ツェルニへの短期留学。それがイェルチェ・ハーデンの今の身分だ。
 ツェルニについた当初は、放浪バスもなしに突然降って沸いたかのような存在だったイェルチェとリーリンに色々と疑いの目が向けられたものの、旅券や留学申請の書類が本物であったこと、イェルチェの武芸者としての能力が、マイアスからツェルニに一般人を届けるのに十分なものであると判定され、二人は無事解放となった。
 リーリンのレイフォンへのお見舞いに付き合い、再び生徒会棟へ戻るところである。
 イェルチェもレイフォンとは顔見知り、いやレイフォンはイェルチェにとって鋼糸の弟弟子といっても差し支えない。なので一緒に面会をしてもよかったのだが、幼馴染との久しぶりの邂逅を邪魔するのはちょっと気が引けて病院のベンチで待っていたのだった。
「えっ、リーリンも短期留学?」
「うん、会長さんが、都市戦の時期は放浪バスが減っちゃって無為に長居するぐらいなら短期留学って形で試験を受けたらどうかって」
「それで長かったんだ」
 イェルチェは事前に上級学院より成績開示を行いツェルニへ申請しているため、試験はなかったのだ。リーリンを待ちながらやけに長いな、と思っていたのだが、そういう理由であったらしい。
 路面電車が近づいてくる。グレンダンではあまり見ない光景なのでそれもまた珍しい。
 学生のみで構成される都市、ツェルニ。イェルチェもリーリンもそんな場所へ足を運ぶのは初めてだ。生徒会長のカリアン・ロスも若く、二十代に入ったばかりであろうことを思わせ、それもまたここが学生のみで構成されていることを実感させた。
 カタンカタンキィーー
 路面バスはレールとの間に少し軋んだ音を立てながら、停車した。二人は座っていたベンチから立ち上がり、扉が開くのを待つ。
 窓越しに降車する人が見えたので少しだけ脇にずれた。三人の女性が降りてくる。
「そういえば今日はどこに泊まるかとか話はあった?」
「うーん今日の結果次第かも」
「そっか、私はもういくつか寮を提案されてて、ひとまず好きなところへ行けって言われたわ」
 そういいながらイェルチェは鞄から紙の束を出す。
「リーリンの成績なら多分問題ないんじゃないかなぁ・・・・・少なくとも私が試験を受けるよりは・・・」
 イェルチェはちょっと気まずそうだ。勉強ができないわけではない、だが得意でもない。正直ぎりぎりの成績で上級学院に入ったので授業についていくので手一杯なのだ。リーリンと同じクラスになれますように、と願う。
「リーリン?」
 ふと、名を呼ばれる。イェルチェではなかった。え、と振り返ると底にいたのは丁度路面電車から降りてきた三人組のうちの赤髪の女性だったのだ。
 ブーーーー、路面電車が発車のブザーを鳴らしている。
「ああ、すまないメイ、ミィ」
 赤髪の女性はそういいながら降りた二人を路面電車の中に引っ張りあげた。それと同時に扉が閉まる。
「すまない、リーリンさん、だよな」
 声をかけたのは赤髪の女性だった。




 声をかけてきたのはナルキ・ゲルニという女性だった。すらりと高い身長、武芸科の制服がよく似合っている。てっきり上級生かと思いきやレイフォンと同じ一年生、同じクラスと言うことだった。一般科のミィフィ・ロッテン、メイシェン・トリンデンもレイフォンと同じクラスだというのだから世界は狭い。
 イェルチェはリーリンとナルキたちがレイフォンについて話すのを聞いている。
 レイフォンはイェルチェにとって鋼糸の弟弟子だ。だが付き合いは短い。イェルチェは当然、元天剣授受者であったレイフォンのことを覚えているが向こうがイェルチェのことを覚えているかは判然としない。
「なぁなぁイェルはレイフォンのこと知ってるの?」
