「クロロとシャルはさ、どうしてわかったの?」


 大陸に附随するようにぽつぽつと生まれた小さな島。俺とクロロとミランダはこの日、その小さな島にぽつんとある人気のない研究所にやってきていた。警備員が時折巡回しているものの、ミランダが通行証を見せれば何の疑いもなくニッコリと笑って通してくれた。特に問題を起こすわけでもなくクロロは警備員からネームプレートを受け取ったので、同じように俺もネームプレートを受け取る。来客、と書かれたそれは会社名も記載されていない。ここは非合法の空間だった。ネームプレートや通行証があるだけ幾分ましだろう。研究所に入ってからすれ違った警備員は後ろをついてくるクロロと俺には一度目を向けたものの、胸にかけられた来客のネームプレートを見て何も言わずに立ち去った。
 元より人の少ない施設なのだとミランダは言う。あとそれから5年前にミランダが半数を殺してしまったのだとも言う。
 「なんだろ、うーん説明は難しいんだけどある種契約なのよね。あたしの体を守ってもらう代わりにあたしは干渉しない」
 「あまりにも一方的な外交にしか聞こえないな」
 「まぁ力があるほうが勝ちだから!!」
 といっても力なかったからこうなっちゃったんだけどねー、とミランダは笑った。いつも通りの表情は今の状況をあまり苦にしていないように思える。
 触れれば実体がある。話しても記憶は確か。俺たちは最初ミランダのことを何一つ疑うことはなかった。だがそこから日を重ねていくに連れて湧き出た疑問は共有され、やがてこの研究所にたどり着いたのである。
 「クロロとシャルはさ、どうしてわかったの?」
 ミランダの問いに答えるのはクロロだ。俺は沈黙したまま、研究所の中を歩きながら観察する。入り組んだ廊下を迷うことなく通過し、地下への長いエレベーターに乗る。椅子まで用意してある始末だ。どれだけ長いのかと聞けば最下層まで十分はかかるらしい。
 「・・・・5年前お前がシルバ=ゾルディックに殺されたことは疑いない事実だった」
 「・・・」
 「俺たちがゾルディックがあの日盗みに入った研究所に同じように侵入していることは、仕事の半分が終わるまで知らなかった。そしてお前がゾルディックとぶつかったと知ったときにはもうゾルディックは撤収していた」
 「あっれ本当に運が悪かったと思う!」
 ミランダは5年前を思い出したのか顔をしかめた。腹を押さえ、いかにも痛そうに顔をゆがめる。
 「ミランダ、お前じゃゾルディック相手は無理だったろうな。なぜ逃げなかった」
 ミランダはエレベータという閉じられた空間で、クロロの問いにどう逃げようかと算段をつけているようだった。答えとして、かそれとも物理的にか。そうだ、ミランダには今ここでも物理的に逃走することが可能なはずなのだ。だがそれをしなかったのは、何をしてもクロロの問いに逃げられるものではないとわかっているのかもしれなかった。クロロの言葉はいつだってひどく重い。
 「あー・・・・時間稼ぎにはなったでしょ?」
 「ああ。お前が逃げていればおそらくあそこでお互い相当消耗しただろうな」
 「クロロは死なないかもしんないけど、あたしより相性悪い奴もいたし」
 「ああ」
 そんなとこ、とミランダは肩をすくめた。
 「・・・・・残っていたのは致死量の血と、お前の銃とそれから片足だ。」
 「血液に胆汁や胃液も混じってたし、致命傷は腹部?」
 「ってか下半身丸ごと吹っ飛ばされたような気がする。いやーあれ無理だって」
 ミランダが苦笑いをするうちにエレベータは最下層へとたどり着いた。綺麗なエレベータの扉が開くとその先はいかにも怪しげな白い通路が続く。まるで洞窟を掘ってそこに直接塗料を塗ったような、凹凸の激しい通路がしばらく続いた後、いくつもの扉を経て大きな空間へたどり着いた。床は網のようになっており、下に通るパイプがむき出しになっていた。床一面にパイプ。天井にもさまざまなコードが通っている。ここには上と違ってかなりの数の白衣の人間がいた。だが皆一様にミランダをみると視線をそらしていく。
