01.
流星街は今日も、激しい悪臭を放ちながらその存在感を証明していた。もうもうと立ち上る煙のせいで曇っているのか、それともこの地域の空は常に曇っているのだろうか。シャルナークが意識するようになってから、上空が青を見せたのは本の数回のことだった。それもどこか煙でくすぶった、嫌な青だったからシャルナークは空を見上げるのが好きではなかった。
今日も、適当に流星街を歩き回って見つけた奇妙な機械を持って、いつものねぐらへ帰るところだった。昔に比べて機械いじりをする余裕ができたのは、それなりに力を持って食料集めに時間を費やさなくてよくなったからだ。クロロが手に入れた書物によって念を覚えたシャルナークをはじめとする初期幻影旅団のメンバーは、今では流星街きっての実力者となっていた。その力をひけらかすわけではなかったが、それでも流星街のメンバーたちはクロロを筆頭とするメンバーからは距離を置くようになって、やがて、両者の間には明確な線引きがされるようになった。
抱えたその機械は時折ガガッ、と小さく音を立てている。クロロがどこからともなく見つけてくる書籍によればラジオというらしいが、ラジオの構造を考えると電波の無いここいらでは役に立たないかもしれなかった。だが、それでも分解してみて何かしら組み立てられるかもしれないと思うと心が躍った。
自分で一から作り上げた携帯をいじくりながら、流星街の道を歩く。流星街のゴミ山のそこここにできている道は、そこに住む連中以外にはなかなかわからない。だが見つけてしまえば後はいくらでも見つけられる、いわば獣道のようなものだった。シャルナークは慣れたようにその道を歩いていく。空から落とされるゴミによって、時折道は変わるものの、それはたいしたことではなかった。
ざっざっざっともう地面も見えないような場所に足を踏み入れたとき、ふと携帯の画面に影が落ちて、その次の瞬間にシャルナークはゴミの山に押しつぶされていた。それに反応できなかったのは、シャルナークが錬をすることに気をとられすぎていたせいだ。おかげで痛みは無いものの、口の中に得体の知れない何かが入り込んで吐き気がこみ上げる。


「くそっ!!」


脇に抱えていたラジオはどこかへ行ってしまった。腹を圧迫している家具を蹴り上げると、家具は扉が外れて転がっていった。ゴミ山は大した量のそれではなかったから、腕を動かせばそれなりに早く脱出できた。口の中のものを吐き出したが、あえてそれは直視しない。直視したら吐きそうな気分だったのだ。
シャルナークがひどい匂いのするゴミ山の中から脱出しても未だにどこかで何かが崩れる音が断続的に響いている。そちらを見ると、そこにいたのはとても流星街には似合わないような真っ白なワンピースを着た少女だった。自分と同じ金に近い髪は長く三つ編にされ、背中でゆれている。少女は胸の位置で自分の身の丈ほどもありそうな人形を抱えていた。それが邪魔なのだろう、少女は不安定なゴミ山の上でひどく危なげに歩いていた。
また巻き込まれてはたまらない、とシャルナークはすぐにゴミ山から脱出する。少女に気を使うつもりも、何かしら援助するつもりもさらさらない。特に今日は拾ったラジオをすでになくして気分が悪いのだ。さらに言えば服からひどい匂いがしていて、さっさと帰りたい気分だったのである。


「あ」


シャルナークが背を向けたとき、後ろから響いたのは小さな悲鳴であった。それからゴン、とひどく痛そうな音が響いて何も聞こえなくなる。おおよそ予想がついたがシャルナークはゆっくりと振り返った。
少女は崩れたせいで均一にならされたゴミ山の上で倒れていた。先ほどまで白かったワンピースは、泥水を吸ってゆっくりと重たげな茶色に変わっていく。ぴくりとも動かず、先ほどまで緑の瞳が覗いていた目は開かない。
シャルナークはそこでふと違和感を感じた。あの人形はどこに行った。まさかあの重量だ遠くまで転がることはあるまい。これはシャルナークの独特の非常に細部までわたる観察眼と、よく回転する頭があってこそだった。ここにいたのがフィンクスだったら、おそらく彼は幻影旅団が結成される前に死んでいただろう。シャルナークは、その人形が忽然と消えたことを怪訝に思い、そしてふと何かを感じて振り向いて、目を大きく見開いた。
シャルナークの頚動脈をかすった大きな鉈に血がついた。傷は小さいのに勢いよく噴出した血にシャルナークは一瞬意識を持っていかれそうになる。だがここで意識を持っていかれたら死ぬことははっきりとわかった。死への危機はシャルナークをより一層冷静にさせて、そしてシャルナークは反射的に絶を行う。今まで相当深く意識しなければ上手くいかなかった絶の技術は、得体の知れない捕食者を前にして一気に向上したのだ。どく、どく、と手で押さえた傷口が脈打っているが、噴出す血の勢いはゆるゆると収まっていく。ゆっくりと手を離しても先ほどのように波打って噴出すことはもうなさそうだ。


