ヨゴトノリトのパラドクス

交流会弐

「よし、全員そろったな。それじゃあ作戦の最終確認を行う。明日の団体戦のフィールドの簡単なマップを貰ったからこれを見ながら確認するぞ」
 東京校に与えられた控室は、隅々まで清掃が行き届いていた。日差しが差し込む様まで計算したかのように完成された部屋の作りは東京校とはまた一風変わった雰囲気を醸し出している。半分は土間、半分は畳敷きになっている控室の、畳の上で、東京校の七人がぐるりと輪をかいて座った。その真ん中には楢原が京都校より預かったフィールドマップが置かれている。
「ここが東京校の出発地点」
 楢原は赤いマジックでマップの右半分の中央あたりに印をつける。その対角線に当たる場所にもう一つ印をつけて「ここが推定される京都校の出発地点だ」と言った。
「このフィールドに複数の呪霊が放たれ、その中でも等級が高い呪霊がボスになる。ボスを狩るか、ボスが狩られなかった場合低級の呪霊を数多く狩る、これが団体戦の勝利条件だ」
「個人戦は?」
「あー毎年くじ引きだそうだ。基本的に実戦向きの生徒のみの希望制になっているから、家入は今回不参加だよな?」
「そうですね」
「向こうも一人個人戦に不参加らしいから、一年は七海か灰原のどちらかに個人戦に出てもらう」
 七海と灰原は了承したとばかりに頷いた。
「それから、団体戦作戦会議の前にこちらの手札を確認しておこうと思う」

 三年 楢原幸二(ならはら・こうじ)
 術式:庚申呪術(こうしんじゅじゅつ)
 人間や動植物そして呪霊にも宿る三尸(さんし・上尸・中尸・下尸)と呼ばれるものを操る呪術。対象に触れた状態で三尸の名を呼ぶと、三尸が現れ、対象の罪科を告げ口する。その罪科にふさわしい罰を与えると対象は三尸の呪を受ける。罰がふさわしくない場合、効果が現れないかもしくは術者に呪いが跳ね返ってくる。
 対象と接触する必要があるため、近接戦闘が得意。武具・呪具などは使用しない。
 
 二年 天野曜次
 術式:降霊呪術(こうれいじゅじゅつ)
 特別な鈴を使い呪霊を集め、普段持っている呪具・武具に呪霊を降ろして戦う。呪霊の呪力がそのまま術師の呪力となり、呪具の等級を上げる。呪霊を降ろせば降ろしただけ呪具は強くなるが、拘束力が低く呪霊の呪力を使い切ると呪具は元の等級に戻る。自分の等級より高い等級の呪霊を呼び集めることはできない。また低級呪霊でも自分の呪力を上回る呪力を持つ呪霊を呼び集めることはできない。
 但し、曜次は呪力が少ないためこの術式をほとんど使うことができない。一級呪具・影鷹丸(太刀)を使用して戦う。
 
 二年 家入硝子
 術式:正式名称不明
 反転術式を最も得意とする。反転術式の詳細な説明はここでは省くが、身体能力は低く実戦向きではない。団体戦及び個人戦において、両校のサポート役に回る。
 
 二年 夏油傑
 術式:呪霊操術
 文字通り取り込んだ呪霊を操ることができる。等級換算で二級以上の差があり、主従関係が結ばれていない場合リスクなしで取り込むことができる。等級の高い呪霊を取り込むには対象を調伏する必要がある。
 基本的に呪霊を操り戦うが、近接戦闘能力も非常に高い。呪具・遊雲(三節棍)を使用して戦う。
 
 二年 五条悟
 術式:無下限呪術
 六眼と合わせ、空間に干渉し空間を支配する。
 御三家である五条家出身であるため術式順転「蒼」と術式反転「赫」については京都校側に知られていると思ってまず間違いない。虚式「茈」に関しては不明。
 主に近接戦闘でその術式を遺憾なく発揮する。
 
 一年 七海健人
 術式:十劃呪法
 対象を線分したさい、7:3の比率の点に強制的に弱点を作り出す。
 普段は布を巻いた鉈のようなものを武器として扱う。この術式のため武具は呪具であることは必ずしも必要ではない。近接戦闘に優れ、広範囲に及ぶ攻撃手段も持ち合わせている。
 
