山門の守護者
人理継続保証機関カルデア。ここではまさにレイシフト直前を向かえ、多くのスタッフと魔術師が最後の調整に追われていた。

 「林杏!触媒の状態がおかしいわよ!」
 「わかてる!わかてるから少し待て!!ワタシも今とても忙しい!」

 所長の言葉に林杏と呼ばれた少女は怒鳴り返すと、物干し竿のように長い刀を背にして所長に言われた定点の触媒を確認する。

 「あーもうこれもう古いから!だからもうちょと丁寧に扱て言たでしょ!」

 吃音が所々抜ける、大陸の民の言葉に言われたマスターは頷きながらもう一度ゆっくりと円柱のそれに巻かれた紙をはがしていく。現れた触媒が何の英霊を呼び出すのかはわからない。ただ、あくまで触媒は英霊を呼び出す手助けをするだけのものだ。このカルデアにおいて英霊召還の煩雑な多くの作業はほとんどが英霊召還システムフェイトとして片付けられている。ここに集まっているマスターは皆、そろいも揃って優秀な魔術師、つまりは霊子ハッカーたちであるが、英霊召還となるとまた話は別なのだった。
 ファーストとセカンド、AとBの二つに分けられたそれぞれのチームは、順次英霊の召還を行いそして特異点へとレイシフトを開始する。聖杯が関与していることとはいえ、それらから外れた部分で英霊を召還しようとなれば、強力な触媒がどうしても必要となってくるのだ。
 本来は、そのために林杏は呼ばれたはずだった。大陸にて古物、特に魔術に関連する呪物を取り扱ってきた林杏は、その取り扱うものの特殊性故に時計搭に入学し、卒業後カルデアへと召還された。人理の継続を、その一点を掲げ多くの魔術師が動くこの機関の中で、本来なら主に魔術用品・触媒となりえる聖遺物の担当職員としてカルデアに招かれたのである。そう、本来ならば。林杏は数度のレイシフト実験の最中、霊子ダイブに適正があることがわかり、結果一般人候補と言う形で霊子ハッカーとして急遽役割を変えることになったのであった。この思わぬ出来事に一番驚いているのは主林杏本人であり、まさか自分が英霊を召還・従え特異点にレイシフトし聖杯を回収してくる大役を担うことになるとは思ってもいなかったのである。
 あくまで裏役。林杏の時計搭での成績は中の下、体に持つ魔術刻印も精々二つ。彼女の家は元来魔術師の家系ではなかったのだ。易経を用いマナとオドを変換する、そしてそれらの微細な変化を読み取る預言士として始まった林杏の家から、まさか霊子ハッカーが出るなど誰も考えていなかったであろう。林杏自身、優秀な魔術師でもない自分にこんな大役が勤まるのかと非常に不安を抱いていたが、やれといわれたのならばもうやるしかない。他の優秀な魔術師達がこのままでは人類に未来はないというのだからそうなのであろう。預言士としての力も薄い林杏にはそれを信じる以外になく、そして選抜されてしまった以上はやってやろうじゃないかと、半ばやけくそのように霊子ダイブを承諾したのであった。

 -Aチーム 待機完了。次いでBチームレイシフト準備に入ってください。-

 管制室から放送が流れていよいよ、だった。林杏は緊張の面持ちで、触媒の状態を確認しながら陣の上に置く。この触媒で召還が予想されるのは、この刀の持ち主である。だが実際のところそういった触媒による力を超えて全く異なる誰かが召還されることも多々あるので、誰が召還されるかはまだ予定には組み込むべきではないだろう。
 霊子ダイブは脳が揺れるから嫌いであった。林杏はごく最近Bチームに編成されたばかりであったので、霊子ダイブ経験も少なく、ハッカーとしては他の魔術師にようやっとついていけるかいけないかといったところである。
 すでに英霊召還が済んでいる者はレイシフトを待つのみ。そして林杏のように英霊召還がこれからの者は、レイシフトと同時に英霊を召還し契約を交わす。契約と言っても形だけ、すでにこの世に召還された時点で英霊との契約は交わされているようなものだ。
 狭いコフィンの中に体をもぐりこませ、目を瞑ると、すでに出来上がっていた仮の霊子虚構世界が広がっている。眠っているような間隔の中に存在する現実。このせいで頭が厄介なことになるのだ。今はまだレイシフト前であるため、ただ美しい花畑が広がる空間が、地平線の果てまで続いているだけだった。
 
