神、という存在はなかなかに困ったものである。輪廻転生の輪から外れた場に存在する彼らには、私たちの常識は通用しない。その生き方も考え方も、人に近いようで人とちょっと外れているのだった。困った、と私がつぶやけばつぶやくほどにその人はひどく楽しそうに私の手をとってならばこの道を案内してやろうと言う。あなたは一体私をどこに連れて行くつもりなのだと、問う間もなく、ましてや足元一つ見えない私に断る術もなく引き込まれてしまったそこは、すでに人の世ではなかった。
このお話は、人の世にありながら人ならざるものに魅入られてしまった私が、まだ人間であったころのお話___。
私が審神者に選ばれた本当の理由は特に知らないが、私が昔から通常であれば見えないものが見えるということが一つあったのかもしれない。幼い頃から、見えてはいけないはずのものが見えてしまう。見えてはいけないというのはあくまで人の感覚だが、おかげで私は虚像と実体が区別できずに大層苦労した。
教室の影にいる大きな阿多福面は誰なのかと教師に問うて保健室に連れて行かれた。首吊り死体が見つかった木の下で泣いている子がいたものだから慰めに行けばその子はすでに死んでいたという。幽霊は透ける、というが透けてなど見えぬ。何がお化けで何が人なのだと騒いで精神病院に連れて行かれ、最終的には神社でお世話になって、そういったものの扱いを学ぶことになったのであった。
神に魅入られればその者は必ずどこかしらを失ってしまうのだと、私がお世話になった神社の巫女様が言っていた。巫女様は足が悪く一人では歩けなかった。まだ巫女様が若かった頃に魅入られてしまったからだと聞いた。私は本人からその話を聞いたことはなかったが、周りのものは皆そう言っていたし、巫女様も足は見た限り普通なのに歩けないことに関して、事故であるともなんとも言わなかったから私はそうなのだと信じていた。
さて、私は17、18の頃に審神者として時の政府に召喚されたのである。時の政府、とは私たちの今いる時代のという意味でもあるが同時に純粋に「時」を司るという意味でもある。「時」とは時間であり、歴史であり、過去であり、未来である。今の時代になって、この世界はある一定の法則と定められた道に従って進む、というのがゆっくりとわかりつつある。それは一般には隠されたことではあったが、いわゆる運命がこの世界には定められており、それに従わない場合は何が起きるかわからない。人の歴史を守ると同時に、人の未来をも守るためにはその誰かが書き記した道しるべを外れぬように最大限の努力をしなければならないという、はてなんとも夢物語のようなことを私が審神者となったときに聞かされた。そのときに私が思ったことは「つまるところ私が審神者になることも決められたものであったのだろう」ということだったのだが、どの道私に未来は見えず正直どうでもよいとも思った。その頃はすでに数十数百の通常ならば目に見えない物たちに悩まされ、少しばかり精神を病んでいたからであった。
「やります」
と一言、私は審神者になったその後どうなるのかも聞かずに答えた。もはやそのときには自分ひとりではどこへも生きていけないだろうと思ったので、なんであれ私がやれることを与えてくれるのならば好都合だと思ったのだ。なんとも動機に欠ける話だが、それなりに私も必死だったのである。何が人とも見分けがつかず、話をすれば引き込まれ目を合わせればのろわれる。通常ならば人とは交わらぬ神の域に踏み込むことになるとはいえ、私を呪わない者たちなら何でも良いと思っていた節もあった。それは後々考えれば大きな過ちであったのだが、世界の小さい私が気づけるはずも無かった。
鶴丸国永という一口の太刀があった。私が審神者となって目覚めさせた最初の一口であり、彼が身にまとう白は大層美しいものであった。雪原に舞う鶴の羽という表現がまさに正しく、最初に彼の姿を見たとき私は思わず域をもらしたほどであった。しかしその美しく儚げな見た目とは裏腹にひとたび戦場に出ればその白を赤に染めるまでは帰ってこない。少しばかり気まぐれで、かつ退屈を厭う非常に奔放な男であった。
「私は時々あなたが神様であることを忘れてしまう、気がします」
「なんだ、君もか俺もそのようだ」
「はぁ」
