はっとして周囲を見渡せば、境内はそれはもうひどい有様だった。あちらこちらに壊された篝火の残骸が散らばり、神楽殿はもう再起不能なのではないか思えるほどに完璧なまでに破壊しつくされている。飛び散った篝火の残骸から出火しなかったことは不幸中の幸いと言えるだろう。神楽殿以外にも呪霊の無差別な攻撃によって崩壊している場所が、かがり火のかすかな灯りからだけでも何か所も見えた。完全復帰にはそれなりに時間がかかるだろう。
呪霊の残した残穢は木々を腐らせ大地をえぐり、呪霊が傑に取り込まれた今もなお呪いをまき散らしている。その残穢に別の呪霊が集まってきて……と境内は今なおせわしなく呪術師たちが走り回っている。
真面目な傑は手伝いを申し出ようと立ち上がったが
曜次に止められた。
「
曜次、私にはまだ余力があるんだ、このくらいなら」
「そうじゃなくて。普段はのほほんとしてるからさ、たまにはこういうことが起きて自分たちで対処できないといけないわけ。今回のはまさに災害って感じだけどいつも俺がいるわけじゃない。
天野神社で起きたことは神主たちでどうにかする、それが仕事だからね」
曜次は欠伸をしながら言う。
「
曜次そう言えば傷は?」
悟が問いかけると
曜次は親指を立てて問題なしと言った。
「一応ここにも反転術式使える呪術師がいるから出血止めてもらったし骨折の方も最低限の処置をしてもらった。本格的に治すには……里に戻らないといけないけど」
「里?」
「そう里。
天野家の総本山であり、かつ呪具作りの里。傑と悟ももちろんくるだろ?」
曜次は当然とばかりに二人に問いかけた。
月が昇っている。すでに時刻は九時をまわり、今から帰ろうにも高専近くの駅の終電には間に合わないだろうことは簡単に予想ができた。神社に泊まるわけにもいくまい、傑と悟の二人は顔を見合わせる。
曜次はもう二人が完全に来るものだと思って、いつの間にか社務所に預けてあった荷物から携帯を引っ張り出してどこぞへ電話をかけている。夜蛾先生には今日一日だけのものとして外出申請を出しているため、それもどうにかしなければならなかったのだが、電話を終えて傑と悟の元へもどってきた
曜次はそんな二人のこともお見通しだとばかりに携帯を揺らしてみせた。
「傑と悟のことについては父さんが高専に話をつけてくれるってことだから、あんまり気にせずゆっくりしてってよ」
俺ももう眠いしこれから高専に帰るのとか本当に勘弁と言いながら
曜次は欠伸をかみ殺す。そういう事情ならば、わざわざ何時間もかけて高専に戻る必要もないだろう。
「それじゃあお邪魔させてもらおうかな」
「俺、なんの理由もなく友達の家に行くの初めてかも」
「本当か悟」
「本当本当遊びに行くってことがなかったし、人がうちにやってくるってことの方が多かったしね」
「やれやれ生粋の呪術師皆そうなのかい?