 一年 灰原雄
 術式:正式名称不明
 通称・撫で物(なでもの)。反転術式とは異なる治療系呪術。事前に作っておいた人形を患部に当て、呪詛や邪気を吸い取るというもの。主に呪霊被害の治療に特化した術式であるが、呪いを吸い取った人形で呪詛返しをする攻撃も可能。灰原はこの術式を攻撃に振り切っており呪霊から呪いを集めストックしている。
 近接戦闘も得意だが、サポート役に回るときに本領発揮することが多い。
 
「……とまぁこんな感じだな。今回わかっている相手の術式は安土の破魔矢、吉里吉里の風雷仙術、日置の映像虚像呪術だ。もう一つ、縣の積石葬送も名前はわかっているんだけど、去年ほとんど活躍しなかったから具体的にどういう術式なのかわからないんだよな」
 楢原は達筆な字でさらさらと紙に書きつけていく。
 改めて手札を確認してみると、東京校は近接戦闘を得手とする生徒が多いことがわかる。傑と悟が遠距離戦に対応できるといったところだ。ただし、悟の術式に関してはまだコントロールが甘いところも多く、戦闘は無下限呪術による防御をしながらの近接戦となることが想定される。
 傑は一通りの話を聞きながら、とんとんとマップの一部を指さす。
「これは? 建物のように見えますが」
「ああ、古い建造物らしい。もろくなっているから基本的には立ち入るなということだったが……何かあるのか夏油」
「いえ、今回の作戦を決行するならここがちょうどいいなと思いまして」
「うーんそうか、そう思うなら任せるけど建物全壊は勘弁しろよ」
「承知してます。それより京都校の話ですが」
「ああ」
 楢原は頷く。
「京都校の最強のカードは安土さんの破魔矢と破魔の瞳ですね。術式無効化は大きい」
「逆に言えば安土を抑えられればこちらがかなり有利になる。だから安土にはこっちの最強のカードである五条をぶつける」
「はい! 先輩!」
「なんだ灰原」
 ぴしっと姿勢を正して手を上げた灰原は、楢原が書いたメモを指さしながら首を傾けた。
「ちょっと考えてたんですけど、安土さんにわざわざ五条さんをぶつけるよりも夏油さんや天野さんをぶつけた方がいいんじゃないかなって」
「理由は」
「術式の無効化の目があっても、夏油さんの呪霊操術や天野さんの剣術の前にはほとんど無意味だからです!」
「悪くない視点だ」
 憧れの先輩の前で褒められた灰原は少し頬を紅潮させた。
「……だが今回五条を安土にぶつけるのはお互い術式がわかっている者同士でぶつけることで、術式の情報が個人戦前に漏れるのを防ぐって意味合いが強い。まぁ夏油が誰かとぶつかったら終わりなんだけど……こっちの情報でばれているのは五条の無下限、天野の降霊術、俺の庚申呪術だと思われる。呪霊操術は珍しいからもしかしたら情報が入っているかもしれないが……一般家庭の出である夏油はまだ術式はばれてないと思いたい。確かに天野を安土にぶつけてもいいんだが、家入の護衛が必要だ。家入の反転術式は、まぁ両校にとって重要なものになる。京都校も態々家入を狙うとは思えないが、確実に守るためには術式を使わない天野の剣術が有効だと俺は考えている。五条の術式は範囲が広いのと、細かい調整がまだ難しい、んだろ?」
 楢原はマップから顔を上げて悟を見た。悟は柱に寄りかかってのんびりとくつろいでいる。
「護衛くらいならなんとでも、でもまぁ安土サンが俺たちの予想と違う動きをしたりした場合も含めて、曜次の方が護衛は向いていると思うよ」
「あっでも俺降霊術ほとんど使えないからよろしく」
「わかってる。天野の降霊術は当てにしてない。……ということだわかったか灰原」
「はい!」
 灰原の元気のいい返事に、楢原は満足したように大きく頷いて「次」と言った。
「さっきも言った通り、天野は家入の護衛に専念しろ。家入は常に携帯を持って連絡を取れるようにしておくこと」
「はーい」
「はい」
 曜次と硝子が返事をする。
天野と家入の具体的な行動に関しては二人に任せる。俺と灰原、七海は基本的にフリーで呪霊探しと京都校の妨害をする。術式はなるべく見せるなよ」
「はい」
「はい!」
 返事に勢いがある方が灰原だ。常にこのテンションで灰原は疲れないのだろうか、と楢原はこっそり思ったが、本人の元々の気質であるようなのであえてそこをについて具体的に触れないでおいた。
 楢原は少し間をおいてごほんと軽く咳払いをすると傑の方を見た。
「そして今回の要は夏油、お前だ」
「はい」
「正直な話、これだけ広い敷地にばらまかれた呪霊を何の目印もなく足で探すのは難しい。だから今回は夏油の呪霊操術による人海戦術……いや呪海戦術……うーんまぁそこはどうでもいいや。とにかく数で押し切る。具体的には?」
「個人戦にとっておく分も必要なので、四級から三級の雑魚を七百用意しました。ただ命令が難しいので、十分は時間が必要です」
「……というわけだ。七百あれば団体戦を圧倒できる。この十分プラス夏油の安全な場所までの移動時間をいかに稼ぐか、今回の作戦の要になる」
 曜次はそろそろ足がしびれてきたなと思った。団体戦において曜次がやることは少ない。硝子を守るだけなら、片手でも充分だろう。だがそういうことは口にしない方がいい、ということを今までの傑とのやり取りの中で学んでいたので何も口にしなかった。その代わり隣に座っている傑にそっと耳打ちする。
「傑、傑、俺足しびれた」
「君は正座に慣れてるって前言ってなかったかい」
「いやぁそうでもないよ」
「じゃあ足を崩すといいよ、今は__」
「ということで作戦会議終了、みんな明日はいい成績を残したい、頑張ってくれ解散!」
 タイミングの悪さに曜次はぶっと吹き出した。傑も笑いを隠し切れずにくっくと喉の奥を鳴らして笑う。
「なんだ、夏油と天野は仲良しだな」
「いえそれほどでも」
「えっ俺と傑って仲良しじゃないの」
 絶望したと言わんばかりの口調に、笑ったのは楢原だ。
「ごめんごめん、悪かったよ曜次。私たちは仲良しだ」

