補足 バフルシャーについて

 オルモス港に牽引されて来た船、その中に乗っていた翼の生えた少女、それがのちにティナリと共に教令院へ早期入学する蒼月である。
 しかしその前に蒼月の発見によりなぜあんなにも多くの学者が動き出したのか、そしてあの船の破損はなんだったのかについて補足を入れておく必要があるだろう。

 これは学者たちの行動の理由を説明する、ちょっとした書き手の原神世界観夢である。

 あの船はティナリが想像した通り璃月からスメールへ渡る商船であった。テイワット随一の貿易港なだけあり璃月から出港する船は非常に多い。璃月に集まった様々な物を抱えてさらに他国へと売りに商人たちは船に乗って国から国へと移動するのである。
 海には危険が非常に多い。浅瀬、渦、海峡、そして突然の嵐。陸路を辿る商人にも多くの危険があるが、航路を選ぶ商人も決して安泰というわけではないのだ。自然災害によって沈む船も多くあり、熟達した船長と航海士は重宝され彼らの生涯年収はかなりのものになるだろう。
 しかしテイワットの海を知り尽くした、と豪語するような船長ですら恐れるものが海には多く潜んでいる。その一つが水元素生物である海王もしくはバフルシャーである。二つある呼び名は各国の伝承からきているものだ。稲妻や璃月は海王と呼び、スメールではバフルシャーと呼ぶ。どちらも「海の王」といったような意味合いがある。
 バフルシャーとは全身が水で出来た水元素生物である。性質は水スライムや水フライムと似ており基本的に水元素攻撃の一切を無効化する。体は細長く扁平で例えるならばヒルに似ている。三角形の頭などもヒルの特徴そのものだ。彼らのどこをもって腹部とするか、尾部とするか、頭部とするかは非常に難しい。体の下の部分は多くの触手がぶら下がっており、これらは粘性と刺胞を持つため接触したものを即座に体内へ引きずり込むことができる。刺胞は強力であり、カツオノエボシよりもアカクラゲよりも激しい痛みを引き起こすだろう。小型の生物であれば海王の触手に接触した時点で絶命しそのまま体内へ吸収される。体内に吸収された獲物は海王の持つ特殊な胃液により徐々に水のように透き通っていく。これらの原理ははっきりとわかっていないが、強力な水元素に接触するためだという論文が教令院の素論派から出たことがある。さらにバフルシャーはおよそ腹部と思われる部分には頭部にある口とは別にもう一つ口がある。それは触手で囲まれた内臓を外部に出すための特殊な口だ。
 ヒトデは餌を食べる際、口から餌を摂取するほかに胃を反転させ体外で消化吸収を行うことがある。バフルシャーの腹部にある口とはまさにこの胃袋による直接的な攻撃であり、彼らは特に船を襲う時にこの胃袋を使うのだった。
 通常バフルシャーの多くは海の深いところに生息しており、その扁平で長い体を使って海中をぐるぐると動き渦を作ってその中に捕らえられた動物、その他元素生物を見境なく捕食していく。バフルシャーのほとんどは体長が大きくても五メートルから七メートル程度でありその程度の大きさのものは船を襲うことはない。しかし時折特に巨大なバフルシャーが現れそれらが商船を襲うことがある。

 今回オルモス港に牽引されて来た船はバフルシャーに襲われたのである。推測される体長は二十から三十メートル。トビウオのように水中から飛び出し舷側から船に乗り上げると、触手もしくは胃袋を体外に露出し船の全てを尽く荒していく。海王の体から染み出す粘液は船をコーティングするように濡らしていく。そして触手と胃袋が船の隅々にまでいきわたり船内のあらゆる生物を捕食し、捕食行動が終わると海王は再び海へ戻っていく。残されるのは海の真ん中で突然人がいなくなった船だけだ。
 水のような不思議な粘液はやがて粘性を失いただの水になる。発見が遅れると船は乾き、争った跡もほとんどない幽霊船の出来上がりだ。バフルシャーが乗り上げる勢いによっては船の破損は小さくなり、誰も乗っていない船がぽつんと海上の残されることがある。船乗りたちはこのような船を非常に恐れるのである。

 稲妻と璃月の間には大きな海溝が横たわっており、バフルシャーの多くはそこに生息しているが、彼らのうちの多くが最も餌が多い稲妻に近づこうとして雷電将軍の雷霆に打ち滅ぼされる。もしくは常に帯電する雷櫻の枝が組み込まれた船の雷元素にバフルシャーは非常に敏感に反応しそれらの船を避けていく。バフルシャーは感電と凍結が非常に苦手なのである。小型のバフルシャーであれば拡散反応や蒸発反応でも逃げ出すが、三十メートルを超える様なバフルシャーを一撃の下に蒸発させられる神の目の持ち主は炎神しかいないだろう。故にバフルシャーの天敵は雷電将軍と雷と氷元素の神の目の持ち主であり、バフルシャーは稲妻の近くに生息しながら雷電将軍の威光がそこにある限り巨大に成長することはほとんどないのだった。
 しかし時折雷電将軍の雷霆を免れて稲妻から遠く離れた海へ泳ぎ出す個体がいる。これらは内陸国であり海路をほとんど持たず、さらに海に面してドラゴンスパインが存在するモンドや氷神の支配するスネージナヤを除く国々で恐れられている。巨大に成長した彼らは前述の通り船を襲い、また場合によっては港まで乗り上げて全てを食らいつくしていくのだ。バフルシャーの伝説は各国に存在し、港の子供たちは悪いことをすると恐ろしい海の魔物に食われてしまうぞと脅かされる。バフルシャーに襲われた船が発見された場合、発見した船が即座にそれらの情報を各国へ伝達することになっている。船乗りの情報網はあっという間に広がり船はバフルシャーの活動範囲を予測しできる限りそれらの海域を避けて通るようになるのだ。バフルシャーに襲われた船は港が近ければ牽引されて港へ入る。しかしバフルシャーに襲われたという悍ましい事実がある船を使いたがる者はほとんどいないため、その船は大抵廃船となり、バラバラにされてその素性を隠されたまま別の用途に使われることが多い。中にはバフルシャーに襲われた船の部品として蒐集家が高値で買い取ることもある。

