夢を見たんですよ。鮮明な夢です。目が覚めても、つい昨日のことのように鮮明に覚えている夢でした。
鮮やかな夢のはじまり
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言葉と喧嘩
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別の子供達
鮮やかな夢のはじまり
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思い出の一番深いところにある風景はごみの山。そして、それからしばらくの間は同じようなごみの山しか見たことがなかった。流星街と呼ばれるそこは、そもそもの始まりは人種の隔離政策だとかなんだという話だが、要するに腐ったお偉いさん方が人も物も捨てたいものを捨てる場所として用意したところなのだ。
オレはそんなところに居ました。両親はオレが人間である以上人間の両親がいるはずだ。それがただの精子と卵の提供者であったとしてもオレが生まれた以上いるはずなのだ。汚いボロを着て、左足が動かないオレを見てそいつらがどう思うかは知らない。そしてオレはそんな両親のことなど知らない。
流星街では幼い子供が一人で生きていくのは少しばかり辛いところで、気づけば似たような境遇の奴らが集まっていた。一人は一番背が高くて一番目つきが悪かった。誰よりも健康なのに、眉だけなかった。もう一人は小さくて、いつもじっと押し黙っていた。そしてもう一人は綺麗な髪の毛を乱雑に束ねた女の子。そして最後の一人が、左足が不自由で一人では禄に歩けもしない、オレ。
「邪魔」
凛とした声が聞こえて、突っ伏したままじっとしていたところで顔だけ上げて声の主を見上げた。そりゃ、ごみの山の間の人一人通れるような通路に突っ伏していたら邪魔である。ただオレにもどうしようもない事情ってものがあって、オレはその子に「とって」とお願いしたのだ。そのときオレは食べ物を探している最中で、バランスを崩してごみの山から落ちた。右手に軽い怪我をしただけだったものの、動かず成長もしない左足の膝から下のせいで、そこからどうやって動こうかと思っていた。這うにも手が痛くて、立ち上がるには足が一本足りない。どうしようかと思って泥水に頬をつけていたところにその子はやってきて、オレに声をかけた。理由はよくわからないが、歳が同じぐらいだったから話しかけやすかったのだろうとは思う。
女の子は、オレのズボンの中に見当たらない左足を一瞥してから、幾分遠くに転がっていた棒を蹴りながらオレに寄せてくれた。何せ両手がふさがっていたのだから仕方ない。オレはそれを手に取るとようやっと体を起こす。この棒はちょうどひじをひっかけられるようなでっぱりがあって、左手だけで体を支えるのにちょうどよかったのだ。
特に礼を言うことはなかったが、棒を拾ってくれたのは事実なので、オレは先に道を明けた。両手がふさがった女の子は、しばらくオレを見てから道を通ろうとしたようだが、不意に何を思ったかオレの体を支えている棒を思い切り蹴り飛ばしたのである。
「あっ!」
べしゃっと汚い水溜りに顔面からダイブしたせいで鼻の中に水が入る。そのときはさすがにキレようとも思ったけれど、そのときには女の子はいなかった。遠くに蹴り上げられた棒はどこか視界から外れたところに行ってしまっていてオレは口の中で「クソッ!」と呟いた。怒鳴れば大人が来るから、小さく呟いた。
その後しばらくのあいだ血と泥水で汚れた手にズキンズキンと痛みを感じながら、右足と左手と右手で這いながら、なんでもいいから体を支えられるものを探す。惨めだなぁ、なんて誰かが言ったがオレはそんなことは知らない。オレの視界は同じ歳の誰かの腰よりも低くて、転がっている椅子の下も、底の抜けたダンボールの中もそのままくぐっていける。棒は最初から体の一部ではない。これが、オレの最初からの視界なのだと思いながら惨めさを消して、棒を探し回った。だけど結局見つからなくて、流星街なんかよりもずっと綺麗な流星が空に現れた頃に、また違う誰かに出会ったのだ。
「あれ?」
「そう。足がないけどね」
「ふーんま、いいんじゃね」
オレが振り向くと、そこにいたのは先ほどの棒を蹴り飛ばしてどこかにやってくれた女の子と、もう一人見たことのない男の子がいた。男の子は眉がなくて、ひどく目つきが悪かったが、突如としてオレの隣に来るとそのままオレを担ぎ上げたのだ。
