注意
「香水に知る」シリーズは1話及び2話のメインはモブ視点となります。モブが太公望に完全敗北するのを書きたくてモブのお話をはさみました。
このお話の冒頭には名前こそありませんがモブと夢主の性交シーンを匂わせる表現を含みます。これらの性交シーンはモブの夢であり実際に起こったことではありません。しかしそういったものは見るのも嫌であるという場合は「香水に知る」3話目以降からお読みください。
またこちらのお話ではモブとして登場しますがモブのわりに名前やら設定やらが色々ついています。
「__秋穂」
マーク・リー・アータートンが自室で目を覚ますと、すでに自身の陰茎は完全に勃起しており痛みを感じるほどであった。クソッと呟きながら体に掛けていた薄い布を剥いでベッドに腰を下ろしたまま、その場でわずかにズボンを降ろすと勃起した陰茎に手を振れる。夢の中でこれはあの女__秋穂をよがらせていたものだ。それが所詮は夢だったと思うとひどく陰鬱な気分になった。しかし夢の中での秋穂の痴態は今も目の前で起こったことのように明瞭に覚えており、それを考えるだけで今にも射精してしまいそうなほどの興奮が蘇ってくる。目を瞑って真っ白な秋穂の体を思いながら手でしごけばすぐに精液が飛び出した。それを枕元に置いてあるティッシュで拭い、ひどく忌々しい思いをしながらそれをゴミ箱の中に投げ込んだ。ズボンを履き直してベッドに腰掛けたまましばし沈黙する。
このベッドの上で秋穂は生まれたままの姿となり自分を受け入れていた。自分を呼ぶ声だけは再現できなかったが何度も何度も突かれて、イって、そして快楽に身を浸している。こんな夢を見たのは決して初めてのことではない。
薄茶色の髪は少しカーブして頭部を覆っている。ふわふわとしたこの髪の毛はアータートン家ではよくある髪質であった。瞳は青に近く感情が高ぶると紫に寄る。背はそれなりに高く見た目はかなり良い方だとマークは自負している。そんな自分がカルデアで霞流秋穂と出会ったのはずいぶん昔のことになる。確かに第一印象も幼いながら可愛らしい娘だと思ったことを覚えている。その後彼女が千年にもわたる魔術回路の保持者であることを知り、妻にするには良き相手だとも思った。
アータートン家はイギリスにおける魔術の名家である。霞流には劣るが五百年あまり魔術回路を維持・厳選を繰り返して今に至るため時計塔においてもかなりの発言権があった。マークは時計塔を出た後そのままカルデアに引き抜かれたのだ。マーク自身の魔術師としての家柄を見込まれたこともそうだろうが、マーク自身の才能もあったと自負している。故に妻は十分に選ばねばならない。そんな時に現れたのが霞流秋穂だったのだ。
カルデアの白を基調とした建物の中で秋穂の真っ赤な髪の毛はよく目立った。初めは学校の制服を着ていたため地味な印象が拭えなかったが、私服に髪と同じように赤の入ったチャイナ服を着るようになれば可愛らしさから美しさへと印象は変わっていった。あまり長そでを好まないらしく短めの袖から覗く手足は成長途中の少女の美しさを内包している。ダ・ヴィンチの工房に立ち入るようになってからは彼女本来の性質なのか元気溌剌とした雰囲気が出て気づけば秋穂に惹かれるようになっていたのだ。
秋穂とは食堂でそれなりに会うことがある。秋穂はカルデアにあまり知り合いがいないのか基本的には一人で食事をし終わると席を立ってそそくさとその場を去ることが多いが、声をかけられれば快活に受け答えをしている。個人的な話は少し口ごもることもあるがそうでなければ楽しそうに話を聞いて相槌を打つ。聞き上手なのか秋穂は自分の話を大げさなくらい喜んで聞いてくれた。それがまた心地よいのだ。しばらくするとそんな賑やかな会話に職員たちも引かれて入ってきて、結局大勢の話の中で秋穂がもみくちゃになり自分だけに視線を向けないのは気にくわないが、しかしそれでも他人に対して常に礼儀正しくそして相手を立てることを知っている秋穂は実にアータートン家の次期当主の妻としてはふさわしい人格を持っているように思えた。
