ヨゴトノリトのパラドクス

刀鍛冶の里1

 天野神社での月の祓いで怪我を負った三人は、そのまま高専に帰るのではなく、天野家へと招かれることになった。主に曜次が口を利いてくれたためらしいが、天野神社から高専に帰るよりも、天野家の方が近いため、呪霊に襲われすっかり疲労しきった三人にはちょうどよい申し出であったのだ。
「傑と悟のことについては父さんが高専に話をつけてくれるってことだから、あんまり気にせずゆっくりしてってよ」
 曜次は折れた足をかばいながら、車の後部座席に乗り込む。
 車は窓を真っ黒に塗りつぶされ、後部座席と運転席の間もしっかりと仕切りがあり、後部座席に座ってしまうともう前も後ろも見えない真っ暗闇になってしまうほどであった。
「うわぁ真っ暗」
「ちょっと待って、確かこの辺に電気が、あいたっ」
「おい押すなよ」
「俺の折れてる足に体重かけてるのどっち!? いったいからやめてって、あったあった」
 暗闇でわらわらしているうちに曜次がライトの電源を見つける。 パチ、という音と共に車内が明るくなる。突然の光に三人は思わず細めになったが、慣れてくればこれでも暗いと感じる程度の明るさであった。とはいえ精々お互いの顔が認識できる、その程度だ。
「いつも移動はこういう車なの?」
「そ、里は隠されてるんだ。俺はまぁ助手席に乗るけどさ、後ろってこんなに暗かったんだな」
「なんだかむず痒い気分だよ」
 悟はそういいながらあちらこちらの擦り傷の様子を見ている。しかしこの暗さでは満足に確認も出来ないだろう。
「昔さー、呪術師嫌いの連中に一度里が襲われてそりゃもう大変なことに」
「里が?」
「いや襲った連中が」
「へぇ」
 傑は気の入らない返事をする。
「あっ傑お前適当に聞いてるな! 本当に大変だったんだからな、当時の主が付喪神を解き放って一般市民大虐殺だよ。まぁそれだけ呪術師と一般人の間にわだかまりがあったってことだね」
「お前結構軽く言うけどそれだいぶやばいよね」
「だからやばいって言ってるじゃーん」
 曜次の言葉にはいまいち重みがないのだ、と呆れたように傑に言われると曜次はからからと笑うのだった。
 天野家の者ですら目を逸らしたくなるほどの大虐殺は、天野家で打たれた刀によって行われたという。もとより呪術師の里を好ましく思っていたなかった時の政府は、当時は特に隠されていなかった天野家を襲撃、結果天野家の半数以上が死ぬという大事件があった。家々には火が放たれ、家から逃げ出してきた人々を殺していく武士に、強い憎しみと怒りを覚えた当時の当主は当時まだ二級の呪具であった太刀・逾白(ゆはく)を解放した。人と戦うならばともかく、呪霊との戦い方をしらない武士は、逾白によってあっという間に粛清されたが、逾白も当時の当主の怒りもどちらも収まることなく逾白はさらに広大な範囲の人々を襲い皆殺しにしたのである。女も子供も関係なかった。その虐殺は三日三晩続き。最後は天野家の当主と政府の間で何がしかのやり取りがあったというが、その点については当時の資料にも残っていない。
 しかし天野家が隠れ里に住まうようになったのはその頃からだという。元々呪術界においても力を持っていた天野家は完全に表世界から消え、天野の包丁やナイフといった刃物だけが高品質な品として流通するばかり。里がどこにあるのかは一般人は勿論、今となっては呪術界の上層部ですら把握できないほど巧妙に隠れている。
 そんな話を曜次がすると悟は少し怪訝な顔をして「そんなところに僕たちを招いてもいいの?」と問う。
「まぁ携帯は没収されるだろうし、仮に場所をもらしたらうっかり殺されかねないから、うん、まぁ大丈夫」
「全然大丈夫に聞こえないんだけど」
「でも悟も傑も言わないだろ?」
「まぁ……」
 曜次の信用と信頼になんとなく照れくさくなる。今まで悟や傑をそんな風に信じてくれた人も、信じようとしてくれた人もいなかった。呪術師という希少な存在の中で、お互いを大切には思っても信用するかは信頼するかはまた別の話なのである。
