「結局、イェルは第五小隊に配属になったようだな」
「へぇ、じゃあ今日は早速あの強敵と戦うハメになるってわけか」
 対抗試合直前、待機所にて、ニーナとシャーニッドがそんな会話をする。
 観客は総動員。一人ひとりの声は小さくとも集まれば大きな歓声となる。その歓声がこちらにまで届いてくるほどの人が集まっているということだった。
 第五小隊と第十七小隊。短期留学の、ぽっとでの美人な武芸者が第五小隊に入った、という話はもう学生の間で広まっている。白銀の髪を何箇所かでまとめ、対抗試合のために戦闘着を着用している彼女は第五小隊の待機所、でシャンテの隣に座っていた。
「共にグレンダン出身、さらにはルッケンスという武門の出でゴルネオとの相性がよかったそうだ。引き入れられなくて残念だが、今度こそあの型を破るチャンスでも、ある」
 試合の前は緊張と高揚とが入り混じった奇妙な感覚に囚われる。ニーナはその感覚に全身を浸しながら、体を戦場に立つそれへと変えつつあった。
「作戦はどうする?今回は俺たちが攻めだ、一も通り俺はフラッグを狙うで問題ないか?」
「ああそうしてくれ。私はゴルネオとシャンテの錬頸を何とか崩してみよう」
「レイフォンは?」
 シャーニッドが聞く。
「僕はまず第一にイェルを止めます。彼女の疾風迅雷の型はこの野戦グラウンド全体を自分の攻撃範囲に含めてしまいますから。おそらくはグラウンドの中央で型を行うはずです。止めなければ、シャーニッド先輩の狙撃も隊長の攻撃もすべて彼女の化錬剄で止められてしまいますよ」
 レイフォンの言葉にシャーニッドはそりゃ恐ろしいと肩をすくめる。フェリはそんな会話を黙って聞いている。
「イェルを止めてもおそらく彼女は僕にくらいついてくるでしょう。疾風迅雷の型を止めて、かつ鋼糸がないのであれば勝ち目はあると思います」
「鋼糸があれば?」
「僕にも勝ち目はないんじゃないですかね。彼女の父親は現天剣授受者の中でも最強といわれていますから。そんな人から習った鋼糸は生半なものじゃありません。そもそも鋼糸という武器が使い慣れればなれるほど恐ろしいんです」
 レイフォンは冷静だった。戦いの前はいつもこうだ。特に緊張することも昂ぶることもなく、淡々と目の前の物を処理していく。そのレイフォンが、冷静にイェルチェを危険だと言う。シャーニッドは「こりゃ今回の目玉はレイフォンとイェルの一騎打ちかな」と上段のような台詞を吐いた。対抗試合開始まであと五分をきった。




 スタートの合図と共にフェリ、シャーニッド、レイフォンそして隊長であるニーナは事前の作戦通りの動きをとる。レイフォンは真っ先に野戦グラウンドの中央部を目指し、そして目的とする人物を視界に捕らえた。
 旋剄。
 レイフォンの体が加速する。だがイェルチェもまたすでにレイフォンを捉えている。
 外力系衝剄の変化、剛昇弾。
「!?」
「疾風迅雷の型を止めに必ず来ると思いました。なら最初からそれにあわせる必要なんてどこにもないでしょう?」
 だって、最初から私と貴方の間には圧倒的な戦力差があるんですもの、とイェルチェは言いながら、さらに次の技を打つ。
 外力系衝剄の化錬変化、風烈剄。
 イェルチェの回し蹴りから放たれたのは、疾風迅雷の型の最後、最も剄が練られたときに放たれる技だ。だがそれを単独で放つことも不可能ではない。
 レイフォンは剛昇弾を真っ向から受けることなく、宙へと舞う。そして次いで訪れる風烈剄を剣で真っ二つにすると、そのままイェルチェのふところへと入り込む。だがレイフォンの間合いと言うことはそれすなわちイェルチェの間合いということでもある。胴を薙ぐ一撃は、衝剄と手甲によって阻まれた。レイフォンは焦ることなく旋剄を使って彼女の後ろへ回る。イェルチェの反応が一歩間に合わない。
「っ痛ぅ」
 イェルチェの肩を狙った打撃は外れることも避けられることもなくきれいに入った。歯引きしてあるためにレイフォンの剣は今は打撃武器にしかならないが、それでも十分すぎる一撃だ。イェルチェは旋剄を使い後退したが、すでに重心がずれている。格闘技を主とするイェルチェにとってはこれは痛い一撃であることに間違いは無かった。だがそれも活剄を走らすことですぐに立ち直る。
 旋剄。
 今度はイェルチェがレイフォンの間合いに踏み込む。この程度の速さを見逃すレイフォンではないが、イェルチェの構えに身を固めた。
 外力系衝剄の変化、剛力徹破・咬牙。
 サヴァリスが好んで使う衝剄と徹し剄による内外部破壊の攻撃だ。直接受ければ人間の体など簡単に破壊してしまう技を使ってくるということは、イェルチェも本気であるということだろう。いや本気でなければレイフォンの足元にも及べないのだ。