 -Bチーム、待機完了。これより英霊召還およびレイシフトを開始いたします。総員定められたポイントへ移動してください。-

 林杏のいる平原、林杏が立つところより東に少しずれた場所。そこに白い大理石の建物が見える。東屋のようなそこには椅子も机もなく、ただ真っ白な床に赤く刻まれた召還の陣が存在した。

 -これより英霊召還システムフェイトを起動します-

 管制室からの声が直接脳に響いてくるようだった。
 
 「わかてるよ。はいはい」

 触媒そのものはこの霊子虚構世界の中には存在しない。だが現実の規定の箇所においてあるならば、林杏の目の前にある魔方陣にはあの刀が置かれているはずだった。

 「閉じよ、閉じよ、閉じよ_____」

 誰もいない空間。静かに風が吹き、花を散らすだけ。その真ん中で林杏は陣に腕をかざし、詠唱を行う。

 「誓いを此処に。」

 さして優秀なマスターでもない、聖杯にかける願望があるわけでもない。世界を救うという大儀はあれどそれに対していまだあやふやとした感覚しかない自分に契約が出来るのだろうかと言う不安はある。
 誓いとは何か。
 竦みそうになる足をふるいたたせ、飲み込みかけた言葉を続ける。

 「我は常世総ての善と成る者、
  我は常世総ての悪を敷く者。」

 何が善なのか、何が悪なのか。霊子虚構世界では思考が全てだ。ただひたすらに考える。

 「汝三大の言霊を纏う七天、
  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 その言葉が終ると同時にカッと赤く光を発した魔方陣、激しく散乱する放電のような光の向うに、長い髪の男性を見たのが、林杏の最後の記憶であった。










***











 暴走か暴発か、これは人為的名ものである、とロマンが断定したところで何が変わるわけでもない。真っ赤に染まったカルデアの内部と、静まりかえったコフィンの中。熱が頬を焼く。眼球を焦がす空気が、喉の奥にまで入り込みむせ返るようだった。
 マシュはひどく打った体がもうほとんど動かないことに気付いていた。ああ、これはいけない。そのかすむ視界の中で見たものは、彼女が先輩と呼ぶその人である。

 「マシュ!マシュ!大丈夫__」

 灼熱をものともせずに駆け寄って手をとる。その手が冷たくて気持ちよかったのをマシュは覚えていた。
 頭の片隅で、レイシフトを開始する管制からの放送が入った気がしたが、少なくともマシュはその瞬間は全てが夢幻であろうと思っていた。










***









 特異点として数えられてはいなかったはずの冬木市。そこはカルデアと同じ灼熱の炎に包まれ、人の影一つ見えず、ただ誰とも知れぬ有象無象がゆっくりと炎の中を行き来して何かを探している様子だった。
 荒い息をつきながら走り、止む終えぬならばそれらを倒し、マシュとぐだ子とそれから途中合流したカルデア所長・オルガマリーは冬木市を走っていた。

 「はあっ・・・!!はっ・・・・!!ま、マシュ!!ロマンが言っていた霊地って・・・・!!」
 「冬木における霊地は、いくつかありますが、その一つが柳洞寺です先輩!!他のものより離れていますが、得たいの知れない彼らと接触する機会を減らすならば柳洞寺に行くのが良いかと!」