美しくたおやかな彼女を妻に、と思うようになってからは積極的に秋穂に話しかけた。ここが時計塔や実家であれば無理にでも婚姻関係を結ぶことができたが、あいにくとここはカルデアだ。一応カルデアの職員となっている秋穂の連れとなるには他の職員にも認めさせる必要があった。だからマークは綿密に彼女から自分に対する印象が良くなるように計算し、はじめは無理に関わろうとせず徐々に距離を縮めていった。秋穂を狙っている男はマークの他にも大勢いた。カルデアに来たばかりの頃の彼女は誰にも興味を持たれていなかったが、人と関われば関わるほど人を魅了する様々な側面を見せてくれる。だから彼女に声をかける職員は多くおり、また年若い者も多かった。マークは今年で三十一歳になる。彼女とは十歳以上年齢が離れているが、魔術師の家系においては年若い妻を娶ることは別段不思議なことではない。重要なのはより質の高い魔術回路を次の世代に残せる素質があるか、なのだから。
ともかくマークは様々な作戦で他の男を遠ざけつつ自分の印象が良くなるように働きかけた。廊下で出会ったときは軽く声をかけ自分のことをしっかりと覚えてもらう。食堂で彼女が一人の時は必ず近くに座り、丁寧に挨拶をしながらまずはなんということもないカルデアの話をする。最初は驚いたのだが秋穂は魔術師の家系に生まれながら、魔術というものをほとんど知らないのだという。なんでも魔術回路を維持するためだけに存在するのだと噂に聞いた。そういった戦略も決して珍しいわけではなく、また自分が魔術に優れ彼女が魔術に関して無知ならばそれを武器にしてやろうと思ったほどである。マークは積極的に魔術の基礎的な話をし、また難しい話を同僚が秋穂に振った時はなるべくかみ砕いて説明をしてやる。そうすると秋穂は本当に喜ぶのだ。笑顔を見せて「私は魔術に関しては素人なので皆さんの話がわからなくて、でもマークさんが教えてくれるお陰で少しずつ皆さんの話についていけます」と言ってくれる。そういったことを繰り返すうちに、強引に秋穂に言い寄って自分のものにしようとする男たちはマークと秋穂の間に入れないことを悟り自ら引いていく感触を得る。マークと秋穂がかなり親し気に話をする様子を見ながらも相変わらず声をかけてくる男はいたが、秋穂は随分と自分のことを慕ってくれているようだ。十分に勝ち目はあるように思えた。
さてここで少しだけ秋穂が入って一年ほどしてから入ってきた新規の職員である呂尚について話をしておかねばならないだろう。
中国が出身であるという彼は真っ黒な美しい髪の毛の細身の男性であった。後ろに伸ばした長い髪は丁寧に三つ編みにし、生まれつき切れ長の目であるため普段から笑っているようにも見える。彼は所長の勧誘でカルデアにくることになり、分類としては魔術職員になるそうだ。しかしマークは呂という家系については何も知らなかった。他の職員も中国の呂という魔術師の家については誰も知らず、素性が全く明らかにならない不思議な男性であった。しかし圧倒的に魔術に優れていることは確かである。彼は多くの魔術職員を悩ませていた構想段階の様々な魔術的な仕組みについてあっけなく解析を終えて理論として打ち立てた。そしてそれらを呂尚の理論通りに設定すると必ずうまくいくのである。時計塔では家柄が全てである。しかしカルデアではどちらかといえば知識と力が優遇される傾向にあった。呂尚はまさにカルデアで頭角を現したのだ。さらに言えば彼は話も上手く高いカリスマ性を持ち合わせてもいた。まるで小説の主人公のように様々な人とあっという間に打ち解けてしまう。ただ自分に向けられる感情に対しては少々疎いところがあるのか時折頓珍漢な返答をすることもあったが、そこが魅力的だと言われるようになるまで時間はかからなかった。
