ヨゴトノリトのパラドクス

番外編 きさらぎ駅弐

 冷たい風が吹いている。風にさらされたホームに立っていると、まだ冬本番というわけではないのに、体の芯まで凍えてしまいそうだ。
 天野曜次と夏油傑は並んでホームに用意された席に座りながら、お互いをなんとか吹きすさぶ冷たい風の壁にしようと画策している。曜次はいつものワイシャツにコートをプラスして、傑は外見こそ変わらないが、中に暖かなインナーを着ているらしい。それでも染み入る寒さには、これからやってくる冬を感じざるえなかった。
 曜次は連続する任務ですっかり食べ損ねた食事をとるため、弁当を二つほど持ち込んでいる。箸を持つ手がかじかんでしまい、なかなか苦労しているようだが、傑はあまり気にせず話を始めた。
「というわけで今回の任務先はきさらぎ駅という場所になるのだけれど」
「それできさらぎ駅? どこ?」
「さぁ」
「さぁって何さ。駅なんだからどこかの県に所属しているなりなんなりするんだろ」
「それがわからない」
「……」
 曜次は傑から返された言葉をしばらく考える。傑はどこにも所属しないとは言わなかった。わからない、と答えたのだ。それが意味するところは、何かの理由があって突然どこかに現れる存在、という風に解釈できないだろうか。
「つまり、ある条件を満たすと発生する、とか」
曜次にしては勘がいいね。その通り。そもそもこのきさらぎ駅というものの始まりはネットへの書き込みからだった。『はすみ』という人物が、見たことも聞いたこともない駅『きさらぎ駅』にたどり着いたところから始まるんだが、その詳細に関しては実物を読んでもらった方が早いだろう」
 傑はそう言うと、一緒に持ってきていたタブレットを曜次に渡す。タブレットは冷たく冷え切っていた。曜次は箸で卵焼きをつまみながらタブレットを見る。タブレットの中には『はすみ』がオカルト掲示板に書き込んだ内容から、それに属する書き込み、果ては異世界に行く方法まで事細かに書き込まれていた。昔は紙の束で渡されていた内容も今はタブレット一つで情報が完結する。便利な時代になったものだなぁと、卵焼きを口に放り込みながら曜次は一通り読んだタブレットを傑に返した。
「どう思う?」
「うーん……」
 曜次は卵焼きを咀嚼しながら顎に手を当てて考える。甘く味付けされたそれは寒さに凍えていた曜次の体に活力を与えてくれる。やはり食事は必要だな、と関係のないところで納得しつつも、曜次は傑からの問いに答えた。
「領域かな、やっぱり」
「だろうね」
 ということは傑も同じことを考えていたというわけだ。でも確信があったわけではないのだろう。だから曜次にも確認を取りたかったのだ。
「範囲が尋常じゃなく広い領域って考えるのが一番シンプルじゃないの?」
「私もそう思うよ。中央にいるのが何か考えたくもないけどね」
「特級かな」
 曜次は弁当のにんじんを避けながらぱくぱくとおかずを口の中に放り込んでいく。にんじんは嫌いだった。それを知っている傑が脇からにんじんをかっさらって自分の口に放り込む。そして咀嚼して飲み込むと話の続きを話し始めた。
「……私たちにこの任務が来る前にすでに五人の術師が行方不明になっている。二級が一人、一級が四人、それぞれ単独で任務に赴き、そのままきさらぎ駅へ入ったと思われるところで消息を絶った。今のところ返答は一切ない」
 曜次は遅い夕食を食べ終わり、うーんと腕を組んで唸る。こういった任務が初めてなわけではない。前に他の術師が赴いてそのまま行方不明になった任務に、自分が行くこともしばしばあった。だが特級二人の派遣は、珍しい。
「一級が四人だ。呪術界もそれなりに慌てているということだろう」
「でも、俺が傑かどっちかでよくね?」
「そこはね、万が一の状況を考えて私が曜次と二人を要請したのさ」
「へぇ、またなんで」
「一つ、要救助者がいた場合に、一人では対応しきれない可能性。二つ、過去を踏まえて一人では選択肢を誤る可能性」
「選択肢を、誤る?」
「昔もあっただろう? 二人で一緒に行った任務」
「あーはいはいそういうことね」
 曜次は昔のことを思い出してはぁとため息を吐いた。面倒くさい任務になりそうだ、という予感がひしひしとしている。
「とりあえず現地に向かいますか」

