番外編 奪っちゃった  お友達  もういいかい
「奪っちゃったぁ」


部屋に入った瞬間むぎゅっと唇に押し付けられた布の塊を手で押しのけると、レイジーが楽しそうに笑っていた。レイジーの手には継ぎ接ぎだらけの熊のぬいぐるみがある。サイズはせいぜい人の顔ぐらい、ビリー=パペットとは違い、ボタンの目玉は左右対称で、継ぎ接ぎだらけといってもその縫い目は綺麗だった。だが、シャルナークの記憶が正しければ、これはつい先日の仕事で、警備員の血を嫌というほど浴びていたはずだ。それと同時に洗ってもまだ残っている血の臭いが漂ってきた気がして、思わずシャルナークは顔をしかめる。


「どうしたの?」


レイジーはまるで気にしていないのだ。彼女は自分で何かを殺すことを嫌がっても、血や臓物、死体といったものにまるで恐怖を抱かない。そのせいで、血まみれの悪臭のするビリー=パペットを一緒に寝たがるレイジーから取り上げるのが大変だったのだ。今ではきちんと洗ってから一緒に寝るようになったものの、それでもシャルナークには血の臭いのするぬいぐるみと一緒に寝れるレイジーの感覚がわからなかった。
シャルナークは何故そんな表情をしているかわからないとでも言いたげに見上げるレイジーの額を撫でる。そしてその額に軽いキスを、それからふわりとした金髪の頭を片腕で支えて、柔らかな唇に触れた。
そう長い時間の口づけではない。チュッという軽いわざとらしいリップ音と共に顔を離すと、レイジーははじめてのことにぼーっとしたままシャルナークを見上げてる。


「奪っちゃった」


いたずらを成功させたいたずらっこのように、楽しげに笑いながら、先ほどのレイジーの台詞を繰り返した。









奪っちゃった(8年後ぐらいのお話)
2014/03/25



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「あのさレイジー、せめてビリー=パペットもこういうときぐらいは部屋から追い出してくれないかな」


シャルナークの膝の上に乗ってとろんとした表情で、レイジーはシャルナークにしがみつく。嬉しそうに笑って、話してシャルの手で遊びながら、レイジーはなんで?と聞いた。


「あのね、君が気をやる度にビリー=パペットに襲われると萎えるんだよ。あいつオレのこと殺さないって言う割りにこういうときは必ず襲ってくるから」

「でもビリー=パペットは私のお友達だもん」

「お友達だったらなおさらお願いして外にいてもらってよ。大体オレ誰かに見られてるのは好きじゃないんだけど」


ぷくっと頬を膨らませて、この歳になってもなおレイジーはぬいぐるみを手放さない。勿論、具現化系ではなく操作系のレイジーにとっては操作対象であるぬいぐるみを手放すのは念が使えなくなるのと同義であるのだが、わざわざ一緒に寝るときまで持ち込む必要もないだろうというのがシャルナークの内心である。
ごろごろと喉を鳴らす猫のように、首筋に擦り寄ってくるレイジーを邪険扱うこともなく、片手で受け止めて、シャルナークは忌々しげにビリー=パペットを見下ろした。レイジーに片手をつかまれてソファーからぶらんとぶら下がっているビリー=パペットの口元がにやりと笑った気がした。








お友達(8年後ぐらいのお話)
2014/03/25



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「もーいーかい」

「まーだだよー」


ふと、隣を歩くレイジーの足が止まって、シャルナークもまた足を止めた。


「あれ、なぁに」


レイジーは今日もビリー=パペットをしっかりと握り締めている。血を吸って、いくら洗っても落ちない汚れをいつもならそこら中にこびりつけているのだが、今回はついこの間マチが洗ってくれたおかげであまり汚れは目立たなかった。だが、知っている人間が嗅げばわかる、血の臭いがかすかに今も漂っている。縫い目には落ちきらない汚れがしみこんだままだ。


「かくれんぼ、子供の遊び」

「・・・私やったことない」

「オレもないかな。命がけならやったことあるけど」

「あの子達は違うの?」

「あの子達は違うよ。遊んでるだけ」


行こう、とレイジーの手を引いてやると、今度はすんなりと着いてきた。
レンガの建物と、窓際に飾られた色とりどりの花。祭りに浮かれた大人たちは、子供たちが街中で駆け回り遊ぶ様子を笑いながら眺めていた。シャルナークはレイジーの手を引いて、そんな大人たちを避けながら大通りを進んでいく。


「いつ?」

「んー・・・。美術館がしまってからだから、まだ時間あるかな」

「私もかくれんぼやりたい」

「やる?」

「シャルもやる?」

「オレはやんないけど」

「じゃ私もやんない」


シャルがやんないならやだ、とうつむく。金色の髪の毛に真っ赤なカチューシャがよく似合っていた。今日のワンピースは今まで着ていたような真っ白のそれではなく、マチが選んできたレースをふんだんに使ったかわいらしいものだ。傍目からは兄弟に見えるのか、手を繋いであるくシャルナークとレイジーをほほえましげに大人たちの視線が通り過ぎる。この中の誰も、今晩この二人が美術館を襲撃して強盗殺人をやってのけるなど思いもしないのだろう。世界はひどく平和だった。人々は身近に紛れ込んでいる死に気づきもしない。


「それじゃ、美術館でやろう。今日は皆集まるから、レイジーが鬼で、残りが隠れるから見つけるんだ」

「わかった!」


シャルナークはいともたやすい出来事であるかのようにそんなことを口にした。レイジーはしばしシャルナークの翡翠色の瞳を見つけて、それから満面の笑みを浮かべてシャルナークの身体に飛びついた。出会ったときより少しだけ大きくなった身長は、まだまだシャルナークには及ばない。腹のところにくる頭を二度撫でて、シャルナークは再びレイジーと手を繋ぐ。


「もーいーかい」

「まーだだよ」


しんと静まり返った美術館の中で小さな子供の声が響いた。それに呼応するいくつかの声。しかし声はすれども姿はない。血溜まりに足を踏み入れて、綺麗な絵画の横を通り抜けると、その後ろからシズクが一つ一つ美術品をデメちゃんの中に飲み込んでいく。


「あっシズクみっけた!!」

「遅いよー」


ずっと後ろにいたのに、とシズクは見つかってもあまり気にせずに壁にかかったものを次から次へと飲み込んでいく。


「クロロと、フィンとフェイは見つけたのよ。でもねマチとシャルとウボォーが見つかんないの」

「えっ、団長見つかっちゃったの?」

「うん。絵の前でじーっとしてた」

「あっそうか」


かくれんぼするよ、と伝えておいてもどうせ忘れたのだ。フィンクスとフェイタンもあまり隠れる気がなかったに違いない。


「広いから大変だね」

「シズクも探すの手伝って」

「いいよ。これ飲み込んだら」


最後の一つの絵と、廊下の中央にところどころ飾られた価値のよくわからないツボを飲み込むと、シズクの手から掃除機が消える。


「「もーいーかい」」

「もーいーよー」


暗い廊下に声が響いた。





もういいかい
2014/03/25


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