわしっと肩をつかまれてものすごい形相で那由多が言うものだからエースは必死で頷いて、そっと部屋を出た。那由多はそれを確認すると丸まって寝ているように見せかけた布団の塊をベッドの掛け布団の中に押し込む。そして予備のエースのブーツと、深夜の暗闇の中では見間違う程度の帽子を壁に掛け、窓から音も立てずに抜け出した。さてまず向かうべきは他の隊長たちの部屋だろう。先ほどちらりとのぞくとイゾウとビスタは勘がよくさっさと船を抜け出したようだ。まずは__那由多はしばし黙考し壁を伝ってハルタの部屋へと向かった。
2010/11/04