「オイッ!はなっ」
確かに体重はそこまでないから重くもないんだが、そこまで軽く持ち上げられるとは思わなかった。そしてそのまま肩に投げ上げられたオレは胃を強打して空っぽの中身、つまるところ胃液をぶちまけた。そもそも腹が減って気持ち悪いところにそんな衝撃を与えたのがいけない。自分で担ぎ上げておきながらそいつはオレが吐いた瞬間に落として「きたねぇ!」などとほざいたので、オレは足元にあった缶の蓋を握り締めてそいつの足を思い切り殴った。ぶち、と手のひらがちぎれる音。そいつの足にも深い裂傷。おあいこだが次の瞬間にはそいつに思い切り顔を蹴られて、鼻血が出た。あの時、あの勢いで蹴られて骨が折れなかったのが幸運だと思うのだが、とにかくその後はめちゃくちゃだったと思う。
無意味に始まった喧嘩を女の子はしばらく端っこで見ていた。喧嘩といっても左足が使えないオレに勝ち目があるはずもなく主にオレが殴られて蹴られているだけだったが、腹が減っていて体力も別段あるわけでない時にしてはやけに反撃したと思う。そして、最後に思い切りみぞおちを蹴っ飛ばされてオレは意識を失って、気づいたら知らない場所に居て、それがオレとフィンクスとフェイタンとマチの出会いだった。
言葉と喧嘩
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「だんまりだね」
「おう。お前に会うよりちょっと前だったんだけどよ、一言もしゃべんねぇの」
「しゃべれないの?しゃべんないの?」
「同じだろ?」
「違うだろ」
ピリッとした空気がオレとフィンクスの間に流れてにらみ合う。「馬鹿なの?」とマチの一言が後ろから突き刺さった。
「だって違うよマチ!!しゃべれないのとしゃべらないのは違うよ!」
「結局なんも言わねぇんだから同じだろうが!!」
「違うね!違うったら違う!どうしたらいいかが違う!」
「なんであいつがしゃべらないことからオレらがどうしたらいいかってことになるんだよ!」
「原因がわかれば対策がとれるだろ!」
「意味わかんねー!!」
オレとフィンクスはそんなに馬が合わなかった。フィンクスは何かを考えるのが苦手で、オレは体を動かすのが苦手だったから色々とかみ合わないところも多かったのだと思う。ともかくことある喧嘩してはオレが負けた。フィンクスの奴は力が強いし、何より喧嘩慣れしてるのか、オレが左足がないのとかそういうのが一切関係なく純粋に喧嘩の中での振舞い方と位置取りが上手い。いつもオレの重心が傾いた逆側に居て、いつもオレが壁際に行くように仕向けられて最終的に負ける。オレは実質的な喧嘩にせよ、口喧嘩にせよ得意ではなかった。
オレたちはまだそのときにはフェイタンの名前を知らなかった。
フェイタンがフェイタンという名前であることを知ったのは、随分後になってからで、それも偶然だった。いつものように四人で食べ物をあさりに行った日のこと、フェイタンが一冊のボロボロになった本を見つけてそれをパラパラとめくっていた。読めないのであれば文字は追わない。だがその時のフェイタンの目は明らかに絵本に描かれた少ない文字を追っていて、オレはフェイタンが読んでいたその本をこっそりと拾って、それからしばらくの間は食べられるものと一冊の本を探すのに随分と時間を費やした。どの道録に動けもしないから、食べ物探しは大抵マチとフィンクスが請け負って、言葉の通じないフェイタンとオレは寝床を幾分まともにするのに時間を費やしていたと思う。オレは一月ぐらいしてようやっと求めていた本、フェイタンが読んでいた文字とハンター語の本を見つけた。
初めてフェイタンに話かけてみたのは、求めていた挨拶を辞書の中から引っ張り出したある夜のこと。マチとフィンクスは勿論、フェイタンが一番驚いたようにオレの言葉に一言返してからそれからオレの手の辞書をひったくった。その際思い切り本の角であごをぶつけたのだが、フェイタンにはとりあえず気は使ってもらえなかった。フェイタンに何を話しかけられてもわからないが、自分の知っている言葉の羅列を見るのが嬉しかったのか、それともオレが一言発したことがきっかけになったのか、それからフェイタンは意味の通じない言葉をずっとたくさん発するようになった。多分それからオレがフェイタンに言葉を教える係りになったのだと思う。辞書を指差して文字を見せながら発音する。フェイタンが繰り返す。その繰り返し。そして名前という言葉を覚えると、フェイタンは