曜次も悟も世間知らずすぎるだろう」
傑はちょっと呆れたよう口調でそんなことをいった。
「とはいえ私もあまり友人が多い方ではなかったから、友人の家に招かれるの久々だな」
なんだ結局皆同じじゃんと
曜次が笑う。
「今車を準備しているところだからあと三十分くらいかな」
曜次が言ったとおりきっちり三十分後に黒いスーツの男性が
曜次たちを呼びにきた。車の準備ができたので神社の入口まできてほしいとのこと、断る理由もなく、
曜次と傑と悟三人は長い階段を降りて、いかにも重鎮が乗っていそうな黒い車に乗り込んだ。三人とも後部座席に座ったのだが車は外見よりずっと広く、椅子はふかふかで柔らかく疲弊しきった三人の体を包み込む。しかし問題が一つあった。車は窓を真っ黒に塗りつぶされ、後部座席と運転席の間もしっかりと仕切りがあり、後部座席に座って扉を閉めるとともう前も後ろも見えない真っ暗闇になってしまうのである。ガチャリと後部座席の扉が閉まり一寸先も見えぬ闇に包まれる。
「うわぁ真っ暗」
「ちょっと待って、確かこの辺に電気が、あいたっ」
「おい押すなよ」
「俺の折れてる足に体重かけてるのどっち!? いったいからやめてって、あったあった」
暗闇でわらわらしているうちに
曜次がライトの電源を見つける。パチ、という音と共に車内が明るくなったがこれでも暗いと感じる程度の明るさであった。精々お互いの顔が認識できる、その程度だ。
「いつも移動はこういう車なの?」
「そ、里は隠されてるんだ。俺はまぁ普段は助手席に乗るけどさ、後ろってこんなに暗かったんだな」
「なんだかむず痒い気分だよ」
悟はそういいながらあちらこちらの擦り傷の様子を見ている。しかしこの明るさでは満足に確認も出来ないだろう。
「悟の家もこんな風に隠されているのかい」
傑が問いかけると悟は首を横に振る。
「そりゃあまぁ一般人除けしてるけどここまで厳重に隠してはないよ普通に地図に載ってるしね」
「うちの里は地図にも載ってないよ」
ひょこっと
曜次が顔をのぞかせて言う。
「昔の話なんだけど、一度里が襲われたことがあってね」
「それは、呪霊にかい?」
傑の言葉に
曜次は首を横に振る。
「人間だよ、しかも呪術師でも何でもない」
「どうしてまた」
「理由は予想できるけど本当のところは知らない。ただ時の政府に率いられた一軍に里が丸ごと襲われたの。その当時は里はこんなに隠されてなかったから行こうと思えば誰でも里に来ることができたんだよね」
曜次は言葉を続ける。
「当時の資料は残ってないけど女子供も皆殺し、血の川が流れて里が真っ赤に染まるまで虐殺を繰り広げたらしいよ」
「らしいというのは」
「そうその時のことは伝聞でしか残ってないわけ。でもその時の当主が怒り狂って呪具に封じられていた付喪神を解き放ったんだそれ里を襲った兵士はもちろん山二つ向こうまで一般人を皆殺しにしてようやっと収まったって話。うちの家じゃ寝物語に聞かされる」
物騒な寝物語だ……とぼやくと
曜次は「本当にね」と笑いながら答える。
天野家の者ですら目を逸らしたくなるほどの大虐殺は、
天野家で打たれた刀によって行われたという。もとより呪術師の里を好ましく思っていたなかった時の政府は、当時は特に隠されていなかった
天野の里を襲撃、結果
天野家の過半数が死ぬという大事件となった。家々には火が放たれ、家から逃げ出してきた人々を殺していく武士に、強い憎しみと怒りを覚えた当時の当主は当時まだ二級の呪具であった太刀・逾白(ゆはく)を解放した。人と戦うならばともかく、呪霊との戦い方をしらない武士は、逾白によってあっという間に粛清されたが、逾白も当時の当主の怒りもどちらも収まることなく逾白はさらに広大な範囲の人々を襲い皆殺しにしたのである。女も子供も関係なかった。その虐殺は三日三晩続き。最後は生き残った
