槍殻都市グレンダンにおいて、汚染獣との戦闘とは日常茶飯事のものであり、特筆すべき項目はこれといってなかった。十二人の天剣授受者そして女王アルシェイラ・アルモニスがいる限り、都市戦に対しても、そして汚染獣戦に対しても無敵無敗。それゆえにグレンダンはグレンダンとして存在し続けることが可能であるといえる。
「それがまさか、上空からの侵入を許してしまうとは」
 呆れたようにサヴァリスがぼやく。念位が届くよりもさらにその上、大気圏を突破しかねないその距離からの都市を狙った急激な落下は鷹が獲物を狙うのにそっくりであった。
「老成一期にしては知恵が働く」
 エアフィルターを真上から突き破って現れた汚染獣は、そう回数の多くない都市内への侵入を許してしまったのである。これが都市の農産業が集中したエリアであれば、人的被害はそう多くはないだろうが、エアフィルターの頂点より飛来した汚染獣は、まさに人口密集地へとつまりは餌の最も多い地点へと着陸したのである。
 避難勧告は汚染獣がエアフィルターを破るとほぼ同時。つまりほとんど意味を成さず、多くの市民が建物内に取り残されたままになっている。早急に汚染獣を倒さねば被害は拡大する一方だ。
 サヴァリスは天剣授受者として、当然のように汚染獣へと足を向けたが、いかんせん、サヴァリスの現地点から汚染獣侵入地点までは距離がありすぎる。どうあがいても汚染獣落下地点周辺の損害は免れないだろう。この事態にすでに他の天剣授受者も動いているとは思われるが、さて誰が一番早いか。
「当然、リンテンスさんの鋼糸がもう届いてますよね」
 自分はもしかしたら到達する前に、ことは片付くかもしれないと思いながら、サヴァリスは金色の糸のようなものが、汚染獣を取り囲んでいくのを眺めていた。
「おや・・・?」




「相手は老成一期、いけるなイェル」
「はいお養父さま。レストレーション」
 イェルチェの錬金鋼復元音声信号と共に彼女の手元から現れたのは、金色の鋼糸だ。現天剣授受者リンテンス・サーヴォレイド・ハーデンが得物とするそれとまったく同じ、いやそれよりは少し太さのある鋼糸であった。
 金色の光は、汚染獣を取り囲むようにオリを作ると同時に、その頭上に槍を形成する。複数の鋼糸が収束し、回転しながら鋭角な先端を作り出し、オリに翻弄された老成一期の真上にぴたりと留まった。
「お前の鋼糸はまだそれそのもので切り裂くには太すぎる。貫くと同時に展開し圧死させるほかに手はない。一撃で仕留めろ。周辺の市民はすでにオリから外に出ている。遠慮は必要ない」
「はい___」
 控えめな声とは裏腹に、次から次へと鋼糸を編みこみ巨大化した槍はすでに三階建てのビルにも及ぶ高さになっていた。
 イェルチェは無言で錬金鋼を振り下ろす動作をする。それと同時に密度の増した槍が口を開けた汚染獣に突き刺さった。槍の先端が汚染獣の中心を貫くと同時に、槍はまるで蕾が開くかのごとく展開し、十字に重なった鋼糸が汚染獣の動きの一切を固定してしまう。ずん、と重苦しい音は汚染獣の下の道路が汚染獣と鋼糸の圧力に耐え切れずに崩壊した音だ。
 ギエエエェエエエエエ
 声帯ごと貫かれた汚染獣が悲鳴を上げる。それは末声であり、鋼糸のオリに囚われた汚染獣の最期であった。
 槍により中心核を貫かれ鋼糸による超加重により全身に超重圧をかけられた汚染獣は、その最期の悲鳴を残して絶命した。
 最も著しい破損は汚染獣の下敷きになった道路と、侵入時に破壊されたビル一棟であろう。ビル内の市民を除く犠牲者はなし、老成一期に侵入された被害としては十分に軽いものであると考えられる。
「リンテンスさんやはりあなたが一番早かったんですね」
「遅いぞ馬鹿者が」
「そういわないでくださいよこれでも最速で駆けつけたんですから」
 それよりも、とサヴァリスは言う。
「リンテンスさんにしては珍しい戦い方でしたね。鋼糸で槍を作るなんて、そんなもの作らなくても貴方の鋼糸なら老成一期の殻なんて簡単に引き裂けるでしょう」
「・・・・・・」
 リンテンスは無言だった。その代りにリンテンスに隠れるようにして立っていたイェルチェの背を押す。
「・・・・・・」
「・・・・・始めましてサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス様」
