「こんにちはー・・・・・・」
尻すぼみな声が第十七小隊の訓練室に響いた。
フェリがちらりと入り口を見て、そしてまた手元の雑誌に目を戻す。最初に反応したのはシャーニッドだった。
「お、なにやらフェリちゃんにも負けず劣らずの美人の登場だ、もしかして彼女が短期留学の?」
「
イェル
!!」
ニーナがそれまで厳しかった表情をぱっと明るくして、乗っていた球の上から降りる。そして、訓練室中に広がった球を避けながら入り口に向かう。
「みんな!ちょっと聞いてくれ!!」
ニーナの快活な声が訓練室に響いた。そこに全員の視線が集まる。
「
イェル
!?」
レイフォンが素っ頓狂な声を上げる。
「彼女はグレンダン出身の
イェルチェ
・ハーデン。今回武芸科の一年生として短期留学をしていてな。小隊所属を希望しているんだ。そこで今日の訓練に来ないかと私から声をかけたのだが・・・・・レイフォンは顔見知りのようだな」
「ご無沙汰しておりましたレイフォン様。覚えていてくださって光栄です」
「お、おお?おいなんだレイフォン、お前あんな子に様付けされるとかグレンダンでどんな生活送ってたんだ?」
シャーニッドが
イェルチェ
の挨拶にニヤニヤとしながらレイフォンの肩を叩く。
「い、いやどんな生活って!
イェル
は鋼糸の姉弟子にあたる人なんですよ!本当に!ただそれだけ!」
イェルチェ
はニーナに促されるままに訓練室に入ってぐるりと訓練室を見回している。
「昨日も気になっていたがその様、というのはなんなんだ?」
「レイフォン様は元とはいえ天剣授受者ですから・・・・・・グレンダンで天剣授受者といえば最高位の武芸者の集団、彼らによってグレンダンは汚染獣の脅威から逃れられているようなものだからね・・・・?普通は呼び捨てになんかしないのよ。リーリンはレイフォン様と幼馴染だから気にしないだろうけど、私みたいな一般武芸者からすれば、ねぇ」
雲の上の人みたいだし、と
イェルチェ
は言う。
レイフォンは慌てて「やめてください、もう僕は天剣じゃないそんな呼び方されたら色々誤解されます」と言う。でも、と困ったような表情の
イェル
にニーナは言った。
「まぁグレンダンでは色々あるのかもしれないが、ここでのレイフォンはツェルニの武芸科一年、第十七小隊の小隊員なんだ。隊員間で意識に格差があるというのはあまりいいことではないと思う。できるなら普通に接して欲しい」
「う、うーん」
「そうですよ隊長の言うとおりです。僕はもう天剣授受者でもなんでもない、今は第十七小隊の隊員です。
イェル
も・・・・・第十七小隊に入るなら僕と
イェル
には壁なんてどこにもないでしょう」
「・・・・・はい」
イェルチェ
はかしこまったような少し照れたような表情で頷いて、それから小さく「レイフォン・・・・?」と呟いた。
「はいなんでしょう、久しぶりですね
イェル
」
レイフォンも
イェルチェ
の言葉に安心したようだった。
「ええ、久しぶり。お養父さまのところで修行していたのがとっても昔みたい。鋼糸の数があれから増やせた?」
「うっ・・・・・・・そこまではちょっと・・・・」
「そうなんだ?でも普通の錬金鋼じゃ一千万が限界だから、そこまで増やせれば・・・・・」
「そこまでも・・・・・いってないですね」
「ふふ、じゃあ鋼糸なら私の勝ちね」
「最初から敵うとは思ってません」
はぁ、とため息を吐いたレイフォンは今は使えない鋼糸の錬金鋼を思う。
「鋼糸ってのはあれだろ、レイフォンが幼生体を切り裂いてたやつ」
シャーニッドは過去の記憶を思い返しながら言う。
「そうだ。だが残念ながら鋼糸はツェルニでは使用が制限されていてな。
イェル
はほかに使える錬金鋼はあるか?」
「はいはーい錬金鋼のことなら任せて。調整もなんでもやるよ〜」
と、ニーナの言葉にハーレイが手を上げた。
「ええっと鋼糸がだめなら格闘技と化錬剄を少し」
「その腕で格闘技か!?」
「な、内力系活剄で底力あげますから!」