天野家の当主と政府の間で何がしかのやり取りがあったというが、その点については誰も知らないという。
天野家が隠れ里に住まうようになったのはその頃からだという。元々呪術界においても力を持っていた
天野家は完全に表世界から消え、
天野の包丁やナイフといった刃物だけが高品質な品として流通するばかり。里がどこにあるのかは一般人は勿論、今となっては呪術界の上層部ですら把握できないほど巧妙に隠れている。
そんな話を
曜次がすると悟は少し怪訝な顔をして「そんなところに俺たちを招いてもいいの?」と問う。
「まぁ携帯は没収されるだろうし、仮に場所をもらしたらうっかり殺されかねないけど、うん、まぁ大丈夫」
「全然大丈夫に聞こえないんだけど」
「でも悟も傑も言わないだろ?」
「まぁ……」
曜次の信用と信頼になんとなく照れくさくなる。今まで悟や傑をそんな風に信じてくれた人も、信じようとしてくれた人もいなかった。呪術師という希少な存在の中で、お互いを大切には思っても信用するかは信頼するかはまた別の話なのである。
曜次はさらりとそのあたりを流して、それからは特に何てことのないことをつらつらと話した。足の痛みがそれなりにあるのだろう、気を紛らわすためか、
曜次の舌は良く回る。しかしながら、呪霊祓いの疲労が勝って誰からともなく眠り始めて、里に着くころには三人ともぐっすりと眠っていた。
里の入り口近くには駐車場があり、そこに車を停めて少しばかり歩く。虫の声と小動物の声しか聞こえない、しんと静まり返った山の中に、月明かりでわずかに見える獣道のようなものがある。運転手から渡された懐中電灯を片手に持って、転ばないように注意しながら山道を歩いていくと、急に視界がぱっと開け、肺の中に炎と鉄の匂いが入り込んでくる。
「これは」
「すごいね」
傑と悟の言葉が重なった。里は、一つの町といってもいいほどの規模で、中央に流れる川、それを境にいくつもの建物が川に沿って並んでいる。建物は木造だったり土作りの壁だったり、古かったり新しかったりと様々だ。川の途中途中に橋がかけられそれで自由に行き来することが出来るようになっていた。そして川の上流、一番奥には、崖に張り付くようにして大きな屋敷がこしらえられていた。
曜次は里へつくや否や、わらわらと人が集まってきてそのまま抱えられてどこかへ行ってしまった。連れていかれる直前「あとは乳母に任せるから」と言っていた気がしないでもないが、その乳母が誰か二人にはわからない。困った傑と悟がお互いに顔を見合わせていると、川の上流の方から妙齢の女性が近づいてきた。
「あら貴方たち二人が
曜次ぼっちゃんのお友達?」
友達、と言う言葉はなんとなく照れくさい。だが事実であるので頷くと「あらあらまぁまぁ」と女性は嬉しそうに顔をほころばせて「こっちへいらっしゃい」と招いてくれた。
「神社のこと聞きましたよ、ぼっちゃんを守ってくださって二人ともありがとう」
「話が早いですね」
「里は電波棟もないので携帯は使えませんけど、その代わりに昔ながらの方法で連絡をとっているんですよ。うちの梟は速いですから、あらそういえばまだ自己紹介をしてませんでしたね。私は
曜次ぼっちゃまの乳母の絹江と申します。
曜次ぼっちゃまの小さい頃からずっと世話をしてきたので、ええ当主様というよりもまだまだ独り立ちできない子供という印象ばかりが強くてねぇ、でもぼっちゃまがお友達を連れてきたのは初めてだから嬉しいわぁ」
絹江と名乗った女性は眦を下げてにっこりと笑った。
「お名前をお伺いしてもよろしいかしら」
「ええっと、五条悟、です」
「夏油傑です」
「五条さん……あらもしかして五条って」
「ええっとまぁ多分ご想像通りの」
「そうなのね、よい跡継ぎに恵まれたわね」