「え、あ勿論、レイフォン様は武芸の弟弟子にあたる・・・・のかな?」
 三人はとても気さくで話しやすい人だった。すぐに愛称にもなれてリーリンだけでなくイェルチェにも話しかけてくる。
「レイフォン、様?」
「っていうかレイとんが弟弟子!?」
「じゃあイェルは武芸者なのか」
 それぞれメイシェン、ミィフィ、ナルキの三人の言葉である。
「えー待って待って!なんかすごい情報がたくさん集まってきてる気がする!!っていうかレイフォン様ってなに!?イェルって何が得意なの?!?」
 ミィフィが早口にまくし立てる。今まで同年代の友人がリーリンしかいなかったイェルチェは創造もしてなかった環境に目を白黒させながらえーっと、と口にするのでやっとだった。
 人と話すのがあまり得意ではないのは自覚している。何せ父親のリンテンスが大の人嫌い、リンテンスの伝手で会う人物など天剣授受者くらいなもので、ご近所付き合いなどありえない。それに武芸者で上級学院に進む者は少ないので、余計に話す内容がないのだ。サイハーデンの道場にいたリーリンが唯一武芸の話にも少しついてこれるのはイェルチェにとっては幸いだった。
 そんなことをしている間に、路面電車は生徒会棟へとたどり着いた。
「あれ、そういえば二人はなんで生徒会棟に来たの?」
「ええっとね」
 リーリンはなんと説明したものかと少し口ごもらせた。そのときナルキが「隊長?」と声を上げる。
 生徒会棟の周囲には事務室、小会議室などがぐるりと円形を描くように並んでいる。その事務室の前に、第十七小隊の隊長ニーナ・アントークはいた。その手には大きめの封筒がある。
「ナルキか、あ、すまない。そちらの方はリーリンさんとイェルチェさんで間違いないだろうか」
「ええ」
「はい」
 ニーナの言葉に二人が答える。
「まずリーリンさんのほうからだが、おめでとう。大変優秀な成績ということで短期留学が許可された。短期留学奨学金は下りないかもしれないが学費の何割かが免除になるだろうとのことだ」
 ニーナははっきりとした口調で必要な事項をリーリンに伝えていく。
 リーリンは学費の免除のところで明らかに嬉しそうな表情をした。
「次に、イェルチェさんの方だが・・・・・グレンダン上級学院での成績はあまり芳しくはないよう、だな?」
「うう、いえ、自覚してます・・・・・」
「だがツェルニとグレンダンでの学力の差を考慮して、こちらも短期留学が許可された。それでイェルチェさんにとってはこちらの方が重要だと思うのだが・・・・武芸者としての活躍によっては学費が免除されるそうだ。それも全額。都市戦も近いこともあって、武芸者はたとえ短期留学でもありがたい存在だ。そこでイェルチェさんには学費免除と引き換えに小隊へ入ってもらうことが決定している」
 ナルキやミィフィ、そしてメイシェンは驚いた顔をしたが、リーリンとイェルチェはきょとんとしている。
「小隊って・・・・?」
「ああすまない。ツェルニには都市戦で武芸科生徒の統制を任される小集団がある。これを小隊といって、優秀な武芸者は小隊に所属し、武芸大会および都市戦に向けて実力を研鑽するんだ。ツェルニにおいて武芸者で小隊に入ることは名誉なことだ。ちなみにそこにいるナルキ・ゲルニは私の率いる第十七小隊の隊員だ」
「レイとんも第十七小隊なんですよ」
 ナルキが補足をする。
「すでにヴァンゼ武芸科長、ゴルネオ第五小隊隊長はイェルチェさんを勧誘する気でいるようだ。まだ実力もわからないのに・・・・・と思ったのだが、話に聞くと初陣?を済ませているそうだな」
「ええ、あとイェルで構いませんよ」
「私もリーリンで」
 二人が言うとニーナは少し表情を緩めてありがとうと言った。
「イェル、初陣と言うのは?」