 レイフォンはその技を金剛剄で弾いた。それと同時に手甲に一撃を入れる。観客にはイェルチェの攻撃と共に手甲が壊れたように見えただろう。それだけの早業だった。イェルチェは打たれた左手を庇いながらもそのまま次の技へと移行する。
 そもそも手甲と脚甲は化錬剄を使う上でより剄の変化をすばやく正確にするためのものである。ルッケンスの武門の本領とは、徒手空拳つまりは素手でいかに汚染獣と戦うかに特化したものである。たとえ錬金鋼が無くとも、壊されたとしても、それで終りではない。
 レイフォンの剣が再び振り下ろされる。壊されていない右手の手甲を盾に、そして盾と剣がぶつかった衝撃を利用して蹴りを放つ。上段そして中段、下段。
 レイフォンの顔に明らかな焦りが見えた。疾風迅雷の型に入ったのが見えたのだろう。
 あと少しだ。
 あと少し剄を練ればゴルネオとシャンテを援護できる。
 あと少しだ。
 あと少しでもレイフォンが遅くなればニーナにイェルチェの化錬剄が届く。
 レイフォンの目がほんの少し鋭くなり、剣にすばやく剄が走る。
 外力系衝剄の変化、針剄。
 ほんのゼロコンマいくつの次元の話だった。レイフォンの針剄が、イェルチェの化錬剄よりも早くイェルチェの体を貫き、脚甲を破壊し足に致命的なダメージを与えたのである。イェルチェの体はバランスを崩し、まだ傷の少ない左手から地面に崩れ落ちる。それと同時にレイフォンの錬金鋼もひびが入る。
 ビーーーーーーーーー
 戦闘終了の合図が鳴った。
 ふー、とため息を吐きながらフラッグを見やれば、そこにはいまだ風ふかれてはためくフラッグがたっている。ニーナが負けたのだと、レイフォンは悟った。
「・・・っ痛ぅ・・・・さすがに鋼糸無では相手にもなりませんね」
「・・・・サヴァリスさんの技をあそこまで覚えているとは思いませんでした」
 そういいながらレイフォンはイェルチェに手を差し出した。
「ありがとう」
 砕かれていない左手を差し出しレイフォンの手に重ねる。ぐいと体を引き上げられると全身に痛みが走り冷や汗が出たが、それを内力系活剄で誤魔化した。
「いずれは鋼糸ありでやってみたいです」
「そうですね。そのときは僕も本気を出さないとだめかもしれませんね。・・・・・隊長」
 二人はそれだけ会話を交わすと分かれる。
「ゴル、シャンテ」
「イェルか。レイフォンの足止め助かった」
「完全に手加減されてだけど・・・・・力になれたのならそれはよかった」
「イェル、肩大丈夫なのか?」
「これは・・・・砕けちゃいましたね・・・・早く病院に行きたい、かも」
「イェル!!」
 レイフォンからくらった針剄のダメージが抜けてないのだ。待機所にたどり着く前に崩れ落ちたイェルチェの体をゴルネオが抱えて運ぶ。
「ごめんなさい」
「いや、レイフォンに少しでも抵抗できるのはうちの隊ではお前だけだ。名誉の負傷と思え」
「サヴァリス様には怒られそう」
「・・・・そうだな」
 ゴルネオは少し遠いところを見ながら言った。兄がツェルニに来ていることは、先日の突然の訪問ですでに知っている。あれ以来、不規則な間隔で稽古をつけにくるが、果たして今日はくるのだろうか。全く読めない兄の行動に、ため息を吐きつつ、隊員に次の行動についての指示を出してからまずはイェルチェを病院へと運ぶためにそちらに足を向けたのだった。




 イェルチェの傷はたいしたことはない骨折が最も重傷で、針剄による攻撃は手加減されていたのか、それとも狙われていたのか剄脈を乱すものではなかった。肩を固定されて、活剄により治癒力を高めれば三日程度で治るだろうと医者に言われる。ゴルネオはその結果を聞き、三日は訓練はなしとのことをイェルチェに告げるとシャンテと共に帰っていった。
 イェルチェが完全に病院から解放された頃にはすでに時刻は夜半を回っており、街頭の明かりがぽつりぽつりと道を照らすばかりとなっている。寮までの道をふらふらと歩いていく。本当は今日も反省会があるはずなのだが、それもこなくていいとゴルネオから言われていた。
「や、完全に後ろをとられてたね」
「サヴァリス様」
 はっと気付いたときには横にサヴァリスがいた。
「見てらしたんですか?」
「うん、遠くからだけど。レイフォンも戦闘中は勘が鋭くなるのか視線だけでも気付かれそうなんだよね。だからぎりぎりのところから。格闘技と化錬剄だけでレイフォンに立ち向かうにはまだ実力は足りなさそうだ」
 サヴァリスの言葉にイェルチェは少し身を縮めながら「はい・・・」と力なく頷く。鋼糸をとられてしまえば格段に戦闘力が落ちることは自覚しているが、それでもやはり悔しいものは悔しいし、なんとかなりたいものだとも思うのだ。