絹江はにこにこと笑みを絶やさない。話をしているとどこかふわりふわりと優しい綿で触られているようなそんな感覚になる。
「夏油さんは、あんまり聞かない名前ね」
「ええ、まぁ苗字に関しては」
「呪術師の家系かしら? あまり聞いたことがないわ」
絹江は首を傾げる。
「絹江さんは結構詳しいんですか?」
「ええ、私も呪術師ですから」
「えっ」
「あら、この里の人は半分以上は呪術師よ。刀鍛冶だけの人もいるけど、
天野家は呪術師の家系だから」
そういわれればそうだが、呪術師がこんなにも身近に多くいるというのはなかなかに信じ難いことであった。悟も傑も今まで呪術師らしい呪術師に出会ったのは高専に入ってからだ。それまでは呪術師というのは薄ぼんやりとした存在で、自分以外にもいるということそのものが驚きであった。
絹江はその後他愛のない話をしながら、二人を一番奥の屋敷に招くと、何事か人に言いつけて周る。
「五条さんも夏油さんもこちらで待っててね。お二人とも怪我してるでしょう、今反転術式が使える人に傷を治してもらうよう頼むから」
「いえ、そこまでの傷では」
「あら当主である
曜次を守ってくださった、私たちにとっては名誉の傷ですけれど、傷はないならない方がいいわ、それぐらいはさせてくださいな。
曜次ぼっちゃまもそろそろ戻る頃かと思いますので私はこれで失礼しますね。どうぞゆっくりなさって」
そう言って絹江はそのままどこかへ行ってしまった。
残された二人は絹江に代わってやってきた呪術師に傷を治してもらい、着物を借りてぼんやりと畳の上に寝転がっている。
「すっげー畳いい匂いする」
「
曜次は名前を継ぐぐらいだから、それなりの家の出なんだろうなぁって思ってたけど私が思ってたよりずっとすごかった。悟の家もこんな感じなのかい」
「まぁ、家としてはかなりでかいけど、ここは家じゃなくて最早里、だろ。規模が違うなって感じ」
「五条の家も歴史はあるんだろ」
「あるけどどっちが古いんだろう、わかんないや」
悟の着物は髪の色に合わせた淡い水色、傑の着物は黒に映える朱の花が散る。普段は着物を着ないのではじめは動きにくかったが、少し着付けが緩んでしまってからはもう気にするのをやめて自由にすることにした二人は、天井をぼんやりと見つめながらそんな話をしていた。
しばらくそうやって話をしていると、だだだだと騒々しい足音が聞こえてくる。これは
曜次が来たな、と思うと案の定、ばん! と思い切り勢いよく襖が開いて
天野曜次が部屋の中に飛び込んできた。
「完治! 悟と傑はくつろいでる~? くつろいでるね!」
曜次は部屋の中に入ると襖を閉めて、悟や傑と同じように畳の上にねっころがった。
「今日、友達がくるからって急遽部屋の掃除やら畳換えやらしてもらったんだ、あー気持ちい」
「えっ友達が来るってそういうレベルで部屋を掃除するの?」
「里を訪れる人ってうちの家の人以外基本的にいないから。友達とか珍しくって」
「いや珍しいとかそういう……」
真新しい畳の匂いが気持ちいいとは思っていたが、まさか友人が来るという理由で畳まで張り替えていたとは思っていなかったので、悟は若干引き気味にそんなことを言った。
「普通は畳換えないの?」
「換えない。友達を招待するってのは、まぁ確かに呪術師だとあんまりないかもしれないけど、仮に招待しても俺の家じゃ畳までは交換しないかな」
へぇと
曜次は畳の上でばたばたと手足を動かす。
「昔はさぁ、隠れてはいなかったけど山奥の家だから、訪問者があるたびに家建て替えてたぐらいだから、畳なんて別段すごいものとは思ってなかった」
「家……」
一つの里でもある