 「触れても体温を感じない手、常時絶だと言いながら念を使う、後ろに立たれても気配がないなんてことは、昔のお前じゃ考えられなかった」
 「5年で修行したとか?」
 ミランダの言葉をクロロは無視する。
 「何より、一番初めにあってから、お前は一度も「自分はここにいる」としか言わなかったな。「自分は生きている」とは言わなかった」
 「まぁ」
 よく覚えてるな、とミランダは言いたいのだろう。照れ隠しでもするように頬を掻いてそれからため息を吐いた。
 「ミランダ、お前はもう死んでいるんだな」
 「そんなもんなのかなぁ。生きてるとは確かに言いがたいよね」
 ミランダはポケットから俺が前に買った携帯を取り出した。それをしばらくいじくって遊んでいたが、やがてそれを掌の上に乗せてかざす。
 「壊れるからさ、受け取ってよ」
 そう言うとほぼ同時だった。俺には少なくとも携帯がミランダの掌をすり抜けたように見えたのだ。俺は携帯が床にぶつかる前にキャッチしてクロロを見る。クロロは黙ってミランダの手をとろうとしたが、その手はすり抜けただけだった。
 「"自己実体証明(ゴースト・ガール)"こういう形になってから5年かかってようやっと具現化できた自分の体。血は流れてない、形としてあるだけ、体温もない・・・・あー・・・本当は作れるけど疲れるしね」
 「・・・・じゃ今のミランダは、幽霊?」
 「それに似てる。でもあたしがあたしでいられるのは肉体が残ってるから」
 ミランダはひどくわかりにくい言葉で説明をした。多分、その説明をするためにここまでつれてきたのだ。ミランダは俺から携帯を受け取ると受け取った手でそのまま自分の背後を指差した。
 球体の大きなガラス。まるで金魚の水槽のようなその中身はほとんどナニカの管で埋め尽くされていて中身が確認しにくかったけれども、やがてそこに一人の女性がいることがわかった。ひどくつぎはぎで、服も着ておらず、呼吸すらもままならないのか体中に差し込まれた管とコードで生かされているように見える。その女性は確かに今目の前にいるミランダであった。少しだけ伸びた髪と、縫い合わせられた腹部、俺たちが唯一回収した片足は縫い閉じられており存在しない。
 俺はミランダが死んでいるであろうことをなんとなく知ってはいたが、このような状態でミランダの体が残されているのは予想外であり、少しばかり・・・・いやかなり驚いた。ゆっくりとミランダが納められた水槽に近づきそして手元のパソコンに触れる。
 「あの・・・」
 「うるさい、ちょっと黙って」
 何か言いたげに声をかけてきた研究者の一人を軽く追い払う。
 「そのパソコン、あたしの体の維持装置も入ってるから気をつけてよ」
 「現状収めたデータとかってないの?」
 「どうなの?」
 ミランダはここを総括しているわけではないようだった。研究者はミランダを恐れており、一方で何か別の目的を持っている。ここの研究所の目的に関してシャルナークも調べているから知っている一方で、そこにどのような形でミランダが関与しているのかまではわからない。何せここはオフラインだ。
 ミランダに話しかけられた研究者の一人は息を飲み、それから少し震える声で何かを話し出した。聞き取りにくいが、とにかく¥D:には触るなと言っているようだ。シャルナークはそれだけ確認してから、ざっとさまざまなファイルの名前を確認していく。クロロは神媒体に手を伸ばしていた。
 「シャル、あったぞ」
 「こっちも見つけた。心拍数、脳波・・・・5年前からずっと記録があるね」
 「えーすごーい」
 「君のことだよ、ミランダ」
 「まぁ・・・身体的には・・・」
 ちょっと照れながらミランダは笑ったけれどもここは笑うところじゃない。絶対に笑うところじゃない。
