サンクチュアリ・トラップ 1

 ガンダルヴァー村では定期報告と勉強を兼ねて毎週レンジャーの集まりをティナリが中心となって開いている。ここでは一週間の間の活動報告と毎週一人か二人が講師という立場になって集まったレンジャーたちに勉強したことを共有するという一種の研究の発表会のようなことをやっていた。多くの場合ティナリや蒼月が講師役を担当する。多くはレンジャーとしての心構えや動植物に関する知識の普及がメインだ。しかし時には学生時代に培った研究手法についての発表があったり、より簡単に誰もが綺麗に押し花を作る方法など内容は多岐に渡っている。これらはティナリや蒼月のインプットしたことをアウトプットすることで自分の中に確実な知識として溜まっていくという経験則から来ている。そして同時に話を聞く側の技術もきちんと教えることで、森で迷った人や困りごとを抱えている人たちの話に耳を傾けるという基礎的なレンジャーとしての資質を鍛えるという意味合いもある。
 会場は大抵野外であった。雨林はあまり開けた場所がなく大きな建物を建てるスペースが確保できないのだ。そのためちょっとした隙間に椅子を並べて、後ろの方は木の幹に直接腰掛けてもらったり、もしくはブランコのように空中に吊った少々不安定な椅子に腰かけてもらったりしながらなんとかレンジャーたちに集まってもらっている。峡谷の合間に巨木に支えられて家も吊って作っているガンダルヴァー村ではよく見られる光景だが、慣れないレンジャーがたまに前のめりになりすぎてブランコから落ちるのは問題だ。そんなわけでブランコに座れるのはちょっとした特別な感覚があるのだとかないのだとか。
 今日はちょうど雨林の生態調査のための基礎実習として生論派から何人かの学生がやってきていたため、彼らに調査方法に関する講義を行ってもらっていた。ティナリや蒼月にとっては教令院から離れた今、こうして学生たちの話を聞くことで生論派の新たな研究手法や研究内容について知ることが出来る貴重な機会でもあった。勿論この二人は知り合いも多いので話を聞こうと思えばいくらでも聞くことはできるだろう。しかしそれであってもこうして色々な人から色々な視点で話を聞くことを二人は好む。それが二人の学者・研究者としての資質をより深めることに繋がるのだろうと思う。
 いくつかの質問が飛び交い、言葉に詰まった学生に誰かが助け舟を出して、最終的には講師も聴講者も新しい知識を得る形で講義は終了した。上手く答えられなかった学生が少し落ち込んだ様子であったため蒼月がさりげなく声をかけ良かった点などをあげて褒めれば学生も心が上向いた様子だ。そんな様子を傍目にティナリが立ち上がる。レンジャーの集会の最後は大体ティナリが締めることになっている。

「みんな今週もお疲れ様。明日休みの人はゆっくり休んで、当番の人はまた気を引き締めて欲しい。それから実は今日三十人団から手紙が届いたんだ。非常に重要なことだからこれは全員に共有しておきたい。皆エルマイト旅団の『ラプターの爪』という集団は知っている?」

 ティナリが問いかけると何人かが頷き何人かは首を横に振った。

「『ラプターの爪』はエルマイト旅団の中でも特に過激な組織だ。元々は砂漠で活動していたらしいんだけどその基本的な方針は『生きる』ことにあるらしい。ただ彼らは生きるためならば何をしても構わない、それこそ人殺しですら厭わない組織だと聞いている。殺人から人身売買、密猟なんでもするということだけど最近になって国籍問わずメンバーを引き入れるようになって今や活動は砂漠に留まらないそうだ。彼らの活動が最近になって特に過激になって雨林での密猟をしているから気を付けてくれと三十人団から注意喚起があった。彼らは首に鋭い爪のネックレスをつけているというから多分一目でわかると思う。もし密猟や『ラプターの爪』の面々に遭遇するようなことがあったら、まずは命を優先してほしい。どんな形でもいいまずは逃げるなり隠れるなり身の安全を確保して。決して無理して追いかけようとかそういうことはしなくていい。そして必ず報告を。君たちの命と報告が彼らの活動の次の一手を邪魔する何よりも大切なことだよ」

 ティナリはそう言って「それじゃあ今日の集会はおしまい、お疲れ様」と声をかけると何人かは席を立ちまた何人かは学生の下へ行きそしてとある一人が蒼月のところへやってきた。ティナリはすでに学生とその話を聞きたい別のレンジャーと何事か話し込んでいる。それでレンジャー長の補佐である蒼月に声をかけたのだろう。

「どうしたの?」

 蒼月は集会所を軽く掃除しながら訪ねる。そのレンジャーはごく最近ガンダルヴァー村へやってきた若いレンジャーで名前をルクーと言った。細身であるが背が高く、片手剣を扱うのが非常に得意だった。元々彼の家族は三十人団に所属する優秀な戦士を排出する家系で、彼も幼い頃から鍛えられており戦うのが得意だとガンダルヴァー村にやってきたときに言っていた。