 * * *

 一方の京都校でも、明日の団体戦に向け作戦会議が開かれていた。
 東京校と似たような構造の広間には、縣による結界が張られており、中に入ってくる者がいれば即座にわかるようになっている。また音を外に出さない効果も付与されており、情報戦においては京都校の方が一歩上であった。
「まずは私たちのカードを確認しましょう? 誰が何を持っているかは重要な情報だわ」

 三年 安土京子(あづち・きょうこ)
 術式:正式名称不明。
 通称・破魔の瞳もしくは破魔矢。
 ありとあらゆる呪術を無効化し、呪いを消滅させる瞳を持っている。呪術の無効化・呪霊を祓うには「瞳のうちに」「呪術の対象の全体を」「納める」ことが必要であり、広大な領域などを無効化することは難しい。五条悟の無下限呪術を無効化できるが、瞬きで効果が振り出しに戻るため、長時間無効化させることができるわけではない。無効化にはそれなりに呪力消費が大きく、通常は破魔の力を持った矢を使って直接攻撃してくる。
 近接戦闘では合気道をたしなみ、遠距離戦闘では弓矢を持って応じる。
 
 三年 縣啓介(あがた・けいすけ)
 術式:積石葬送(せきせきそうそう)
 石を積んだものを円形に配置することで、円の内部でおこっていることを感知することができる、索敵型の呪術。石積みを増やせば増やすほど感知能力があがる。
 近距離・遠距離共に戦闘は得意ではない。サポート役。
 
 二年 吉里吉里風理(きりきり・ふうり)
 術式:風雷仙術(ふうらいせんじゅつ)
 もともとは雨の降らない地域に雨を降らしたりするために生まれた呪術。生活に根付いた呪術であり、戦闘が主ではないが、時代の流れとともに戦闘に特化していくことになる。一対の扇を持っており、扇を開いて仰げば風が吹き、雲が集まり、扇と扇をぶつければ雷が落ちる。威力は強いがコントロールが非常に難しく、直接見える範囲であっても雷を当てることは難しい。攻撃は主に呪力をはらんだ豪風で行われる。一撃の範囲が広く、広範囲を一度に制覇できる。
 扇は鉄製であり、近接戦闘も可。
 
