05.
その日シャルナークとレイジーが揃って少しアジトから離れたところまで出かけたのは、少々無用心だったと言う他なかった。
クロロが幻影旅団を結成する前日のことだ。シャルナークはどうしても外に行って夕日が見たいというレイジーにせがまれて外に出た。レイジーが来てから一度も青い空を見せてない空が、その日は珍しく晴れて、どことなく晴れ晴れしい気分になった。夕日はこのときを逃せば次いつ見れるかわからない。念に関してはおおよそ必要なことを把握したので、シャルナークとしてはこれ以上レイジーに付き添う必要もないのだが、もう一つ気になるビリー=パペットのことを先送りにしたままだった。シャルナークの念・ブラックボイスはほぼ完成していた。まだ完全に何ができるのか把握し切れていないことがあるのも確かで、実践で使うにはテストが不十分なところもあるがそれはこれからの問題だ。クロロもまた、スキルハンターの能力を把握したようで、一度念を盗まれた。あの時は非常に不愉快だった。
だが、シャルナークにはまだレイジーの念の概要がつかめないのである。レイジーが意識を失っている間にだけビリー=パペットが動くのは確かで、これが念であることも確信していた。だが、それにしてはビリー=パペットは個性が強すぎるのだ。念によって動くもの、特に操作系は念によって物体を動かすことができるが、ここまで個性的な何かを作り出せるということは念にはまだ何かがあるのではないかとシャルナークは思ったのである。レイジーから自発的に教えてもらうことはできずとも、近くにいれば何かしら得るものがあるだろうと、シャルナークは確信していた。
ゴミの山の間を歩きながらシャルナークは手をつないだレイジーに話しかける。彼女の片手には相変わらずビリー=パペットが抱えられていた。


「ねえ、レイジー

「なぁに?」

「ビリー=パペットってさ、レイジーとおしゃべりしたりする?」

「?」


シャルナークの問いにレイジーは首をかしげる。それからしないよ、と答えた。


「でもね、たまにお話したいのかなって思うことはあるの」

「それは・・・どんなとき?」

「うーんとね・・・昔だと、白い人がね・・・・・・」


ふとレイジーの言葉が止まって、レイジーは上を見上げた。そこには光を背後に見知らぬ影がある。シャルナークはいつものことだと無視しようとしたが、ふと背筋に寒気を感じて、レイジーを抱えて飛びのいた。
その影はずるりと半分動かない足を引きずりながらシャルナークに近づいてくる。今先ほどまで、ゴミ山の上にいたというのに一体いつの間に移動してきたのかはわからない。どこかビリー=パペットと似たものを感じて、シャルナークはあのときの恐怖がほんの少し返ってきたことを感じたのだった。


「Crazy Twistだ」


レイジーはあまり抑揚の無い声でそれを呼んだ。


「Lazy Girl、Lazy Girlこれを食べろってあの人たちがお呼びだよ」


それは男の声だった。やつれた表情と濃い隈、抜けかけた髪はひどく不健康そうに見える。歳はさっぱりわからなかった。声の感じからはシャルナークと同じぐらいにも思えたし、見た目からは30を超えるような気もする。男はそう言って誰も居ない方角をさして小さな瓶を片手に近づいてくる。
レイジーの知り合いのようだった。だからシャルナークはレイジーがその男に近づくのを止めるのを躊躇した。