天野家だからこそ出来る芸当であろうと傑は思う。傑の家は、呪術師の家系というわけではないので、そういう話を聞くと住んでいる世界の違いにあっけにとられることもしばしばだ。五条悟の家は呪術師の家系であるから、傑ほど、今の話には驚いていないだろう。呪術師はあまり家に人を招かないものだから、逆に人が来る時には相当なもてなしをするということだ。
「はー……で
曜次僕たちは何をすればいいわけ?」
「別になーんにも? 悟と傑は客だから気にしないでいいよ」
そうは言われても何もやることがないのは暇だった。今回は付き添いですぐに帰るものと思っていたから、勉強道具もなければ、暇つぶしに遊ぶ道具もない。
「暇だな」
「たまには暇でもいいけどさ」
悟は傑よりものんびりとこの状況を受け止めているようだった。
「なんとなくむずむずするよ」
「畳が新しいから?」
「うん、それもあるんだけどね、やることがないってのは結構暇だなと思って」
傑が言うと悟が隣で「暇! 万歳!」と拳を突き上げた。
「
曜次は昔は何してすごしてたの?」
悟が問うと
曜次はうーんと顎に手を当てて考える。
「稽古かな。時間があれば木刀に握ってた」
「……稽古、だけ?」
「ほかにやることないしね。稽古も苦痛じゃなかったからずっと道場に入りびたり。ほかの子は刀の稽古もするけど鍛冶場での仕事もあるからさぁ」
「ふーん」
「そういえば勉強はどうしてたんだい」
傑の問いに
曜次はうえっと舌を出す。
「勉強は嫌だから稽古って言って逃げてたな」
呆れたやつだと傑はため息を吐く。それでも
曜次という人物の一端が見えて面白いのも事実だ。自分たちは驚くほどお互いのことを知らないということに、こうしてお互いの家を行き来することで気づかされる。少しは話をしたものの、それでは足りなすぎるほど、まだ知らないことがたくさんある。
「でもまぁ暇すぎるのもあれだし、そうだ、悟と傑、鍛冶場行ってみる?」
「鍛冶場?」
「そう武具作るところ」
曜次が言うと悟は身体を起こして「でも」と言う。
「
天野家って呪具作ってるんじゃなかったっけ」
「あー、全員が呪術師ってわけじゃないから、大半はただの武具だよ。それを呪具に出来るのは一部の人だけって感じ
」
「ふうん」
悟は首をかしげながら頷いた。
「興味はあるし行く」
「二人が行くなら私も」
「それより二人とももう着物乱れてんじゃんエッチ」
そんなこと微塵も思っていな癖にそんなことを言う
曜次に思わず悟が吹き出す。とはいえあの
曜次が器用に着こなしているというのに自分たちが着れないというのはなんとなく癪で、結局二人は一度脱ぐと改めて着付けを教えてもらいなんとか様になる程度には着物での動き方をマスターしたのだった。
「てっきり悟は着なれてるかと思ったんだけどわりとそうでもないんだな」
「あーそうだね、家ではまぁ、着せられることもあったけど、昔は大人しかったし」
「悟が! 大人しかった!」
曜次はげらげらと笑う。
「まさか悟の口から大人しかったなんて言葉が出てくるとは」
「お前にだけは言われたくないんだけど、で、傑は?」
傑は突然振られた話題に肩をすくめる。
「着物なんて七五三以来じゃないかな。呪術師の家系でもないし、こんな風に日常的に着物を着る習慣もないし」
「へー」
曜次は先ほどの傑と悟と同じように畳の部屋に転がっているが着物は一切乱れない。
曜次曰く動き方と言うものがあるらしいが、あいにくと短期間で
曜次のようにマスターするのは難しそうだ。
「そういえば」
悟はふと思い出したことを口にする。
「さっき
曜次のお父さん? が当主として挨拶に来てくれたんだけどさ、当主って
曜次じゃないの?」
「ん? 俺だよ」
「じゃあお父さんは?」
「えーっとね、ここはややこしいんだけど、里の当主って言ったら俺なの。でも当主は割りと頻繁に外へ仕事に出かけるから里で通常業務や仕切り役が必要になるわけ、それで今は俺の父さんが当主代わりをしてるんだ。俺が居ない時の代わりだよね」