 マシュの指差す方をぐだ子が見れば、なるほど、柳洞寺があるらしき山に炎の手はまだ少ない。何れ燃え移るのかもしれないが、まだ静かな夜の森を湛える柳洞寺ならば少しは落ち着くことも出来るだろう。
 ちらりとオルガマリーのほうをみれば、マシュとぐだ子の決定にオルガマリーも依存はない様子で、さっさとしろとばかりに睨みつけてくるのだった。全く状況がわからない中で、変わらないものがあるというのはいいものだ。そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら、ひたすら得体の知れないゴーストを回避し柳洞寺へたどり着くと、そこは冬木とは一変した、ひどく静かな空間だった。
 まるで外界から隔絶されているような雰囲気。ここが霊地であるせいか。山門に続く階段の下で、上を見上げると赤い月が柳洞寺の真上にある。ひどく不気味であったが、今更だ。階段に足をかけて進むほかに道はない。
 柳洞寺に近づけば近づくほど、ロマンからの通信の安定度が増すようで、途切れ途切れだったロマンの声が段々と繋がって一つの言葉として聞こえるようになってくる。

 『よかった。霊地が見つかったみたいだね。これであとは』

 ざざっ、とロマンからの通信が乱れた。

 『気をつけて!!!これは、サーヴァントの反応だ!』

 通信ノイズが消えた次の瞬間、三人の耳に響いたのはロマンの切迫した声であった。デミ・サーヴァントであるマシュはいち早く顔を上げ、二人の前に立つ。はっとした残りの二人もまた、慌てて顔を上げ山門を見れば、そこにいたのは冬木市を闊歩していた骸骨兵でもゴーストでもなく、青い着物をまとった一人の男性だったのであった。

 「これはこれは。このような無粋な場所に客人があるとはおもわなんだ、ゆえになんのもてなしもできぬがそこは許してもらうほかあるまいよ」

 長い髪を一つに縛って、同じように長い刀を背に背負った男性は、マシュが盾を構えるにも頓着した風なくゆるりと空を見上げて、山門の石段に腰掛けたままである。その口調もどこかのんびりとしていて気構えた風がない。

 「よいよい。まぁ幾人かはどうやらこの期に及んで聖杯がどうのなどと抜かしているようだが、拙者はこの山門から動けない身の上でな。拙者には聖杯を狙うやからにはあまり興味がないのだ。」

 男の言葉が真実であるか計り難い。オルガマリーは一瞬ぎゅっと目を瞑ってから小さく「佐々木小次郎」と呟いたのだった。それが彼の名前であるのだろうか。

 「強いて言うならばこの山門の門番が拙者の仕事、ではあるのだが。柳洞寺の主もなし。果たして拙者は何を守っているのやら。通りたくば通れ。拙者は無益な争いは好まん。強敵と一手死合うのは良いが、あいにくとそちらの淑女は強敵には程遠い様子だ」

 マシュはその言葉に眉を寄せながらも「ええ、その通りです。通していただけるのならそれに越したことはない」とけなげにも反論することはなかった。
 ぐだ子は特に何も言うことがない。というよりかは何を言っていいのかさっぱりわからないのでひとまず沈黙を貫いている。ちらりとぐだ子がオルガマリーを見ると、彼女は幾度が口を開け閉めした後、どうやら佐々木小次郎に問うことがある様子だった。

 「所長・・・!下がってください!まだ彼が味方と決まったわけでは!」
 「ええそうね、敵か味方かはともかくとして、彼は私たちと同じところからきたはずなのよ。次点にてレイシフトを待っていた林杏、彼女が召還したサーヴァントが佐々木小次郎であることは報告を受けています。私はそれを確認したその直後に、カルデア内での事故が起きた。だからあの佐々木小次郎は確かに林杏のサーヴァントであるはずなの」
 「おうともさ。話の早い人間がいて助かるとも。拙者はそなたのことを見たことはないが、そうだな霊子虚構世界にて召還に応じたのは覚えてはいるなぁ。目前にいたマスターの名を聞く前に、まるで炎に焼けるように消えてしまって気付けば拙者はここにいた、と。まぁ拙者も説明できることが少なくてな。召還されてすぐに気付いたら此処だ。一体この山門に何の縁があるのやら」