 二年 三浦純也(みうら・じゅんや)
 術式:鏡像謄写術(鏡像共鳴)(きょうぞうとうしゃじゅつ)
 鏡に対象となる人物を写すことで、鏡の中にいる人物を傷つけると現実でも同じ傷がつく。鏡が大きく鏡との距離が近ければ近いほど効果は大きくなる。
 近接戦になればなるほど強くなる術式。
 
 二年 稲葉豪(いなば・ごう)
 術式:締盟蠱術(ていめいこじゅつ)
 体の中に呪霊を飼っている。体内の呪霊は互いに食い合い最悪の呪いを作り出す。夏油傑と同様に呪霊を体内に取り込む必要がある。右目が呪霊の通り道となっており、体内の呪霊の出し入れは右目から行う。一般に言う蠱毒を自らの体で再現する術式である。
 近接戦は苦手。
 
 二年 日置香代(ひおき・かよ)
 術式:映像虚像(えいぞうきょぞう)
 カメラで撮影した部分の魂を抜き取り祓う。ただしこれは呪霊の場合のみであり、人間など生きているものは写された部分の魄を奪われて写された部分が動かなくなる。破ればもとに戻る。呪霊が映像虚像により祓われた場合、破っても元には戻らない。ただし祓うのではなく封印した場合には写真を破くことで復活させることができる。等級の高い呪霊は祓うことは難しく封印になることが多い。
 接近戦は苦手。
 
「六人のカードが揃ったわ。作戦の最終確認をしましょう」
 安土京子は東京校が持っているのと同じ、高専の敷地内の一部を切り取ったマップを広げて全員に見えるようにする。三年の縣は昨年も参加しているため、眠たそうにしていた。くあっと大きなあくびをしながら目をこすっている。
 そんな先輩をはた目に二年の稲葉豪が手を上げる。
「一応作戦考えました上で、多分なんですけど。五条悟は安土先輩を狙ってくると思うんですよね」
「稲葉君、それはどういう理由かしら」
「安土先輩の破魔の瞳は術式や呪いを無効化する、いうなれば京都校最強のカードです。となれば向こうも最強をぶつけてくるんじゃないかなって。そもそも安土先輩相手に立ち回れるのって五条悟ぐらいじゃないですか?」
 稲葉は首を傾げながらそう言った。
「どうかしら。東京校の夏油君と天野君も等級的には一級、五条君と同じだわ。それに天野君は剣術で有名よ」
「そりゃそうですけど。でも天野の降霊術も夏油の呪霊操術も安土先輩に睨まれたら終わりじゃないですか」
「まぁそうね。でもなんにせよ稲葉君とは同じことを考えていたの。意地悪してごめんなさいね。五条悟は誰かが止めないといけない。その役は私と三浦君で引き受ける」
「安土先輩が無下限を無力化したところを俺の鏡像謄写術で足止めするんですね」
「そう。あとは啓介君の積石葬送と吉里吉里君の風雷仙術で呪霊を仕留める。啓介君にはできる限り早く結界を完成させてもらう。その間日置さんと稲葉君で呪霊狩りと東京校の妨害をする。結界が完成すればあとは京都校が勝つわ。啓介君、結界を作るまでの時間は?」
「うーん、この広さである程度の面積を覆うとなると、十五分くらいかな……?」
「わかったわ。この十五分、みんなで守り切りましょう」
「「「はい」」」
 京都校の声は自然に揃う。
 御三家の中でも六眼を持ちさらに無下限呪術を完成させた事実上最強の術師五条悟との戦闘を前にして、京都校のメンバーもそれなりに緊張していた。京都校最強のカードである安土京子をぶつけるにしても、東京校の術式はわかっていないメンバーの方が多い。それが京都校のメンバーの不安と緊張を高めていた。さすがに三年の安土京子と縣啓介は落ち着いていたが、心臓の高鳴りは止められない。
 
 明日、果たしてどうなるのか。作戦は成功するのか。東京校・京都校ともに緊張しながら一日を終えることとなる。
 
20200713