03.
「ふぅん、いいんじゃないか。確かに、念に関しては相当だろうな」
幻影旅団を結成する一歩手前のこの時、彼らの念もまたあと一歩のところで完成していなかった。それは彼らの独学による念の習得のせいであって、もしも優秀な師がいたのなら、その師が恐れるほどに彼らは念を吸収しただろう。それができない環境の中で、彼らは一歩ずつ自分たちの直感だけを頼りに一つ一つ念を形にしていった。ほとんどの書物に残されていない念能力は、人づてに教わるしかないものである。彼らはそういう意味でひどく運がなかった。だが、あの日、彼らはLazy Girlを手に入れたのである。
クロロはシャルナークから、留守にしていた間の話を聞いて、ちらりとレイジーを見、頷いた。レイジーは今シャルナークが与えた絵本を夢中になって読んでいる。その傍らには相変わらず薄汚いぬいぐるみがいたが、この間マチが洗って多少はまともな色合いになっていた。
「念の要は、あの人形か?」
「多分。レイジーが寝ると目を覚ますみたい。だから寝るときだけは絶対に一人にしてね。それかレイジーが寝るときは必ず複数人で相手にすること」
「随分と警戒しているな」
「クロロはあのぬいぐるみを見てないからだよ」
シャルナークはそう言って頬を膨らませた。親しい間柄の人間にだけ見せる、幼い頃からの癖だ。
「だができれば見ておきたい」
「わかってる。今度適当なのつれてきてみればわかるよ」
適当なの、というのはつまるところ犠牲者だ。シャルナークとクロロが自分のすぐ近くでそんな話をしていることなど露知らず、レイジーは時折抱えるぬいぐるみ、ビリー=パペットに話しかけながらけらけらと笑った。
「シャルー!」
「んー・・・何?」
「これ、読んで!ビリー=パペットも読んで欲しいの」
「・・・・お前はそのぬいぐるみが言うことがわかるのか?」
レイジーはほとんどシャルナークしか視界にいれていなかったようで、突然話しかけられたことに驚いて、それから少しだけ身を引いた。
「ビリー=パペットは私のお友達」
「そのぬいぐるみは言葉を発するのか?」
「お友達だもん」
レイジーはそれしか言わなかった。クロロは黒曜石のような瞳でレイジーをじっと見つめる。シャルナークは一つため息をついてから、はいはい、と言ってレイジーの手から絵本をとって、それから木箱の上に腰掛けるとレイジーとビリー=パペットを膝の上に乗せる。
最初のうちはビリー=パペットに触れるのも嫌がったシャルナークだったが、少なくともレイジーが起きている間は一切何もしないということに慣れてきてからはだいぶ気にせず触れるようになった。またレイジーに話を聞くうちに、独学だった念の習得方法を修正しより発や錬が明確になってきたことも影響しているだろう。クロロをはじめとして将来幻影旅団初期メンバーとなる面々の念は、この数週間で明らかに向上している。
クロロはじっとレイジーを観察する。時折奇妙な視線を感じる気がして、ビリー=パペットに視線を落とすが、そこにあるのは左右でアンバランスなボタンの目玉だけだ。目玉といっても眼球があるわけではない。それだというのに見られている気がする。シャルナークの言う通り不気味だった。
レイジーはシャルナークがページをめくるたびに喜んで声を上げた。そしてビリー=パペットの手を動かして、絵本をなぞる。何が楽しいのかはさっぱりわからなかった。
シャルナークは自分の目的と、それに対する道筋がある程度明瞭になっていれば存外根気強く物事に当たる性質であった。これでクロロが単純にレイジーの面倒を見ろ、と言っただけならすでにキレていてもおかしくはないが、これらは全てシャルナークが自分でひっぱりこんだものだ。シャルナークには明らかにレイジーから念を教わる、ビリー=パペットの謎を解くという明らかな目的があって、そしてそれに対してレイジーにこのような楽しいと思わせる時間を与えればいいとわかっていた。だから先ほどから馬鹿みたいなことを繰り返すレイジーの言葉を黙って受け入れて共に笑っている。同じ金色の髪が揺れて、兄と妹のように見えた。
「クロロ」
ふいに後ろから声がかかる。クロロが振り返ればそこにはパクノダがいた。彼女はシャルナークとレイジーを見て「きょうだいみたいね」とクロロと同じ感想を漏らした。
「どうした、何かあったのか」
「ええ、また奇妙な死体が出たわ」
死体は強い力でねじ切られたようだ、と最初にそれを見たフィンクスは言っていた。それがわずか数日前。ここしばらくクロロたちの近辺でそのような死体が何件も出ていた。時には数人まとめて、時には、たった一人ゴミ山に隠されるように捨てられたその死体に、流星街の住民たちも気づき始めている。ゆえに、クロロたちのところに話が持ち上がってくるのだ。彼らが言いたいのは力を持っているお前たちならなんとかできるだろう、ということだった。
「しばらくは下手に一人歩きするなよ」
「わかってるわ」
パクノダが頷いたのを確認してから、クロロは再びビリー=パペットに目を戻した。ビリー=パペットの口元が薄く笑んだ気がした。
2014/02/09
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