そもそも肉体を持つと、今までと勝手が違いすぎてなぁと彼は望月のように明るい目を細めて笑う。銀糸のような髪が粉雪のようなやわらかい羽織にかかる。羽織と同じように白い肌は、きっと雪に混じってしまったら見えなくなってしまうのではないだろうか。
見た目は儚く、白く、美しく、その性質は他人を驚かせるのが好きとは、と私は最初あちらこちらから趣向を凝らした彼のいたずらに悲鳴を上げていたものだが、今ではすっかりなれてしまってちょっとやそっとのことでは驚きもしない。鶴丸はそれをつまらん、と一蹴してまた新しい何かを考えているようだが、私はもう驚かないと心に決めて彼に挑んでいた。
「しかし、君はすっかり驚かなくなってしまったなぁ」
「何といいますか、目を瞑っていてもあなたの白が見える気がしますので」
「へぇ」
鶴丸は私の言葉に面白げに目を細めた。
「まぶたを通してなお光は漏れてきますが・・・・それとはまったく別に、まぶたを通してやってくる光とはまったく別の光として、あなたの白い光が見える気がする」
「それは、俺だけの話か」
「いいえ」
付喪神である彼らは確かに神様であった。その身に纏う神気は人とも違う、そして私が今まで見てきたどのような魑魅魍魎とも違う。目を見開いて姿を見ているうちはあまり感じないものの、一度まぶたを落としてじっと深く意識のそこに沈みこむと見えてくる光がある。それが彼らの神気だと私は鶴丸国永の白を見て気づいたのであった。
三日月宗近は、宵を思わせる、カラスの黒羽のような深い深い光である。いや、むしろ光を奪ってしまう色であるのかもしれない。その黒の中に時折ぽつんと美しい金色が輝いていた。私は三日月宗近と始めてあったときにその光が何かわからなかったが、徐々にそれが彼の瞳の中の三日月であり、彼が私のほうを向くたびにその美しい金色が輝くのだとわかった。蛍丸はやはり三日月宗近と同じように宵の色を持つが、その宵の中に明滅する光があった。集まっては散り散ると今度は寂しいとばかりに光を散らして集まってゆく。輪郭すらも見えるほどに強く蛍の光が集まった場所にいつも彼の子供がいる。この二人は、夜にも昼にもよく見えた。
石切丸は、春の日差しの陽光のようであった。新芽が芽吹き冬の気配を脱ぎ捨てた空気を通して太陽が降り注ぐ。木漏れ日にいるようであると私は彼を見るたびに思う。鶯丸もまた、同じ。しかし彼の場合は石切丸よりも少し強く光を反射するように思う。それは、まだ解けきらない雪に春の日差しが反射しているからなのかもしれない。
和泉守兼定と堀川国広は鮮烈な青い光であった。浅瀬で水面を通して降り注ぐ光のように不安定に揺らぐがそれでも一つ形を成している。私はその不安定な揺らぎがいつも気になってしょうがなかったが、一度それを堀川国広に告げるとただ「大丈夫ですよ」と苦笑された。「主さんが困るようなことには、させませんから」とまるで本人ではなく別の誰かを気にしているような一言に、私はただ任せますと告げた。それから幾分揺らぎが和らいだ気がした。水面は穏やかに光をたたえている。
これが神の領分にいる者たちなのかと、彼らの纏う光の意味に気づいたときに私は心底感動をした。
皆美しい光を纏っている。ならば、俺は、と鶴丸国永に問われたのは、ちょっとした昼の戯れに私が見たものについて話していたときであった。
「あなたは・・・・・」
鶴丸国永は形容しがたい強い光であった。それは白がありとあらゆる光を混ぜた色であるからかもしれない。宵の闇に光る蛍も三日月も大変美しい光であるしかし鶴丸の白は雪原にて目を焼かれてしまうように、あまりにも強く白く輝くために一瞬他の光も飲み込まれてしまう。まぶたを開いた世界では、鶴丸の白にはさまざまな色が影を落としている。故に白いとしか思わないが、ひとたびまぶたを閉じればこの白が一際に目立つ。
それを告げると鶴丸は少しだけ目を見開いてから嬉しそうな表情をした。
「その白い中に赤はないのか?そちらのほうがより鶴らしい」
「赤は・・・ないですね」
鶴丸の手に目をふさがれて問われる。私はしばしまぶたも閉じて鶴丸のほうをじっと見つめるが、きっと赤い光すらも白の中にあるのだ。あなたの色はすべての色の光を含んでいるのだから、と答えるとなおさら面白そうに笑っていた。
「いや、俺たちの目は人の目と違うからな。元より春野と同じように見えている。俺たちは人の形を得ているが、すべてが人と同じというわけではないということだ。だが自分の光というものは見えたことがなくてなぁ」
