予感、というものがある。むしろ直感と言ったほうがいいかもしれないそれは、決まって悪いことばかり匂わせるものだ。その時のサソリもそうであって、なんとなく近いうちに自分は死ぬだろうと思ってそれきりだった。
永遠と言うものに固着しつつも彼は自分が成り損ないであることは重々承知だった。核というものを持ち、自分の中にぶら下がった宙ぶらりんの感情を消すことも出来ない中途半端なお人形。那由多を傀儡にすることができなかったのは残念だったが、それもまたいいかもしれないというどこか矛盾するような思いを抱きながら、サソリはデイダラと一尾捕獲に向かうとき初めてではない自分との別の任務を那由多に言い渡したのだった。今回はデイダラがメインに動くとはいえサソリの接近戦と言う弱点をカバーするために存在する那由多がサソリと別々の任務に就くとは珍しい、と不思議そうな顔をしたのは那由多よりもむしろリーダーの方だった。昨今よく必要とされる自分から何かをする、という積極性に欠ける那由多は「珍しいな」と呟いただけで何も言わずサソリが出発する前夜に忍らしくひっそりと出発した。
そして来るべき当日、イタチからの報告でチヨバアの存在を知り彼は予感が現実のものとなる瞬間を知る。むざむざと負けてやるつもりは毛頭なかったがそれでもきっと勝てないだろうと思いながらも、彼は何も言わずにリーダーの命令を聞いたのだった。35という年齢は一般人からすればまだ年若く、一方で忍からすればかなりの高齢である。勿論角都や火影といった例外的な存在もあるが通常二十代半ばに様々な理由で殉職していく忍たちから比べれば、サソリやリーダーは長生きだとも十分に言えるだろう。
そして彼は自身の人形劇を完結させることなく、その人生に幕を下ろした___はずだった・・・というのはまた後のお話としよう。
その悪い予感というか虫の知らせというか。表現はともかくとしてサソリの死というものはなんとなく那由多にも伝わったのだった。ようやくその任務を終わらせ、さて帰るか、という段階で彼は急がなければという焦燥感に襲われる。何故、と自らに問いかけたとき出て来た答えは「サソリが死んだから」というもので、那由多は根拠も何もあったものではないそれに首をかしげた。
そして彼が死んだ場所にようやくたどり着いて、動かなくなった人形を見下ろしながら那由多は果て、どうしたものかと思った。
「遅かったっすね、那由多センパイ」
「おう」
「あれそれだけっすか?なんだァ、もっと取り乱すかと思ったのに」
「んなことしてどうすんだよ」
「あはは、センパイってまさに忍の鏡っすね」
ぐるぐると渦を巻いたような仮面の下でトビが一体何を考えているのかはよくわからなかったが、声だけはひどく楽しそうに笑っていたのだった。那由多もトビも付き合いは飛段以上に短かったためお互いのことはよくわからない。上っ面だけでお互いを知っている中途半端な関係で、普通ならばトビの言葉はひどく癪に障るものだろうが那由多は何の興味も示さない。
「あ、センパイ、これサソリさんの指輪。センパイもこれでようやく部下から本メンバーに格上げっすね」
「あっそ」
パシッと投げられた指輪を器用にキャッチした那由多は一瞥しただけでそれをゼツに投げ返した。
「どうしたの那由多」「ズット欲シガッテタジャナイカ」
「・・・・おれこれからどうすりゃいいんだろ」
「あれぇ、センパイ暁の正式メンバーになるんじゃないんすか?」
「もうサソリもいないんだから好きにすればいいんじゃないの」「ソウダ、オ前ノ実力ナラナントデモナルダロウ」
「旦那がいなけりゃどうしようもねーじゃん」
那由多はゼツとトビの言葉を一蹴してしばし無地の額宛を眺めていたがそれもまた足元に放り捨てた。
「リーダーに伝えといて。おれ暁止める」
「抜ケ忍ノ末路ハ那由多モ知ッテルダロ?」
少しだけ驚いたようなゼツの言葉に那由多はにやりと笑って親指を立てるとそれをそのまま自分の首に当てて横へ滑らした。
「それはいいけどお前らじゃおれに今ここで勝てないだろ?」
えーそんなのやってみないとわからないっすよ、とおちゃらけて言うトビに対し那由多は半ば本気で殺気をぶつけて「やってみるか?」と小さくすごんでみせた。手を滑らせて懐に触れればゼツは小さく身じろぎしいつでも逃げられる態勢に入っている。トビはと言えばさすがに那由多の本気を感じ取ったのかようやくからかうような声をやめて「ちょっ、じ、冗談じゃないっすか!」と焦ったように顔の前で手を振った。
だが那由多とて本気で仲間打ちをする予定などさらさらない。まぁクナイの一本や二本で急所を狙ってやろうと思ったのは確かなのだが、それぐらいは咎められることではない・・・・と那由多本人は思っている。(彼らを常識で計ってはいけない。彼らの場合急所を正面から狙う=避けられて当然避けられないなら居ない方がまし、である)
「じゃ、そういうことで」
「何処行くの?」
「もう関係ねーじゃん」
那由多は初めからいなかったのが当然であるかのように何の痕跡も残さずに消えた。そこにあるのは無地の額当てだけで、ゼツはしばし何も言わずにそれを見つめていたがやがてふいと顔を背ける。
「あはは那由多センパイ、何処に行くんでしょーね?行く場所なんてないくせに」
