カラクリ仕掛け

海に面した工場は崖が侵食され大きな洞穴のようになった場所を改造して作ってあった。もとより陸上での活動ではなく海での活動を目的にしたカラクリを作ることが多いのだから、海に面していたほうが都合がいいのは確かだ。
 この場所は周囲にいくつもの岩が立ち並び、適切な航路を取らなければ船は一瞬のうちに海の藻屑となるだろう。どの大きさの、どの深さの船がどこであるならば通れるのかを熟知しているのは長曾我部元親率いる水軍を除いて他にない。そして現在長曾我部軍以外の水軍の砲台の威力では、この岩がひしめく海域を越えて工場に砲弾を撃ち込むことは不可能だった。ゆえにこの工場はもっとも安全な自然の城塞となっているのである。陸から攻めるにも道は険しく長曾我部元親が切り開いた通路を知らなければ、進軍すらままならない。事実この工場は万が一の場合は戦えぬ老人や女子供の避難場所になっていると聞く。四国の長長曾我部元親は情に厚く、しょうしょう短絡的なところが玉に瑕ではあるが、こういったところはしっかりとしているのだから頭が下がる。
 ライラックは城から整備されていつもの道を通って工場を訪れるとそこにはすでに長曾我部元親の姿があった。
「おはようございます、船長」
「おう遅かったじゃねぇか、守備はどうだ」
「超長距離射撃の砲台を考案してみました。ここの工場から踏み込める範囲の船を打ち落とすことができる距離、です」
「そりゃあお手柄だな、問題は資源だが」
「そこは、暁丸の方の改造で浮かせた資金でやりくりしようかなと」
「なるほど、いいじゃねぇか。しかしまぁなんだ。こっちへ来てからすっかり馴染んじまったなあおめえさんも」
「元々宇宙で移民船に乗ってましたからね、そりゃあもう意味がわからないことだらけなんでその場その場に適応って感じですよ」
 ライラックはそういって笑うと、元親に新しい砲筒の図面を見せる。
 その場その場に適応した、というのは決して嘘ではない。バジュラが生み出した極小のフォールド断層、それに巻き込まれ、気づいたら戦国時代というのはなんとも笑えないタイムトリップだった。時代とマクロスフロンティアの距離を計算して、自分を助けに来てもらえる可能性を考えたが、それはあまりにも無謀で、たった一人の技師のためにマクロスフロンティアを再び地球に呼び戻すなんてのはばかげた話だった。いや、戦国時代に戻るのであれば、新たな知識を持ってゼントラーディとの戦闘を回避する手段があるかもしれない。だが、その利点を考慮しても250光年の旅路はとてもとても遠い。
 ネックレスにしている淡い紫色の鉱物は、ずっと昔、ルカが失敗作だといってくれた人工のフォールドクォーツだ。失敗作である通り、何の力も持たないただの鉱石、日に照らされて何重にも色が重なり輝く姿は美しいが、ただそれだけのもの、だがそれは唯一ライラックがマクロスフロンティア出身であることを示すものであった。
 元親の話を聞きながら自然手はネックレスに触れる。これがルカとの最後の糸、どこか遠い宇宙を飛ぶマクロスフロンティアとのつながり、そう思うとなんとなく気になって触れてしまう。
 元親は彼女が居たというもとの世界の話をするたびに、胸元の鉱石に触れるのを知っていた。それを見なかった振りをして、手渡された図面を見る。
 元マクロスフロンティア環境艦の管理技師というだけあって、ライラックの知識は戦国時代にある様々な技術をはるかに上回る。彼女が長曾我部元親に拾われてから、資金面でも技術面でも長曾我部水軍のカラクリは大きな進歩を遂げることとなった。瀬戸内をはさんだ毛利元就が一時休戦を申し出るほど、であるといえばその恐ろしさがわかるだろう。
 ライラックの技術で作られた新しい銃と砲の初お披露目は毛利水軍との戦いとなったわけだが、毛利は即座に切り上げ長曾我部に休戦を持ちかけてきたのである。安芸に手を出さないのであればこちらも不要な進軍はしない、と。あの毛利元就が申し出てきたのだから、それほど長曾我部水軍のカラクリが脅威であると見なされたのだろう。毛利元就はその上で何か考えているのだろうが、長曾我部軍にとってもっとも脅威である毛利との休戦は喜ばしいことには違いなかった。
 その一戦によって仲間と認められたライラックは今は長曾我部の居城を自由に行き来し、工場で元親とあれこれとカラクリを作ることが日課になっていた。
 工場は良い場所だった。海と空が同時に見ることができる。
 かつては人工の空しか見たことがなかったライラックにとって、本物の空というのはなかなか感慨深いものがある。元親が図面とにらめっこを始めたのを見て、ライラックは海に近づく。そして大空の先自分の故郷に思いを馳せるのであった。
ライラック!」
「はーいなんですか船長」
「暁丸だが、いっそこの砲筒を仕込めないもんか、図面を見る限り相当思いしろもんだろう」
「ああ、この工場や船に固定することを考えてましたから……うーん暁丸に……とするともう少し暁丸そのものの強度を上げなければ……うーんちょっと考えてみますけど、単純に暁丸は威力を挙げた方がいいんじゃないかなぁ」
「そうか、これが移動できたら相当な戦力になりそうなんだがな」
「戦力にはなりますよ、もっちろん」
 なにせ宇宙を自在に飛び回る怪物と戦ってきたんですから、とはさすがに言わなかったが、このカラクリが長曾我部とこの四国の安寧を守るものであればよい、とは思っていた。あまり戦うのは好ましくないが、それでも戦わないといけないのなら、相手を一撃で圧倒し、休戦を結ぶのが一番だろう。そういう意味でライラックの初陣は十分に役割を果たしたともいえる。