「あっ手伝います」
「ありがとう」

 ルクーはすぐに壁に掛けてあった箒をとると蒼月と一緒に部屋の掃除を始める。ここはさほど汚れていないがルクーはどうも話しづらい内容があるようで周りを見回しながら人がいなくなった瞬間に囁くように声をかけた。

「俺、ラプターたちが次に狙う場所を知ってるんです」
「え?」
「あの、ちょっとここだと話しづらくて」

 ルクーは困ったように眉を顰める。その様子に蒼月は頷くと、ティナリに視線だけで合図してしばらく席を外すことを伝えると二人で集会所の外に出た。

「話しづらいことってなにかしら」
「もしかしたら他の人が聞いたら俺をガンダルヴァー村から追い出すかもしれなくて」
「そんなことさせないわ。少なくとも貴方が正しくレンジャーとしての責務を全うしようとするならそんなことさせない。だから話してみて」

 ね、と蒼月が優しく言うとルクーは頷いてから意を決したようにその言葉を口にする。

「実は俺の兄貴が『ラプターの爪』のメンバーなんです」

 思いもよらないルクーの言葉は蒼月を驚かせはしたが、それが悪い反応にならないよう蒼月はあくまで笑顔に努めてルクーが話しやすいように雰囲気を整えた。

「兄貴は……三十人団に入れなかったときからちょっとおかしくなって……家族からも結構期待されていたからそれで悪い方向に走っちゃって……それで最近ラプターの爪って組織にいるんだって手紙が来たんです」
「……それは良い報告として? それとも悪い報告としてかしら?」

 蒼月は慎重に尋ねた。

「多分、悪い報告として、だと思います。多分兄貴は軽い気持ちで入ったんだろうけどそれで抜けられなくなったんだと俺は思ってます。手紙は俺当てですごく走り書きだった。兄貴は字が綺麗な人だったから手紙は本当にいつも綺麗だったんだ。でもその時きた手紙は見つけた紙の端切れになんとか書いたって感じで……」
「その時の手紙、持っている?」
「いえ……家族にばれたら兄貴がますます責められると思ってすぐに燃やしたんです。でも内容は覚えてます。ラプターの爪に入ったこと、次の狙いは星空を映す花であること、レンジャーは殺してもいいとみんな思っているってこと……」

 ルクーは落ち込んでいる様子だった。蒼月は「そうなのね、ありがとう。このことはティナリ以外には内緒にしておくわ。でも貴方がそのことを教えてくれたから多分私たちは先手がとれる。貴方のお兄さんが手紙に書いてくれたことはとても貴重な情報よ」とルクーの背中をさすりながら告げる。

「兄貴のことどうにかならないでしょうか。このままだといずれ兄貴は捕まっちゃいますよね? 俺としても止めたいんです……でも……」
「ごめんなさい、悪いことをしたならばそれ相応の罰を受けてもらう、それを避けることはできないわ。でもお兄さんが意図的に情報を流してくれたことはきちんと三十人団の方に伝えることはできるし、その上で彼らの中で誰が指導者であるのか、実行犯は誰なのか、そういったことをきちんと精査した上で罰を与えてもらうようお願いすることもできる。お兄さんが更生する道を望むなら私たちが用意することもできるから」
「そう、ですね」

 ルクーは少し落ち込んだ様子であったが、蒼月は「貴方の身内だから罪を軽くしてもらうよう私も声をかけるわ」とだけは言えなかった。レンジャー長補佐として悪いことをするならばそれ相応に罰を受けることを歪めることはできない。けれどもその後のことについて更生や生活について新たな道を切り開く手伝いをすることはできるだろうと思っている。できればその段階に留まっていますように、と願いながら蒼月はルクーが去っていく背中を眺めていた。

ユエ
「ティナリ、今の話、聞いてた?」

 そんな蒼月に声をかけたのはちょっと前に学生との話を終えたティナリだ。学生に今後の調査方法に関する指導をしていたティナリは、話を終えてから壁越しにずっとルクーと蒼月の話を聞いていた。

「うん、星を映す花を狙ってるって聞いてね。心当たりがあるよ」
「本当? どの道ティナリに話をしようとは思っていたんだけど話が早くて助かるわ」
「多分それはスターリ・スカイだ。とても不思議な植物で最近になって新種として発表された。花弁が月明かりを受けるとその影になった部分に星空を映し出す。ルタワヒスト学院でも話題になっていて今は占星学と植物学の両面から研究が進められているところなんだけど……」
「だけど?」

 ティナリが困ったように眉を顰めたので蒼月は言葉の続きを促した。

「花としての希少価値が高すぎるんだ。月明かりで星空を映し出すという特殊性も花の美しさもあいまって発表されてから市場に出回ったわずかなスターリ・スカイに高額がついている。彼らが狙うのはきっと金の為だろう」
「なるほど……」