すぐに自分を指差して「フェイタン」と発音した。本当はもう少し違う音のような気もするが、マチもフィンクスもそしてオレも「フェイタン」という形でしか聞き取れなかったのでフェイタンはフェイタンになったわけだ。
「そういやあんたの名前は?」
「オレ?オレなんだろう。じゃあ
イヴァン
がいい」
オレは辞書の中で目に付いた名前を適当に述べた。辞書の項目には
イヴァン
という人間についての何がしかの説明があったが、特に興味もなかったのでそのまま口にするとマチが「
イヴァン
ね。今適当に決めたでしょ」と言ったが、オレは素直に頷いた。その時からオレは
イヴァン
になった。
別の子供達
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オレがマチのことを好きになったことにあまり大きなきっかけはない。ただマチは蜘蛛のメンバーの中でも一番幼い頃からの付き合いがあって、出会いは色々あったもののでも結局助けてくれたのはマチだった。最初の憧れは純粋に手も足も揃ってどこへでも自由にいけること、だったのかもしれない。この憧れはフェイタンにもフィンクスにも同じものを抱えていたと思うが、やがてそんな憧れは消えて純粋にそこにいるのが楽しくなった。何もない不自由な生活で、その日の食事も足りなかったが、四人で騒いでいるのがひどく楽しいひと時だった。辞書を使っての意思疎通をするようになってから、フェイタンは片言ながらも話をすることができるようになった。ただフェイタンはひどく毒舌だったけれども。
四人の中で一番の年下はオレだった。年下といっても皆それぞれ自分が本当は何歳なのか、いつ生まれたのかなど知っている方が少なかったから、それぞれ多分これが自分の年齢だ、と思うものを口にしたら結果としてオレが一番下だったというだけの話である。
そんなオレたちのところにまた別の子供達がやってきたのは雨の日のこと。流星街の雨は、流星街の上空に流れる黒煙を全部吸い込んで降ってくるようで、雨水をためてもとても飲めたものではない。黒い川がそこここにできて危なくて外には出れない。長い雨はあまりなかったのが幸いだと思う。そんな雨の中、ふっと壊れた傘を持って現れたのは、流星街の夜よりもはるかに暗い色の瞳を持った少年だった。髪と瞳に対して肌は白く、薄汚れたワイシャツとズボンを覗けば流星街にいるのかと思うほど綺麗な少年だったと思う。
唐突に現れたクロロ=ルシルフルはただオレたちのことを惹き付けた。会話は最小限だが、口にする言葉の端々から感じる自信と揺らがない芯に、安定しないオレたちは圧倒的に惹かれたのだと思う。オレだって最初はクロロに惹かれたのだ。それは白状しよう。オレたちはクロロに出会いクロロに惹かれて、新しい子供達と出会った。オレたち、特に蜘蛛の中でも比較的年齢が下のオレからすればすでに大人にも見える子もいて、傍から見れば本当に不思議な集まりだった。だがなじむのにそう時間はかからなかったと思う。
「えー・・・・あっ
イヴァン
、フェイタンが何言いたいのかわかんないんだけど」
「何?」
「だから、私、言うた、あそこ__」
「あっこの間行ったところ新しい連中が入ってきたって」
「えっやだなぁ。また取り合いになるじゃん」
フェイタンの通訳は大体オレの役目。随分長いこと一緒にいるから、オレも若干フェイタンの祖国の言葉を覚えたし指示語だけでも随分通じるようになったと思う。
「
イヴァン
計算が合わないわ」
「んー・・・これダメじゃね」
「あっ」
書き言葉とそれから計算を教えたのはオレとシャルナークとクロロだった。話言葉はともかく書き言葉は皆覚えるのが遅くなったから幾分苦労していたようだが、それでもなんとか様になった。ただフィンクスはいまだに文字が汚くて時々読めない。
「おー!!たっかー!!!」
「お前小ェからなぁ」
「ウボォーがでかいんだろ。オレ普通」
ウボォーギンにはよく肩に乗せてもらった。マチやフィンクスやフェイタンと一緒に居るときは、フィンクスに肩を貸してもらうことも多かったが、ウボォーギンやフランクリンが居る場合は、大抵この二人のどちらかに担がれて移動していた気もする。もしくは今まで通り棒を使って体を支える。