ニーナの驚いたような声に、
イェルチェ
も抵抗する。
「ま、まぁ確かにそうだが・・・・・・よし、折角だし
イェル
の入隊テストをするか」
「ええ?」
「まだ十七小隊へ入ることは決めてはいないだろうが、十七小隊では入隊時には私がテストをすることに決まっている。勿論レイフォンも受けたぞ。何テストに合格したからといって必ず入れなんて言わない。それに私としては
イェル
の実力がどのくらいのものなのか興味がある」
ニーナはそういうとレストレーションと復元言語を口にした。
「鉄鞭・・・・・古風ね」
「ああ、だろう?よし、一旦球を片付けよう」
「それなら私がやるよニーナ。レストレーション01」
実戦で使う気はないけれど持っていないと落ち着かない。剣帯にぶら下げた錬金鋼の一つを手にとって復元、それは金色に輝く剄をまとった鋼糸へと変化する。鋼糸は一瞬で訓練室に広がって、そして網を作ると床に散らばった球を回収する。その際にシャーニッドとレイフォンを器用に避けて、球はあっという間に鋼糸で出来たネットの中に収納された。
「鋼糸とは便利なものだな」
「下手をすると大怪我をするんだけどね」
イェルチェ
の言葉にレイフォンがそっぽを向く。覚えがあるようだ。
「それじゃあテストと行こう」
「うん」
どの道どこかの小隊に入ることが学費免除の条件にもなっている。
イェルチェ
はニーナの言葉を否定することなく受け止めて、訓練室の真ん中に立つ。
「錬金鋼は持っているのか?」
「うん、グレンダンから持ってきたやつだけど・・・・・歯引きとかは大丈夫だと、思う。レストレーション」
イェルチェ
の腕輪が復元言語と共に手甲の形をとる。と同時にブーツに仕込んであった錬金鋼もまた脚甲の形をとった。
(あれ、あの形・・・・・)
レイフォンは
イェルチェ
の手甲と脚甲の形を見ながら記憶を穿り返す。どこかで見たような記憶がある。どこだっけ、と思っている間に二人は動き始めていた。
「行くぞ!!」
ニーナが先行する。
イェルチェ
はあくまで落ち着いて、その場で下段蹴りの構えを取る。続けて中段、そして上段、再び下段に戻り、中段、上段、訓練室の中で風が渦巻き始める。それと同時に
イェルチェ
の手元に白銀の炎が宿った。
「隊長!!気をつけてください!すでに剄技は始まってます!」
「はっ」
レイフォンの言葉に突進を仕掛けようとしていたニーナは止まると同時に地面を蹴って転がる。そこを風の刃が通り抜けていった。そしてソレは止まることなく次から次へとニーナを襲う。ニーナは衝剄と鉄便を使ってそれを弾くが、
イェルチェ
に近づくことはすでに困難なほどに風と剄が彼女の周りを取り巻き、さらにそこに白銀の炎が宿っている。まるで踊りのようだと端から見ていたシャーニッドは思った。
(!)
突如ニーナの耳元で起こった爆撃を、ニーナは直感で回避した。燃え上がったのは白銀の炎。危うく鼓膜を破られるところだったニーナは、さらに集中して
イェルチェ
の動きを見る。威力はまだ弱い、だが手数が多い。本人はニーナに近づくことなくその場で踊りを踊っているようであるのに、変幻自在の剄技がニーナを襲う。
「これがっ・・・!!化錬剄か!!」
ニーナが風の刃を受け止め避けながら、その隙を探すが、
イェルチェ
を中心に出来た竜巻のような風と剄がそれをさせてくれない。
「すげーな・・・・」
ぽつりとシャーニッドがこぼした。
「レイフォンあれ知ってるのか?」
「はい、ルッケンスの格闘技と化錬剄のあわせ技、疾風迅雷の型ですね。型そのものの中に剄を練るという工程が含まれているので、彼女が舞えば舞うほど威力が強まっていきます。あれは・・・・・・天剣授受者サヴァリスさんの技、ですね」
レイフォンはようやっと思い出した。あの見覚えのある手甲と脚絆、そして動きの逐一、それらの背景にサヴァリスが見える。彼女に格闘技と化錬剄を教えたのはサヴァリス・ルッケンスであるという確信がすでにレイフォンにはあった。
