ヨゴトノリトのパラドクス

小学校

「えっなにそれ、俺もいきたい」
 曜次に話をすれば当然そういった反応が返ってくることは容易に想像できた。だからできる限り言わなかったのだが、夏油傑は三級術師である以上、上位の術師に付き添いが求められることもまた容易に想像できる流れだった。
 今回はあくまで傑がメインの任務になるが、担任の夜蛾正道にどのような交渉をしたのか、傑の付き添いは未定からいつの間にか天野曜次に変更されており、そして、今回もまた木島の運転する車に乗って、今回の任地となる小学校へと向かったのだった。
「ご武運を」
 基本的に戦闘が禁じられているサポート役である木島らは、帳のような簡単な結界術といったものしか使わない。使えないのではなく使わない。正式に術師でない場合、ある程度の制限があるのだ。
 木島に見送られるようにして、曜次と傑が小学校に入るとすぐに帳が下ろされた。帳は周囲から中の様子を隠すだけでなく、強制的に夜を纏わせることで、呪いを誘い出す効果がある。帳の中では呪いはより活発に動き出す、と言うわけである。
 すっかり夜になった後者の中に踏み入れる。傑はあまり気にせず土足で上がったが、曜次は昇降口を見てどうやら土足ではないらしいと認識したのか律儀に靴を履き替えて、適当に積み上げてあったスリッパに履き替えた。
「いざと言うとき動けないだろ」
 傑の言葉はもっともなものだった。曜次はそれもそうか、と納得したようで「ごめんなさーい」といいながら土足で構内に踏み込んだ。
 本来ならば履き替えるのが道理であろうが、この小学校へは遊びに来たわけではない。呪いを祓いに来たのだ。いざと言うときに動けない格好ではとても任務にならないため、土足で上がるくらいは許される。
「えーっと、今回の任務って生存者優先? だっけ?」
 曜次はいつものように帯刀はしていなかった。刀袋を背負って、あくまで傑のサポート役というものに徹するつもりらしい。本当に手を出さないか、は本人に確認していないのでなんともいえないが、この段階では刀を抜くつもりはないことは確かなようだ。
「……昨晩四人の児童が家を抜け出して学校に集まって何かをしていたらしい。まぁ肝試しか何かだろうが、それが丸一日たっても帰って来ない上に行方不明と来た。今朝保護者から連絡があって、さらに小学校から高専にまで連絡が入り今の時間、十六時か……まぁ今の時間に任務が高専の生徒まで降りてきた、ということだ」
「まだ丸一日たってないから生きてる可能性は高いね、でも完全な人払いまでが早い気がするけど」
「元々ここには呪物が魔除けとしておいてあったそうだよ、つい先日回収したばかりだからその影響かもしれないってわけだ」
 ほら、と傑はポケットの中に折りたたんだ紙を引っ張り出して曜次に見せた。
「へぇ! 本当だ、こんなの置いてたのか。なになに、えっこれ百葉箱の中にしまってたの」
「そうらしい」
 傑は呆れたような声でそんなことを言う。
 二人がそんな会話をしている間にも呪いは何体も姿を現したが、傑が全て取り込んでしまうから曜次の出る幕はない。のんびりと傑から借りた資料を見終わって、顔を上げるとでかい目玉と目が合う。
「おっと、傑ー、こっちもよろしく」
「数が多いな。魔除けになっていた呪物の影響か?」
「どうだろうね」
 曜次はそういいながら、目玉を避けて傑に資料を返した。傑は大きな目玉をものともせず手をかざすと、目玉はぼろぼろと端から崩れて傑の手のひらの中に納まってしまう。
「いつ見ても綺麗なもんだね」
「……そんな風に言うのは君だけだよ」
「そう? 呪霊操術、かっこいいじゃん」
「……」
 傑は少し困ったように眉を寄せた。普段はもっと違う反応なのに、曜次と話をしているといつも調子が狂うのだ。呪霊を丸ごと飲み込むという過程を良く思わない術師は山ほどいる。傑はそういうものだとなれきっていたからいっそ「気持ち悪い」といわれた方が気が楽だった。所詮、術師であってもそういうものだと割り切れるのに、曜次と来たら全て肯定して飲み込んでしまうものだから、どうも気が狂う。だから傑はいつも曜次に肯定されるたびに困った顔をする他にないのだ。素直に受け取るにはまだ傑はあまりにも大人だった。そして全てを受け入れるには傑は幼かった。
 話を切り上げて傑は一階から順番に教室を覗いていく。普段なら鍵のかかっている教室も今は全て開け放たれていた。
「なぁ小学校のトイレには花子さんがいるんだろう?」
 突然、曜次はそんなことを言ったのはちょうど一階の女子トイレをひとつひとつ覗いていたところで、曜次は三つ目のトイレの前に立って、扉を閉めてわざとらしくこんこんとノックをする。その表情はひどく真剣で遊びでやっているのではない、ということはわかるのだが、傑も彼も呪術師である。まさか、呪術師がそんなものを信じるなど、あまりにも馬鹿げているだろう。