 やれやれとばかりに肩をすくめるアサシン・佐々木小次郎は、呆れた様子で空を見上げた。

 「あなたがここにいるってことはマスターもいるっていうことでしょう!?林杏はどこにいるの!」

 オルガマリーはまさしく、今までのことを組み合わせれば誰もが至るであろうそのことを口にする。だがそれに対して佐々木小次郎は首を横に振るのだった。

 「拙者のマスターは確かに存在する。だがこの特異なる地においてはどうやら拙者はこの山門との縁があまりにも強いようで、これを触媒として召還されたかのようにこの山門から動けんのだ。場所はわかるが、動くことはできん。場所がわかるといってもおよその方角だけだ。拙者を頼ってのマスター探しは諦めてはくれんか」
 「そんな・・・・!!」

 正規のサーヴァントとマスター。それが存在すればこの特異点においてどれほど心強く、また戦力として申し分ないだろうか。オルガマリーは考えていたあてが外れたことに愕然としながらも、まだ何か諦めていない様子だった。
 マシュもぐだ子も巻き込まれた側の人間に違いない。今何が起こっているのかを理解するので、そして己の身を守ることで精一杯でそれ以上先がない。顔を見合わせ、オルガマリーの結論を待つ。

 「・・・・いいわ。その山門が触媒になっているというのならば、契約を交せばいいわ。他の人間を正規マスターが見つかるまでの仮のマスターに。あんたならできるわね」

 ぱっと突然言葉を振られてひゅっとぐだ子は息を呑む。できるわね、などと最早やらねば殺すといわんばかりの形相でこちらを見るオルガマリーに否とはとてもじゃないがいえなかった。

 「はっはっは仮契約でこの山門から動けるようにしてくれるのならばありがたい。拙者を呼んだマスターの声も顔も見る前に気付いたら此処にいたもんで、せめて見取るにせよ顔と名ぐらいは知っておいてやりたいものだ」
 「ちょっと縁起でもないこと言わないで!あなたがまだ存在しているってことは、マスターも生存している可能性のほうが高いんだから!」
 「だが所詮は可能性の問題であろう?」

 どうなるかはわからんぞ、と笑う小次郎は現状にさほど心動かされていない様子であった。
 オルガマリーにせかされ、ロマンにそれしか方法がないといわれ、そしてマシュに背を押されて仮契約を佐々木小次郎と結ぶ。それは非常に弱弱しいが、仮契約が成立した瞬間に、柳洞寺の空気が一変した。熱が間近に迫ってくる。触媒として機能していた柳洞寺が、ただの霊地に戻ったせいか、その霊地をめがけて多くの骸骨兵やゴーストが押し寄せてくるのだ。

 『霊地は確保した!可能なら急ごう!ものすごい数が四方からこちらへ向かってきている!』
 「なんとなんとそれは困り申した」

 欠片も困っていないような様子で佐々木が言いながら、彼は階段を降りて行く。
 
 「ちょっと待ちなさい!あなたどこへ____」
 「ん?拙者のマスターの下へ向かうのだろう?急がねば本当に屍となっているやもしれんぞ」










***








 熱が頬を焼く。空気が眼球をえぐる。炎の影にちらちらと見え隠れする影から隠れるように、ぐだ子が仮契約を交わした佐々木小次郎の後を追ってたどり着いた先は、冬木中央を流れる川にかかる大橋であった。
 鉄筋で出来たそれにもなぜか炎がかかり、とてもではないが端を渡ることは無理であろう。その端のふもとに骸骨兵とゴーストが群れを成しているのである。近づいてもこちらに気付く様子なく、ただ端のふもとの一点に手を伸ばしている様子は、異様であった。

 「あそこだ」

 佐々木が足を止める。

 「あそこって・・・・・嘘でしょ・・・・!?あんなゴーストたちの真ん中にアンタのマスターがいるってわけ・・・・!?たった一人で・・・・・!?」

 オルガマリーの絶望的な声は当然であろう。
 今、この場にたどり着くまでもデミ・サーヴァントであるマシュと、アサシンである佐々木小次郎の力がなければ、ぐだ子とオルガマリーだけではどうしようもなかったのである。それが身一つ、マスターとしての力量もそこそこの人が一人こんなところで生き延びられるはずがない。

 「だが、そこな、言うたであろう。拙者が生きているのならばまだマスターは生きているとな。どれ諦めずに屍の顔だけでも拝んでやろうではないか」
 「ちょ、ちょっとそれのどこか生きてることを信じてるってのよ・・・・!!!」