そしてこれが疾風迅雷の型ならば、一番最後の一撃が最も危険だ。
踊りは終盤へと差し掛かる。遅い来る風の刃が寄りいっそう鋭さを増し・・・・そして・・・・・
外力系衝剄の化錬変化、ルッケンス奥義、風烈剄
ごうっ、と見ている側にも吹き付ける激しい風。訓練室の中がまるで嵐のようだ。
「隊長!!」
最も剄が練られた一撃は、まっすぐにニーナに向かっていった。シャーニッドも真剣な面持ちで爆発の中心地を見る。フェリだけはかすかに髪を光らせながら、雑誌に目を落としたままであった。
ニーナは最後の、最も強力な化錬剄の一撃を金剛剄で受けた。が、完全ではない。右肩から血を流し、右手に握られた鉄鞭はだらりと地に落ちている。
イェルチェ
はそれ以上仕掛けはしない、がすでに次の構えを取っている。十分に練られた剄は両手の手甲を通じて更なる変化を遂げ、白銀の炎が燃えていた。
「・・・っまったくグレンダン出身者は馬鹿みたいに強いのが多いな!」
「・・・・」
旋剄。
瞬間ニーナの姿がその場から消えて、
イェルチェ
の背後に現れる。左手に握られた鉄鞭を一気に振り下ろすと、振り向いた
イェルチェ
がそれを両手の手甲で受け止めた。
「・・・・っ」
イェルチェ
が眉をしかめる。手甲で受け止めると同時に衝剄で威力は殺してあるがそれでもなお押される。
イェルチェ
自身力がないのは承知しているが、ちょっと悔しい。
「受けきったな!次だ!」
イェルチェ
の攻撃が止まったのをいいことに、ニーナは次から次へと仕掛けてくる。ニーナが
イェルチェ
に勝るところがあるとすればそれは肉弾戦による直接的な攻撃力とまっすぐな攻撃だ。
イェルチェ
は出来る限りニーナからの攻撃を真正面から受けないように、避ける。
イェルチェ
ではたとえ内力系活剄を最大限活用したとしてもニーナの勢いをまだ殺せないのである。
鉄鞭と手甲がぶつかり合う音が響く。
何回打ち合っただろうか。ニーナが攻撃し、
イェルチェ
が受ける。それだけのことだが随分な回数を繰り返したように思う。
イェルチェ
は疾風迅雷の型以外の攻撃をしようとはせず、最初に見せた攻撃の勢いはどこへやらあとはニーナにただ押されているだけのようにも見えた。
「いやーでもよく受けてんなー
イェル
のやつ。それにまさかあれだけってことはないだろ」
「そうですね。ルッケンスの格闘技は、汚染獣に対しいかに素手で立ち向かうか、を基本的な考え方としています。多分ですけど、
イェル
はほかにも剄技を知ってますが、それを使ったら隊長がただの怪我じゃすまないんじゃないかな」
「つまり汚染獣と戦いすぎて対人戦は苦手ってことか?」
「そうなりますね。相手を再起不能にしていいならば、多分
イェル
はもう少し動いているんじゃないかと思います」
それはそれで、おっかないところだな、とシャーニッドは肩をすくめるのだった。
ニーナが攻撃をやめたのはそのときだった。すでに右肩からの出血は内力系活剄で止まっており、右の鉄鞭を握る力も戻ってきているようだ。
「よし、ここまでとしよう。
イェル
、最初のあれはなんだ?すごかったな」
「ニーナの攻撃・・・・重たかった・・・・・」
イェルチェ
はため息を吐きながら錬金鋼を元に戻す。
「ほぼ全部受けられてしまっては、私もまだ訓練がたりないな。
イェル
もまだ隠し玉はいくつもあるんだろう?」
「ううーん、あるといえばあるような・・・・まだ対人で試したことがなくて加減ができないのよね」
「つまりは対汚染獣が
イェル
にとっての戦場ということか・・・・全く頼もしい限りだな」
だが、とニーナは話を続ける。
「もしよければ第十七小隊への入隊、是非考えてくれ。化錬剄ならもしかしたら第五小隊の方がいいかもしれんが、うちはいつも人数不足でな」
はは、と笑うニーナの表情はすっきりとしている。
「わかった、考えておくね」
イェルチェ
は頷いて、にっこりと微笑んだ。
20160922