「グレンダンにある風習で、初めて汚染獣と戦うことよ。これには後見人がついて安全を保障しつつ、その一方で汚染獣の脅威と一対一で学ぶという意義があるの」
「ではイェルはあの汚染獣と一対一で戦ったことがあるということか・・・・?」
 ニーナは驚いた表情で問うた。
「ええ、まあ」
 完全に一人であったかといわれると、そうでもないのだが、ほぼ、一人で倒したといってもいいだろう。イェルは少し曖昧な表現をする。
「それでヴァンゼ武芸科長もゴルネオ隊長もすでに勧誘する気だったのか・・・・・戦力としては十分、いやレイフォンにも勝るか?」
「まさか!!」
 ニーナの言葉にイェルチェは慌てて否定した。
「レイフォン様にはとても!まだ実力不足です・・・・」
「レイフォン様・・・?」
 しゅんと身を縮めたイェルチェは、レイフォンと同列に並べられるのがさも恐ろしいという表情をしている。そんなイェルチェの反応に驚きながらも、ニーナは次の話へと移る。
「ま、まぁ小隊入りはまだ時間もあるだろうしゆっくり考えてくれ。それで、なんで私がこんな伝達役をしているかというとだな、短期留学するとなると部外者用の宿泊施設に長くいるわけにもいかないだろう。実はうちの寮はまだ飽きがあってだな。寮費も安いしどうだろうと提案する意味もあってきたんだ。二人とも依存がなければ決定と言うことになるが・・・・?」
 ニーナは問いかけるように二人に視線を向けた。
 イェルチェとリーリンは少し顔を見合わせてから「乗った!」と声を合わせて言った。
「よしきた!!実はそれに合わせて二人の歓迎会を開こうと思っている。その軍資金ももらっているのだが・・・・・」
 と底まで言ってニーナは少し恥ずかしそうに咳をする。
「実は私ともう一人は料理が全く出来なくてな。レイフォンの話ではリーリンは料理が得意だそうだが・・・・」
「ええ任せて。大人数の料理ならなお得意よ!」
 リーリンはにっこりと笑って言う。その笑みには裏づけされた実力がかいま見えた。
「リーリン私も手伝うわ」
「ありがとうイェル」
「イェルは武芸も出来て料理もできるのか・・・・とんだ多才だな・・・・・いやレイフォンもか・・・・・強い武芸者というものは料理ができるものなのか?」
 突然一人の空間に入ってしまったニーナに苦笑していると、はいはーいと背後で手を上げるものがある。
「料理ならメイっちにも是非!」
「え、えええ?」
 ミィフィの提案にメイシェンは顔を真っ赤にした。



 リーリンの食材選びに付き合ったことは何度もある。イェルチェは養父のこともありあまり金銭的に困ったことがないので、リーリンほどこだわった食材選びをしたことがないのでいつも感心させられていた。だが掃除のすばやさに関してならリーリンにも負けない自信はある。何せ部屋中に張り巡らされた鋼糸と戦いながら窓を開け雑誌をすて棚を拭き締められたらもう一度窓を開け、掃除機を書けうるさいとコンセントを抜かれながら負けずに鋼糸をはぎとってコンセントを挿す。いかに手早く養父が掃除機を鋼糸で切り裂いてゴミにする前に掃除を終えるか、これは養父との勝負なのだ。現天剣授受者最強とも言われているくせに、家ではずぼらなところが目立つ養父との真剣勝負である。
 そう思いながら次から次へとリーリンが買うものを受け取っていく。
「イェルは、武芸者にしては細く見えるのにやはり力はあるんだな」
「内力系活剄でどうにかしてるしねぇ・・・・・それに私あんまり剣とか持つタイプじゃないから・・・・」
「なら武器はなんだ?」
「鋼糸がメインかな」
「鋼糸・・・・・というのはレイフォンが使っているのと同じ・・・・・?」
「そうそうレイフォンは鋼糸の弟弟子にあたるのよ」
「そうなのか!?」