 その日はもう夜も遅くなっていたので、とりあえず二人は静岡県へと電車で向かったのだった。呪霊で飛んでもいいのだが、呪霊の見えない一般人が、空を飛んでいる人を見た、なんて言われれば大騒動だ。写真でも撮られればそれこそ新聞の一面の記事になりかねない。特に最近はカメラの精度も上がっているので昔のようにはいかないということだ。
 傑と曜次は特に何事もなく静岡県の新浜松駅にたどり着く。そしてとりあえずホテルをとって明日の準備にとりかかった。傑は手持ちの呪霊の確認、曜次は刀の手入れだ。お互い黙々と作業をして、ホテルのレストランでにぎやかに夕食をとって、部屋へ戻る。その後は特にすることもないので、交互にシャワーを浴びて、適当な近況報告などをしてベッドに入ったのだった。
 新浜松駅にホテルをとったのは理由がある。なんでも静岡県新浜松駅から出発する電車が、きらさぎ駅に通じているらしい。らしいというのは、きらさぎ駅へ行こうとして行けなかった術師が相当数いるのだ。きさらぎ駅に行くために新浜松駅から出発して終点まで何もなかった術師が五人。何度試しても終点まで問題なく行ってしまうらしい。逆にきさらぎ駅に行くことができた五人の術師との相違点は何だったのか。補助監督の仕事の中には、事前調査のような術師のサポートも含まれているが、今回に限っては、きさらぎ駅に行ける術師と行けない術師がいるのか、という調査も入っててんやわんやらしい、と傑から聞いて曜次は笑った。
「伊地知苦労してんなぁ」
「ま、私たちも案外行けない組に入るかもしれないからね。明日はひたすら電車だと覚悟しておけよ」
「わかったよ。あっ、電車の中で寝たらまずいかな?」
「さぁ、それも条件に含まれるかもしれないから試してみようか」
 そんなことをおふざけ半分で傑は口にする。寝ていたか寝ていないかは判別の対象にはならないだろう、と二人とも思っていた。要は冗談だ。
 そうして馬鹿な話をしているうちにゆるゆると眠気がやってくる。傑が部屋の電気を消すと、一瞬体が暗闇の中に投げ出されたかのような感覚に陥る。しばらくの間目を瞬かせていると、徐々にカーテンの隙間から漏れる光で部屋の中がうすぼんやりと見えるようになってくるのだった。暗闇に目が慣れた、ということだ。曜次はこの時間が特に好きだった。カーテンの隙間から漏れる街の光、音、そういったものがどこかぼんやりと遠くから聞こえてくる。自分たちも人の営みの中にあるはずなのに、どこかそういったものが遠くにあるような感覚。その感覚に身を任せていると、眠気が勝手にやってくる。曜次はその眠気に逆らわずに静かに目を閉じた。
 次の日の寒さは、昨日よりもなお強くなっているような感覚がした。ホームで朝一番の電車を待つ曜次と傑は二人して寒い寒いと言いながら体を寄せ合う。
「早く電車の中に入りたい」
「もう少しホテルを遅く出るべきだったね」
 そんなことを話していると、一番目の電車がやってきたので、二人は大急ぎで電車に乗り込むと、まだ人の少ない車内で広々と椅子を使って体を温めるのだった。
「あー生き返る」
「さすがに私も寒いな」
「傑袖のところとか絶対寒そうだもん、下にもう一枚着るべきだよ」
 早朝の電車だというのに、すでに仕事に行くのか、サラリーマンの姿がちらほら見える。自分たちも言ってしまえばサラリーマンなのだが、恰好が自由な点を考えると社会勤めよりずっと楽な気がする。少なくとも曜次にとって呪術師という仕事はぴったり適合している、と思っていた。曜次も多少社交性はあるものの、人とのコミュニケーションはあまり得意ではない。得意に見えるが、それは見せかけだ。本当の彼、特に傑が高専で出会ったばかりの頃の曜次は何事にも動じず感動することもない、機械のような人間だった。それを少しずつ変えていったのが傑だ。今の曜次はよく笑うようになった、本心から、という意味でだ。だがそれでも人とのコミュニケーションを中心とする、現代の会社に曜次が馴染めないのは確かだった。呪術師の仕事は突き詰めて考えれば一人のものだ。曜次にはそれが一番合っている。
 天野曜次と夏油傑は早速電車に乗り込み、終点まで電車で待機する。
 一本目、失敗。特に何事もなく終点にたどり着いた。
 二本目、失敗。こちらも特におかしなことはなかった。