「みーつけたっ!みーつけたっ!!最初の、臓物だ!」


まるで歌うように、シャルナークから少し離れたところで鉈と不釣合いなサイズの刀を手にして叫ぶのは確かに先ほどまであの少女が持っていたぬいぐるみだった。


「どうやって殺すっ!?どうやって殺すっ!?」


物騒なことを口にしながら、おそらくはボタンの目玉がこちらを見つめる。本当の意味で見つめているのかはわからないが、明らかに違う空気がシャルナークを包んで、あれの獲物は自分なのだと思った。
ぬいぐるみのモチーフはおそらくウサギだろう。長い耳が、動くたびにゆれている。左右で大きさの違うアンバランスなボタンの目玉、ちぐはぐな色合いの体と長く伸びた手足。どこに隠し持っていたのかは知らないが、随分と切れ味のよさそうな鉈と刀をぶんぶんと振り回してぬいぐるみは再び歌った。


「どこがいいっ!?どこがいいっ!?Lazy Girlのためにおれは殺すぞっ!?」

「どこって・・・・それオレに聞いてるの?」

「そうだっそうだっ金髪野郎!!!ビリー=パペットはお前を殺すっ!」


どこか滑稽に見えるが、血のついた鉈と、さらには胴体にも赤黒く染み付いた血をあからさまに見せ付けられれば、妙な恐怖が押し寄せてきた。流星街では人が一番怖いと思っていたが、そうではないようだ。ピエロ恐怖症、なんてものがあると聞いたが、この恐怖はそれに似ている気がする。


「オレの話わかるんだ」


シャルナークは袖口に隠してあった針を取り出した。このとき、シャルナークはまだ念を十分には扱えなかった。クロロの書物から念の存在を知ったものの、その扱い方や訓練の仕方は皆勝手であって、その方針すらもよくわからないままにシャルナークたちは念を会得した。彼らは皆、直感でもって自分がもっとも適していると思われる系統を選択したが、それでも多少のブレはある。マチは自分が具現化系だとずっと思っていたし、クロロも特質というよりは具現化よりだと考えていたようだ。シャルナークもまたそのときは操作系ではなく放出系だと思っていた。ただ、何事かにつけ針を刺せば操作できると知っていたから、放出よりの操作だと思っていた。


「わかるっ!わかるぞっ!!ビリー=パペットは全てわかるぞっ!!ほれ見ろっそれ見ろっお前の臓物は、赤いのか?」


時間稼ぎのつもりだったが、あまり良い選択肢ではなかったようだ。
シャルナークは彼の動体視力が追いつかない速さで、ビリー=パペットと名乗った人形が目の前から消えた瞬間に地面を蹴った。もうどこに逃げるかは勘だった。わき腹にぴりっとした痛みが走ったが、ゴミ山の中を転がった彼はまだ生きている。


「逃げたぞっ逃げたぞっ!!Lazy Girl!!どうするっ!?さぁどうするっ!?お前の臓物を見せてみろ!!」


ぬいぐるみは相変わらずぴょんぴょんと跳躍を繰り返しながら、シャルナークに近づいてきた。仮に相手が人であるならば、ある程度死角を読めるものの、相手は柔軟に動くぬいぐるみだ。その中身に何が詰まっているのかは知らなかったが、少なくともシャルナークではどうしようもないのかもしれないと思った。
じり、と片足を後ろに引く。


「逃げるのかっ!?逃げるのかっ!?ビリー=パペットは逃がさないっ!!さぁお前の臓物を見せてみろ!」

「い や だ」


シャルナークはそう口にすると同時に、単純な針を身体に刺した。シャルナークはこれがどのようなオーラの変化によって現れるのか当時まだ知らなかったが、実のところこれがシャルナークの操作の引き金となっていた。彼は針を刺す、ということそのものが何がしか対象に対し影響を与えることを知っていた。一方で、それらを自由に操作できるとは知らなかったのである。
シャルナークが自身に針を刺した瞬間、彼のオーラが膨れ上がった。ビリー=パペット、と繰り返すぬいぐるみは一瞬その様子を見て動きを止める。先ほどまで様子だけ見れば楽しげに跳ねていたぬいぐるみは手をだらんと左右にたらして、ボタンの目玉でじっとシャルナークを見つめた。その変化が、ひどく不気味だった。
ぬいぐるみは一歩踏み出して、やはりシャルナークの目にも留まらぬ速さで距離を詰める。だがこのときのシャルナークは後の後遺症と引き換えに、通常では考えられない力を全身から引き出すことができた。ぬいぐるみの振り下ろした鉈を片手で受け流して、さらに刀をへし折り、地面を蹴る。そしてそのまま後ろを振り返りもせずに走り出した。ビリー=パペットは今度はそんなシャルナークを追うことなく、ただ黙ってその後ろ姿を見つめていた。



















「なん・・・・なんだよあれ・・・・っ!!」


荒い呼吸の合間合間にシャルナークが歯を食いしばり吐き出すように怒鳴った。ひどく不機嫌で調子の悪そうな彼の様子を見てフィンクスとフェイタンが首をかしげる。


「あれ、どうした」

「さぁな。なんか変なもんでも食ったんじゃねぇか」







2014/02/09


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