 曜次はさらりとそのあたりを流して、それからは特に何てことのないことをつらつらと話した。足の痛みがそれなりにあるのだろう、気を紛らわすためか、曜次の舌は良く回る。しかしながら、呪霊祓いの疲労が勝って誰からともなく眠り始めて、里に着くころには三人ともぐっすりと眠っていた。
 里の入り口近くには駐車場があり、そこに車をとめて里に入ると鉄と燃え盛る炎の匂いに包まれていた。里は、一つの町といってもいいほどの規模で、中央に流れる川を境にいくつもの建物が川に沿って並んでいる。建物は木造だったり鎚作りの壁だったり、古かったり新しかったりと様々だ。その途中途中に橋がかけられそれで自由に行き来することが出来るようになっていた。
 曜次は里へつくや否や抱えられてどこかへ行ってしまう。その直前「あとは乳母に任せるから」と言っていた気がしないでもないが、その乳母が誰かわからない。困った傑と悟がお互いに顔を見合わせていると、妙齢の女性が近づいてきた。
「あら貴方たち二人が曜次ぼっちゃんのお友達?」
 友達、と言う言葉はなんとなく照れくさい。だが事実であるので頷くと「あらあらまぁまぁ」と女性は嬉しそうに顔をほころばせて「こっちへいらっしゃい」と招いてくれた。
「神社のこと聞きましたよ、ぼっちゃんを守ってくださって二人ともありがとう」
「話が早いですね」
「里は電波棟もないので携帯は使えませんけど、その代わりに昔ながらの方法で連絡をとっているんですよ。うちの鷹は速いですから、あらそういえばまだ自己紹介をしてませんでしたね。私は曜次ぼっちゃまの乳母の絹江と申します。曜次ぼっちゃまの小さい頃からずっと世話をしてきたので、ええ当主様というよりもまだまだ独り立ちできない子供という印象ばかりが強くてねぇ、でもぼっちゃまがお友達を連れてきたのは初めてだから嬉しいわぁ」
 絹江と名乗った女性は眦を下げてにっこりと笑った。
「お名前をお伺いしてもよろしいかしら」
「ええっと、五条悟、です」
「夏油傑です」
「五条さん……あらもしかして五条って」
「ええっとまぁ多分ご想像通りの」
「そうなのね、よい跡継ぎに恵まれたわね」
 絹江はにこにこと笑みを絶やさない。話をしているとどこかふわりふわりと優しい綿で触られているようなそんな感覚になる。
「夏油さんは、あんまり聞かない名前ね」
「ええ、まぁ苗字に関しては」
「呪術師の家系かしら? あまり聞いたことがないわ」
 絹江は首を傾げる。
「絹江さんは結構詳しいんですか?」
「ええ、私も呪術師ですから」
「えっ」
「あら、この里の人は半分以上は呪術師よ。刀鍛冶だけの人もいるけど、天野家は呪術師の家系だから」
 そういわれればそうだが、呪術師がこんなにも身近に多くいるというのはなかなかに信じ難いことであった。悟も傑も今まで呪術師らしい呪術師に出会ったのは高専に入ってからだ。それまでは呪術師というのは薄ぼんやりとした存在で、自分以外にもいるということそのものが驚きであった。
 絹江はその後他愛のない話をしながら、二人を一番奥の屋敷に招くと、何事か人に言いつけて周る。
「五条さんも夏油さんもこちらで待っててね。お二人とも怪我してるでしょう、今反転術式が使える人に傷を治してもらうよう頼むから」
「いえ、そこまでの傷では」
「あら当主である曜次を守ってくださった、私たちにとっては名誉の傷だもの、それぐらいはさせてくださいな。曜次ぼっちゃまもそろそろ戻る頃かと思いますので私はこれで失礼しますね。どうぞゆっくりなさって」
 そう言って絹江はそのままどこかへ行ってしまった。
 残された二人は絹江に代わってやってきた呪術師に傷を治してもらい、着物を借りてぼんやりと畳の上に寝転がっている。
「すっげー畳いい匂いする」
曜次は名前を継ぐぐらいだから、それなりの家の出なんだろうなぁって思ってたけど私が思ってたよりずっとすごかった。悟の家もこんな感じなのかい」
「まぁ、家としてはかなりでかいけど、ここは家じゃなくて最早里、だろ。規模が違うなって感じ」
「五条の家も歴史はあるんだろ」
「あるけどどっちが古いんだろう、わかんないや」
