02.
シャルナークがその少女を再び見かけたのはそれから二週間後のことである。以前出会ったときと同じ格好をしている少女のワンピースはまた白くなっていた。どういうことだろうか。さらに言えばあまり痩せた様子もない。
シャルナークは少女が抱えているぬいぐるみを見て、背筋に寒気が走るのを感じた。あの時感じた恐怖は本当に久々のものだった。死の恐怖、というよりは得体の知れないあのぬいぐるみに対する恐怖が大きかった。
シャルナークはそれなりに距離をとって、少女とそれからぬいぐるみの様子を観察する。そのとき少女は何人もの男たちに囲まれていて、これからどうなるかはおおよそ予想がついた。だがそれでも助けに入るつもりはなかった。流星街は弱肉強食の地。弱いものは強いものの餌でしかない。
男の一人が少女を後ろから何かで殴った。殺してはあまり意味が無いからそれなりに加減しているだろうが、それでも十分な衝撃だったのか、少女は再び気を失う。そして、気を失った少女に男の手が伸びた。
シャルナークは絶対にあのぬいぐるみがまた動き出すと信じていたから、じっと男とぬいぐるみを見つめていた。ほんの一瞬の動きも見逃すまいとし、そしてシャルナークはぬいぐるみが動く瞬間を見つけた。
以前も凝をしていれば、ぬいぐるみをオーラが包む瞬間をはっきりと見ることができただろう。少女の手から抜け落ちて、転がった、誰も見向きもしない薄汚いぬいぐるみは一瞬うす淡いオーラに包まれてそれがぬいぐるみの中に吸い込まれた瞬間、ぬいぐるみは動き出した。男たちは皆少女に視線を向けているせいで誰も気づかない。そして誰も何が起こったのか把握しないままに死んだ。
少女に手を伸ばした男は腕から細かに、それはもう細かに肉体を切り刻まれて、最後にはそれが脳に達して死んだ。少女を殴った男は、鉈で滅多打ちにされた。何度も何度も、頭蓋骨が砕け中身が飛び出してもなお叩きつけられ、眼球が飛び出して死んだ。残りの者たちの死に様も似たようなものだ。苦しめよう、という意図は無さそうだったが、一方で殺してもなお死体をばらばらにするような残虐性が見て取れる。ぬいぐるみはさすがにこの距離ではシャルナークに気づかないのか、男たちを殺してから、しばらく死体にしゃがみこんでは切り刻んでいた。鉈はやはりどこから取り出したのかわからなかった。
ぬいぐるみは少女には一切手を上げなかった。とすれば、先ほどのオーラは少女のもので、あのぬいぐるみは少女によって操られているだろうと推測がつく。
(ということはあの子も念能力者)
しかも、シャルナークより桁外れに精錬されている。以前は凝をしていなかったから気づかなかったのだが、よくよく考えてみれば少女は常に見事な纏をしていたのだ。彼女の身体を包むオーラには揺らぎもなく、安定していて、さらに今は完全な絶の状態である。シャルナークも今でこそ、だいぶ絶ができるようになったが、気を失っていながらここまで綺麗な絶などとてもできない。それこそ自分の意思で寝入ったのならともかく、殴られ気絶したことは少女にとっては予想外の出来事だったろう。その予想外の状態から絶状態に慣れるということは何かしらの訓練をつんでいるはずだった。
ぬいぐるみはしばらくの間跳ね回っていた。幸いと言うか、ぬいぐるみが動き回っている間には誰も近寄ってこなかったから、ぬいぐるみはただひたすらに何度も何度も動かない死体に鉈を振り下ろした。そしてあるときふいに動かなくなってぬいぐるみはその場にぽてりと倒れこんだのである。血が跳ねて、ぬいぐるみに真っ赤な染みを作る。それとほぼ同時に白いワンピースの少女がもぞりと身体を動かした。
少女は完全に目を覚ましたようだった。だが自分の周囲に広がる血の海には特に何も感じないようで、ぐるりとあたりを見回して、それからぬいぐるみを見つけるとすぐさまそれに駆け寄った。そして血まみれのそれを抱き寄せ頬ずりをする。
シャルナークはそこでようやっと隠れている場所から姿を現し、少女に近づいた。
「ねぇ、君、名前はなんていうの」
少女はシャルナークをきょとんとした目で見上げたのだった。