「私飲みたくないよ」

「だめだよ、Lazy Girl、僕たちは」


男はそこで一旦言葉を区切る。そして若干だが戸惑いを見せるレイジーの口の中に瓶の中身を押し込んだ。


「あの男を殺さなきゃ」


男は最初からシャルナークを殺す気だった。片足の跳躍であっという間にシャルナークの目の前までやってきて、シャルナークの腕を掴もうとしたが、かろうじてのところでシャルナークは男の手に廃材を握らせたのである。
パクノダやクロロから何度か、聞いた。ここいらで奇妙な死体が転がっていると。シャルナークの予感が正しければ、この男がその犯人だった。
シャルナークの思惑通り、男が廃材に触れた瞬間、それは両端がそれぞれ違う方向に回転し、そして中央でぶつりとねじ切れたのである。腕力などでは到底ない。明らかに念能力の仕業だった。
ゴミの中を転がって、レイジーの方を向く。そしてそこでようやっとシャルナークはレイジーの手を離したことを後悔したのである。彼女が何を飲まされたのか知らないが、彼女はシャルナークが始めて出会ったときと同じように地面に倒れていた。そしてその腕の中に、ビリー=パペットはいない。
ぞくっとした寒気を感じてシャルナークは顔を上げた。Crazy Twistと呼ばれた男からかろうじて逃げ出した勢いで転がったまままだ身体を起こしていないのは、シャルナークの敗因だ。視線を上げた先にいたのは、鉈を持ったあの兎の人形だった。
ボタンの目玉と、あるはずもない視線が合う。じっと動きを止めていると、片足の男が笑って殺せ殺せと騒ぐ。ビリー=パペットは黙ってシャルナークを見下ろしていて、それからあの時と同じように跳ねだしたのである。


「ビリー=パペットは殺さない!!」


片足の男の声が止まる。そして怪訝な雰囲気が伝わってくる。


「ビリー=パペットはっ!殺さない!Lazy Girlが気に入った!お前はもう臓物じゃない!お前はもう臓物じゃない!!」


騒いで跳ねて、その姿はまるで子供のようだ。だが実際にそうやって跳ね回って歌うのはつぎはぎだらけの、血まみれの鉈を持った人形なのである。シャルナークは何が起こったのか把握できずにそのままの姿勢で動きを止めた。
そこから先のことは、本当に何が起こったのかよくわからなかった。シャルナークはビリー=パペットが動き出した時点で殺されることを覚悟したのだが、結局のところ殺されたのはあの片足の男だったのである。
ビリー=パペットは鉈を持って跳躍し、シャルナークを軽く飛び越えるとあの片足の男に襲い掛かった。片足の男も何が起こっているのかよくわからなかったらしく、しばし呆けた面をしていたが、右手を鉈で切り落とされて激昂した。むしろそこまで何故少しも動こうとしなかったのか、という方が不思議であるが、とにかく片足の男はそこでようやっと金切り声を上げて反撃に出たのである。ビリー=パペットの腕を掴んで、それをひねり潰した。だがビリー=パペットの中身から出てきたのは単なる綿で、ビリー=パペットは痛みも感じないように跳ね回り、鉈を振り下ろす。そうやって人ともわからぬ二人が戦っていたのはほんの少しの間のことで、最終的にはビリー=パペットが男の脳天に鉈を振り下ろして全ては終わった。
バキャ、ミシ、バキッと頭蓋が瞑れる音だけが響く。ビリー=パペットは何度も何度も男の死体に鉈を振り下ろして、原型が無くなるまでミンチにする。ビリー=パペットは片腕がなくなり、さらにボタンの目玉が取れかけ耳も片方なくなっていた。それでも足が動く限りビリー=パペットは跳ね回ってすでに形を留めぬ血と肉の塊に鉈を振り下ろす。


レイジー


シャルナークはビリー=パペットを刺激しないようにそっと倒れているレイジーに近づいた。呼吸は何も異常はなく、ゆっくりと胸が上下している。ただ単に寝ているだけのようだ。


レイジー


身体を揺すれば、レイジーのまぶたが微かに動いた。それと同時にぴたりと跳ね回り死体をミンチにする耳障りな音が消える。そちらを見ると、ビリー=パペットがまっすぐにこちらに向いていた。
足元には肉の海が広がり、血にまみれた鉈を持ったぬいぐるみがこちらを見ている、というのは一体どんなホラー映画なのだろうか。死ぬ恐怖とは違う、恐怖が再びシャルナークに到来して少しだけ身を震わせた。だがそれも一瞬のことで、ビリー=パペットは力を失ってそのまま血の海に倒れこんだのである。びしゃ、という音と共にそれきり動かなくなる。それから数瞬後、レイジーが目を覚ました。








2014/02/10


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