「なるほど」
「里の当主ってことで
曜次の名前を継ぐにはいくつか条件があるんだ。父さんはそれを満たしてないから、
曜次の名前は継がないよ」
「ややこしいんだな」
傑が首を傾げると「まぁね」と
曜次は軽く応える。
「長い歴史がある呪術師の家系だと色々厄介なんだよ。悟もそうじゃない?」
「うーん、まぁそうなるかな」
濁した言葉の裏には様々な苦労があるのだろうと、
曜次も傑もそれ以上悟のお家の事情については詳しく聞くのをやめた。
「それじゃ行こうか」
「……でも
曜次、行くと言ったのは私なんだけど、邪魔にはならないのか?」
「じゃま? んー大丈夫、鍛冶場は広いし、見学するだけなら大したことないし」
それに今日は鍛冶場は比較的空いているんだ、と
曜次は言った。
「空いてる?どういうこと?」
「今日はちょっと里の祭りみたいなのがあって、今年三歳になる子がはじめて刀を打つ日なんだよ」
曜次は少し乱れた悟の着物を整えながら、言う。
「三歳で?」
「親同伴でね、まぁ親が打つのに手を添える程度なんだけど、ここで刀鍛冶としての才能が決る」
部屋を出て、長い廊下を歩きながら
曜次はそんな説明をした。
「
天野家相伝の術式は、降霊術なんだけど、基本的にはこれを使えるのは当然のことで、その上で刀鍛冶の才能があることが次期当主になる条件なんだ。実は俺はちょっと特殊枠だったりするんだけど」
曜次はにやっと笑う。
天野曜次という名前は初代
曜次から代々継いできた名前である。
天野家相伝の術式である降霊術を受け継ぎ、さらに刀鍛冶であった初代は、己が打った刀を握って呪霊と戦ったというのが
天野家に伝わる伝承だ。今でもそれは絶えることなく受け継がれており、そういう意味で
天野家はよい後継者に恵まれていたと言える。
武具を呪いのこもった呪具にするにはある一定の条件があるのだが、これもまた主に才能として遺伝するものである。
今代の
天野曜次は剣士としての才能はあったが、刀鍛冶としての才能は零に近かった。
「刀鍛冶の才能がないってのがよくわからないなぁ」
「うーん簡単に説明をするなら、俺たちは自分で作った刀を呪うんだ。両面宿儺を斬るために、呪いを込めて刀を打つ。ところがどっこい俺は自分で生み出す呪力が少なすぎて、刀を呪うことが出来ない。普通は、何度も何度も呪いながら刀を叩いて、最後の一打ちで、呪いの宿った呪具が完成するんだよ。この呪いを俺の家では付喪神って呼んでる」
「ふぅん、難しいな」
「俺は当主だけど刀鍛冶の才能はないに等しい。付喪神を生み出すだけの十分な呪いを込めて鎚を振り下ろすことができない、だから刀鍛冶の才能はないんだな」
道中そんな説明をしながら、
曜次は下流へと向かっていく。
里は上流に居住区が、下流に鍛冶場が集まっている。上流の一番奥にある大きな屋敷が
曜次の生家で、同時に彼の住まいでもある。山間に張り付くように作られた家々は独特の風合いを持っており、下流から見上げるとなかなかに壮観な眺めになっている。
「結構綺麗なもんだなぁ」
「だろ? 屋敷からは見た? 屋敷から下流を見下ろす風景もなかなかいいよ」
「窓を開かなかったから、見なかったなまた後で見てみるよ」
「今日は祭りだからさ、提灯がたくさんついて綺麗だと思うよ。川の上にもいっぱい吊り下げるんだけど、それが川面に写って綺麗なんだなこれが」
曜次は嬉しそうに笑った。
すでに鍛冶場のすぐ近くまで来ており、カーンカーンと鉄を叩く音が山間の空間に響いて山びこがかえってくる。
「刀鍛冶の里へようこそ」
曜次は仰々しくお辞儀をした。
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20200528 加筆修正