少女の名前はレイジーと言った。金色の髪はシャルナークと同じで、二つ結びの三つ編に、翡翠のまん丸な瞳は手をつないだシャルナークを見上げてたずねる。
「ここはどこ?」
「ん?流星街」
「どこに行くの?」
「オレの家」
「何で?」
「君にちょっと話を聞きたいから」
傍から見れば兄弟に見えるのかもしれないが、これが街中だったら立派な犯罪だ。しかも不名誉なことにシャルナークにはロリコンの称号が与えられるだろう。だがここは流星街だ。誰も少女を守るものはいない。
(といっても)
とシャルナークは口に出さずに思う。
(このぬいぐるみは別か)
シャルナークよりもはるかに強い、下手したらクロロと同じぐらいの力を持つぬいぐるみは今少女の腕の中でくったりとしている。だらんと垂れた手足が地面を引きずっている。ぬいぐるみのボタンの目はどこに視線があるわけでもない。なのになぜかずっとこちらを見られている気がして不気味だった。
シャルナークは簡素なつくりの掘っ立て小屋の中に足を踏み入れた。中ではフィンクスとフェイタンがいて、さらにはパクノダもいた。クロロは留守のようだ。ここはシャルナークたちが仮のアジトにしている、居住区だった。
「何ね、その餓鬼」
フェイタンが細い目をさらに細くして言う。それでもレイジーはあまりおびえた様子は見せず、周りを見回して、それから不意に「皆私とおんなじ」と言った。
「とりあえず座りなよ。あ、この子レイジーね。最近ここら辺でバラバラ死体っていうかぐちゃぐちゃの死体作ってるのこの子だと思うよ」
シャルナークがそう言った瞬間、アジトの中には緊張が走った。少女はひ弱そうだった。だがバラバラ死体は屈強な男も弱い念能力者も含まれている。つまるところこの少女もまた何かしらの能力者だろうと全員が判断したわけである。
「レイジー、聞きたいんだけど、君って念能力者なの?」
シャルナークはレイジーが座った正面の木箱に、自分も同じように腰掛けてからそんなことを口にした。レイジーは少しだけ驚いたように目を丸くして、それから頷く。
「何で知ってるの?」
「なんとなく」
レイジーがどれだけ知っているのかを見極めたくて少しだけごまかすと、レイジーはしばらく黙ってからこんなことを口にする。
「皆、念が使えるの?でもね、私あんまり詳しいことは知らないの。私、私は眠り姫なんだって」
レイジーは確かに念という言葉を知っている様子だった。だが、あまり細かいことまでは、本人が言うとおり知らないのだろう。あまり要領の得ない彼女の話を聞きながら、シャルナークは思う。
レイジーの話をかいつまんで要約するとそれは次の通りだった。レイジーは念能力者で、彼女自身も自分が念能力者であることは知っている。さらに言えば発や錬の詳しいことまではわからずとも、どう使うか、どうすればいいかはある程度わかっているようだった。言葉にはしにくいようだが、シャルナークが見た通り彼女は訓練を受けている様子がある。さらに続くシャルナークの問いかけに、レイジーはあまり嫌そうな雰囲気も見せずに淡々と答えていった。子供にしては我慢が効く、というよりは随分とこの手のことに慣れている様子だった。
「レイジーはなんでここにいるの?」
「私は眠り姫なの、でもねなんでここにいるのかはわかんない」
「ここ、楽しい?」
「ううん。臭い」
傍で聞いていたフェイタンとフィンクスが笑った。
「レイジーは綺麗なもの好き?」
「綺麗なもの?」
首をかしげたレイジーに、シャルナークは女の子が好きそうなパッチワークの絨毯を見せた。適当に拾ったものだが、まだ新しく質が良い。レイジーはそれを見て顔を輝かせる。
「好き!」
「わかった。ねえレイジー。オレがこういう綺麗なものを見せてあげるから、代わりにオレの質問に色々答えてよ。ご飯も食べさせてあげる」
「いいよ!!でもビリー=パペットも一緒なの!」
「ビリー=パペット・・・・」
シャルナークの言葉が詰まる。
「ビリー=パペットは私のお友達なの」
2014/02/09
BACK HOME NEXT