 佐々木小次郎はロマンの静止もオルガマリーの言葉も、そしてマシュの手も振り切り踏み出した。あの長い刀をわずか一瞬の後に抜き去り、なぎ払えば合えなく骸骨兵が地に沈みそして黒い煙となって霧散する。一挙手一投足、そのどれにも無駄がない武芸者は、何の気概もなく多数の中に踏み込んでそれらを切り捨てていくのであった。

 「秘剣、燕返し」

 なんの躊躇もなく開放された宝具、いや彼の場合それを宝具というのは少しばかりおかしいのかもしれないが、その武器は一瞬で三を飲み込み消し去るのだった。

 「えっ、あっ、今何が・・・」
 『マシュ!よそ見しないで!!あれは次元屈折現象だ!僕たちの目で捉えられるもんじゃあない!』
 「は、はい!すみませんドクター!」

 乱戦を極める戦場に引かれてさらに多くの骸骨兵とゴーストが寄せられてくる。いくら頑丈とはいえまだサーヴァントとして慣れないマシュの体はそろそろ限界だ、とロマンが地団太を踏んだとき、オルガマリーとぐだ子が、戦場の中央で佐々木小次郎のマスターであろう何か、を発見したのであった。
 なにか。
 なにか、としか表現しようのない。もやの中に励起した魔術回路のみがゆっくりと反応し動いている状態。生きているのか死んでいるのか、そういった言葉で表せるものなのかすらもわからない。
 
 「な、何よこの状態・・・・魔術回路だけが励起してオドを放出し続けてる・・・・・」
 『所長、この状態は一体・・・・!?」
 「・・・・ッ!本人の意識が消失しているんだわ。記憶も、存在もあやふやなものになっていて、ただサーヴァントとの契約の依代のみが彼女をいまだこの形に支えている・・・!」
 『それじゃあマスターの持っているオドが尽きたら・・・!』
 「消失する!その前に何とかして、元に戻さないと!林杏!!貴方聞こえてる!!?」

 触れるのも、そのもやが形を崩してしまいそうで恐ろしく、薄ぼんやりとしたそれにオルガマリーは必死で名を呼びかけた。
 
 「意識があるならばこちらへ戻ってきなさい!貴方の名前は林杏、カルデアの正規職員よ!辞職も出さないで勝手にい無くなることは私が許していないわ!」
 『所長そんな無茶な!』
 「うるさい!だったらあんたも何かしなさい!」
 『え、えーっと林杏、中国桂林出身だ。13歳より時計搭に入学し一通りの魔術を収め18歳で卒業。成績は良くはないが、君の魔術は易経と混じったオドとマナの連絡に長けるものだ!』

 もやはオルガマリーとロマンの言葉に、濃度を増しそして薄くなり、を繰り返していた。だが五度目に名を呼びかけられたとき、ふともやの中に明瞭な形が見て取れた。その瞬間になんのためらいもなく、オルガマリーはもやのなかに手を差し入れたのである。そしてわずかに形となった手を掴んで、そのもやの中から、林杏、アサシン佐々木小次郎のマスターを引きずり出したのであった。
 
 ぼんやりと意識がまとまらない夢を見ているような感覚であった。一度目に呼ばれた名は奇妙な音の羅列にしか聞こえなかった。二度目のそれもまた同じ。だが幾度となく繰り返されるその音の響きに、ゲシュタルト崩壊を遡っていくかのように今度は意味のある音に聞こえてくる。

 林杏

 私は、と自我が認識した瞬間に林杏は皆に囲まれたそこにいた。

 「おおマスター。無事生きていたようだな」
 「あ・・・・・あなた」

 最後の記憶の中に残っている青い着物のサムライ。大陸ではない、その大陸に隣接する島国の伝統衣装であることだけを覚えていた、着物をまとったサムライの姿を見て、徐々に記憶が蘇ってくる。

 「ここは・・・・?」
 「ああ・・・・もう!!よかった!!」

 
 
2020.12.24 掲載