 悟の着物は髪の色に合わせた淡い水色、傑の着物は黒に映える朱の花が散る。普段は着物を着ないのではじめは動きにくかったが、少し着付けが緩んでしまってからはもう気にするのをやめて自由にすることにした二人は、天井をぼんやりと見つめながらそんな話をしていた。
 しばらくそうやって話をしていると、だだだだと騒々しい足音が聞こえてくる。これは曜次が来たな、と思うと案の定、ばん! と思い切り勢いよく襖が開いて天野曜次が部屋の中に飛び込んできた。
「完治! 悟と傑はくつろいでる~? くつろいでるね!」
 曜次は部屋の中に入ると襖を閉めて、悟や傑と同じように畳の上にねっころがった。
「今日、友達がくるからって急遽部屋の掃除やら畳換えやらしてもらったんだ、あー気持ちい」
「えっ友達が来るってそういうレベルで部屋を掃除するの?」
「里を訪れる人ってうちの家の人以外基本的にいないから。友達とか珍しくって」
「いや珍しいとかそういう……」
 真新しい畳の匂いが気持ちいいとは思っていたが、まさか友人が来るという理由で畳まで張り替えていたとは思っていなかったので、悟は若干引き気味にそんなことを言った。
「普通は畳換えないの?」
「換えない。友達を招待するってのは、まぁ確かに呪術師だとあんまりないかもしれないけど、仮に招待しても僕の家じゃ畳までは交換しないかな」
 へぇと曜次は畳の上でばたばたと手足を動かす。
「昔はさぁ、隠れてはいなかったけど山奥の家だから、訪問者があるたびに家建て替えてたぐらいだから、畳なんて別段すごいものとは思ってなかった」
「家……」
 一つの里でもある天野家だからこそ出来る芸当であろうと傑は思う。傑の家は、呪術師の家系というわけではないので、そういう話を聞くと住んでいる世界の違いにあっけにとられることもしばしばだ。五条悟の家は呪術師の家系であるから、傑ほど、今の話には驚いていないだろう。呪術師はあまり家に人を招かないものだから、逆に人が来る時には相当なもてなしをするということだ。
「はー……で曜次僕たちは何をすればいいわけ?」
「別になーんにも? 悟と傑は客だから気にしないでいいよ」
 そうは言われても何もやることがないのは暇だった。今回は付き添いですぐに帰るものと思っていたから、勉強道具もなければ、暇つぶしに遊ぶ道具もない。
「暇だな」
「たまには暇でもいいけどさ」
 悟は傑よりものんびりとこの状況を受け止めているようだった。
「なんとなくむずむずするよ」
「畳が新しいから?」
「うん、それもあるんだけどね、やることがないってのは結構暇だなと思って」
 傑が言うと悟が隣で「暇! 万歳!」と拳を突き上げた。
「でもまぁ暇すぎるのもあれだし、そうだ、悟と傑、鍛冶場行ってみる?」
「鍛冶場?」
「そう武具作るところ」
 曜次が言うと悟は身体を起こして「でも」と言う。
天野家って呪具作ってるんじゃなかったっけ」
「あー、全員が呪術師ってわけじゃないから、大半はただの武具だよ。それを呪具に出来るのは一部の人だけって感じ

「ふうん」
 悟は首をかしげながら頷いた。
「興味はあるし行く」
「二人が行くなら私も」
「それより二人とももう着物乱れてんじゃんエッチ」
 そんなこと微塵も思っていな癖にそんなことを言う曜次に思わず悟が吹き出す。とはいえあの曜次が器用に着こなしているというのに自分たちが着れないというのはなんとなく癪で、結局二人は一度脱ぐと改めて着付けを教えてもらいなんとか様になる程度には着物での動き方をマスターしたのだった。
「てっきり悟は着なれてるかと思ったんだけどわりとそうでもないんだな」
「あーそうだね、家ではまぁ、着せられることもあったけど、昔は大人しかったし」
「悟が! 大人しかった!」
 曜次はげらげらと笑う。
「まさか悟の口から大人しかったなんて言葉が出てくるとは」
「お前にだけは言われたくないんだけど、で、傑は?」
 傑は突然振られた話題に肩をすくめる。
「着物なんて七五三以来じゃないかな。呪術師の家系でもないし、こんな風に日常的に着物を着る習慣もないし」
「へー」
 曜次は先ほどの傑と悟と同じように畳の部屋に転がっているが着物は一切乱れない。曜次曰く動き方と言うものがあるらしいが、あいにくと短期間で曜次のようにマスターするのは難しそうだ。