 三本目、失敗。そろそろ人が増えてきたので椅子に座れなくなった。さすがに刀を丸出して外を歩くわけにはいかないので、刀は刀袋にしまっているが、この状態で襲われるのは困るなぁと曜次はのんびり考えていた。刀を抜くにしてもニ三人は斬ってしまいそうだ。
 四本目、失敗。もしかすると新浜松へ向かう列車かもしれないということで別の電車にも乗ってみたが、特になにも起きることはなかった。
 五本目、失敗。
 六本目……とまぁ、夕暮れ時に差し掛かるまで曜次と傑は電車に乗っていたわけだが、どれもこれも何も起きずに、終わってしまう。座りっぱなしでそろそろ尻が痛くなってきた二人は立ったり、姿勢を変えたり、色々と試してみたが、これといって当たりがない。
「時間かなぁ」
「かもしれないね。次は夜に試してみるか」
「その前に何か食べようぜ……俺もう疲れたわ」
「私もこんなに長いこと電車に乗っているのは初めてだから疲れたよ」
 傑はあまり疲労を表情に出さない方だが、この時ばかりは眉を寄せて、文句を言った。一体何度電車に乗っただろう。新浜松から出発しては、折り返しの電車で新浜松に帰ってくる。今日一日ずっと電車に乗っているおかげで、駅の窓口係の顔と名前を憶えてしまったし、窓口係だってそれは同じだろう。袈裟姿の大男とスーツ姿の細身の男性が揃って何度も新浜松駅から電車に乗るのだ。それも、何度も、何度も。一応傑と曜次は、学生で、電車に乗っている人の推移を調査しているという言い訳も用意はしていたのだが、結局この言い訳を使うことはなかった。
 ともかく二人は食事を済ませて、これで今日は最後にしようと夜の便に乗ったのだった。
 初めのうちこそ会社からの帰りで人数が多かった車両だが、しばらく乗っていると一人、二人と下車していき徐々に車内の人数は減ってくる。曜次と傑は始発から乗っているのでしっかりと座席を確保し、ぼけっと列車の広告を眺めていた。
 その時だった。
 ぶぅん、と体が何かを通り抜ける感覚がする。耳の中で音が重く響き、体が若干浮くような感覚。瞬きの間に乗客の姿がいなくなった。世界の中で一緒にいるのは隣に座っている傑だけ、曜次は瞬時に立ち上がって刀を構えたが、急に襲ってくるものはいなかった。
「傑」
「ああ、入ったね」
 傑も万が一に備え立ち上がる。
「領域か結界かどちらかな」
「どうする?」
 曜次が尋ねる。乗客はいなくなってしまったので、刀を取り出していても問題はない。曜次は刀を腰のベルトに挿して、ぐるりとあたりを見回した。
 電車の中に不審な点はない、乗客が突然消えたのには驚いたが、条件付きの帳、という可能性もある。ただその場合、帳から外に押し出されてしまった人がどうなったのかは考えたくもない。
「ひとまずは電車の中を一通り見てみるべきだと私は思うな。もしかしたら残された乗客がいないとも限らない」
 傑は数体の呪霊を影から引き出した。呪霊はきのこのような笠を持ち、二本の手と口しかなかった。ぽーんぽーんと跳ねながら時に転がりながら車両に不審な点がないかを探している。曜次はその呪霊を見ながら、構えを解いて、肩を竦める。
「傑のプランでいこう。俺は前、傑は後ろ」
「わかった、十分に気をつけろよ曜次
「わかってるさ、っとスマホの電波はたつんだな」
 傑と曜次はそれで合意して、お互いに背を向けた。曜次は前車両担当だ。傑と曜次はちょうど真ん中あたりの車両に陣取っていたため、調査範囲は二人とも同じくらいというところだろう。
 車両間のドアを開けて、次の車両に移る。特に異変無し。続けて車両間のドアを開ける。ぱっと見た限りでは人もいないし、呪霊もいない。残穢も見られない。そうして曜次は次から次へと前の車両へ移って行ったが結局何も見つかることはなかった。車掌室までたどり着くと、あまり期待はできないがコンコン、と扉をノックする。当然のことのように何も反応は返ってこなかった。しんと静まり返った電車は、がたん、ごとん、がたん、ごとんとどこかへ曜次たちを連れて行く。このまま身を任せていれば噂のきさらぎ駅にたどり着けるのだろうが、それまで何もしないというのは不用心だ。
「御免」
 曜次は一言そういうと、ジャッと刀を抜いた。そして車掌室につながる扉を二度、三度と斬りつけ、ただの鉄の破片に変えてしまう。予想通りと言おうか、中には誰もおらず、レバーだけが自動ですぅー、と何かに押されるように動いている。見たくない物を見たなという気分で曜次は車掌室に背を向けた。そしてそのまま来た道を帰る。
