「今日も収穫なぁし!」
 「おーうこれで三日だ」
 オレはすでに腹の皮と背中の皮がくっついたんじゃないかと思うような空腹を抱えながらも、歩かなければどうしようもないので、武器代わりにしているやわい棒でその場にしゃがみこんだミランダをせっついた。
 この世に生を受けて・・・・はて何年なのだろう。オレは流星街にたむろする餓鬼どもと違って幼い頃は周囲に少しだけ大人がいた。オレの生まれた日も知っていて、幼い頃はそいつらの世話になっていたもののオレを世話していたのはそれなりに裏があってのことだと早々に知ってオレはそいつらのところを抜け出したのである。それからしばらくの間は一人でふらふらとさ迷って、そしてさらに後に自分よりもいくつか年下の餓鬼の集まりに出会ったのである。クロロ=ルシルフルを筆頭にしたその集団は流星街の中では異質なぐらい・・・なんというか・・・一つの塊として動いていた。一人でふらふらとしていたオレは気づいたらその集団の一員になっており、いつの間にか年下の餓鬼の面倒を見ながら流星街にぽつんぽつんと残された建物の中で生きるようになったのである。
 「おいミランダ!水!」
 「やったぁ!」
 ミランダと名乗る女は赤っぽい髪をしたやけに明るい女だった。オレがノブナガ=ハザマと自分の名前を知っているようにミランダも自分の名前を知っている口だった。集まった餓鬼共の中には自分の名前を知らないどころか言葉すら話せないやつもいる。こんなところで名前がどれだけの意味を成すかは疑問だが、あるということはそれだけの出自の違いを意味していた。
 しばらく晴れていたせいでなかなかありつけなかった水を見つけてオレとミランダはまずはそれを口に含む。さび付いたドラム缶の中、泥と得体の知れない何かが底に沈んでいたものの、底が見える程度に澄んでいた。これぞ奇跡と叫びながらオレとミランダは顔を突っ込んで飲んだ。手ですくったら零れるからな。ある程度満足したところで、持ってきた器に水をたっぷりといれて服の下に隠す。綺麗なところをできるだけ掬えるように工夫して、なんとか飲み水を得てオレたちはその日帰路についた。何か見つけるまで帰らないってことにしようぜ!と言って飛び出したのだ。久々に皆に会うことになる。できれば誰かが口にできるものを持ってきてくれていると嬉しい。
 帰りは丸一日かかった。オレもミランダもさすがにふらふらになりながら、多分半分くらいオレがミランダを引きずっていた気がするのだが、ともかくほとんど朦朧とした意識で帰りつく。それでも帰ればなんとなく元気になるもので扉も窓も何もない空間にオレとミランダはただいまぁとまるで家族のようなごっこ遊びをしながら飛び込んだ。
 疲労は意識を鈍らせた。いつもなら聞こえる音や、普段の臭いや、それから見えるものがある。オレはその時あまりにも疲れていてそういった「いつも」がなくなっていることに気づかなかった。多分ミランダも、だ。
 建物の中に入って、ミランダが悲鳴を上げた。銃声は聞こえなかった。ミランダが膝から崩れ落ちて持っていた古い水筒が破けた。オレはミランダの膝を銃弾が貫通してるのを確認してから、水筒をそっと地面に置いて、銃相手じゃほとんど役に立たないだろう棒を構えた。精々そこらの大人から逃げるときに使える程度の強度。組織だった相手だったらとても敵わない。
 「なんだ餓鬼じゃねぇか」
 ヒッ、ヒッと引きつったような泣き声を上げるミランダは、足元で必死で息を押し殺そうとしている。怖い大人から逃げるには隠れて息を潜めているのが一番だ。見つかっている今はもうほとんど意味はないが、多分本能的にそうしようとしている。
 「・・・ミランダ、普通に息してろ」