「自分を見るのは無理でしょう」
「春野は、俺たちの光を美しいと思うか」
「はい」
私はその時本当に迷うことなく答えた。何せ迷う要素が一つとしてなかったのだ。
そして私はその次の日から、光を失ったのであった。
「大将、もうほとんど見えちゃいないんだろう。無茶はするな」
「でも」
「でもも何もない。掴まれ」
薬研の言葉に私はため息を吐いてからうなずく。
数日前の朝より唐突に私は目に違和感を感じた。朝起きて一部色があせたような空間がある。目を動かしてもその空間はなくならず、さらにその次の朝には、左目の一部の空間がぽっかりと穴が開いたように黒くなってしまっていた。それからその空間は徐々に面積を増していく。薬研にはすぐそのことに気づかれた。いつもよりもよく顔を動かすから、目が見えないのかとたずねられた。そして十日もしないうちに私は完全に光を失ってしまったのである。どのような薬も役に立たず、眼医もこの異様な失明に首をかしげるばかりであった。
「大将、あんた目が見えなくなる前に誰かと話をしたか」
「?・・・・みんなと__」
「そうじゃあねぇ。もっとあんたの目や・・・・光や色や・・・・そんなものにまつわる話だ」
「それは___」
私はそこでふっと、昔々に神様に魅入られて足が動かなくなってしまった巫女様のことを思い出した。それと同時に鶴丸国永のことも思い出した。
表情が変わったことに気づいたのだろう。もう目は見えないが、閉じたまぶたの下で薬研の光がほんのすこうし揺らぐのがわかる。彼の光はとても暖かく、炎のようである。炭に住み着いた火種、時折ふっと強くもなるが常はゆっくりと光を発している。
薬研が口を開こうとしたときにまぶたの下であの白を見かけた。
「目が見えなくなったと聞いたぞ」
「鶴丸さん」
「ああ、帰ってきていたのか。報告なら大将の部屋に戻ってから__」
「もしよければ俺が連れていこう。薬研は短刀の傷を見てやってくれ、深くはないが今回の遠征で傷を負ったものもあるからなぁ」
薬研は私の揺らぎに気づいたのであろう。少しばかり怪訝な色を発してから、しかし私がそうしてと告げれば承知したと言って私の体を鶴丸に預けた。
見えぬといっても立てはする。見えない世界になれず足元はおぼつかない、ほとんど手探りであるが一人でも一応動けはした。ただつる丸がいるとその白い光のおかげで幾分まぶたの下の世界にも影ができて動きが安い気もしたのだった。それでも鶴丸は私の手をとり、私の部屋へと案内する。
「いつから見えなくなった?俺たちの遠征の最中のことであったと聞いた」
「・・・・・・・・あなたと話をした次の日に」
「・・・・・・」
鶴丸国永が沈黙し立ち止まる。
「見えなくなってしまえば、よいとは思ったな。そのまぶたが開いているうちは俺の色は目立たんのだろう。三日月の黒の方がよく目立つからなぁ」
俺も自分にこのような感情があるとは驚いたとこともなげに鶴丸が言う。それをいうならばそのような力があることに、ではないのかとも思ったが彼らからすればそういった人と同じような感情を持っているほうが不可思議なことであり、その結果何かを奪ってしまうことは決して不思議なことでもなんでもないのであろう。
「まぶたが閉じてしまえば、俺の光が一番目に見えると言うならば、それがいいと思った」
「まぶたの下は暗い世界です。確かにあなたの光が良く見える」
でも、私はあの色のある世界も好きでした、と小さく呟いた。春に夏に秋に冬にと移り変わる色が好きであったと告げたところ鶴丸は少し笑ってからならばこの白を見ろと言った。
「前に春野はこう言ったな、白い光は他の色の光が混じった形であると。なら俺の白を見ていてはくれないか」
そこには君の望む色が入っているだろうと鶴丸が言う。そうでもしなければ私は道に迷ってしまいますよ、と言えば鶴丸は違いないと笑う。
「ならばこの道を案内してやろう、さてどこに行きたい?思い切り皆を驚かせてやれるものを探しに行きたい」
そのように、と小さく言うと彼はひどく楽しそうに私の手を引いた。
その日から、私のまぶたの下には必ず真っ白な光が輝くようになった。
2015.02.16 初出
2020.12.24 掲載
このお話はTwitterにて升田・K・はかり様の呟かれていたネタをお借りして書いたものです。