「疾風迅雷の型はもう十分ものになってるみたいだから、あとは速度と範囲と精度を上げればいいんじゃないかな。普段は俯瞰してみてる風景が近いとまたちょっと違うもんだろう?」
「はい、近すぎて攻撃が読みにくくて・・・」
 イェルチェはサヴァリスの言葉に頷く。
 普段のイェルチェの攻撃はあくまで鋼糸を主体として、遠くから敵を俯瞰しつつ相手の行動の一歩先に鋼糸をおいて牽制していくような形になる。それに瞬間的に格闘技による攻撃をいれるか、もしくは疾風迅雷の型のように相手との距離を詰めずに戦うのが基本だった。
 だが対人戦、特にレイフォンのような近距離武器を扱う相手となると自然と近距離での対応を強いられることになる。イェルチェはまだそこの対策が十分ではなかった。
「そこはもう残りの型を叩き込んで、反射で体が動くぐらいにしみこませるしかないね。でも君は覚えが早いから案外短期留学中になんとかなるかも」
「頑張ってみます」
 サヴァリスの言葉にイェルチェは応えた。
「あ、そうだ。今度疾風迅雷の型を同時に展開してみたいんだけど」
「・・・・というとつまり」
「うん、僕と君で同時に。同門の技を対人で同時に繰り出すってやったことがないから今度ちょっと体験させて」
 サヴァリスの口調はあくまで軽く、ちょっとそこまで散歩に、程度の気軽さがあった。
 だがイェルチェは震える。型は覚えられたものの、まだ十分に動けるとは言い難い。最終的な目標は動きに集中せずに剄を練ることに集中することなのだが、そこまで至れてないのが現状だ。とはいえ師匠の言葉を断るわけにも行かず、はい、と答えるほかイェルチェにはなかった。
「怪我はいつ治る?」
「三日で完治するとのことでした」
「じゃあ三日後か・・・・ゴルにも伝えておいてね」
「はい」
 サヴァリスの歩く道はイェルチェと同じだ。ツェルニにとって不法侵入にあたるサヴァリスは寝るところがない。普段はサリンバン傭兵団のバスを使うようだが、それと同じくらいの回数でイェルチェの借りている部屋を勝手に使っている。男子禁制の女子寮なので当然正面からは入れず窓からの侵入になるのだが、イェルチェもいい加減なれてしまった。そのために一つ大きめのソファーを買ったぐらいである。
 寮の前にたどり着く。それじゃ、と言って姿を消したサヴァリスはおそらくもうイェルチェの部屋にいるのだろう。
 ドアをきぃと押して中に入ると、すでにリーリンとレウが帰ってきていた。
「ただいま」
「おかえり。怪我、大丈夫?」
 エプロン姿のリーリンがすぐに駆け寄ってきた。今日の試合も見ていたのだろう。まさかレイフォンとイェルチェの一騎打ちになるとは思ってもなかったようで、だいぶ心配をかけたようだ。
「大丈夫、レイフォン加減してくれたから」
 加減されるぐらいの実力しかないってことなんだけど・・・・・とイェルチェは少し残念そうに言うと、「二人が怪我する方が嫌だわ。イェルもレイフォンと同じ小隊だったらよかったのに」とリーリンに小言を言われるはめになる。
「本当はそうしようかなって思ったんだけど、格闘技だとどうしてもルッケンスの出の方が相性がよかったのよね」
「はー武芸者って色々大変ね」
 レウは他人事のように呟いた。
「でも今回の試合でイェルにも相当ファンがついたみたいよ。第五小隊新人美女の可憐な舞い!って感じで」
「可憐・・・かしら?」
 イェルチェは首をかしげながら言った。疾風迅雷の型はサヴァリスに教わってから、少し女性向けに改良が施されているために余計舞いのように見えるのかもしれない。自分ではわからないのでどうとも判断がつかないのだが・・・・・イェルチェはそんな疑問を持ちつつ席に座る。
「はいどうぞ」
「ありがとう、ごめんねリーリン、全部任せちゃって」
「小隊で忙しいんでしょう?仕方ないわよそれに大人数の料理は得意なの」
 任せて、というリーリンは頼もしい。
「あっそうだイェル、ちょっと新しい髪型試して見てもいい?」
「いいわよ」
 レウは時たまこうしてイェルの長い髪をいじって遊ぶのだった。腰まで届くかと思うほどの白髪は、フェリとは違う輝きを持っている。単純にまとめるだけでなく綺麗に編み上げれば、よりいっそう目を惹くだろうというのがレウとリーリンの言葉だったが、イェルチェにはそこまで男性に興味がなかった。
(・・・・・サヴァリス様気付いてくださるかしら)
 イェルチェはふとそんなことを思いながら、すでに髪を弄り始めたレウの動きを一切無視してリーリンの用意してくれた食事に手を付けるのであった。




20160919