 傑は時々曜次をどう評価していいか分からなくなる時がある。ひどく大人びて見えるときもあるのに、こういうときは馬鹿みたいに子供じみているのだから、扱いに困るのも当然といえば当然のことだ。
 傑は「どうやって呼び出すんだっけ」などとほざいている曜次の様子に眉根を寄せてため息を吐く。
「全ての小学校にいたら一体何人いることになるんだ」
「理科室の骸骨は動くって!」
「普通は動かない、まぁ今日は動くかもしれないけど」
「階段は数える度に数が変わるって!」
「カウントする段が毎回ことなるだけだろう」
「音楽室は__」
「ああもう君のそれは一体どこの情報なんだ!」
 次から次へと曜次の唇から出てくる言葉は、小学校の幼稚な都市伝説だった。子供と言うものは想像力が非常に高い。大人には用地に見える本でも子供には十分な恐怖を与えることがある。そして増加した恐怖は曜次の言うとおり学校に集まって、学校の怪談の出来上がり、と言うわけだ。
「学校の怪談! って本で読んだ!」
「呪術師なのにそれを信じてるのか?」
 傑は完全に呆れた様子で曜次に言葉を返したが、曜次は全くめげることもなく楽しいじゃんと言う。そんな様子に傑は最早天井を仰ぐしかないが、大真面目に馬鹿をやる相手には大抵何を言っても通じないのだ。
「いやあ信じているっていうかそうだったら楽しいなって思って」
「楽しくないだろう」
 思わずため息が出た。初めから閉じていた三つ目の扉を開くと案の定弱い呪霊がトイレの裏に張り付いていたが、花子さんと呼称するものではないだろう。それもまた飲み込んで女子トイレを後にしてもなお、曜次は楽しそうに色々と傑に話掛けてくる。理科室の人体模型は動くのだとか、音楽室の肖像画と目が合うだとか、確かにそうだがそれは全て呪いによるものであることぐらい呪術師である曜次にもわかっているだろうに、彼はあえてそんな話題を口にする。
「君は一体今日はなんなんだ! 普段からよくわからないけど、今日は特に意味がわからない!」
 堪忍袋の緒が切れた傑が思わずそんな風に声を荒げると、曜次は一瞬きょとんとしてから「俺、小学校って行ったことなくてさ」と言った。曜次のその言葉に勢い余って続く言葉を失ったのは傑の方で、「えっ?」と思わず口に出してそれから一拍置いてようやっと次の言葉が出てきた。
「義務教育だぞ?」
「義務教育だから別に出なくてもよかったんだよ。家が山の中だからさぁ小学校も遠くて、家で一応中学校に値するところまでは家庭教師がついてたけど、こうやって」
 曜次はそういいながら二階の階段を上がってすぐ正面の教室の扉を開く。
「たくさんの同級生がいて、そこで勉強したことはないし、理科室とか音楽室とか、本の中でしか知らないんだ。あ、うん、中学校は一度行ったことがあるけど任務だったし、だから通ったことはないんだ」
 だから、今回夜蛾先生にお願いしたんだよととても嬉しそうに曜次は言う。
「小学校に入る機会なんて任務くらいだろ? 傑と一緒に行ったら楽しそうだなって思って」
「……はぁ」
「ため息つくと幸せが逃げるって」
「それも迷信だ、でもまぁ、君がいたら、小学校や中学校も、少しは楽しかったかもね」
 傑は曜次の話をしばらく無言で聞いてから大きくため息を吐いて、ぽつりとそんなことを言った。
「傑は小学校楽しくなかった?」
「楽しいか、楽しくないかでいうなら、楽しくなかったんじゃないかな。見えないものが見えるなんて、皆気味悪がるからね」
 そっか、そういえばそうだね、と曜次は首をかしげてあっけらかんと言い切る。その口調には同情も、哀れみもなく、ただ事実としてそのことをぽん、と受け入れているといった様子であった。曜次にはそういうところがある。いつも楽しそうに笑っているが、ふとしたときに無表情になる。怒ることもあるが本気で怒っているところを傑は見たことがない。喜ぶことも悲しむことも、ある種の活動の一つで、義務的にそうするべきだからそうしている、そんな印象を傑は曜次から受けることがあった。
 傑は何を言えばいいのかわからなくて結局また困ったように眉を寄せるに留めた。天野曜次という男の心の奥底に何があるのか、未だつかめない。
 だがそんなことを思われていると知ってか知らずか、当の本人はけらけらと楽しそうに笑うのだった。
 そんな姿を見ていると深く考え込んでいるのも馬鹿馬鹿しくなるような気がして、ふぅ、と一つため息を吐くと傑はいいか、と曜次を指差して言う。
「今回は三級以下の呪いだって話だし、私が集めるから邪魔するなよ」
「わかった、刀は使わない」
「……」
「わかった! 傑の邪魔はしないって!」
 じとっとした目で睨みつけると、曜次は慌てて言葉を付け足したのだった。

2018.12.04