「トビは馬鹿だね」「那由多ガ居ル場所ハイツダッテサソリノ隣ダ」
「ひどいなぁそれ死ねって言ってるのと同じですよ」
トビは相変わらず笑っていて誰もそれを止めることはしない。一応リーダーにどうしたらいいか聞いたほうがいいんじゃないですかァ?というどこか間伸びた声にそうだね、と一方のゼツが同意した。
「でも何て言うの?」
「那由多センパイが自爆しましたでいいでしょ」
「と、いうことらしいぜ木の葉の皆々様。おおうサクラとナルトは中忍試験以来だな、ひっさしぶりーつか全員おれの顔知ってる感じ?」
「那由多・・・・・・・?あんた、なんで・・!!」
一瞬の沈黙ののち笑顔で話しかけたのは那由多のほうだった。以前、情報収集を兼ねて中忍試験に潜り込んだ際素顔でナルトとサクラに会っている那由多はあの時のようにひどく人当たりがいい・・・・言い換えると何を考えているのかよくわからない笑みを浮かべて手を振っている。だが纏うものは黒地に赤の雲模様。彼は味方ではなかった。
「いっやーなんていうの?これ運命?ん?おれ語彙ねーからそういうのは見逃して欲しいんだけどさ、まっさかサクラに旦那が殺されることになるとはねーすっげーめぐり合わせだよな」
「那由多、なんで」
「なんで・・・って何が?なんでも何も最初からそうだっただけだろ」
サクラが聞きたいのは果たして「何故自分達を裏切ったのか」ということなのかそれとも「何故暁に入ったのか」なのかは前後の文脈からは判然としなかったが、那由多にとってはそれがどちらの問いであっても大した問題ではなかった。最初からそうであってそれ以上もそれ以下もなく、決して裏切ったわけではない。何故なら那由多は元から敵なのだから。
一歩を踏み出そうとしたサクラを手で制したのはカカシだった。先生、とどこか咎めるような悲鳴のような声が聞こえたがカカシは無視して覗く片目で那由多を睨みつける。
「・・・・久しぶりってところかな・・・那由多って言ったっけ雨隠れの下忍さん」
「あ、おれそういう設定だっけ。いっけね」
もう一度演じてやろうか?と笑った那由多の顔はひどく嘘臭かった。あえてそうしているのではない、そんな笑顔しかできない。
懐から取り出した額宛をひっくり返せばそこには確かに雨隠れの文様が刻まれている。
「サクラ、ナルト、それにガイ班!こいつは拘束し木の葉へ連れ帰る。サクラとナルトは俺の援護ね」
カカシの言葉に二人は一瞬迷ったようだった。それも当然だろう、今目の前にいる那由多は木の葉の敵でありなんとしても倒さねばならぬ相手だ。だが同時に中忍試験で出会った那由多という存在が忘れられずそれが二人の行動を阻んでいる。どちらが確かなものでどちらが不確かなものかと言う議論は一切意味をなさないのだが、二人はどうしても今の那由多が何らかの理由で嘘をついているのだと思いたいようだった。
「あー・・・勝手に話を進めてもらってるところ悪いんだけどな。おれわざわざあんたらに掴まってやるほど弱くはないぜ。・・・なぁ?」
ふっと耳元で風を切る音が聞こえてカカシが振り向いたときには那由多の持った刀がすでに首筋に宛がわれた後だった。少しでも動けばこの男は必ず胴と頭を切り離してくれる。何故これほどの男が手配書にすら載っていないのかが不思議なほどだった。
「・・・・貴様、どこの里出身だ」
ガイが呻くように呟けば那由多は「里なんてもん価値ねーよ」と笑いながら答えた。
「おれはどこの里なんてくだらないもんに縛られてるわけじゃねーんでね、あいにくと。ま、強いて言えば暁で生まれたってところかなー」
「戦争孤児か!ならば何故暁などに・・・!」
「・・・・お前らさぁ・・・自分がどうして木の葉にいるか考えたことあんのかよ。そこで生まれたからだろ?だったらそれ以上理由なんていらなくね?」
正確に言えば那由多は暁で生まれたわけではない。だが彼の今の人格が出来たのはやはり暁に居たためで、それを考えると那由多と言う一個体を作り上げたのは暁と言っても大した違いはないのだろう。笑えるほどにあっけない理由だが、やはり生まれた場所と言うのはその人間に随分と大きな影響を及ぼすものだ。木の葉に生まれたからその里を守りたいと思う、砂に生まれたから砂のために命を尽くしたいと思う、ならば暁に生まれた那由多が暁のために死んでいくのもまた自然なことではないだろうか。全てがこのことに当てはまるとは言わないが、少なくとも那由多には暁に対しそれだけの思いを抱く十分な理由はあった。
ぱっと閉じられた手を開くと中から現れたのはひどく見覚えのある白い人形。虚ろな目をしたそれはデイダラがよく十八番だ!と作るたびに那由多に見せに来ていたもののうちの一つだった。いわば自爆用といったところだろうか。いざというとき大方口寄せの術と同じ原理で爆発するように仕込まれた起爆粘土。その破壊力はすさまじく本当に肉片一つ残さずに消し去ってしまう、情報を外部に漏らさないためにはかなり有効なものだ。唇を噛み切れば赤い血が顎を伝い、白い起爆粘土に跡を残す。
「まぁぐだぐだお話しても仕方ねーしな。というわけで頼むからお前ら、死んでくれねぇ?」
晴れ渡った空の下、激しい爆音が響き渡った。
2011/05/04 書き直し版UP