 さて、教令院には学派を超えてバフルシャーについての研究グループが存在する。バフルシャーとはおよそ海の王という意味の言葉であるが、これは遠い昔にアランナラによって名付けられたものだ。奇しくも稲妻から伝わる海王という名と同じ意味を持つが、スメールでは基本的に海王をバフルシャーと呼ぶ。
 歴史的観点、特殊な元素生物からの観点、生物的な観点__教令院ではバフルシャーについて解明するために非常に多くの金と人材を注ぎ込んでいる。というのもテイワット各国で畏れられるバフルシャーについてより詳細な事実を得、航路が安全なものになればスメールの教令院の海上安全対策の面において大きく向上する。
 またバフルシャーという水元素生物について、オルモス港という港を所有するスメールでは関心が高いというのも理由の一つだ。莫大な金を稼ぐ船乗りたちはその多くがバフルシャーの研究に資金援助を申し出る。バフルシャーがいなくなれば安全に通ることが出来る航路は山のように存在するのだ。仮にバフルシャーの寿命だけでもはっきりと把握できれば、遠い昔にバフルシャーの生息海域となり航海を禁じられた海域を通行できるようになるかもしれない。船乗りたちにとって商人にとって多くの荷物をできる限り早く運ぶことができればそれだけモラが産まれることになる。
 しかしながら研究の進行は芳しくない。バフルシャーに襲われた船の生き残りはほとんど存在しない。誰も知らないまま沈んでいった船も、生き残りがいたとしても船そのものが発見されずたった一人の生き残りが海上で死んでいったことも多々あるだろう。水の中に潜れば遭遇する魚や森に足を運べば遭遇するキノコンとは全くわけが違うのである。彼らと遭遇すること、彼らと遭遇した生き残りと出会うことそのものが奇跡といって差し支えなかった。
 伝承に残るバフルシャーの姿は様々である。最近になってようやっとバフルシャーの明確な姿というものが稲妻の古い書物から発見されそれらが人々の共通認識となりつつある。

 このような事情があるため、蒼月がバフルシャーに襲われた船に残っているとわかった途端学者たちが助け出すために動いたのである。過去に確認できる範囲では、さまざまな法律をかいくぐるために密閉された樽の中に奴隷を入れて運んでいた船がバフルシャーに襲われ密閉されていた故に奴隷のみが生き残ったという事実がある。しかし当然ながらその生き残りは船で何があったかすら知らなかった。
 偶然にも雷元素の神の目の持ち主が船に乗っていればその船はバフルシャーの攻撃から生還できる可能性が高くなる。しかし三十メートル、いやさらに巨大なバフルシャーを排除できるほどの雷元素を扱える者はそう多くはいない。過去にあまりにも巨大なバフルシャーが稲妻に現れ、当時の雷元素の神の目の持ち主が海王を打ち滅ぼさんと赴いたが、ことごとく食われた。最後にはついに雷電将軍自らがその排除に赴いたという伝説がある。伝説によれば船にとびかからんと海中から飛び出した海王を雷電将軍は一撃の下に打ち砕いたという。その時の雷霆はすさまじく周囲数百メートルにわたって海面表層は雷元素に支配されそこに残ったのは雷電将軍の乗る船だけであったらしい。
 このようにバフルシャーに襲われて生き残るということは奇跡なのだ。それ故に学者たちは襲われてなお生き残った少女を助けに走ったのである。それらの行動が彼らの研究の為であったとしても、少女は生き残った。残念ながら彼女は極度の恐怖から解離性健忘症になりバフルシャーに襲われたこと、そして彼女がなぜあの船に乗っていたのか、彼女の手に握られていた神の目が意味することはなんなのか、それら全てを記憶していなかった。
 記憶は結局のところ彼女が成長しても戻ることはなかった。しかし彼女の体に残された痕跡からバフルシャーに関する研究は多少なりとも前進した、と話には聞く。それらを裏付ける論文が提出された、という話は聞かないが少なくとも何かは進展したのであろう。

 以上をもってティナリの懸命ではあるが賢明とは言えぬ行動によって助け出された少女の話の補足とする。
 今後教令院にてバフルシャーに関するさらなる研究の進展があることを船乗りたちは望むばかりだ。


※以下、テイワットのとある学者が描いたバフルシャーの想像図を掲載します。全体のイメージはカツオノエボシとヒルをイメージしており、これらの動物が苦手な方の閲覧はご注意ください。





















20220912 サイト掲載
20221212 加筆修正