 ティナリは困ったようにため息を吐くと、蒼月も同じようにため息を吐いた。

 レンジャーを殺しても構わないというほど過激な思想で活動をしている限り、当分の間はレンジャーたちの命を優先して雨林での活動は控えることになるだろう。なるべく早めに解決したいところだ。

「それでだ、実はまだ話の続きがある」
「え?」
「そのスターリ・スカイが生えている場所はマラカイト・サンクチュアリに指定されている場所だ。実は僕はさっきは話に上げなかったけどすでに三十人団の人と相談してラプターを一網打尽にする作戦を考えているところなんだ」
「マラカイト・サンクチュアリ……なるほど、そういうことね」

 蒼月はティナリの言葉に察しがついたようだ。ティナリがにこっと笑うと蒼月も笑って言う。

「それならいっそ一網打尽にしてやりましょう。アレなら絶対にできるわ」

 * * *

 マラカイト・サンクチュアリはアムリタ学院が指定する雨林の保護区の名称である。非常に広いスメールの雨林では貴重な動植物が生息している場所をサンクチュアリと言う名前の保護区として人の立ち入りを制限している。以前ティナリと蒼月はとあるサンクチュアリで長期調査を行ったことがあるが、そういった調査はアムリタ学院の許可がなければ基本的にレンジャーでも立ち入ることは許されていないのだ。
 さてマラカイト・サンクチュアリには先ほど話題に上っていた星空を映す花スターリ・スカイが生息している場所でもある。ティナリは最近と口にしたが実際に論文が発表されたのは半年ほど前で、新種となったのがごく最近のことだ。新種になる前から実はマラカイト・サンクチュアリが指定する範囲にはある問題を抱えている。それはティナリをはじめとした一部の学者がマラカイト・サンクチュアリの設定を急いだという経緯からも伺えるのだが、この話はこの後に出てくるので今はやめておくことにしよう。

 * * *

 雨林は日中であっても日差しが地面まで差し込むことは少ない。樹冠にうっそうと茂る葉がほとんどの光をとってしまうため、意外と雨林下部は暗いのだ。
 じめじめとした水たまりは気をつけないと時々深いところがあってずっぽりと足を取られる。
 日中であるためまだ明るい雨林の中をティナリは水中に半ば潜るようにして、そして蒼月は枝から枝へ飛び移るようにしてマラカイト・サンクチュアリへと移動していた。
 先日のガンダルヴァー村のレンジャー集会で、三十人団からの注意喚起をレンジャーたちに伝えてから数日のうちに何件もの「ラプターの爪」を見かけたという報告があがった。その報告のあった場所と頻度から近いうちに「ラプターの爪」はマラカイト・サンクチュアリへ侵入するだろうとティナリと蒼月は予想を立てて、教令院アムリタ学院へ申請をだし、マラカイト・サンクチュアリへ入る許可を得た。そうしてしばらく見張っていると案の定、「ラプターの爪」のメンバーの一部が大きな荷物を抱えてマラカイト・サンクチュアリへと侵入していくのを発見したのだった。
 そもそもサンクチュアリへの侵入はそれだけで厳重注意となる。しかしサンクチュアリはそれぞれが抱える性質によって公開されているものと公開されていないものがある。以前ティナリと蒼月が長期調査で訪れたクリソベリル・サンクチュアリは一般にも自然保護区として公開されており、スメールの市民に対してここへ入るには教令院の許可が必要であることが示されている。
 しかしマラカイト・サンクチュアリはとある理由から場所を公開していない。その理由の一つがマラカイト・サンクチュアリは希少植物の宝庫であり、場所を公開することで密猟者は勿論好奇心旺盛な蒐集家がひっそりと入り込んで植物を採取するのを防ぐためだ。スメールの雨林に数多くあるサンクチュアリの全てを常に監視することは不可能であるため、一部サンクチュアリは場所を公開することで立ち入り禁止を明言し、逆に一部サンクチュアリはあえて場所を公開しない。マラカイト・サンクチュアリは雨林の中でも非常に奥地にあり、通常、商人や旅人が迷って立ち入るような場所ではない。しかし一般に知らされていない以上マラカイト・サンクチュアリに侵入したとしても、サンクチュアリそのものの存在を知らなければ注意で終わってしまう。
 ラプターの爪に関してもマラカイト・サンクチュアリへ立ち入ることを確認した時点で彼らに声をかけ注意することもできた。しかし今回ティナリと蒼月は、余罪を多く抱えるエルマイト旅団の一団体である「ラプターの爪」を一網打尽にすべく三十人団と結託して彼らを捕まえる準備をしている。「ラプターの爪」は非常に過激な思想を持つ組織であるが、一方で慎重な組織でもあった。三十人団は「ラプターの爪」の下っ端を捕まえてはいるが、彼らを一網打尽にするには至っていない。そこで今回ティナリと蒼月を中心に、マラカイト・サンクチュアリで彼らを罠にかけることになったのだ。

20230211 サイト掲載