 汚染獣の死体を見下ろすビルの上、風が吹き抜けて、サヴァリスとイェルチェの白い髪を揺らした。
「・・・・・リンテンスさん誰ですか彼女は」
「娘のイェルチェだ」
「はい?」
 サヴァリスは一瞬聞き間違いか何かかと思い思わず聞き返す。彼女の名前ではない。重要なのはその前の単語だ。
「私はイェルチェ・ハーデンと申します」
「いえそうじゃなくて、今娘って言いました?」
 サヴァリスの反応をイェルチェがどう捉えたかは知らないが、改めて丁寧に自己紹介をするイェルチェをさえぎってサヴァリスはもう一度リンテンスに聞き返した。
「娘だ」
「娘ってことはつまり貴方の子供ってことですか、待ってくださいリンテンスさん貴方結婚は」
「してない」
「なら娘って」
「養女だ」
 畳み掛けるようなサヴァリスの質問に、リンテンスは多少いらついたような口調で返事を返していく。その間イェルチェは困ったように養父とサヴァリスの顔を交互に見るだけで何も言わない。その代りに言葉を繋いだのはリンテンスの方であった。
「サヴァリス、一つ頼みがある。イェルに化錬頸を教えてやってくれ。もう200秒は無駄にしたな。外延部に新たな汚染獣の群れが現れた。俺が出る」
「お待ちくださいお養父さま!サヴァリス様に化錬頸を教わるとは一体____」
 イェルチェの言葉はあいにくと養父であるリンテンスには届かなかったようだ。あっという間にビル群を抜けて外縁部へと飛び去ったリンテンスに置いていかれたイェルチェと、最初から話においていかれているサヴァリスの間に冷たい風が吹き抜ける。
「・・・・僕はこの短い間にとんでもないことを押し付けられた気がするんだが・・・・・イェル?」
「は、はい!」
「君はこの状況についてきてるかい?」
「い、いいえ、申し訳ありません。サヴァリス様に化錬頸を教われなどと言われたのは恭賀初めてでその、一体どうしたらいいのか」
「僕もだよ」
 大体娘がいたこと自体始めて知ったんだ!と常ならばさっさと汚染獣戦に向かうサヴァリスが、動揺のあまり動けずにいることは非常に珍しいことだった。
「まぁ僕からすればリンテンスさんの娘というだけで興味の対象ではあるけど、あいにく僕は後継者育成に興味がなくてね。君の師匠にはなれないよ」
「あ、いえ、はい・・・・・」
 イェルチェは語気の強いサヴァリスの言葉に、尻すぼみになりながら返事をした。この様子から見るに、彼女自身が望んでサヴァリスの弟子になりたいと思っている訳ではないことがわかるが、それでも解せぬことは山ほどある。
「とりあえず君も武芸者なんだろう。ならひとまず外縁部に向かうのはどうかな。どうやら汚染獣の群れと遭遇したみたいだ」
 ウゥーーーーーーーー
 大きなサイレンが都市中に響き渡っている。グレンダンでもそう多くはない緊急避難警報だ。これが流れたということはよほどの老成体と遭遇したが、巨大な汚染獣の群れに遭遇したかのどちらかである。先ほどのリンテンスの口調では老成体ではなく汚染獣の群れと遭遇したと考えるのが妥当だろう。
「それじゃあ僕はもういくよ。ここにいても何も面白いことはなさそうだからね」
「あ、あのサヴァリス様!私も一緒に連れて行ってください!」
「・・・・・構わないけど自分で移動ぐらいできるだろう」
「は、肺に病を患っていて・・・長時間長距離の移動が、そのうまくできなくて」
 言いにくそうに言うイェルチェにサヴァリスはため息をついた。
「・・・・・連れて行くだけ連れて行くけど君を守るようなことはしないからね」
「はい、ありがとうございます」
 この時点でサヴァリスにはイェルチェに対し何の興味もわかなかった。どこにでもいる武芸者見習いの少女。強いて言うならばリンテンスの娘と言う点が気になるが、それだけだ。先ほどの鋼糸が彼女のものだとしたらその技量は褒めてやってもいいが、自力で移動も出来ない武芸者では早晩倒れるに違いなかった。
 サヴァリスの中で、イェルチェ・ハーデンという女はすでにいなくなったもどうぜんで、ただ機械的に彼女を外縁部へと連れて行く。それで終り。
 そう何の興味もなく、それだけの出会いで終るはずだった。彼女の汚染獣との戦いを見るまでは。




20160919