 俺はクロロから渡された紙の資料とデータを見ながら、おおよそのことを把握した。俺の予想してたことの半分は外れていて半分は当たっている。そしてミランダにとってはもう元に戻る術はないし、何より元に戻らない方がいいのかもしれないという結論に俺は至ったのである。
 水槽の中のミランダの体はほとんど動かなかったが、時折光に対して小さく反応することがあるようだ。クロロがじっと水槽を見つめていると、ふと研究者達がざわめいた。
 「目が」
 「・・・開いた」
 クロロが水槽の分厚いガラスに手を触れる。冷たくはないのだと言う。まるで母体のように温かいと、言う。水槽の中のミランダはまるでクロロが近づいてくるのがわかっているように、クロロが目の前に来たときほんの少しだけ目を開いたのだ。これがどれだけおかしなことかは、つい一時間ほど前の投薬記録を見ればわかる。この5年間ミランダの体にはずっと鎮静剤が定期的に投薬されており、体は昏睡状態のはずなのだ。周囲の音にも光にも反応しない。脳に直接電波を送ってもあくまで生命を維持する機能以外は一切が停止している。
 俺もその事実を見ながら驚いて、改めて水槽の中のミランダを見る。俺の横でクロロと自分の体を見るミランダは何を思っているのだろうか。そもそも脳も心臓も己で具現化している中、ミランダはどこでなにを考えているのだろうか。
 水槽の中のミランダは目を開き、そしてほんの少し微笑んだように思えた。クロロの口元に同じように笑みが宿ったのは多分俺しか見ていなかったと思う。そしてもう一度目を閉じたミランダは、それきり目を開くこともなく再び静かに水槽の中で眠っていた。











 「あー!!わかんねぇな!!おいシャル!クロロの説明じゃ何言ってんのかさっぱりわかんねぇよ!で、なんだミランダは死んでんのか生きてんのか!?大体目の前にいるじゃねぇか死んでんならこいつは誰だ!!?」
 短気なのはよくないなぁと俺は笑ってから、「死んではないけど、幽体という形でしかありえないよ」と言った。案の定と言おうか、ノブナガは俺の襟首を掴んでがたがたと前後に振るもんだから、すっかり気持ち悪くなる。だから短気なのはよくないんだって、と言ってからなんとか首をはずしてもらうとゲェと露骨に唾を吐くような動作をする。
 「どうする?ミランダ説明する?」
 「んーいいやぁ」
 「何それやる気ないなぁ」
 「冷たい・・・・」
 「マヒィはっへにはわらはいへぇ(マチぃ勝手に触らないでぇ)」
 頬をつねられたミランダがはふはふと何かを言うが何を言いたいのかほとんどわからない。笑えば笑うなと言われ、フィンクスが殴れば殴り返し、フェイタンが指を出せばひっぱたく。流星街にいたころから何も変わらない風景に、ミランダがすでに死んでいるといわれてもピンと来ないが、それでもあの日俺とクロロがミランダに案内されてみたものは事実だ。
 「パクは知ってるの?」
 「・・・ええ。前にミランダに触れたときに。でもあんまりよくはわかってないわ。ただ、彼女はもう自分自身を具現化した存在であるとしか・・・」
 「うーん、パクが説明したことがほぼ全てかな」
 ミランダは、5年前確かにシルバ=ゾルディックに殺された。俺たちはミランダの死体を見ていないから実際にはわからないけれども、下半身が吹き飛び、ほとんどの臓器がなくなっていたらしい。纏をして止血を、なんて状態じゃない。下半身がなくなった時点でショック死していたんじゃないかと思う。ミランダは死んだ。これは事実だ。ここから先はちょっとだけ俺とクロロの予想も混じる。この世に魂なんてものがあるなんて俺はあんまり信じないけど、でも死者の念ってもんが存在するのは事実だ。ミランダは死んだ時点でほとんどこの死者の念を発動しかけていたはずなのだ。それは本人も言っている。多分クロロに対して何らかの念をかけるはずだったのだと。ただ彼女自身が死者の念として形を取る前にミランダの肉体はあの研究所に拾われた。そもそも俺たちがこの間訪れた研究所は、5年前俺たちが襲撃をした研究所に連なるものだ。