「そういえば」
 悟はふと思い出したことを口にする。
「さっき曜次のお父さん? が当主として挨拶に来てくれたんだけどさ、当主って曜次じゃないの?」
「ん? 俺だよ」
「じゃあお父さんは?」
「えーっとね、ここはややこしいんだけど、里の当主って言ったら俺なの。でも当主は割りと頻繁に仕事に出かけるから里で通常業務や仕切り役が必要になるわけ、それで今は俺の父さんが当主代わりをしてるんだ。俺が居ない時の代わりだよね」
「なるほど」
「里の当主ってことで曜次の名前を継ぐにはいくつか条件があるんだ。父さんはそれを満たしてないから、曜次の名前は継がないよ」
「ややこしいんだな」
 傑が首を傾げると「まぁね」と曜次は軽く応える。
「長い歴史がある呪術師の家系だと色々厄介なんだよ。悟もそうじゃない?」
「うーん、まぁそうなるかな」
 濁した言葉の裏には様々な苦労があるのだろうと、曜次も傑もそれ以上悟のお家の事情については詳しく聞くのをやめた。
「それじゃ行こうか」
「……でも曜次、行くと言ったのは私なんだけど、邪魔にはならないのか?」
「じゃま? んー大丈夫、鍛冶場は広いし、見学するだけなら大したことないし」
 それに今日は鍛冶場は比較的空いているんだ、と曜次は言った。
「空いてる?どういうこと?」
「今日はちょっと里の祭りみたいなのがあって、今年三歳になる子がはじめて刀を打つ日なんだよ」
 曜次は少し乱れた悟の着物を整えながら、言う。
「三歳で?」
「親同伴でね、まぁ親が打つのに手を添える程度なんだけど、ここで刀鍛冶としての才能が決る」
 部屋を出て、長い廊下を歩きながら曜次はそんな説明をした。
天野家相伝の術式は、降霊術なんだけど、基本的にはこれを使えるのは当然で、その上で刀鍛冶の才能があることが次期当主になる条件なんだ。実は俺はちょっと特殊枠だったりするんだけど」
 天野曜次という名前は初代曜次から代々継いできた名前である。天野家相伝の術式である降霊術を受け継ぎ、さらに刀鍛冶であった初代は、己が打った刀を握って呪霊と戦ったというのが天野家に伝わる伝承だ。今でもそれは絶えることなく受け継がれており、そういう意味で天野家はよい後継者に恵まれていたと言える。
 武具を呪いのこもった呪具にするにはある一定の条件があるのだが、これもまた主に才能として遺伝するものである。
 今代の天野曜次は剣士としての才能はあったが、刀鍛冶としての才能は零に近かった。
「刀鍛冶の才能がないってのがよくわからないなぁ」
「うーん簡単に説明をするなら、俺たちは自分で作った刀を呪うんだ。両面宿儺を斬るために、呪いを込めて刀を打つ。ところがどっこい俺は自分で生み出す呪力が少なすぎて、刀を呪うことが出来ない。だから鍛冶場には武具以外の呪物もあって、その呪いを刀に降ろして、何度も何度も呪いながら刀を叩いて、最後の一打ちで、呪いの宿った呪具が完成するんだよ。この呪いを俺の家では付喪神って呼んでる」
「ふぅん、難しいな」
「俺は当主だけど刀鍛冶の才能はないに等しい。付喪神を生み出すだけの十分な呪いを込めて鎚を振り下ろすことができない、だから刀鍛冶の才能はないんだな」
 道中そんな説明をしながら、曜次は下流へと向かっていく。
 里は上流に居住区が、下流に鍛冶場が集まっている。上流の一番奥にある大きな屋敷が曜次の生家で、同時に彼の住まいでもある。山間に張り付くように作られた家々は独特の風合いを持っており、下流から見上げるとなかなかに壮観な眺めになっている。
「結構綺麗なもんだなぁ」
「だろ? 屋敷からは見た? 屋敷から下流を見下ろす風景もなかなかいいよ」
「窓を開かなかったから、見なかったなまた後で見てみるよ」
「今日は祭りだからさ、提灯がたくさんついて綺麗だと思うよ。川の上にもいっぱい吊り下げるんだけど、それが川面に写って綺麗なんだなこれが」
 曜次は嬉しそうに笑った。
 すでに鍛冶場のすぐ近くまで来ており、カーンカーンと鉄を叩く音が山間の空間に響いて山びこがかえってくる。
「刀鍛冶の里へようこそ」
 曜次は仰々しくお辞儀をした。


20190311