サンクチュアリ・トラップ 3
ティナリと蒼月にはその一言が引き際であり作戦の始まりであると即座に理解した。
マラカイト・サンクチュアリを利用したこの作戦は二段階に分かれている。まず第一段階はティナリと蒼月の二人で確保できる状態であればそのまま確保まで持っていくことになる。これは男の予想外の戦闘能力により不可能となった。
そして作戦の第二段階はこのマラカイト・サンクチュアリに生息する植物の特性を最大限に利用することである。
そもそもマラカイト・サンクチュアリには非常に危険な植物が多数生息している。その中でも特に奇怪な性質を持つのがトラップフラワーと呼ばれる植物だった。トリックフラワーをもじって呼ばれるこの植物は普段は密集して咲く地べたに咲く小さな花でしかない。しかしその上にある一定の重みと振動が伝わると麻痺性の花粉をばらまく。花粉は即座に動物を仕留め動物はその場に倒れ伏す。この花粉の効力が完全に抜けきり動物が動けるようになる頃には再び花粉が蓄積され、動物はその場から脱出するために動こうとすると再び花粉がばらまかれて昏倒する。それを繰り返すと動物は徐々に衰弱し最終的には死んでしまうだろう。その後は雨風に晒され腐りそれらが全て植物の栄養となる。
ティナリと蒼月がこれらの植物を発見した時、その植物の異様な特性に気付けたのはティナリの直感と蒼月の体質によるものが大きい。マラカイト・サンクチュアリの中で、完全に木の陰で光がないにも関わらずその植物は恐ろしいほど美しい色をしていた。周囲には小さな白いものが散らばっておりそれらが動物の骨であることを確認した後、二人は即座にその場から離れた。後日慎重に調査を行いその植物の特性を理解したのだ。
ティナリと蒼月はわずかな目くばせのあと、不利を装って徐々に後退する。ラプターのメンバーは二人の後退を自分たちの有利を見てその背を追いかけていく。そうして二人が案内するように踏み込んだ場所こそがトラップフラワーの群生地であった。
まばらに生えた植物と小さな花は、一見すれば無害な存在だ。しかし日光のほとんど届かないような木陰に繁茂するこの植物は静かに獲物を待ってる。
ティナリと蒼月の二人はラプターのメンバーから逃げるように森の奥深くへと入り込む。完全に自分たちを優勢だと思っているラプターのメンバーは、この場所の異様さには気づかないだろう。ティナリと蒼月は慎重に地面を踏む。この植物は地雷のようなものだ。トラップフラワーは葉や根に伝わる動物の振動や重みを感知して花粉をまき散らす。逆に言えば極力振動を与えなければこの植物は反応しない。蒼月は途中から木々の間を飛び回るように逃げており、すでに足は地面についていない。あとはティナリが慎重に動けばこの植物は起動しないのだ。
ティナリは最期まで表情を変えることはなくじっとラプターのメンバーを見つめていた。彼らには袋小路に立ち入ったティナリの姿がどう映っていたのだろうか。彼らがゆっくりと慎重な姿勢で植物の繁茂する中央まで来るのをティナリはじっと待つ。そして最後の一歩を踏み出す直前にティナリは跳躍して真上の頭上で待機していた蒼月の手を取った。
ラプターのメンバーはまさか上に逃げるとは思っていなかったのだろう。それでもその対応は早く、即座に跳躍して頭上へ逃げたティナリへクロスボウを向けるが結局それが放たれることはなかった。彼らの体は突然がくりと傾いて矢をつがえていたクロスボウもまた彼らの手から落ちる。
「ティナリ、もう少し上へ行くわ」
「わかった」
ティナリもまた風の翼を広げると蒼月に導かれるように体が上昇する。そうして高い木の枝まで登るとじっと下の様子を観察する。
「どう?」
「うん、大体は計算通りだ。でもあの男はいない。僕たちが後退を始めてからすぐにあの男は姿を消したから、多分僕たちの狙いに気付いたんだろう。それも彼と対峙したときに予測できたと言えばそうだね」
「花粉が完全に落ち着くまでもう少し時間がかかるから、それを確認したら彼らを助け出して三十人団に連絡しましょう」
その後、ティナリと蒼月は慎重に完全に意識を失った彼らを植物の罠から助け出すと、マラカイト・サンクチュアリの外で控えていた三十人団に彼らの身柄を引き渡したのだった。
こうしてマラカイト・サンクチュアリとラプターの爪を巡る一通りの騒動は幕を下ろしたことになる。残念ながらガンダルヴァー村のレンジャーであるルクーの兄はこの捕らえられたラプターの爪のメンバーに含まれており、スメールの法にのっとった罰を受けることになる。こればかりはどうしようもないことだ。同時にティナリと蒼月はラプターの爪の中核に位置する人物としてあの男の情報を三十人団と共有したが、現時点でその男の詳しい情報を知っている者は誰一人としていなかった。
水元素の神の目を持つ短髪の男以上の情報はいまだ、ない。
20230211 サイト掲載
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