 ニーナはレイフォンの鋼糸の技術を、かいま見たに過ぎない。無数にいるように思えた幼生体をあっという間に細い線が切り裂いていく。あの光景は忘れようにも忘れられないものだった。そのレイフォンの姉弟子・・・・・実力はいかほどか、武芸者ならば当然興味がある。
「私の養父が師匠なんだけどね・・・・・」
「でも鋼糸か・・・・・残念だがツェルニでは鋼糸を小隊戦や武芸大会で使うことは禁じられている」
「えっ、そうなの!?」
「あの剄技はあまりにも脅威だからな。グレンダンでは対人戦などに制限はないのか?」
「ない、かな?基本何を武器にしても強ければそれでって感じで・・・・・えーでもどうしよう、鋼糸が使えないなんてこと考えたこともなかった」
 イェルチェは本当に焦っているようだった。
 夜の商店街の明かりに白髪の髪がキラキラと輝いている。翡翠の瞳が色々と考えているかのようにあちらこちらを舞う。
「じゃ、じゃあ格闘技と化錬剄ね。うう・・・・まだこっちはあんまり自信がないんだけど・・・・」
「・・・・・イェルは戦いの幅が広いな・・・・・私も広げるべきか・・・・いやだが今の技術が完成してもいないうちに新しい技に手を出すのもな・・・・・」
「ツェルニは大人の武芸者がいないからそういったところは大変そうね」
「ああ、確かにそうかもしれない。グレンダンのように武芸を学ぶ環境が揃っている、とは言い難いからな」
 ニーナとイェルチェの会話の最中もリーリンの手は止まらない。必要な店で必要なものをぱっぱと買い上げていき最後の惣菜店で見かけないものを購入すると「よし!」と手を打った。
「買い物はこれで十分ね。早速寮に向かいましょう。メイシェンさんはもう終ってるかな?」
「そうだな合流するか」



 一方で、メイシェンたちは。
「いーいメイっち!!これはもう戦争よ!!」
「せ、戦争!?」
 メイシェンはお菓子の食材を選びながらおどおどとミィフィを見る。
「そーよ!!そうでなくてもフェリ先輩にニーナ先輩、すでに同じ十七小隊に所属しているっていうリーチがある上に本妻である幼馴染のリンちゃん!それからレイフォンのこと様付けして呼ぶイェル!!リンちゃんとイェルの容姿は見たでしょ!?ツェルニでミスコンやったら絶対上位に食い込むわよ!!そこに勝たないといけないんだから!メイっちもうかうかしてられないんだからね!!」
「いやまぁリンちゃんはともかく、イェルはどうなんだ?レイとんのことを好き・・・・というより尊敬しているようないい振りだったが・・・・・・」
「まぁグレンダンでの関係はわからないし?確かに尊敬かもしれないけど、ツェルニという学園都市で対等な立場になったとき、その尊敬が恋心に変わらないともいえないでしょ!?」
 ミィフィの言葉は最もだ。ナルキもうむ、と納得するほかなく、それにメイシェンはおどおどとしていた。
「リンちゃんはともかく残りのメンバーが揃いも揃って武芸者ってのはなかなか高い壁ね・・・・・戦場で背中を預ける仲間・・・・なんてのはやっぱり絆も生まれやすいだろうし」
「あとはイェルがどこの隊に入るかにもよるんじゃないか?案外第五小隊とかにいくかもしれないし」
「そこねそこが重要ね。イェルの動向はよーく見張っておかなきゃ・・・・」
 といつの間にか撮った写真を見ながらミィフィは言う。
 白銀の髪、翡翠色の瞳。私服を着ているとなかなか武芸者には見えないが、腰の剣帯には錬金鋼が連ねられている。腕はニーナやナルキよりも細くとても戦えるような姿ではないが、グレンダン出身者は油断できない。
「楽しくなってきたわよ〜!!」
 それはミィフィだけじゃないだろうか、と言う言葉をナルキ・ゲルニは飲み込まざる得なかった。




20160922