 最初に自分たちがいた車両に戻ってくると、すでに傑が待機していた。そして傑の隣にはもう一人顔の知らない誰かがいた。
「……誰?」
 曜次は思わずそう聞いたが、威圧があるように聞こえたのだろうか。スーツを着て、革の鞄を持った、いわゆる伝統的なサラリーマン姿の男性はひっと喉を鳴らして縮こまる。
「いや私も知らないけど、先ほどの選別での生き残りってところかな」
「ふぅん、じゃあ今までもこうして取り残された人がいたってわけか」
 曜次はがしがしと頭をかく。傑に「折角きれいに髪の毛を梳かしたのに」と文句を言われたが、それはさくっと無視して話を進める。
「じゃあその人は要救助者ってわけ?」
「まぁそうだけど、曜次はもう少し相手を威圧しない言い方を覚えるべきだな」
「別に威圧なんてしてないけど……」
「そう聞こえてしまう、という話だよ。すまないね。彼には悪気がないんだ。悪いんだけどさっきの話をもう一度彼にもしてくれるかな。ああ、私は夏油傑、彼は天野曜次だ」
 傑の体の後ろに隠れたサラリーマンは気が小さいようだったが、傑とは話せるようだった。教祖をやってて人との話し方を覚えたのだろう、もともと学生時代から柔らかな言葉遣いを使いこなせる男だったから、その技術がさらに伸びたと言ってもいい。
「あの、おれ……あっいや僕はですね。本当に電車に乗っていただけで、なにもしていないんですけど、気づいたら誰もいなくなっていて、それで……」
 そこまで言ってサラリーマンは言葉を切り、傑の方をちらりと見た。
 傑は続きを話すように笑顔で促す。
「……気づいたら誰もいなくなっていて、駅にもたどり着かないし困っていたら夏油さんが車両に入ってきたんです。てっきりおなじ巻き込まれた人間なのかと思ったんですけど」
「あなたは偶然巻き込まれた、私たちは意図的に巻き込まれた、というところだね。面白いことに気づいたんだけど彼は私の呪霊が視えるみたいなんだ」
 傑はそう言ってきのこのようなそれをぽーんぽーんと鞠付きでもするように叩いてみせた。サラリーマンはひっと言って体を縮める。
 曜次は首をかしげる。
「要するにだ、この結界か、帳かはたまた領域かはわからないけれど、ある程度呪力がある相手を選んでいるんじゃないかな」
「じゃあここに来れなかった呪術師は?」
「相手が見過ごしたか、はたまた食事中だったか」
 食事中、とぼやかして言葉をつかったが、要は呪霊に殺されたということだ。呪霊は人を積極的に殺していく。そして殺した人間を喰うこともある。そうして自分の中に呪力を貯めていくのだ。
「私は食事中だった可能性が高いと思っているよ。要はタイミングが良かったということだね」
「ふーんなるほどね」
 曜次が納得だ、とばかりに首を縦に軽く振った時だった。
 キィーーー、というブレーキ音が車内に響き渡る。急激な車両の停車、曜次はたたらを踏み、傑も座っている椅子から立ち上がる。
「停まった?」
「ああ、でもただ停まったというわけじゃなさそうだ」
 見てごらんよ、と傑は言いながら窓の外を指さす。そこにははっきりと「きさらぎ駅」と書かれた看板が壁に張り付いていた。木造建築の、田舎を思わせる作りの駅舎は誰もいないようだった。電車はきさらぎ駅で停車すると、ぷしゅーという音を立てながらドアを開ける。行かない、という選択肢はなかった。傑と曜次はお互いに顔を見合わせてから、車両から駅へ降りる。
「ま、待ってください!」
「おっといけない」
「ぼ、僕はどうすれば」
「一緒に来てください。この列車が次にどこにいくかわからないので、私たちと一緒の方が多分安全だ」
 傑はにっこりとサラリーマンに笑いかけた。
「ところでええと、」
「あっ、山本透です」
「そう、山本さん。じゃ電車を降りて」
「は、はい」
 山本透と名乗った男はこの異常な状況下において、案外あっさりと傑の言うことを聞いてきさらぎ駅のホームに立った。その瞬間、山本のすぐ後ろで再びぷしゅーと音を立てながら電車の扉が閉まり、ゆっくりと発車する。まるで山本が降りるのを待っていたかのようなタイミングだった。
 駅に残されたのは傑と曜次と山本だけ。そのほかに動くもの、人の気配、そういった類のものは何一つなかった。古臭い木造建築の中できさらぎ駅と書かれた看板だけがやけに新しく見えた。