「そういえば船長」
「あん?」
「ここに来る前にですね水軍のみなさんと会ったんですけど」
 一領具足。戦が無いときは農家として働き、いざ戦となれば具足を一そろいそろえて戦場へ向かう。四国と言う比較的狭い環境の中で長曾我部がとった戦略だ。また常に戦の装備を整えていられない長曾我部の金銭的な問題もあったのだろう。
 そんなわけで長曾我部水軍も毛利水軍と休戦となってからは一部家臣を除いて、今しばらく農業に従事しているわけである。そんなわけで幾分さびしい城の中だが城下町へ降りれば皆家族とばかりにあちらこちらから話しかけてくる。そんな中一人の男がこういったのだ。
「兄貴はなかなか嫁さんをとらねぇんだよなぁ」
 初陣が22歳と随分と遅かった元親はいまだ正妻が居ない。本来ならさっさと妻を娶り世継ぎを生ませるべきなのだろうが、いまだ女の影はない。
「船長って、奥さんいないんですか?」
「ああ、その話か」
 元親も家臣からそれなりにせっつかれてはいるんだろう。


「なぁライラック。そんな話なんであいつらがおめえさんにしたと思う?」
「?……そうですね、女の私からせっつけ、とか……と、か?」
 ん?とライラックは首を傾げる。別に進言するのであればライラックである必要は無い。むしろ長曾我部に長く使える家臣は数多くいるし、彼らの娘でもよかろう。
「なんだ気づいてねぇのか。あのなあいつらがあんたに話したのはあんたを正妻にしろってことだからだよ」
「えっ」
「はっはっはっ」
 思わず呆けたライラックに元親は大口をあけて笑った。
 そしてぴしりと固まったライラックの手をとってぐいと自分の方へ引き寄せる。
「ま、なんだこの時代、妾がいるのが普通だ。俺だって俺一人で長曾我部を終わらせるつもりはねぇ、だから当然嫁はとるさ。だがな正妻はあんたがいいんだよ」
「なっ、えっ」
「わかるだろ?要するに俺の女になれって話さ」
 ライラックは前身の熱が顔に集まるのを感じた。今まで男性から告白された経験がない、わけではない。白髪に赤目はこの戦国時代においては異形であるが、移民船マクロスフロンティアにおいてはさしておかしなことではなかったゆえに、彼女の美貌をよしとする男も多かった。だが彼女自身にあまりその気がなかったので今まで誰とも付き合ったことはなかったのだが、まさかこんなところで、こんな形で告白されるなど思ってもいなかった。
「あ、の、そ、れ……拒否権とか」
「ねぇな。あんたの時代はどうかしらねぇが、この時代は女は黙って家を守るもんだ。まぁあんたがそうなるとは思っちゃいねぇ。それでも一国の城主からの誘いを断るってのか?」
「あ、う」
 船長の言うことは絶対、それが船の掟であることは、海ではなく宇宙を旅する船団でも変わりない。船長からの求婚を断るなんて選択肢は、彼が一国の城主であろうとなかろうと存在しないのだ。
「実のところいつ毛利に掻っ攫われるかひやひやしてたが、もうこれであんたは俺のもんだ。なぁ俺の軍も俺の国もわるかぁねぇだろ」
 ぐっと腕を引かれてぽすんと膝の上に収まると元親とライラックの体格差がはっきりと出る。すでに顔から火が出そうなほどに真っ赤なライラックの頬を元親は撫でると、顎をくいと持ち上げて触れるだけの口付けをしたのだった。
「婚儀はいつにするかね。あんたに似合う綺麗な白の衣装をそろえてやるよ」
「あう」
 熱い熱い、頬がどうしようもなく熱い。こんな風に男性に迫られたことも、キスされたことも一度もない。断れない約束だが、それが少しだけ嬉しかった。
 ああそうだ、ライラックは元親のことが好きだったのだ。海で拾われ、牢に入れられ、そしてカラクリ作りを手伝わされ。こちらへ来てから右も左もわからぬライラックを警戒はすれど決して乱暴には扱わなかった。むしろ今までの技術を認め素直に援助を請うのは情けないはずがない。女は家を守るといいながら、きっとライラックはそんな形で家に収まることはないと知っている。それでもよしと言ってくれる。
「野郎どももとっくのとうにあんたのことは認めてる。側室はまぁ……とらざるえないだろうが、正妻はあんたがいい、なぁライラックいいだろう」
「……はい」
 もういっそ消えてしまいたいほどに感情が渦巻いている。
「わ……たしも船長のことが好き……です……」
「ほうそりゃいい。大団円ってやつだな。ライラック
「はい……」
「俺の名前覚えているか?」
「はい?」
「今度から船長じゃなくて元親って呼びな、いいだろう」
 そんなことを真顔で言われて耐えられるわけがなかった。ついに耐え切れなくなったライラックが「呼びますから少し時間をください!!」と叫んで工場を飛び出すのを元親の笑い声が追いかける。そしてそのまま城にたどり着くとにっこりと笑った家臣たちに迎えられて、「おめでとうございます、婚儀は良い日取りを選びましょう」などといわれるものだから、ライラックはついにこの世界で生きていくことを決めたのだった。



20200914