 軽く蹴っ飛ばすと、ミランダは口を押さえたままながらもこくこくと必死で頷いた。声は出さない、でも息はする。ゆっくりと鼻から吸って口から吐き出せ。
 目の前にいるのは黒っぽい服をした綺麗な男達だった。いや男の見目が綺麗とかそういうわけではなく男達の着ている服が、という話だ。ここらじゃ大人も子供もぼろを纏っているから、この男達が外の人間であることは簡単にわかった。棒を握った手に汗がにじむ。
 「ノブナガァ」
 「いいから黙ってろ」
 「フィ、フィンッ、がァッ・・ヒッ」
 部屋の隅っこであまり輝かない金髪が倒れていた。出血がひどい。ピクリとも動かない。生きてるのか死んでいるのかもわからなかった。周りを見回すと何人かが倒れていて、何人かは姿が見えない。全員がここにいたとは限らないが、わりと人が多い時間帯を狙われたのだと思う。身体的な事情であまり表に出歩けない子供の姿は見えない。オレたちと同じ言葉をほとんど話せない奴とそれからいつも一緒にいた左足の使えない奴の姿は見えなかった。一足早く逃げたのだったらいいと思う。
 裸足の足に生暖かいものが触れてびくりと体が震える。ミランダの血だった。動脈が傷ついたのか足からなのに出血が激しい。
 「おいこの二人どうすんだ」
 「・・・はぁ?知らねぇよいらねぇだろ。人数は一応揃えたぞ」
 オレはその言葉を聞いた途端に棒を捨てて、代わりにミランダを抱えて走り出した。幸いにして黒い連中は一方に固まっていたから、反対側に逃げるのはそんなに難しくはなかった。毎日のようにあちらこちらから入っては出てを繰り返している建物だ。どこからだって迷いなく足が動いて外へ出れる。
 「いらねぇなら殺しておけよ」
 そうだ、オレはそう言葉が続くことを知っていた。だからミランダを連れて逃げたのだ。ごみの間に隠れられれば大人は絶対に探せないと知っている。何とかしてここから出なければ。外へ走った。ごみの山の隙間に隠れようと思って、走ってそして後ろから銃声が聞こえて死んだと思った。
 そこでぷつりと意識が切れたのは多分ここ数日何も食べてない疲労と、首筋を掠めた銃弾のせいだろう。オレはあの時死んだと思ったから、目を覚ましてまだ生きていることにかなり驚いた。フィンクスもミランダも出血が激しかったものの生きていた。クロロとパクノダは早くに逃げられたらしい。マチは怪我をしても上手く隠れられてやり過ごせたのだという。言葉を話せなかった奴は数日後に隠れているところで見つかった。左足が動かない奴や片目が見えないやつそれからもう何人かは死んでいるのが見つかったか、それか死体すらも見つからなかった。








 「そういやオレたちの中で一番最初に念習得したのはおめぇとフィンクスだったな」
 「そうだっけぇ」
 「発を最初にやったのはおめぇだろ。纏と絶を最初にやったのはフィンクスだろ」
 「忘れたわ」
 ミランダがオレの持ってきた日本酒をあおってつまみに手を伸ばす。ミランダはまとめて食べ物を掴むのだがあいにくと豆はころころと逃げていく。こぼすなよと膝を蹴っ飛ばすとミランダは「ノブナガのせいで余計零れた」と愚痴を言った。
 「2年前は本当に死んだかと思ったぜ」
 「ははは」
 ミランダが乾いた笑いを浮べながら口の中に豆を全部押し込む。そんなに上を向いて食べると・・・案の定喉に詰まらせてオレに向かって吐き出しやがった。アホかと言って水代わりに酒を差し出したオレも大概だとは思うがまぁお互い様ということだ。
 「念か、もう随分前に覚えたっきりだからどうやって覚えたのかも記憶にないわ」
 「オレもだ」
 「ノブナガの念も大概使いにくいよね」
 「おめぇもな」
 



2014.12.14