 何をやっていたかって?合成獣に関わる非合法の研究ってところ。例えばキメラアントみたいな生き物を人工的に作り出そうって話。人と獣を身体的にあわせて、かつ人の思考回路をそのまま残して軍事利用を・・・ってのが目的だったらしいけどまだそんな段階じゃない。精々人の体を長期間維持しその中に別の生き物の意識を入れるってあたりで止まってるらしい。それも年々高等動物になってはいると聞くけど、その辺はどうでもいい話。とにかくミランダの死体はまだ新しかったから研究所に拾われて実験体にされたってわけ。研究所の人間がよほど腕がよかったのか、ミランダが死者の念に完全に成り代わる前に体がかろうじて生命を維持できる形にまで復元されたらしい。その結果が・・・・今の状態。
 魂を形にするのが肉体だとすれば、肉体が壊れて魂も壊れる。一方で肉体が復元することで、魂は本来の形を取り戻せたんじゃないかってのがクロロの結論だった。俺はさっぱり何を言っているのかわからないけど、ヨリシロになる肉体が戻ったことで死者の念にならずに本人を形作る幽霊として復活したとか、なんとか。
 「何言ってるのかさっぱりわからん」
 「うん俺も何説明してるのかわからなくなってきた」
 「じゃミランダの体はどっかにあるのかい?そこに戻れないの?」
 「ミランダの体はもう生命維持装置の中じゃないと生きられないし、何より中にはもう別の精神が入ってるんだってさ」
 俺たちあの研究所を訪れたとき、水槽の中のミランダの体の中にはねずみかナニカの精神が入っていたらしい。そしてあの研究所では実際に精神を入れ変えて活動をさせたり、持続時間をみたりといった研究を他の場所でやっていたそうだ。ただ、ミランダの体は、非常に定着状態がよく、かつ体自体の損傷が激しかったため昏睡状態での脳波や身体の活動状態を調べる基礎研究に使われていたらしい。だからあの体にはもうミランダは戻れないけど、逆にあの体があのように維持されている以上はミランダは今のまま自分を具現化することでこうやって現実に存在することができるわけだ。
 「冷たいって言っても体温も作れるよ」
 「あっほんとだ」
 マチがミランダの手を頬にあてた。一方でフェイタンがミランダの頭の辺りを掴もうとしてもフェイタンの手はするりとすり抜けてしまう。光は透過していないのに、物体だけが投下していく。不可思議な現象だった。
 「その服は?」
 「これ?死んだときのままー。汚れもつかぬ、いや汚れを維持しようと思えば維持もできるよ具現化したままでいればいいんだし」
 「あっほんとだ」
 洋服ごとすり抜ける、とマチはどこか感心したように言う。
 「結局のところミランダは生きてるの?」
 「死んで復活して幽霊になりました?」
 「本当は不安定な幽体だけど、5年の間にもう一度新しく具現化系の念を習得したってことでしょ。5年前ミランダの体を修復した直後現れたミランダはいつも不定形で声だけとか体だけとかだったって書いてあったよ」
 「えっ何それ記憶にないや」
 ミランダは驚いたように言った。多分本当に記憶がないのだろう。
 「それから徐々にきちんとした形になって、念を覚えて勝手に出てったんだってね。でも最初からきっちり自分の体は生命維持をしろって脅してたあたりもうそのときには死者の念になってたんじゃないの?」
 「どうなんだろ・・・・今もさ、残ってる脳の方が動いてあたしを作ってるって可能性もあるんじゃないの?」
 「さぁ、どっちにしろ今のミランダはあの体がないとこの世にはいられないんじゃないかってことだよ。それだけわかればいいんじゃない」
 「へー」
 「興味ないな・・・・」
 ミランダはだってもう一度死んでるっぽいし、と笑って言った。






2015.04.14 有限な人生と零から始まる人生の境界線