子供が寄り集まった小さな空間はひどく居心地が良かった。流星街の中に見捨てられたオレたちはより集まり一つの集団となった。子供が生きていくにはちょっとばかし辛い空間だったから、それも必然だったのかもしれないと思う。ただ、オレは今までたった四人だったところからもっと多くの人と接するようになって、初めて、マチが好きであることに気づいたのだ。多分そのことに気づいたのは、何よりもクロロの存在が際立っていたからなのだと思う。オレとフィンクスとフェイタンとそれからマチだけのときは、皆等しかった。誰が上でも誰が下でもなかったのに、クロロという存在はあまりにもオレたちいや流星街の中で際立っていたのだ。オレもクロロには一目置いたし、そしてマチもそうだった。そしてオレはそのとき初めてマチの中心にクロロがすえられたことに激しい苛立ちを覚え、同時にオレの中心はマチとなった。
それからというものの、オレはただひたすらにクロロが気に食わなくて腹がたってしょうがなかったわけだが、それでもクロロのことは集団に利益のあるものとして認めていた。これはあくまでオレ個人の恨みであって、クロロが自然と子供達の集まりの中で指揮をとるようになったのは当然のことだしそれを否定しても意味がないことだけは、子供のオレにもわかっていたらしい。クロロ自身はあまりその気はなくても、他の誰もがクロロをリーダーに推しオレもリーダーはクロロであろうと思った。ただしクロロは嫌いだ。
流星街の生活の中で、しょっちゅうぶつかりあう連中も居れば温和に付き合う連中も居た。マチとパクノダは数少ない女の子であるためか基本的に喧嘩などということはしなかったし、シャルナークは比較的誰とでも喧嘩なく付き合っていた。フィンクスとノブナガは何事かにつけぶつかっていたが仲が悪いわけではない。そうそう、喧嘩というのはようするにお互いを嫌ってというよりは意見が食い違った瞬間に手が出るかどうか、というものだ。フィンクスとフェイタンは仲が良い様に見えて実は口喧嘩が耐えなかったりする。でも最終的にはフェイタンにとっては母国語ではないはずのハンター語でフィンクスが負けているのが面白かった。
そしてオレは当然このときからクロロとぶつかった。原因は主にマチのことで、オレは一番初めから正面切ってクロロに喧嘩を売り当然やり返されてきたわけである。最初はとめるなりなんなりしていた周りの連中も、それが日常になると特に気にすることもなくむしろ楽しんでいた節さえある。ちなみに今の今までクロロに勝てた記憶が一度もない。この上なく不愉快だ。
ピピピピピッ
電子音が部屋響いて、
イヴァン
ははっと夢から現実に引き戻された。久々に見た夢はやけに鮮明な、過去の記憶そのままに自分が第三者として過去の自分をどこからか見つめているような感覚がした。今まで思い出そうともしなかった細部まできちんと覚えているのが面白い。
イヴァン
は枕元でうるさくなり続ける目覚まし時計を叩いて静まらせてそれから寝癖の残る頭をさらに手でぐしゃぐしゃにしながらあくびをした。カーテン越しに差し込んでくる日は明るく、ジャッと軽快な音とともにカーテンを開けば幾分高くまで上った日差しが部屋の中に降り注いだ。体を起こしてもまだはっきりとしていなかった脳がようやっと覚醒してくる。
「起きるか・・・」
昨日は残業の後、ひどく疲れて帰ってきたら速攻でベッドに倒れこんだ。今日が休日だったからいいものの、これで平日だったら完全な遅刻だ。
イヴァン
は皺になったシャツを脱ぎながら、朝食というよりも最早昼食をどうしようかと考える。
(・・・・冷蔵庫なんかあったか・・・・)
もう目も覚めたというのに、時折夢が目の奥でちらついた。
イヴァン
は適当なシャツに袖を通してしばし冷蔵庫の中身をあさっていたが、結局冷蔵庫から物を取り出すのをやめて、代わりに充電をしていない携帯をかばんの中から引っ張り出す。まだ電話をかけるぐらいの余裕はありそうだ。
電話帳から名前を探して、通話ボタンを押せばわずか数回のうちに思い人が電話口に出た。
「あ、マチ?今暇?近くにいるんだったら何か食べに行こう」
いまだ記憶の薄れない夢を見て懐かしさを覚えたのは確かだ。新しい夢の続きは現実で見てやろう。
イヴァン
は改めて伸びをすると、出掛けるための準備を始めたのだった。
2014/07/08
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