しかしこの段階で呂尚は別段マークにとって敵ではなかったのだ。呂尚は秋穂とは特に関わりを持とうとしなかったからである。呂尚は確かに廊下で秋穂とすれ違えば挨拶はした。しかしその程度である。食堂で秋穂が一人でも特に積極的に近づくことはしなかったし、偶然話に織り交ぜられて共に会話をすることがあっても呂尚は秋穂を一人の職員としてしか見ていないように思えた。
正直なところ圧倒的な魔術の素養を持つ呂尚にマークは嫉妬していた。呂尚が来てからカルデアにおける勢力図は大きく変わったのだ。元々は実力と家柄が重視される雰囲気があったカルデアが、呂尚の登場により実力を良しとする雰囲気に大きく変わっていった。マークとしてはそれが気にくわなかったが、しかし呂尚とは適当に仲良くしておけばそれなりに良い結果を得られるので、マークはあくまで後輩として呂尚とは接していた。呂尚も特に礼儀を欠くことなくマークと付き合っていたのでマークもあまり気にしないことにしていた。
それがどうだろう。ある日突然、呂尚はカルデアで行われた聖杯戦争で召喚されたサーヴァントであり真名を太公望というと発表されたのだ。そしてそのマスターが誰も予想していなかったであろうことにあの霞流秋穂だったのである。この発表はカルデアでレイシフトの実験が始まろうとする頃に行われた。
誰もが驚いた。同時に納得した。かの中国における様々な演義つまり口語調の作品の中でも知名度の高い封神演義の主人公が太公望である。彼は軍師として周の武王に尽くしたとされるがそのカリスマ性に惹かれるように多くの仙人たちが彼に力を貸し、結果として周という国を興す立役者となった存在だ。魔術に優れるのも当然、そして人の心をあっという間に掌握するのもまた当然といったところであろう。
しかしながらマークにとってこのことは憤懣遣るかたない思いを募らせるものでもあった。秋穂がなぜカルデアでマスターに成ることになったのかその経緯を知らない。もし仮にカルデアで秘匿される形で聖杯戦争が行われたのならば自分こそマスターに相応しいとマークは思っていたのである。それがどうだ、自分はこの発表があるまで聖杯戦争のことすら知らなかった。マークの自尊心を傷つけるには十分な出来事だったのだ。
同じことを思った職員はそれなりにいたのだろう、発表直後は誰もが太公望と秋穂に向ける視線に様々な思いが込められていた。秋穂に対しては嫉妬が多かったかもしれない。ところが太公望は名前を変えてもいつも通りで気づけば皆は太公望の話に惹きつけられてしまうのだ。太公望は自身がサーヴァントであるということが周りに知られても普段と全く変わらなかった。たまに変なところで変な受け答えをして笑われて、問われれば知識を与え、請われればその通りに仕事をする。太公望は呂尚であったころ、いやそもそも呂尚とは太公望の名であるので呂尚としか名乗っていなかったころの方が正しいだろう、その頃はまだ押さえていた本来の力をサーヴァントとして公表された今は存分に発揮しているのである。太公望はすぐに職員に受け入れられた。
マークにとって聖杯戦争にまつわることは実に腹立たしいことである。しかしマスターとサーヴァントという関係であっても秋穂と太公望にはまるで接点がないように思えたのは幸いなことであった。太公望は普段は秋穂とほとんど話をせず、また何か会話をするときは必ず「ライダー」「マスター」と呼び合っていた。すでに聖杯戦争は終結しているという話であったので、そんなことをする必要はないにも関わらず、である。そもそもすでにカルデアの職員は全員太公望の名前を知っている。秋穂がわざわざ彼の名前を隠すように「ライダー」と呼ぶ必要はないのである。しかし秋穂は「ライダー」と呼ぶことにこだわりがあるように徹底して名前を呼ぶことはしなかった。
マークは聖杯戦争に関しては話を聞くばかりであったが、サーヴァントとマスターにも様々な関係がある。一緒にいるところを見たことがないのでもしかしたら不仲なのかもしれないと思うのだ。いやそうであってほしいと思う自分がいた。
20220704 執筆・サイト掲載