「さて山本さん」
「は、はい!」
「正直に申し上げます。ここは非常に危険です。あの電車の中にいても十分危険なんですけど、ここはさらに、と申し上げます」
「そ、そんな」
「だからですね、一つ守っていて欲しいことがあるんです。私と曜次、こっちの男はこれからこの駅を調べますが、山本さんには絶対にこのホームで待っていて欲しいんですね。何が起こるかわかりませんが、この護符を持って、絶対にホームから離れないでください。この護符があれば大抵の呪霊は山本さんの姿が見えません。敵は何とかして山本さんを動かそうとするでしょうが、絶対に動かないでください。必ず、私たちは戻ってきます」
 傑はそんなことを言いながら山本の手を開くと、そこに護符を握り込ませた。いいですね、という笑顔は夜に見るとどこか不気味だ。
 ホームから見る限り、駅舎の周りには何もない。すすき野が広がっていて、そして駅舎の入り口の方向には暗い山が続いている。灯がついているのはホームだけで、駅のその他の場所には蛍光灯はついているもののどれも切れてしまい着く様子はなかった。ホームで護符を握りしめ待っているのが一番安全だろうという傑の見立ては正しいだろう。曜次は改札を前に首をかしげながら傑が来るのを待っている。
「お待たせ」
「お帰り。どう?」
「多分大丈夫。護符を持たせて結界を張ったから。あとは本人がこの状況に恐怖して逃げ出さないか、だね」
「そればっかりはなぁ。俺たちのどっちかがここに残るというわけにもいかないし」
 曜次はそう言って刀の鞘に手をかける。
「どう思う?」
 傑が尋ねた。
「山が怪しい」
 曜次が答える。
「まぁ、そうなるよね」
 きらさぎ駅の南側はすすき野が広がっている。その遠くにも山が見えるが、あまりにもその山は遠すぎた。東西にも山があるがトンネルが開通しており、噂ではこのトンネルを通る前に足のない老人に出会うというが……しかし何を言っても一番怪しいのは北側にすそ野を広げている山だろう。なぜなら唯一北側の山には道らしきものが続いているからだ。駅舎の中も曜次は一通り調べたが、これといってめぼしい物はなかった。切符自動販売機も動いておらず、駅舎の中には人の気配がない。待合室も長いこと使っていないようだった。使われているのはホームだけだ。ホームだけが異様にきれいに整っている。そのアンバランスさがこの駅の不気味さを一層高めていた。
 傑と曜次は動いていない改札を通って外へ出た。灯は、切れかけた街灯が一つだけ。それもちりちりと小さく音を立てながら時折点滅している。
 今まで何百と言う呪霊と出会ってきた。今更この程度で恐怖を感じることはないが、不便だなと曜次は思った。敵の姿が見えないのは不便だ。できることなら明るいところで戦いたい、とのんびり思っていた時だった。遠くから、声が聞こえる。
「おおい、おおーい」
 曜次は傑とほぼ同時にそちらを見た、刀の鞘に手をかけるのももちろん忘れない。
「おおい、こんな夜にこんなところで何しているんだ」
「そりゃこっちのセリフだ」
「大変だろう、俺が近くのホテルまで送ってってやるよ」
 現れたのは軽トラに乗った男性だった。年のころは四十、いや五十かそこらだろう。古い軽トラックは道のでこぼこに応じてがたがたと揺れている。軽トラは傑と曜次の前まで来ると止まって、後ろに乗りな、と男は言った。
「いやあんた誰だよ」
「この近辺にはなにもないんだよなぁ……でもほらあの山を越えればそこそこ栄えた町があるんだ。そこまで送ってってやるよ」
 まるで話が通じない。曜次は眉をひそめた。傑もそんな男と曜次の問答を見ながらが眉をひそめていたが、次の瞬間にはにっこり笑って「そうですね、それじゃあお願いしましょう」と胡散臭い笑みでそんなことを言うのだった。
「げぇ、傑これに乗るの?」
「多分これは呼び込みだよ。山が私たちを呼んでいるんだ。どうせ山まで行くなら歩いていくよりよっぽど楽だろう」
 山に近づいたら飛び降りればいいよ、とすぐるはあっけなく言うと、軽トラの荷台の上にどんと飛び乗ったのだった。傑が行くというのだから、曜次も行かないという選択肢はない。整えられた髪の毛をぐしゃぐしゃにして「あーもう!」と叫ぶと曜次も軽トラの荷台に飛び乗ったのだった。

20210120